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逆境ストラグル  作者: 沢渡 夜深
ストラグルの鐘
14/17

織元唯希:神の畏怖


終 わ る 終 わ る 詐 欺





 時は遡る。



 轟く咆哮が地を揺るがし、灼熱の炎が全てを焼き焦がすその空間で---希美()は、余裕綽々と佇んでいた。


 「ふん」


 『グオオオオオオオオッッ!!』


 鼻を鳴らした希美の先には、怒りによって昂った炎獣が、彼女に牙を向いていた。

 燃え盛る炎の牙が彼女に迫る……というのに、彼女は焦ること無く、寧ろその攻撃に面倒臭そうに顔を歪めた。


 「……」


 『グオオッ!?』


 鬱陶しく希美が手を払うと、彼女の前に透明な壁が出現する。その壁にぶつかった炎獣は、驚愕に鳴き声を上げた。驚きに飛び退いた炎獣は、警戒するように唸り声を出す。それは威嚇にも聞こえ、野生特有の本能を垣間見る瞬間であった。

 ---先程から、この行動の繰り返しである。

 襲いかかってきたら防御で固める、その作業ばかりに炎獣も苛立ちを募らせているのであろう。

 早く主人の元へ行きたい。主人に害する者を全て排除しなければ。その一途な思いが、炎獣を占めていた。


 「私だって、早く織元の所へ行きたいわよ」


 その炎獣の心を読んだかのように、希美が忌々しそうに吐き捨てる。


 「貴方を消し去って、早く織元の所へ行きたいわよ、私だって。……なのに、貴方は何故消えないの?」


 『……』


 「貴方を消し去る程の威力を当てた時もあるっていうのに、貴方は痛くも痒くもないのか、何の反応もせずに私に攻撃してきた……どういう事?」


 『…………グオオオオッ!!』


 答えるつもりは無い、と言わんばかりの激烈な咆哮。

 受ければ忽ち膝を折ってしまい、最悪の場合気絶にも陥る強烈な一撃---しかし、彼女は悠然と立って、炎獣を睥睨する。


 「……そう、答える気は無いのね。……なら、もういいわ(・・・・・)


 『……!?』


 遺憾の表情を浮かべた希美は、軽く手を下へ降ろす。

 次の瞬間---炎獣の体が、突如金属の塊を頭上から落とされたかのように、地面に叩きつけられた。


 『--グッ、オオッ……!?』


 「"重圧魔法"ですって。この世界の人間は安直な魔法ばかりで、分かり易くて助かるわ」


 叩きつけられた事によりクレーターが出来上がった所に、彼女は歩み寄って言う。

 『重圧魔法』---その名の通り、重圧をかける魔法。つまり炎獣は、見えない重圧の壁に潰されかけているのである。このまま行けば、炎獣は呆気なく潰されて事切れる事であろう。

 そうならない為にも必死に抵抗する炎獣を、間抜けなものでも見るかのような侮蔑の目で希美は見る。


 「何か情報が得られれば良かったのだけれど、やっぱり獣畜生に聞いても駄目ね。本人に直接問わなきゃ。あーあ、時間を無駄にしたわ」


 『グ、ウウ……!』


 「ああ、安心しなさい。この後直ぐに力を加えてあげて、楽に滅してあげる。消えなかったらそれでいいしね。……結局、貴方の謎も何も解けなかったわね。少々心残りだけれども、まぁこれで消えてくれるなら別に知らなくてもいいか」


 と言いながらも、彼女は残念がる素振りを見せない。それどころか、既に炎獣をこれから消えるものとして認識し、目を向けていない。

 彼女にとって今の炎獣は、何の得もしない、いわばゴミ同然のようなものなのだ。そんなものにいつまでも意識を向けるのは馬鹿馬鹿しいというのが、彼女の意見であった。

 そのままプレス機をかけるように、力を加えていく。加えていくにつれ、炎獣の声は徐々に押し潰されていった。


 『---グ、ギュ、』


 「……そういえば貴方、不死身なのかしら。まぁいいか……」


 炎獣が魔法で作られていることに今更ながら思い出した希美だが、その時は自分が何か施せばいいと無理矢理解決する。

 やがて、炎獣はだんだんと力が加えられる透明な壁にゆっくりと潰されていき---呆気なく、炎の滓となって消えていった。


 「…………何で今になって消す事が出来たのかしら……?」


 先程までは攻撃があまり届いていなかった印象だったというのに、今頃になってこうも簡単に倒す事が出来たことに、希美は不信感を抱く。

 しかし、それは既に過ぎた事。「まぁいいか」と楽観的に捉えた希美は、唯希を救うべく彼の魔力を探りに入った。


 (…………結構移動しているわね。でも、これだけなら直ぐに行けそう)


 少々先の方に、唯希の魔力を感知する。その傍に今にも消えかかりそうな魔力と膨大な魔力も見つけて、希美は眉を顰めた。


 (……あの女、あんなに魔力が残っていたかしら……?)


 それは、襲撃犯の魔力の事。

 先程交えた時は質は高かったにしろ、既に彼女は満身創痍で量はゼロに等しかった。なのに今は、希美でも息を巻く程の魔力量。

 …………いや、少し待て。希美は再度、彼女の魔力を奥底まで探ってみる。


 (………………………………何これ…………)


 そして、希美は真実を知った。

 膨大な魔力を持つ襲撃犯---それに違和感を覚えた希美だけが、知ることが出来た新事実。


 (---あの女の魔力、もうない(・・・・)じゃない)


 希美は顔を強ばらせた。

 そう、彼女が知ったのは---既に、襲撃犯の魔力が無いこと。1ミリも、一滴も、残されていない、その事実を彼女は知ったのだ。

 では……あの魔力は、一体何処から?

 何故彼女は魔力がない状態で、動けている?

 普通なら、魔力がなくなった時点で死も同然。そんな体で動き回るのは自殺行為だ。自分で自分の首を絞めるようなものである。そもそも前提として、魔力が無くなれば動くこともままならないのだ。

 そんな状態で何故動けているのか。---そこで希美は思惑する。

 何かを考え込むそうな素振りをした希美は、ある考えに至った途端---嘆息した。


 「…………面倒な事ばかり、増やしてくれちゃって」


 魔力探索を終えた希美は、その美しき銀髪を手で掬い、払う。

 そして、万人が恍惚に顔を歪めるであろう微かな笑みを浮かべて、歩き出した。


 向かう先は、有能の元。

 彼の驚異になるものは---全て、潰す。




***




 「お待たせ---貴方を滅しに来たわよ、紕い(まよい)人さん?」


 悠然とした佇まいで、希美は炎の剣を構える襲撃犯を見据える。


 「……お、まえ」


 希美の傍で、全身傷だらけで倒れ込む唯希は、力を振り絞って顔を上げた。君崎も顔すら上げられないものの、目線だけを希美に向ける。

 そんな彼らを一瞥した希美は、整然とした着物を流れさせ、再度襲撃犯に目を向けた。


 「……私の契約者をこんな風にして、覚悟は出来ているの?」


 その声色に、明確な瞋恚(しんい)が乗せられた。

 刹那---ドクンッ!と鳴る、膨大な殺気が周囲に放たれる。


 「……!」


 その殺気に当てられた襲撃犯は、咄嗟に剣を希美に向けていた。それは一種の防衛本能。そうせざるを得なかったのだ。

 カタカタと剣が音を立てる。手が震えているのは一目瞭然。冷や汗が垂れ、1ミリも目を逸らすことが出来ない。


 (……こわ、い?)


 この震えは寒さから来るものでは無い、恐怖から来るものだと。身体中から吹き出る汗は、その恐怖心に駆られたせいだと。

 襲撃犯は、希美に戦慄していた。感じたこともない未知の恐怖に、身を震え上がらせる。


 「……なに、ものなの……?」


 もう何度目の質問か。しかし、その質問の意図は、今までとは違う。


 「貴方は、服従生物(サブヴェール)の域を、越えている---」


 明らかな異質な存在に、彼女は明示的に敵意を向けて、再度問う。


 「貴方は、何者なの……!?」





 「---神」



 その一言が放たれた瞬間、世界が時を止めた。

 まるで今日、世界が滅亡を発表したかのように、動きが止まる。コンマ数秒すらも遅いと感じるこの空間で、希美()は尚、余裕の顔つきで---怒りも含めながら、希美を見詰める。

 誰も、神しか動く事を許されないこの状況---しかし、襲撃犯(無法者)は違った。


 (---やっぱり(・・・・)


 襲撃犯は、彼女の口から出た「神」という単語に、何故か納得していた。心の内に溜まっていた蟠りが、一気に取り払われたかのように。爽快にもなった、とも言える。

 彼女が神というものなら、あの異常な行動も頷ける。成程、あれは確かに神の所業でしか出来ない。服従生物(サブヴェール)であんな芸当をやってのけたのを見たのは、あれが生まれて初めてだ。


 (それに、この威圧)


 ただの服従生物(サブヴェール)が、出していいものじゃない。

 高位の服従生物(サブヴェール)は確かに存在していたが、それと比較しても彼女は常軌を逸している。例えるならば月とすっぽん、天と地との差である。

 認めるしかない、彼女が神だということを。

 そして自分は、その神の怒りを買っているのだと。


 (普通の服従生物(サブヴェール)だったら対抗出来たのに……!)


 状況は一変した。

 先程まで優勢だった襲撃犯が、一気に劣勢へと変わる。

 それもこれも、希美が乱入したおかげである。唯希は彼女に話しかけようにも、彼女の威圧に当てられて声を出すのも億劫になってしまった。


 「……で、私が神だと知った貴方は、この後どうするつもり?」


 希美は煽るように襲撃犯に問いかける。彼女が神だと分かった今、最早彼女の動向全てが尊く見えてくる。神々しい、という言葉を体に被せたように、彼女は光り輝いていた。


 「……どうするか、って?」


 震える声、動悸の激動、消えない畏怖。

 それらを全て引っ括めて、彼女は目付きを変えた。

 ---それは、既に諦めていながらも、覚悟を決めた決意の目。


 「---貴方を、殺すわ」


 「---雑魚犬が」


 襲撃犯の答えに、希美は怒りを隠さず忌々しそうに舌を打つ。上品な立ち振る舞いから一点、気性荒い形相を露顕にする。

 殺る気である、と唯希は気付いた。彼女は、ここで襲撃犯を殺すつもりだ。唯希の役目を、彼女が担ったのだ。


 「---【我が手に宿れ、怨念の燐火】!」


 仕掛けたのは、襲撃犯。

 剣を持たない手から、青白い火を創り出す。手の中で揺らめくその火を、彼女は地面に向かって振り落とした。

 瞬間、青白の爆炎が轟く。コンクリートを破壊しながら突き出る鋭利上の刃は、強烈な爆炎を唸らせながら一直線に希美の元へ向かっていった。


 「ッお--」


 おい、と希美に呼びかけようとした---が、その言葉は呑み込まれる。

 何故なら、希美の表情が---笑っていたからだ。それも余裕からではない、子供のように、まるで新しい玩具を見つけたかのように、狂ったように---嗤っていたのだ。

 そして、狂人の笑みを浮かべた彼女は---手を翳す。

 たったそれだけ。

 たったそれだけの、行為で。





 ガァ!と、希美に届く筈の爆炎が、何かに弾かれた(・・・・)かのように襲撃犯に帰ってきた。


 「ぇ---?」


 息付く暇も、驚愕する暇も、対処する時間もなかった、突然の反映攻撃。

 何の反応も出来ないまま---彼女は、視界に広がる眩い爆炎に、呑まれるしかなかった。

 轟音が立て続けに鳴り響く。まるで大地の怒りに触れたかのように建物が震え、振動を起こす。

 やがて全ての音が収まり、炎が鳴りを潜めた時には---襲撃犯の体は、もう動かなくなっていた。


 「---な、ぁ……!?」


 一撃。それも、跳ね返しただけ。

 その事実に唯希は開いた口が塞がらない。隣で倒れ込む君崎も同様であろう。

 たったの跳ね返し攻撃でこの威力。そしてあの攻撃を軽く返してみせた彼女の力を、今一度見せつけられた。


 (これが、神---!)


 全てを屈服する事が可能であろう神の力に、ゾワリ!と身の毛がよだった。


 「……ぅ、あ」


 襲撃犯はまだ生きているようだ。ガリ、とボロボロになった指で地面を引っ掻いている。

 そんな襲撃犯に、希美がわざと音を立てて、歩み寄った。そして襲撃犯の前で立ち止まると、冷酷な視線を彼女に向ける。


 「私ね、別に貴方が勝手に破壊行動を行っている分には良かったのよ。ただ生かせて、この世界の警察に突き出せばそれでいいと思っていたの」


 でも、駄目ね。希美は冷ややかに、彼女に言う。


 「貴方は、私の大事な人(織元唯希)を傷付けた。それはあってはならないこと。---だから私は、貴方を殺してあげることにしたの。嬲って、痛め付けて、冥府以上の地獄を味あわせてやった後に、じっくりと……ね」


 「……!!」


 襲撃犯の体が、恐怖により震え上がる。彼女の言った事が、安易に想像出来たからだ。

 拷問か、はたまたそれ以上のものか---彼女が神だからこそ、人間では出来ないことも平気でやることであろう。ここで命乞いをしても無駄だということを、彼女はこの時に気づいてしまった。

 聡い自分が恨めしい。そして、人間としての矜恃を弄ばれ、地獄に落とされる自分が悲しくて仕方がない。

 ツーッと彼女の頬に生暖かい透明な液体が流れ、死を覚悟して目を瞑った。


 「…………さて、じゃあ尋問と行こうかしら」


 言いながら、希美は襲撃犯の頭を掴んで無理矢理引っ張られる。ブチ、と何本かの髪が千切れていく刺激に、直ぐさま恐怖が込み上げてきて思わず窮する。


 「……」


 すぅ、と希美は襲撃犯の耳朶に口を寄せて---炙り出す(・・・・)ように、こう囁いた。





 「そろそろ姿を現した方がいいんじゃないかしら?その方が身のためよ?---ね?」




 その囁きが、彼女の頭に浸透した直後。

 あれだけ恐怖に力んでいた体が、ぽっ、とロープで切り離したかのように力が抜ける。

 ぎゅっと瞑っていた目をゆっくりと開けた襲撃犯は---ぐるぐると竜巻を起こす漆黒の瞳を細め、口角を上げた。


 「…………ふひ」


 溢す声は不気味さを感じた。

 くつくつと堪えるように笑う彼女は、次の瞬間口を歪めて、振り返る。


 「---なぁんだ、お前、気づいてたのか」


 刹那、彼女の雰囲気が覆った。

 慄く様子から一変、何処か綽々とした様を見せつけた彼女。明らかに様子が違う姿を見て、唯希はハッと気づく。


 (……まさか、襲撃犯(あいつ)が言ってたことって……!)


 彼は、襲撃犯がボロボロと白状した言葉を思い出す。


 ーーー『この学校に入った後から、私は何者かに意識を乗っ取られていたかもしれないの』


 ---『私は何者かに操られていた……ならそれは誰に?きっと私より上位の魔導士よ。気をつける事ね。トリガーは今の材料で考えるとなると、悪い感情で一気に取り込まれ、暴走する、といったところかしら』


 そして、唯希と戦闘を交えていた最中に零した言葉。


 ---『……あーあ。本当に、使えねぇ体』


 それらを総計して、彼は推測する。

 もし彼女の言葉が本当ならば。

 彼女の言葉が真実で、本心からの言葉であれば。


 (あいつは---)


 間違いない、彼女は……否、その正体(・・・・)は。



 「あのガキには粗方バレてるとは思っていたが、お前は何処で気付いたんだ?---この俺が、襲撃犯(こいつ)を操っていたことによぉ」



 襲撃犯を操っていた奴、その要因だ。

 彼女を操っていた人物(?)---この場合は、傀儡師と称する。口調も一人称も様変わりしたこの姿が、傀儡師の姿なのだろう。


 「魔力の違い。それと異常な生命力」


 傀儡師が投げかけた疑問に、希美は答えた。


 「あの女の魔力は既に0を切っていた。普通ならその状態で動き回れば命を落とすのに時間はかからない。……にも関わらず、あの女は魔力がない状態で動き続けていた。普通なら有り得ない。……だけど、それに上乗せするかのように魔力が詰められていれば、話は別」


 「…………ンだよ、そこまでバレてたのか。上手く隠したつもりだったんだがなぁ」


 「ええ、上手く隠されていたわ。私でも時間がかかったもの。誇ってもいいのよ?」


 「誇ってもいいことなんてねぇよ、チートが」


 鼻で笑った傀儡師は、「で?」と促す。


 「確信に至ったわけは?」


 「生命力が異常。それに疑問を覚えて探ってみたの。そうしたら、彼女の魔力回路が異様に弄られていたのを見つけたわ。まるで自分が扱いやすいように改変されているめちゃくちゃな回路をね。そこに別の魔力が流れていたから、分かったの。……彼女の魔力回路を弄ることで、自分の魔力の供給をスムーズにし、さらに彼女を操りやすくする……そういう魂胆でしょう?そうすることによって彼女は限界まで魔力が注がれ、無理矢理生きながらされている、皮肉なものね」


 「魔力を注げば誰だって生きれるからなぁ。まぁ相性が良くなくちゃポックリ逝くんだが……」


 この女と俺は相性が良かったらしい、そう愉しげに語る彼を、誰も咎めなかった。

 話をまとめれば、こうだ。

 傀儡師は、魔力が空っぽになった襲撃犯につけ入り、上手く入り込んで操っていた。そして襲撃犯の中に自身の魔力を注ぎ込み、無理矢理襲撃犯を手中に収めていた、という。


 (そんなこと、可能なのか……!?)


 まだ魔法に乏しい彼らは、知らない。

 他人の意識を乗っ取る---一般では「洗脳魔法」と呼ばれるものは、秀抜した魔導士にしか出来ないということを。

 つまり襲撃犯を手玉に取っている傀儡師は、襲撃犯以上の魔導士と確定する事が出来るのだ。


 「貴方は一体何者?どうして彼女の中に潜り込んだの?」


 希美は矢継ぎ早に問いかける。

 傀儡師は、んーとわざとらしく嘲ら笑いながら、問いかけに答えた。


 「まず一つ目の質問。俺が誰かって事だが……今この場で答える時じゃない。次に二つ目は、単純に都合が良かったからだ。この女は他とは引けを取らないくらいの優秀な魔導士だ。その魔導士が負の感情を持っていたから、それに漬け込んで入った。それだけのことよ」


 「……つまり、たまたまってこと?」


 「そう、たまたま標的がこいつになっただけ」


 単なる偶然、運命でもない。

 それだけで彼女は、生死の境目に立たされているのだ。

 なんとも非道、なんとも不遇。悪魔に目をつけられたことに同情しか生まれない。


 「……彼女を操った理由は分かったわ」


 だが、それだけだ。

 希美はそれでも、有無を言わさない威圧を傀儡師にぶつけて、だけどね、と続ける。


 「それで正体を隠す理由にはならない---吐きなさい」


 直球の命令形。戯言は許さない。少しでも嘘を言ったら殺す。希美が続けて発していないにも関わらず、物騒な言葉ばかりが彼女の顔に貼り付けられる。

 本当に嘘を言ったら、直ぐに息の根を止めに行くのだろう。そう考えただけで足が竦む。もし嘘をつけば、失禁してしまう程の畏怖が傀儡師に襲いかかるであろう。

 本来なら畏怖に屈して勝手に明かすところだ---だが、傀儡師は違った。


 「---たとえ神だろうと、明かせられねぇよ」


 傀儡師は、抵抗した。

 他ならぬ神の命令に、拒絶の意を示した。


 「……へぇ、何で?」


 冷ややかな声が突き刺さる。それに伴って、彼女の感情がふつふつと煮え滾るのを感じた。

 憤っている、怒りに満ちている---それが分かっても尚、傀儡師は笑みを絶やさずに答える。


 「まだ教える時じゃねぇ」


 「そんなのは関係ないのよ、吐きなさい」


 「お前に関係はなくても、俺には関係ある」


 「貴方の事情なんて知らないのよ、吐け」


 「俺もお前の事情なんて知らねぇよ」


 「殺すわよ?」


 ついに希美が傀儡師を手に掛けようと動く。傀儡師の首に手を添え、徐々に力を加えていく。

 窒息させる気だ。しかしただで窒息するわけではないのだろう。だんだんと締めていき、死への恐怖を味合わせ、その恐怖心から込み上げてくる感情と共に吐き出す情報を入手するつもりだ。それがこの場において最適な情報の吐かせ方なのだろう。


 「別に殺してもいいぜ?俺はな」


 しかし、傀儡師は揺るがない。

 首を絞められているにも関わらず、依然として傀儡師は不敵に笑う。これに虚を突かれたのは希美の方であった。


 「何……?」


 「だから、別に殺してもいいって言ったんだよ。その場合、まだ聞ける情報も無くなるし、この体だって死ぬし、まぁ良いことはないぜ?」


 「…………」


 確かに、ここで傀儡師を殺そうとすれば、体となる襲撃犯も道連れとなる。それに、今入手出来るはずの情報も、殺してしまえば全て失ってしまうであろう。

 そもそも、この傀儡師を今ここで殺す事など可能なのであろうか。もし彼に本体が存在していたとしたら、ここで殺しても彼にデメリットはない。意識を戻せばいいだけなのだから。なので結果的に、殺されるのは襲撃犯のみ。彼が意識だけしか存在しないのならば、二人同時に殺めることが出来る。

 情報を優先するか、それとも。---答えは既に決まっていた。


 「そう…………---なら、織元の為に死になさい」


 迷うこと無く、希美は唯希を選ぶ。

 彼女は唯希の為に天界から降りた異端物である。それに、既に唯希の所有物となりかけている。なら選ぶ選択肢は一つしかない。

 傀儡師からこれ以上情報を吐かせる事は不可能と判断する。それに借りられている襲撃犯が我に返ったとして、決して良い方向に向かうとは限らない。そう考えれば、この後の障害と考えて差し支えないであろう。

 であれば、始末一択に他ならない。唯希が瀕死となる時が一番の恐怖である希美にとって、これは揺るぎない選択であった。


 「……そうか、お前はそっちを選ぶか---なら慈悲をくれ、神よ」


 諦めたように息を吐いた傀儡師は、希美に切望する。


 「この後に及んで慈悲ですって?巫山戯るのも大概にしてちょうだい」


 「正確には俺じゃねぇ。俺が借りている体のことさ」


 「…………」


 「俺を殺すには、こいつごと殺さないといけない。なら最後の慈悲として、こいつの愚痴にでも付き合ってやってくれ。吐き出したいことだってあるだろう?」


 傀儡師の願いに、希美は考え込む。

 この言葉だけを聞けば、襲撃犯は完全なる被害者であるだろう。殆どが操られていただけなので、生きていたとしてもそれ程重い罪には問われない。---生きていればの話だが。

 ここだけの話、希美が力を持ってすれば、傀儡師だけを殺す事だけは可能である。無駄に死人を増やす事はない。

 しかし、今の希美は『完全体』ではない。仮契約によって半分の力が制限されている、模倣のような存在だ。たとえ傀儡師だけを殺せたとしても、襲撃犯を治癒される力は残っているかどうかすら怪しい。

 なら、このまま死なせた方がいいか。その前の遺言程度なら別に支障はないであろう。


 「……分かったわ。遺言は聞いてあげる」


 「助かるよ---」


 だから希美は聞いてあげることにした。

 神としても、当然の職務だと思ったから。



 「だが聞くのはお前じゃねぇ---お前だよ、織元唯希!」


 だから、この言葉に希美は遅れてしまったのだ。


 「……お、れ?」


 ひっそりと彼らの会話を聞いていた唯希が、驚きに見開く。まさかここで自分の名前が呼ばれるとは思ってもみなかったであろう。


 「……どういうつもり?」


 「なぁに、簡単なことさ」


 直ぐに殺気を飛ばす希美に、傀儡師は愉快そうに笑ってこう直答した。


 「あいつが次のステージに進む為の、大事な通過点なんだよ、この場面(シーン)は」


 「何を言って……」


 「今のあいつは脆い。このまま進めば直ぐに壊れるぞ」


 「ッ……」


 彼は何を言っている。頭は理解していないはずなのに、何故か希美は彼の言葉が的を射ていると思ってしまった。

 思わず言葉に詰まる。その間に、傀儡師は唯希に向かって口を開き続ける。


 「織元唯希!お前はここで指を咥えて待っていてもいいのか!?全てをこの神に任せてもいいのか!?違う、違うだろう!それではお前は何も変わらない、何も変わりやしない!自分の力で何もせずして得るものは、所詮はそこらに転がっているガラクタも同然よ!」


 「……ッ」


 唯希も何故、ここで自分を指名したのか、その目的を理解していない。

 彼の言葉通りに動いてもいいのか。彼の言う通りにしていいのか。


 「選べ、織元唯希!---自分の人生を、切り拓くために、乗り越えろ!」


 「ッ」


 揺らぐ。

 それが正当かは分からないが、唯希の思いが揺らぐ。

 彼に傾いていく。それだけ彼の発言には影響があった。


 「…………やめて、やめなさい!」


 それに気づいた希美は、激しく激昴し彼に刃を向ける。

 既に彼女の頭には、遺言を聞くという願いは残っていない。

 ただ彼女の頭に残るのは、唯希を害そうとする存在の抹消命令だけ。


 「これ以上、織元を堕とさないで!もういい、もういいわ、この女ごとお前を殺してやる、遺言が何よ、場面が何よ、意味がわからない!そんなの織元には必要ないわ……!」


 死ね……!

 殺意の衝動に任せ、希美は襲撃犯の首に手をかける。爆発の魔法を仕掛けて、彼女の頭ごと爆殺しようとしたその時。


 「---待て!止めろ!」


 「!」


 唯希の制止が、希美の動きを止めた。


 「……何で、何で止めるの!?」


 激昴のまま希美は唯希の方を振り返る。

 どうして止める、こいつはお前を混乱させているだけだ。お前にとって利益はない。その意図を含みながら、唯希と視線を混じえた。

 唯希は真っ直ぐと、希美を見据える。激痛で体は動かないはずなのに、彼は立ち上がり、正面から希美の言葉を受け止めていた。


 「……そいつの話を聞く」


 「駄目よ、貴方に利益はない」


 即座に唯希の希望を切り捨てる。

 しかし唯希は、止まらない。


 「……いや、俺にとって、利益はあるのかもしれない」


 「あるわけないでしょう、敵なのよ!?」


 「敵だとしても、それが俺の幸せに近づくためなら---俺は、手段を選ばない」


 だから、退いてくれ。

 従ってくれ。



 ……彼の懇願に、希美は頷くしか無かった。


 (……契約が)


 仮契約といえど、契約は契約。

 契られた約束を破ることは、たとえ神であろうと許されない。

 故に、希美は言うことを聞くしか無かった。

 主人には絶対服従---その意味が働いた、瞬間であった。


 「……それが、貴方の望みなら」


 希美は襲撃犯の体から退き、唯希と入れ替わる。

 すれ違いざま、唯希に「君崎の手当てを」とこそりと命令された。


 (……肝心な時に、なんの役にも立たないわね)


 主人すら止めることが出来ない自分の不甲斐なさに肩を落とす。

 彼の力になると言っておきながら、このザマだ。死なないとは分かっていても、やはりあんなに傷だらけな彼を見るのは幾分と堪える。それが相俟ってか、少し感情的になり過ぎたのかもしれない。

 もっと冷静に事を運んでいれば、今頃は傀儡師の言葉を聞かせることなく……。


 (………もっと、ちゃんとしないと)


 新たな決意を固めた彼女は、そのまま唯希の命令通り、君崎の手当てに当たったのであった。




次話で戦闘は完結です。

本当ですよ。



本当ですよ。



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