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逆境ストラグル  作者: 沢渡 夜深
ストラグルの鐘
2/17

織元唯希:接地







 転生して二年。少年は晴れて二歳の誕生日を迎えた。両親はとても気合が入っており、少年の誕生日の為に様々な催しをセッティングしている。

 手からボッと炎が出ていたり、白い光がアーチ状となって物体となるのも、二年も経てば少年は慣れてしまった。


 今世の事を話せば、確かに変わったことはある。少年の身近な所は特に変化はなく、街並みも前世と同じだ。ーーーー石や建物などが浮かんでいなければ、だが。

 簡単に言えば、現代に魔法が広まった世界である。どうやら少年の今世は、魔法が盛んらしい。母親も父親も兄も軽々とやってのけたので、そこまで魔法は難しくないのであろう。

 少年はこの世界にさらに興味を持った。死ぬ前に魔法の世界に行きたいとは思ったが、まさか本当に前世の世界に魔法が組み込まれるなど、思いもしなかったのだ。

 ーーーいつか自分も、魔法を使いたい。

 いつの間にか、こんな目標が立てられていた。

 自分も、あんなカッコイイものを、覚えたい。

 そうすれば、前世とは違う人生を送れるのではないのかと信じてーーーー。


 「【炎の光よ】」


 詠唱、というものを唱えた母親は、指先にライター程度の小さな炎を灯す。それをゆっくりとケーキに刺さっている蝋燭に付ける。

 たちまち炎は隣の蝋燭に燃え移り、全ての蝋燭が灯される。ゆらゆらと揺らめく赤い炎は、今の少年の心躍る感情を表しているかのようだった。


 「誕生日、おめでと」


 兄が照れ臭そうにそう言ったのをキッカケに、母親と父親も祝福の声を上げる。

 少年はその炎に目を奪われながら、その祝福の言葉を体に植え付けた。

 ーーーそれが二歳の誕生日。


 誕生日から一ヶ月後、兄が朗報を持ってきた。どうやら偏差値が高い有名な中学校に合格したらしい。両親は手を叩いて喜んだ。少年の誕生日よりも盛大に祝杯をあげて。

 兄は照れ臭そうに両親に揉みくちゃにされ、ふにゃりと笑い続ける。とても愛らしく、いつも済ましたクールイケメンは何処に行ったのか、その面影すら存在していなかった。

 少年はそれを、ただじっと見ていた。

 それが、二歳の誕生日のその後。


 三歳の誕生日が迫った時である。母親が入院した。理由は出産の為である。もう直ぐ妹が産まれる事に、少年は喜んだ。可愛らしくあーあーと声を出して。今の少年にはハッキリとした言葉は発せられないので、これが精一杯の喜びの表現なのだ。

 しかし、父親は「煩い!」と一喝した。他でもない、少年に向かって。

 ここで少年は、変化に気づく。


 三歳の誕生日にも関わらず、家では妹が産まれたことで持ちきりだった。「お誕生日おめでとう」という垂れ幕は下げられ、「生まれてきてくれてありがとう」と、妹の出生を祝う言葉に変わっている。

 少年は仕方の無いことだと思った。家族が増えたのだ。ならそちらを優先すべきであろう。祝ってくれないのは悲しいが、この時だけだ。主役は妹に譲ろうではないか。と少年は割り切った。

 ここで少年は、違いに気づく。


 四歳の誕生日、少年の誕生日はただケーキを渡されただけで終わってしまった。蝋燭も刺さず、ただ単に「食べろ」と言わんばかりに差し出される。

 兄は今この場にいなかった。

 ここで少年は悟った。


 五歳の誕生日、六歳の誕生日、七歳、

八歳、九歳、十歳ーーーーー。




 *




 「結局は同じ道だったんだ」


 無造作に書かれている頁を、閉じる。大きな炎に包み込まれている狐の絵の表紙が視界に映り込み、少年はそこを撫でる。狐が鳴いて喜んでいるような幻聴が聞こえたような気がした。

 パサパサとした黒髪は寝癖かと思う程にボサボサになっており、爪は凸凹で手は荒れている。唯一綺麗と賞賛するところがあるとすれば、その雪のように白い肌と、まるで黄金の海を思わせるかのような金眼だろうか。

 落書きばっかりのノートと、本屋で物色して購入した本が詰められている本棚。クチャクチャになっている青色のベッド。そして窓際に傷だらけの机を設置している。その机の椅子に、少年は座っていた。


 「俺なんかが、幸福なんて感じるんじゃないな」


 自嘲気味に少年が吐き捨てる。そして、小箱に立てかけられていたカッターを手に取り、ゆっくりと刃を出した。


 「……まだ、転生可能な筈」


 そして自身の首元に近づける。このまま強く引けば、少年の首は簡単に切れ、少年は絶命するであろう。

 それが目的なのだ。少年は、今ここで命を絶とうとしているのだ。

 何があった、と問われれば、少年は「色々」と真っ先に答えて、明確なことは伝えないであろう。それくらいに思い出したくも、書き記したくもない出来事であった。

 一言で表すなら、前世より酷かった。

 精神がズタズタに折られ、唯一の精神安定剤である妹でも抑えきれなくて、唯一の趣味であるものにも没頭出来なくて。

 もう少年は限界だったのだ。

 だから、もう一回死んで、また新たな人生を過ごそうとしているのだ。


 「……さよなら、第二の人生」


 そうして、少年はカッターを引ーーーーーーーーー。




 「命を絶つのはまだ早いわよ、少年」


 その声が聞こえたのは、突然の事であった。

 引こうとしていた手を思わず止める。刃は首に少しくい込んだどころで止まり、少量の血がたらりと伝っていった。


 「ちょっと予想外の事が起こったから暫く見届けていたのだけれど、想像以上ね。これは私の落ち度だわ」


 カタカタと揺れる『手帳』は、ひとりでにパラパラと頁を捲り始めた。それは勿論有り得ないことである。

 少年はまだ、『魔法』という実践的な事は習っていなかった。今は魔法とはどのような危険性があるのか、魔法による病気とは、という内容の中身を習っているところである。

 なので、少年はまだ魔法は使用出来ないーーー筈なのだ。

 ならあの手帳は、何が原理で動いているのか。魔法ではないのなら、一体あれは何だと言うのか。


 「だから私は、あなたを支える使い魔となって、罪を償いましょう」


 パラパラと捲られていた手帳が、突然光を放つ。それは部屋全体を包み込み、少年の視界をも飲み込んだ。

 思わず少年は腕で視界を遮り、光を絶たせる。光は依然放たれたまま、そして少年の耳には、パラパラと頁を捲る音が幾つも聞こえていた。

 やがて光が収まり、暗くジメジメとした部屋が戻ってくる。視界を遮っていた腕を下ろし、少年は部屋を見渡した。

 そして、目の前の"存在"に、目を見開く。


 まるで小さな花を散りばめたかのような赤い着物。それを引き立たせる艶かしい白い足は、着物の隙間のあらゆる所から見え隠れする。

 腰まで届く、水が滴り落ちるように輝く銀の髪。触れてしまったら穢れてしまいそうに、麗しく耽美で、瞳も心を奪われる。

 そして一層目を引くのは、可愛らしくピョコピョコと動かしている「獣耳と尻尾」だった。フワフワとしている銀の毛並みは、まるで「ここにいるぞ」と主張させろと言わんばかりにゆらゆらと揺らめいている。

 少年と同じ、金眼をしている絶世の麗人は、妖しく嗤った。


 「ふふふ。何その顔。会うのは二度目だっていうのに」


 「…………ぇ、ぁ」


 「あ、そういえばこの姿では会ってないんだったわねぇ。失敬失敬」


 全く悪びれる様子などない麗人は、豊かな双丘に手を添え、桜色の唇を再度動かした。


 「改めて、"初めまして"。そして"久しぶり"。腐った魂を持つ少年。どうやらその腐った魂は健在のようね」


 「……………………ちょ、ちょっと待ってくれ、落ち着かせてくれ」


 「ええ、良いわよ。時間をあげるから、じっくり状況を判断なさい」


 じゃあ遠慮なくと、少年は思考をフル回転させーーーそして、撃沈した。つまり、いくら考えてもマトモな答えが出なかったのだ。どれもこれも彼を納得させるような答えではなく、逆に彼を混乱に陥れる。

 一先ず、少年は一つずつ聞くことにした。


 「……えーと、お前と俺は、会ったことがある?」


 「あるわよ。腐った魂って覚えはない?」


 「いやあるけど。めちゃくちゃあるけど。いや、彼奴性別不明だったし」


 「ご要望によっては男にもなれるわよ?とびきりのイケメンをご所望かしら?」


 「いやそれは美味しい展開だがいやいや違うそうじゃない危ない危ない此奴のペースに乗せられるとこだった」


 「今のは貴方のミスっていうの分かってる?私関係ないわよね?」


 混乱したまま質問をした為か、危うくボロを出す所であった。それを優しく窘める彼女。一見微笑ましそうに見える光景だが、傍から見れば何処からどう見ても悪い事をした子供を少しだけ叱りつける母親の図である。

 少年は再度項垂れ、頭を抱える。入り切らない情報が溢れ出る幻覚のお湯と共に流される。情報量によって少年の頭はパンクした。クラクラと目を回し始める彼に、彼女は心配そうに「大丈夫?」と顔を覗き込んだ。


 「…………そんな大丈夫じゃねぇ」


 「あら。何でそんな風になったの?聞かせてくれる?」


 「お前俺が落ち着くまで何もしないって言ったよな」


 「あら、私は普通に聞いているだけなのだけれど」


 「斃れ」


 「お口が悪いわよ」


 段々と顔を顰めていく少年だが、次第に落ち着きを取り戻したらしい。改めて座り直して、麗人を見上げる形で質問を投げかけ始める。


 「で、お前……もしかして、俺を転生させた奴だよな?」


 「ええ、そうよ。貴方達の世界では『転生神』と祀れられているわね」


 「あ?それって何方(どっち)の世界の事だよ」


 「此方の世界の事よ。あ、それと私の事は気軽に「神ちゃん」って呼んでね」


 「呼べるかクソババア」


 「瀕死にしてあげようか?」


 スッ、と人差し指を立て、その指先を炎で灯らせる麗人に、少年は土下座をかました。


 閑話休題(それはおいといて)


 クチャクチャシーツの上で一段落ついた少年は、隣に腰掛けている麗人への質問を再開する。


 「で、俺を転生させてくれた神様が何の用だよ」


 「案外軽く受け入れてくれるのね」


 「まぁ……この世界の事を考えればな。前世じゃ夢のまた夢だと思っていた魔法の世界だ。こういう摩訶不思議な事も受け入れねえとやってらんねぇよ」


 「そういうものなのかしら?」


 まぁ、別にいいわ。と麗人は話を終わらせる。滑らかに胸元に手を置く仕草に、一瞬少年の視線が奪われた。

 麗人はつらつらと説明し始める。何故今、少年の前に姿を現したのか。


 「本当は私直々に行くことなんてないの。何故私がここにいるのか。それは?イレギュラーが発生したからよ」


 「イレギュラー……?」


 「そう。貴方の不幸な転生というイレギュラー」


 「俺の……不幸な転生?」


 言葉の意味は解る。彼女の言っている意味も、何となく理解は出来ている。だが、"其れ丈"の事で神直々に罪を償いに来るなど、有り得ることなのであろうか?

 彼女はその疑問に直ぐ答えてくれた。


 「第二の転生を行う転生者には、必ず幸福の期間を設ける事になっているの。その期間は、転生者が成人する迄。だけど、貴方は既にその期間、軸から外れているのよ。これは異例の事態と言っても過言ではないわ」


 「……はぁ?い、いや……幸福の期間って馬鹿か?そんなの出来るわけないだろ……人間なら誰にでも不幸はやって来る。たとえ神でもそんな事……」


 「いえ、もうこれは決められていることなのよ。"不幸はやって来ない"。私達転生の神によって決められた事柄は、覆される事はない。だから貴方はイレギュラーなのよ、腐った魂の少年」


 哀れそうに言い切り、彼女は溜め息を吐いた。


 「気づいた時にはもう修復出来ない所までいってたから、こうして私直々に罪を償いに来たの。貴方の使い魔としてね」


 「…………まぁ、何となくは解るぞ。理解は出来る。だが別にそこまでやる必要はねぇだろ。つまりあれだ、俺には運が無かっただけなんだよ。どうせ神の事柄だと言っても、セキュリティホールみたいなのが存在してただけだって。それにお前らが気づいてなかっただけでーーーー」


 「それは有り得ないわ。この決まりを作ったのは、私達転生神の中でも上位の輪廻の神よ。欠陥なんてある筈がないわ」


 キッパリと否定した彼女に、少年は呆れながら言う。


 「…………神様何人でも居るのかよ。まぁ、そういう事にしてやるから。だから俺に罪を償うのは止めろ。正直俺は償ってほしい訳じゃない」


 「これは私が自ら決めた事。貴方が何と言おうと、私は貴方の傍に居続けるわ。それにーーーーまだ理由はあるのよ。何故私が此処迄、貴方に罪を償おうとしているのか」


 スッ、と彼女の目が細められる。決意と罪悪感が漂う其の視線は、少年の疑心を誘うには充分であった。

 銀の狐耳がピコピコと揺れる。彼女は滑らかな手先を胸に添えて少年を見据えた。


 「先程、私は貴方にこう言ったわ。貴方は幸福の軸から大きく外れているという事を」


 「まぁ、言ったな。それがどうかしたのか?」


 「それは、貴方は不幸の軸に入り込んでいる事を指すわ。つまりーーーこの侭生きていれば、貴方の人生には不幸しか舞い降りて来ない」


 窓は開いていない筈なのに、何故か風が通った。ふわり、と少年の髪を揺らし、其の嫌な風は消えていく。其の風に運ばれた不快感が、其の侭少年の心に植え付けられたかのように、少年の心が黒く染まっていく。

 不幸しか舞い降りて来ない。其れはつまり、幸せな時間など無いという事だ。例えば誕生日に事故に遭う。毒蜂に刺されて昏睡する。爆発テロに巻き込まれて死ぬ。将来、そうした不幸な出来事しか、少年に舞い降りて来ないと彼女は言っているのだ。

 思えば二歳の誕生日から変わった。両親の態度は変わり、今は存在すら無かった事にされている。両親は自分に無視を決め込んでいる。兄は自分の気持ちなど知らずに有名な魔法高等学校を卒業し、今は一人暮らしを始めている。唯一の精神安定剤であった妹は前世と何ら変わらなかったが、其れは前世の事を尽く思い出し、今と比べてしまう少年にとっては充分な「刃」であった。

 ああ、此処からだ。

 此処から、自分は戻れない道へ入ってしまったんだ。

 肩の力がガクンと抜け、少年は呆然とした表情で彼女を見た。彼女は顔を顰め、少年の視線から逃げる。


 「ッほ、本当に悪いと、思っているわ。此れは私の落ち度。何故貴方だけがこうなってしまったのかは定かではないけれど、でも私のミスには変わりない。だから貴方が気に病む必要は……」


 少年が絶望していると思ったのだろう。彼女が吃りながらも少年に伝えたい事を伝え終えようとした時だった。


 「何だ、結局は変わらないじゃねえか」


 彼女の言葉を遮った少年は、自嘲気味にそう吐き捨てた。彼女が聞き返すよりも、少年は其の侭言葉を紡いだ。彼女の全てを拒絶するかのように、大袈裟に顔を手で覆いながら。


 「今も昔も何も変わらねぇ。俺には負の連鎖しか残ってねぇ。神まで俺の幸福を否定したら、もう元も子もねぇよ。ハハッ、何だよ、俺めっちゃ最悪じゃん!前世も今世も人として見られてねぇとか笑えるに決まってんだろ!?逆に何で妹だけ何も変わらねぇのか不思議に思うぜ全く!ひ、ひは……ははははは!?可笑しくって腹痛てぇわ!俺芸人になれんじゃねぇの!?」


 ははははは!と、狂った様に腹を抱える少年の笑い声は徐々に大きくなっていく。周りの事など関係なく、ただ一心不乱に笑い続ける。

 自暴自棄。今の彼には、其の言葉がお似合いであった。まるで狂人のように笑い続ける少年に、さらに彼女の顔は歪んでいく。

 罪悪感で心がいっぱいであった。先程、ミスなど有り得ないと断言したが、抑こんな事が起きているのだ。ミスがあったのは確実である筈なのに、自分は其れを否定した。

 碌でもない神だ、と彼女は自分を責める。もう少し早く来ていれば、此の少年の精神は生きていたかもしれないというのに。

 

 「…………あの、腐った魂のーーー」


 意を決して、狂った笑いを続ける少年に声をかけようとした時だった。


 「ッッッふざけんじゃねぇよ!!」


 少年が、咆哮した。


 「何で俺だけこんな目に遭わなきゃいけねぇんだ!?何で他の奴等は意気揚々と人生を楽しんでるんだよ!俺が何かしたのか?俺が何か罰当たりな事をしたからか!?何で親も俺も見放す!何で兄ちゃんも俺を助けねぇ!?何で叶羽は何も変わらねぇ!!何で俺はいつも嫌われる!何で俺は、俺は殺されたんだ!!俺が、何したってんだよぉ!!」


 ただでさえ皺くちゃであったシーツがさらに歪んでいく。少年のボサボサの髪は乱雑に揺れ、少年は荒い息を整えもせずに叫喚する。

 ハァー、ハァー、と少年のか細い呼吸が部屋を浸透させた。少年の阿鼻叫喚も部屋に吸われ、静寂と化す。途端に、心に何かポッカリと穴が開いたように感じた少年は、一度冷静になった。

 自分が既に精神が壊れかけているのは承知だ。その歯止めが、この神によって外されただけ。あれは心からの本心であったが、この神にぶつけることではないだろう、と数秒前の自分に後悔する。

 反射的に断ろうと顔を上げた時であった。彼女がこちらをジッと見ている事に気づいたのは。其の瞳に迷いはない。一途な決意が込められている事に、少年は気づく。

 彼女は口を開く。


 「そうね、貴方は何もやっていないわ。神に嫌われる行動も一切していない。言ったでしょう?何故貴方がこうなってしまったのかは分からないって。……だから、私が来たの」


 「……何が言いたい」


 「不幸の軸に嵌ってしまった貴方を手助けする事。これが、私が貴方の元に来た理由。罪の償いよ」


 少年は、僅かに目を見開いた。だが直ぐにハッと嘲笑する。


 「俺の手助け?……神なら、俺を幸福の軸に戻す事ぐらい出来るだろ?」


 「言ったでしょう。もう貴方は修正出来ない所にいたと。つまり、もう貴方は幸福の軸には永遠に戻れない」


 「ッッだったら早く来いよ!どうせ神連中は上から見下ろすだけで暇なんだろ!?」


 「世間一般ではそういう認識なのね……神も楽じゃないのよ。今回は特例として認められたけど……」


 口を濁すように少年の質問と回答に彼女は答える。彼女から見ても、少年がとても取り乱している事は明白だ。いつどれが発破となったのか、若しかしたら全てが発破の類として彼の心に刻みつけられているのかもしれない。

 今の彼はーーー精神が、壊れかけている。

 十五年も不幸に見舞われ、受けるはずのなかった不幸も当てられ、精神を崩壊させていって。真実を突きつけられた今の少年には、全てが爆弾なのであろう。

 目が血走り、呼吸も整えない彼の肩に、彼女は手を置く。


 「いい?腐った魂の少年。私は、貴方を救いたいの。貴方を壊したくないの。だから、貴方の手助けをさせてちょうだい」


 「…………偽善者はそうやって簡単に言葉を並べやがる」


 ボソリと、少年は憎たらしく零す。


 「『助けたい』とか『救いたい』とか、簡単に俺に言ってきやがる。その言葉を口にする事の重大さを理解していないくせに、ただの自分の善意で俺に言葉を投げてきて、最後には捨てる。もうそんなのはうんざりだ。嫌なんだよ!上っ面で空っぽな善意向けられても、何にも思ってないくせにただ同情しただけで手を差し伸べてくる奴も!」


 全部、全部全部全部!!

 ーーー消えてしまえば、いいのに。



 少年の瞳から、コポリと滴が溢れる。ポロポロと散る花弁のように、そしてそれは役目を果たすかのように消えていく。

 全てを拒絶してしまった少年は、既に檻の中で蹲り、世界との関わりを絶っている。

 もう、その檻の鍵を見つけ出すことなどーーー不可能であろう。それ程までに、少年は脆くなっている。


 ーーーなら。




 『創り出せばいい。貴方の心の鍵を』





 新たな新天地(居場所)を。









 もう、嫌だよ




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