織元唯希:そして彼女は懺悔する
「……少し驚いたぜ、織元唯希」
傍まで近寄ってきた唯希に、傀儡師は驚嘆を隠さずに言う。
「……お前から呼んできたのにか」
「だとしても、正直来るとは思わなかった---成程、それ程までにお前は幸せを求めているのか」
やがて、傀儡師は納得する。
唯希がどれほどまでに幸せに固執しているのか。どれほどまでに幸せに焦がれているのか。
幸せの為なら是が非とも身を委ねる男なのだろう、彼は。だからどんなに信憑性がなくとも、可能性があるものならば片っ端から潰していく。
そういう男なのだろう---。
(---そうさせてしまった、と言った方が正しいか)
傀儡師は息を吐いて、体を仰向けにする。唯希と真正面から顔を合わせられるように。
ボロボロとなった服から覗く艶かしい体躯は一瞬で男を虜にしそうであるが、唯希はそういうのには興味が無いらしい。ジッと傀儡師を見つめ、襲撃犯の懺悔を聞くのを待ち続けている。
「……懺悔を聞かせる前に、お前にヒントをやるよ」
「……え?」
それが何か可笑しくて、思い立って傀儡師はそう言った。
虚をつかれた顔が何とも笑いを誘う。くつくつと笑いを抑えながら、傀儡師は彼女には語ることのなかった秘密を、唯希に明かした。
「お前が殺すべき相手についてだ」
「……!」
「お前を不幸にさせた原因、その根本---俺はそいつを知っている。それを知った上で言わせてもらうが……---今のお前には適わない、そんな強大な相手だ」
衝撃の新事実。
突然振り落とされたどでかい塊を全身全霊で受け止めたかのように、唯希に電撃のようなものが走る。
傀儡師が、自分をこんな人生にした元凶を、知っている?そもそも、自分をこんな人生にした元凶が、存在していたのか?希美すら分からなかったその原因を、根元を、全ての始まりを。
その上で、自分はそいつには適わない、と?
「……そいつは、あいつよりも強いのか。魔導士なのか?」
唯希は後方で君崎に治療をしている希美を視線で差す。
希美は絶対的存在の「神」である。それを否定するかのような発言は少々躊躇ったが、彼女を軸に置くことでその「黒幕」の実力が測れるのではないかという思いで、唯希は若干疑念を持ちつつ傀儡師からの返答を待つ。
傀儡師は、そんな唯希の思いに気づく素振りを見せず「そうだな」と直ぐに肯定した。しかし、「だが、魔導士じゃない」と一部を否定する。
「……何なんだ、そいつは?あいつよりも、強い……?」
「それは語れねぇよ。自分で見つけな」
どうやら、肝心の部分は教えてくれないらしい。
しかし、これは新たな発見だ。その黒幕の実力を少しだけでも推測出来るのは有難いし、まず黒幕が存在していた事は結構デカい。それで勝てるかは別だが、無知のままで挑むのは自殺行為であろう。何れにせよ、これで「幸せは永遠にやってこない」という希美の断言が覆される可能性は高くなった。
何れ来るであろう幸せな未来を思い描いた唯希に、傀儡師が「さて」と水を差すかのように前置きする。
「そろそろ、入れ替わろうかねぇ。まぁ、入れ替わったらもう戻れねぇんだけど」
「……そうなのか」
「ああ、だって俺、死ぬから」
楽観的に放たれたその言葉に、唯希の身体が硬直した。
「俺はこいつと一心同体なんだ。当然死ぬのも一緒だ。だから、俺は死ぬ。こいつも、恐らく遺言を言って、同様に死ぬ」
「……」
「治療するとか言うんじゃねぇぞ。どの道、治療されてもこいつは助からねぇんだ。魔力がない状態で、ずっとこの俺に動かされてたんだからな。すれば命を延ばすだけじゃあ、逆に苦しむだけさ」
「……しようとも思わねぇよ」
「おおっと、情の欠片もねぇってか。まぁそうだよな。ここまでお前らを追い詰めたやつだもんな。助けねぇか」
言葉の応酬にゲラゲラと嗤う彼だったが、途端に表情を引き締めて、言う。
「織元唯希、てめぇがもし、これからあの神と歩んでいくんだったら---神の力に頼るのは止めておけ」
「……」
「あの力に頼っていたら、お前は次のステージには上がれねぇ。一生不幸が纏わり付く。それを振り払いたいんだったら、あいつの力なんて頼らずに自分で生きろ、戦え」
それは忠告であった。助言であった。
ハッキリと、希美の力を否定する傀儡師。そこに悪意や嫌味などなく、ただこれからの事に釘を刺しておくような、本音のようなものが零れ落ちる。
「…………あの神様とは、これからも付き合っていくつもりだ。だから、お前の言葉は頭の片隅にでも入れておく」
それを唯希は心に受け留めた。
疑う事も、拒否することも無く、唯希は傀儡師の言葉を信じる事にした。
なぜなら、彼の助言にも納得するところがあるからだ。恐らく、あの神の力をこれからも頼れば、唯希の性根はさらに腐っていくばかりであろう。それだけは何としてでも阻止したかった。
幸せになるために。自分自身の幸せを、この手で掴む為に。
「……まぁ、頭にねじ込んどいてくれりゃあ、それでいい」
満足そうに笑った傀儡師は、ゆっくりと目を閉じる。うつらうつらと、一時の眠りにつくように、静かに。
完全に目を閉じた数秒後、再び傀儡師は目を開ける。ぐったりと、呆然と壊れかけの天井を見つめ続ける彼は、やがて息を吐くように発した。
「……かわった、のね」
その発言で、唯希は傀儡師があの襲撃犯に変わっていると気づく。
襲撃犯は、自分と傀儡師が変わったことを知ると、不興顔で嘲るように小さく笑った。
「遺言とか、懺悔とか、意味わからないわ、もう、なにあいつ」
「…………」
「勝手に入り込んで、勝手に人の感情を弄んで、勝手に私の体を使って、そんな最悪な奴の慈悲?慈悲でもなんでもないわよ、嫌味よ、これ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「………………………………夢をね、見たのよ」
不満を垂れ流した後、やがて彼女は奥底から絞り出すように、もう叶えられない念願を零す。
「大学に進学して、皆から凄い魔導士志望だって羨望されて、人生を謳歌してたところにね、カッコイイ男の人に告白されるの。その人の告白を受けて、付き合って、甘い青春を過ごす、そんな幸せな夢。……長年の夢なのよ、カッコイイ彼氏を作る事っ、て」
「……」
「凄くカッコよくて、優しくて、私の事を否定しない男の人。そんな人と一緒にいたら、凄く幸せ。将来はね、その人と一緒にお仕事をする予定でもあったのよ。凄い魔導士になってね、その人と背中を合わせて戦うの。素敵だと、思わない?」
「……」
「いっぱい敵を倒して、その人と仲を深めて、添い遂げて、それでお父さんやお母さんからも褒められて、団欒に過ごし、て」
彼女から、透明な滴が垂れる。
いつしか、彼女は嗚咽を零すようになっていた。抑えきれない感情を必死に押し留めるようにするも、彼女の体は、彼女の本能に従うまで。
「なんで、こうなっちゃったのかしら」
日々吐かれるこの言葉が、今に限ってとても重いものに感じた。
「どこで、まちがったの。私は、おとーさんやおかーさんに、認められたくて、がんばったのに。がんばれば、おとーさんやおかーさんも、褒めてくれると、おもっ、てた、のに」
「……」
「どう、して。なんで、こんな、もう、いやだ。こんな、きたない人生、いやだ」
「……」
「もう、あんなところにいきたくない。もう、あんないえにかえりたくない。もう、わたしをみてくれないところになんて、いきたくない、もう、もう」
「…………」
「おねがいだから、わたしにきたいしてよっ。すてないで、よ……っ。わたし、がんばったのにっ、がんばっだのっに……!」
涙が止まらないらしい。それを拭う力も、残っていないらしい。
みっともなく涙を流す彼女の言葉を、唯希はジッと、口を挟まずに聞いていた。
「なんで、むくわれないの。なんで、こんなことになるの……っ!わたしが、なにを、したっていうの……ッ!!」
「……」
「しにたい、こんな世界から、いなくなりたい。わたしを必要としないこんなせかいから、もう……っ!!」
「……良かったな。つまりこの状況は絶好のチャンスってわけだ」
やっと、唯希は彼女の懺悔に反応する。
しかしその発言は彼女を少なからず煽るものであった。彼女の懺悔に同情の欠けらも無い、客観的から見た心無しの意見。
襲撃犯は唯希の発言に唖然とするも、直ぐに自嘲する。
「……そう、ね。このままいけば、わたしは、しぬ」
「……」
「……しぬ、のよ。も、みえない」
「……目が?」
「かす、むの。こえ、も、つら」
「……」
それは、彼女の「死」を意味していた。
それは、彼女の命の灯火が燃え尽きるのを意味していた。
もうすぐ彼女は、息絶える---それを、意味していた。
唯希はそっと目を閉じた。
「……懺悔はそれだけか?後は、死を待つだけか?」
「……そ、ね」
「……………………」
「…………………………」
「…………………………」
「………………………………」
「………………………………………………来世にでも期待するか?」
何気なく、気になった。
今も彼女に、生の執着があるのかどうか。生まれ変わりたい、という願望が込められているのか。
事切れる前の彼女に、最後に唯希は聞きたくなった。
「…………き、たい、して、るわ、よ」
果たして、彼女は肯定する。
「----うまれかわったら、こんど、は、ぜったいに…………」
その先の言葉は、聞けなかった。
その言葉を聞き入れる前に、彼女の灯火は鎮火してしまった。
唯希は、ゆっくりと目を開ける。
固く閉じられる瞼は、もう開くことは無いであろう。力無く倒れる彼女に今触れば、恐らく冷たい体温が伝わってくるであろう。
もう動くことすらない彼女の体を視界に収めた唯希は、彼女から視線を外した。
途端、パキン、と亀裂が入る音を耳にする。ハッとして半壊している壁の方に顔を向けると、その何も無い空間に罅が入っているのを目撃した。
やがて、空間は甲高い音を立てて破壊される。硝子のように割れた空間は、時間を立てて灰となって、最後には消え去った。
瞬間、唯希は数人の大人達の声を耳にした。恐らく、救助に来た魔導士か、それか教員かのどちらかであろう。それを理解すると共に、唯希の体はどさり、と崩れ落ちる。
「ぅ、え……?」
驚きに目を白黒とさせた唯希はもう一度立ち上がろうとするも、体はピクリとも動かなかった。
数々のピンチを乗り越えた彼の体は、既に限界に達していたのだろう。恐らく、漸く終着した戦いに思わず気を抜いてしまい、それに感化された脳が休息を要求したのだろう。
だから唯希は、体を動かせれなかったのだ。動かせないくらいに、極限まで戦っていたのだから。
(…………)
外から聞こえる慌ただしい声と、顔を歪めて唯希を見つめる希美の姿を目に、彼は安堵の息を吐いた。
戦いは終わったのだと、改めて実感したのであった。
次回エピローグです。




