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逆境ストラグル  作者: 沢渡 夜深
ストラグルの鐘
12/17

織元唯希:そして襲撃犯は自分の使命を思い出す






 「ーーーークソ!どうなっているッ!?」


 軍艦服を着込んだ屈強な男が、苛立ちを募らせながら怒鳴る。その怒りは今も尚学校を覆う、透明な障壁にぶつけられていた。

 突然襲撃された『初凪中学』の前には、大勢の野次馬や逃げ切れた生徒達、職員、そして様々な分野の魔導士と警察が集結していた。野次馬は特大のネタだと言わんばかりにスマートフォンを掲げ、生徒達は安堵がために泣き崩れたり、笑みを見せたり、職員や教師は怪我を負っているものもいたので、医療分野の魔導士ーーー医療士(ドクター)が手当てしている、そんな状況であった。

 その中で解除専門の魔導士ーーー解除士(アンロッカー)が、少数人数で学校にかけられた結界を解こうと必死になっていた。かれこれ、30分以上。依然、結界が解ける様子もなく、逆に魔力切れで倒れるものも続出した。


 「何故これだけの精鋭が解除にあたっても、結界を解くことが出来ない!?どういうことだァ!!」


 「あの結界が高度過ぎて解けねぇんだよッッ!!」


 「何!?お前ら県の魔導士の中でもトップクラスに入る解除士(アンロッカー)だろう!?そんな奴らが数人集まっているというのに、それでも駄目なのか!?」


 「いや高度っていうか……癖が強すぎる!というかあの結界、固有魔法(オリジナル)だ!ンなもん時間がなけりゃ解けねぇよ!」


 「ーーーークソっ!!このクソ野郎が!」


 軍服の男は舌打ちを零し、悪態をつく。

 そう、彼らが苦しめられていたのは、独自で作られた固有魔法ーーーオリジナルの解析である。

 通常、固有魔法(オリジナル)を作り上げるのはなかなか難しい。どんなに優秀な人材でも、固有魔法(オリジナル)を作り上げるのに数年はかかるものもいる。それ程固有魔法(オリジナル)は難がある魔術であり、そして強力な攻防と成りうる。

 そして解除士は、本で学んだ範囲でしか解除に取り組むことしか出来ない。なので正規の魔法を色々弄り回している固有魔法(オリジナル)は、解除士の天敵といってもいい。

 ーーーだが、解除が出来ないわけではない。時間さえあれば、固有魔法(オリジナル)を解くことが可能である。

 今回も十数人の解除士が集ったので、協力すれば難なく解除出来ると、ある解除士の男はそう思っていた。

 ーーーしかし、現実はこうだ。



 「ーーー【解約の扉を、解除(アンロック)!】」


 一人の解除士(アンロッカー)が詠唱も唱える。その瞬間、学校中に張られている結界は、みるみる内に散っていく。

 行けたか、と期待に胸を踊らせるが、やがて結界は氷結していくかのように瞬時に形成された。


 「だあああああ!駄目だ!あの魔法一体何なんだよ!解いても解いても結界が直っていく!」


 ヤケクソ気味に叫んだ男は、何も出来ない不甲斐なさに歯噛みした。

 傍で作業をしていた男も、何度も目の当たりにした光景に戦慄する。


 「固有魔法(オリジナル)にしては異常過ぎないかあれ!?あんなの、総理大臣の側近に推薦されてもおかしくねぇよ!俺達じゃ手に負えない!」


 「じゃあ、実力は十位階(エノームテン)程……!?本当に私達じゃ手に負えないじゃないのよそれ!」


 十位階(エノームテン)ーーーその単語を聞いた途端、周りは騒めき、動揺が広がった。中には顔を青ざめてほぼ諦めている者もいた。

 十位階(エノームテン)。それは、魔導士の中でも特にずば抜けた才能を持つ、十人の魔導士の事を指す。それは序列で示されており、成績上位、尚且つ国の貢献度が高く、全てにおいてパラメータが高ければ高い程、序列は高くなる。勿論、全ての専門において長けている者もいれば、完全な特攻型で敵を討ち取る、所謂脳筋な者もいるし、場を見て冷静に判断する頭脳派も、それぞれの分野で十位階(エノームテン)入りしている者が多いのだ。

 ーーーそんな者達に匹敵する者が、相手なのか?一介の魔導士が束になったところで、勝算はあるのだろうか?そんな不安が過ぎった、刹那。


 「狼狽えるな貴様らぁ!!」


 この場で指揮を取っていた屈強な男が、彼らを叱咤した。


 「何を弱腰になっている!相手がどんな実力者であろうと関係ない!我々が守るべき市民が、まだあそこに取り残されているのだぞ!?なのに貴様らはここで諦めるのか!?彼らを見殺しにして、我々はノコノコ帰るというのか!?巫山戯るのも大概にしろ!」


 「……そうだ、そうだよ。まだあそこに子供が残っているんだ」


 結界を解こうと奮闘していたその時に、目視だが学校内で必死に逃げ回る学生の姿を、彼は見た。

 今もその学生が生きているとは限らない。もしかしたら、最悪の事態に陥っているかもしれない。

 だとしても、それを理由に作業の手を止めるのは言語道断。論外である。助けを求める人が目の前にいるのなら、尽力を尽くさなければならない。たとえ自分の身を犠牲にしてでも。


 「ーーー待ってろよ、絶対に助ける!」


 その助けを呼ぶ声を聞き続けるまで、彼は、彼らは、決して諦めることはないのだ。





***



 「【炎槍】!」


 炎の槍を創り出し、襲撃犯は突っ込んでくる。猛るように燃え上がる炎の槍、当たれば火傷どころの話ではないであろう。

 しかしそれを目の当たりにしても、彼女は動じずに、軽く手を突き出す。ーーー次の瞬間、炎の槍は壁に当たったかのように弾き返された。


 「ーーー!見えない壁?しかも、無詠唱で……?」


 バックステップで距離を取った襲撃犯は、呆然とそう言う。

 改めて、襲撃犯は彼女に戦慄した。無詠唱であそこまで強度な防御魔法を創り出すのは、普通なら不可能である。もっと言えば、無詠唱の時点で既に人間の領域を超えているにも等しい。


 (人間なら有り得ない所業。ーーーああ、やっぱり彼女の正体は……!)


 襲撃犯は、廊下で対峙した時の事を思い出す。彼女は襲撃犯に攻撃する時、詠唱を短く唱え、最短で攻撃を仕掛けてきた。それだけでもうおかしい。

 それに、彼女はまだ魔法の正しい使用方法を聞いていないただのひよっこの筈だ。その時点で既に人間として終わっている。あんな防御魔法や、襲撃犯から逃げる時に使った空間転移魔法も、今の彼女は出来るはずがない。自分の考察を取るならば、指導者などつけても、あんな高度な魔法を使えば直ぐに体は壊れ、死に至る。

 と、すれば。行き着く答えは、やはり。


 「……やっぱり貴方、人間じゃないわね。もう一度聞くけど、服従生物(サブヴェール)?」


 「当たりよ」


 前回とは違い、希美は肯定した。彼女は特に隠すことなく、にべもなく返答する。


 「まぁ、バレるのも無理ないわね。こんな超人人間、絶対存在しないだろうし。存在したとしても化け物として怖がられるだけ」


 「…………聞くけど、服従生物(サブヴェール)が、何でこんな所に……?調教師(テイマー)なんてとっくに廃れているから、こんな街中に来ても得なんてない筈だけど」


 「残念。私にはもう主がいるの。仮契約だけどね」


 ーーーあの少年か。襲撃犯は、希美の近くにいた少年を思い浮かべる。恐れ知らずだと思っていたが、やはりこの場では彼は脅威に値するようだ。


 「……【火焔】ッ!」


 炎獣が、彼女に応え、炎の球体を吐く。それは希美に向かっていったが、数秒も経たない内に爆散された。


 「…………」


 「……さっきから貴方、滅茶苦茶な詠唱ばかりしているわよね?そのままだと貴方、死んじゃうけど。大丈夫?」


 「…………優しいわね、貴方」


 「あら、この程度のものを優しさと捉えられるなんて、ちょっと複雑。……もしかして、死ぬ気だった?」


 今まで気になっていた彼女の荒々しい戦闘に指摘した希美。

 これは、単なる好奇心だ。

 別に襲撃犯を気遣っている訳では無い。何故彼女がここまで執着し、暴走するのか。その真意を確かめたかった。


 「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………そう、ね。死ぬ気、だったのかも」


 襲撃犯はたっぷりと沈黙した後に、絞り出すように答える。

 ほう?と希美は僅かに口角を上げ、首を傾げた。


 「可笑しいわねぇ。ほんの数十分前までは、私達を殺そうといきがっていたというのに。今ではか弱い病弱少女のように、気弱で、希望を持たない情けないお姿。……一体、いつ心境の変化があったのかしら」


 「………………殺そうとした、か」


 希美の完全なる煽り文句に、襲撃犯は激昂するどころか、何処か納得したかのように呟く。


 「……?ねぇ、貴方ーーー」


 何かに気づいた希美が、彼女に問いかけようとした刹那。


 「【雁字搦めの鎖とて、我が神力には到底及ばん。我が声に嗟嘆(さたん)し、解放を唱えよ】」


 襲撃犯の次なる詠唱が謳われる。

 今度は、先程の超短文詠唱では無い。それに攻撃魔法の類でもなさそうだ。

 なら、付加魔法(エンチャント)かーー?注意深く見ていた希美の前で、彼女は詠唱を完成させる。


 「【意義は唱えん。お前らの(こえ)が、我が鎖を解き放つ糧となる。ーーー今一度、解放を】」


 詠唱の終わりを告げる、藍色の霧が襲撃犯にまとわりついた。じわり、と彼女の体に溶け込んでいくように、霧はゆっくりと姿を消す。



 「ーーーー【光は最上(さいじょう)へ、熱は灼熱へ】」



 瞬時、直ぐ様次の詠唱が始まる。

 先程の優しい霧とは打って変わり、今度は蛇のようにうねる業火が彼女にまとわりつく。熱風が荒れ、瓦礫も砕け、教室が焼け溶けていく。それ程までに、彼女が今纏っている業火は、身の危険を感じる程の灼熱の太陽のような熱さだった。


 「【……ッ罪人に火の罰を】」


 それは、本人の襲撃犯にも影響が出る。

 ぶつ、ぶつと、身体中から切れ筋が入り、血を流す。顔、腕、足ーーー至る所から赤色の液体を流す彼女に、希美は僅かながらに目を見張った。


 (……やっぱり)


 この時に、希美は悟った。

 襲撃犯の体は、既に限界を越していると。

 既に死と直面していることを。

 ーーーいつでも、彼女は天に昇れるという事実を。希美は知ってしまった。

 今でも彼女の体は、無茶な詠唱のせいで蝕んでいることだろう。体の内側にカッターの刃を詰め込まれたかのように、ボロボロになっている事だろう。


 「【……敵とみなした者を、焼き殺せッ!】」


 それでも彼女は謳った。

 たとえ体が限界を超えようとも、彼女は歌を紡いだ。


 「ーーーーッ!?待って!」


 ある異常を察知した希美が、彼女を制するために魔法の弾を飛ばす。

 しかし、時既に遅し。

 彼女が紡いださらなる詠唱は、刹那、完成へと導かれる。


 「【ーーーヴェスタの、鉄槌をッッ!!!】」


 それは、ある守護神の名。

 紛れもない、神の力を持つ単語(・・・・・・・・)

 太古から伝わる伝説を持つ神の真名を、彼女は詠唱に紡いだ。

 それが何を意味するのかーーー希美も、襲撃犯自身も、既に分かっている事だ。


 直後、静寂の後に訪れた炎の津波が、彼女達を覆い尽くした。


 「ーーーッ!」


 咄嗟に防御の壁を作り出した希美。彼女を覆う程の光の壁によって、取り敢えず焼き殺される事はない。

 否、希美は『神』という存在である。たとえ五分の力しかないとしても、死ぬ程の火力ではない。

 問題はーーー彼女(襲撃犯)の姿が、見えなくなったというだけだ。


 「……これ、いつ止むのよ」


 延々と続く炎の荒波。

 最早それは溶岩の如く、うねりを上げる。

 一体これはいつまで続くのか。彼女(襲撃犯)は一体何処へ行ったのか。いや、そもそも彼女(襲撃犯)は動けるのだろうか。


 (自分が動けない程の魔法を撃つなんて馬鹿な真似……)


 ……自殺志願者なら、有り得ることか。

 まだ彼女が自殺志願者だとは限らないが、取り敢えずそれで腑に落ちてみる。


 (……だんだん弱まってきた)


 炎の勢いが鎮静し始める。念の為、防御の壁を強めて戦闘に備えた。

 やがて、炎の波が収まり、現れたのは。


 『ーーーグオオオオオオッッ!!』


 「……あぁ、忘れてたわ。そういえばいたわね、貴方」


 彼女に付き従う、炎獣。

 すっかり忘れていたその存在に、希美は特に何のリアクションもせずに炎獣から吐き出された炎玉を散らせた。



 そして、この部屋に彼女(襲撃犯)がいないことも、同時に知った。












 「ーーーーーーおい」


 朦朧とした意識の中、彼を呼ぶ声がした。痛覚も感じなくなってきた体を僅かに動かすと、その声はさらに彼を呼びかける。おい、おい、と、返事が来るのかもわからないのに、その声は挫けずにずっと呼び続けた。


 「……?ぅ」


 重い瞼を開けると、途端に視界が光に染まり、その眩しさに君崎は咄嗟に呻く。何も見えない真っ白な世界に暫く視界が慣れず、耳鳴りもしてきた。そのせいか、その時だけあの声は聞こえなかった。

 やがて全てが収まった時に、その声は鮮明に聞こえ、視界にはぼんやりとその声の主の顔が浮かび上がる。目を凝らしてみると、その声の主は、君崎が良く知る人物であった。


 「……すげぇな。お前まだ生きてるのか」


 彼はーーー唯希は君崎が目覚めた事に驚愕を露わにする。さすがにもう助からないだろうと踏んでいたのだろう。それを踏まえた上で、取り敢えず声をかけてみた、といったところだろうか。

 何で唯希がここに、と君崎は思う前に、唯希は現状を報告し始めた。


 「お前が何処まで覚えているのかは知らんが、取り敢えず今の状況を伝えておく。今、俺の契約生物(サブヴェール)が襲撃犯と交戦して時間を稼いでくれている。まぁ、多分彼奴が倒すと思うから大丈夫だと思うが、念の為にと、あと彼奴の邪魔をしないようにお前をここまで連れてきた。因みに、今玄関に近い所にいる。彼奴が襲撃犯を倒したら、直ぐにお前を病院に連れ出すから、そのつもりでいろ。いいな?」


 「…………ぅ、ん」


 返事するのも億劫だ。取り敢えず、状況は理解出来た。色々と聞きたい事があるが、さすがにこんな状況で聞く程君崎の心は据わっていないし、聞く気力もない。


 「……音がデカイな。余裕そうな雰囲気見せてたから大丈夫だとは思うが……チッ、油断出来ねぇ」


 唯希がそうボヤくのを、君崎は聞く。すんなりと頭の中に入ってくる唯希の声は、幼い頃聴かされた子守唄のように、とても心地が良かった。


 「今俺に全然怪我がないのが一番の不安だ……絶対何かある。何か武器でも手に入れておくか……この周りの瓦礫でも……」


 ゴシャ、と唯希が大型の瓦礫を手に取る。その瓦礫を手に取った途端、唯希は渋った。


 「こんなデカいの何回も投げてたら、俺の腕が壊れるな。止めておこう。他に武器になりそうなの…………消火器が一番無難か……」


 でもなぁ、と唯希はまだ渋る。


 「消火器だと遠距離攻撃が全然出来ねぇんだよなぁ……精々目眩しか……?まぁ、今はこれしかねぇし、仕方ねぇか……」


 腑に落ちない様子だが、唯希は渋々消火器を手に取って、放射出来るように準備する。さすがの君崎も、今唯希がやっている事は理解出来た。


 「……いや、ちょっと待て。この消火器で周りの火を……いやダメか。それだと俺の攻撃手段が減っちまう。でもそれだと一酸化中毒になって重傷負いそう……」


 「……ぁ」


 何とか声を出そうとしたところで、唯希は「止めとけ」と制した。


 「お前、外も内もボロボロなんだから。少しでも体を休めた方がいい。その様子じゃ、声帯もやられてるだろ」


 「……ぃ」


 「……何だよ、そこまでして何か言いたいのか?悪いが、ここを無事に出た時にでも話してくれ。今は何もしないでくれると、こちらとしては有難い」


 「…………ぁ」


 「あーうるせぇうるせぇ。黙れ黙れ」


 無理矢理話を切った唯希の後ろ姿を目で追う。

 その時に、彼の瞼は途端に重くなり、ゆっくりと意識を遠のかせていった。



 「……気を失ったか」


 力を失った君崎を、唯希は見下ろす。

 玄関から比較的近い職員室。その一角に、唯希と君崎は隠れていた。入口からちょうど死角になるような所に君崎を隠した唯希は、取り敢えず武器を手に入れようという考えに至っている。そこで選ばれたのが、消火器であった。


 「……これどうやってやるんだっけ……」


 消火器を武器に選んだのはいいものの、使い方がイマイチ分からない。どうすれば放射する事が出来るのだろうか、と色々模索してみた後、黄色の安全ピンを取り外すことで使用することが出来るのがわかった。


 「よっし……!」


 やっと使用出来る状態にする事が出来た。唯希はふっと息を吐きながら、力を込めて消火器を持ち上げる。思ったより重く、これは振り回せないなと唯希は近距離戦はあまりやらないことに決めた。


 「……あれ?」


 ふと、唯希は気付いた。消火器と君崎の事で手一杯で気付かなかったが、落ち着いた今では、その違和感(・・・)の正体が分かる。


 (ーーー音、が)


 その時だった。



 「【邪魔なものを破壊しろ】」


 「ーーーーー!」


 その声を聞いた瞬間、職員室の扉が轟音を立てて破壊された。グシャグシャになった扉は窓に向かって飛ばされ、ギャリ、という音を響かせながら沈黙する。

 コツ、と靴音が嫌に耳にこびり付いてくる。唯希が体を震えさせながら見つめる先にはーーー現在、希美(神)が相手をしているはずの相手であった。


 「…………」


 先程より、その姿は見間違える程に変わっていた。

 群青色のカーディガンとデニムジーンズは、既にその役目を果たせなくなっていた。溶けてしまい所々に穴が開き、彼女の生足や腹が丸見えとなっている。豊かな双丘も見えずというところで晒され、至る所に火傷の痕を負っていた。

 彼女(襲撃犯)は首を動かして唯希を確認した後、ボソリと魔法を産み落とす。


 「【消せ】」


 その一言で。

 ボガァッ!と、職員室の机や椅子が宙を舞った。


 「嘘だろ滅茶苦茶過ぎ……ッ!?」


 慌てて唯希はしゃがみこみ、回避を試みる。机や椅子は壁に激突し、有り得ない程に凹んで地に落ちた。

 炎と塵しか無くなった、もはや職員室として機能していない部屋の中央に、襲撃犯は靴音を響かせながら歩いてくる。目は唯希を捉え、その後ろにいる君崎を捉えていく。


 (やっば……!?)


 消火器を所持している唯希は、それを盾になるようにホースを突き出す。これで何が変わるのかと聞き出したくなるが、気休め程度にはなるだろう。それに、唯一の武器に藁にもすがりたい思いだった。


 「……………………」


 両者の睨み合い。冷戦状態のまま、時が進む。

 唯希の手から汗が噴き出る。少しでも気を抜いたら、このホースを手放してしまいそうだった。鼓動が速まる。額からも汗が出る。背後の君崎のか細い息でも焦りが募る。

 動け、早く動けと、唯希は彼女を心の中で催促した。ここで動いてしまうのはさすがに愚策。魔法としての知識と実績が備わっている彼女に対して、自分は知識しか知らないにわか魔導士である。そんな自分が、我武者羅に無策で動き出しても、帰って状況が悪くなるだけだ。

 だから動け、そして隙を作ってしまえ。カチカチと震える手で、自分を気強く見せるために目を細めた、その時。



 「ーーー私って、何をしているのかしらね」


 (ーーーは?)


 突然の、懐疑を仄めかす発言。

 声に出さなかっただけでも褒めてもらいたい。

 いきなり何を言い出すのだ、この女は。自分達を殺す気で襲いかかってきたというのに、「私は何をしているのか」だと?

 ふざけている、と唯希はこれまでの戦いを振り返って、そう吐き捨てた。

 つまり彼女は、何をしていいのか分からず、取り敢えず自分達を攻撃したということか?

 何だそれは。どんな冗談(ジョーク)だ。


 「……気がつけばこの学校にいて、気がつけば生徒を嬲っていて、気がつけば服従生物(サブヴェール)と一戦交えていて……もう、ね。何が起こっているのか、私にもさっぱり分からないのよ」


 それはこっちのセリフだ。と唯希は口には出さずに反論する。

 突然学校に攻撃を仕掛けたのは誰だというのだ。あの君崎をあそこ迄傷付けたのはどこのどいつだ(もっと傷つけてもいいのだが)。自分達をこの学校に閉じ込めたのはどこのどいつだ。


 「貴方の契約生物に、『死ぬ気?』って言われたけど……まぁ、当然死ぬ気なんてないじゃない?でもね、ちょっと、今の現状を見てね……わからなく、なって」


 彼女の発言を聞くに、彼女にはそれらの行為の記憶が斑に失っているらしい。ーーーだが、そんな事は関係ない。それで、全ての行為が拭えると?

 大間違いである。


 「……いずれにせよ、私は遅かれ早かれ死ぬんだけどね。もう体の内部はボロボロだし。こうしてスラスラと喋る事が出来ることすら、奇跡なのよ?凄いわね、私の力」


 「………………」


 襲撃犯は先程の苦笑した顔つきとは一変、全てを諦めた瞳で唯希を見つめる。


 「……ああ、本来の目的を忘れていたわ。あの契約生物を掻い潜ってここまで来たというのに。ああ、本当に忘れっぽいわね」


 「……………………………………」


 「貴方に伝えようとしたのは、ね。さっきまで話を聞いていたと思うけど……これから先、厄介な事が起こるわ。それを今から貴方に伝えて……」


 「ーーーお前、何言ってんだ?」


 本当に何を言っているのだ、この女は。

 理解が出来ない。彼女の言葉全てが。彼女が発する声すら。彼女が身振り手振りする動作すら、全てが嘘のように見えてくる。

 この先厄介な事が起こる?それを貴方に伝える?

 全く話の展開が読めない。理解し難い。

 彼女は一体ーーー何をしようとしているんだ?

 唯希の困惑した発言に、襲撃犯は少し考えた後に返す。


 「貴方は何も考えなくていい。今、この時は何もしなくていい。身構えていてもいいし隙を伺っていてもいい。兎に角、私の言葉に耳を傾けていればそれでいいの。貴方が何をしようと、私は勝手に話すからね」


 唯希の意思すら尊重せず、彼女はつらつらと伝えたい事を唯希に伝え始めた。

 そしてその内容は、さらに唯希を混乱に落とす、よく分からない内容であった。


 「ーーーこの学校に入った後から、私は何者かに意識を乗っ取られていたかもしれないの」


 神妙な顔付きで、彼女は切り出す。


 「学校の結界を何となしに破壊した後、団欒としている貴方達が気に食わなくて……そんな嫌な感情を持ちながら、意識を失ったわ。そこからは全然記憶が無い。意識が戻ったと思ったら、強固な固有魔法(オリジナル)加護(プロテクト)をつけていたし、足元には満身創痍の生徒……混乱して、私はその後にまた、意識を失った」


 「…………ぇ、いや、待ておい」


 「そしてまた意識が戻ったと思ったら、丁度貴方が出ていくところだった。その後にあの契約生物(サブヴェール)と戦闘になったの。……まぁ、これが私の言い分。それで、その時に気づいた、いわば考察なんだけど」


 「だから待てって」


 「私は何者かに操られていた……ならそれは誰に?きっと私より上位の魔導士よ。気をつける事ね。トリガーは今の材料で考えるとなると、悪い感情で一気に取り込まれ、暴走する、といったところかしら。運が良ければ意識が戻ったりするかも。意識が乗っ取られている状態の私がどんな行動を取ったかっていうのはまぁ、粗方想像出来るけど……。恐らく、無差別攻撃、かしら。目に付いたものには全部攻撃する、とか。あぁ、材料が足りないわね」


 「おい、このクソ女」


 「そのクソ女が貴方の為に情報を渡しているの。取り敢えず私の考察は終わり。この後のことを伝えておくわ」


 「だからお前が何言ってんのか……!!」


 声を荒らげようとした、その時。ドンッ!と、唯希の背後の壁が黒く焼け焦げる。

 一瞬遅れて、唯希は瞬時に振り返った。

 燻る壁。鼻につく焦げる臭い。それらを目にして、冷や汗を掻きながら、ゴクリと唾を飲む。


 (何も、見えなかった……!)


 詠唱も何も聞こえなかった。一体、いつ、攻撃されたのか。それすらも分からなかった。

 警戒心を切らさなかったのに、それでも反応する事が出来ないのか。


 「この後の事なんだけどね。さすがに私も限界なのよ」


 彼女の淡々とした声が、唯希の体を凍らせた。


 「もう、ね。頭が凄いことになっているの。もう何を考えているのかも、自分じゃわからない。ただある欲望だけが、私を支配するの」


 顔を手で覆い、俯く彼女の姿は、まるで懺悔する罪深き罪人の様。

 消火器を握る手が震えて、変に力む。手汗が滲んで、手が滑りそうになる。


 「……ああ、まだ分かる。まだ分かるわ。まだ貴方に伝えなきゃいけないことがあるのよ」


 醜い姿となっている彼女は、そのボサボサの髪を垂らしながら、唯希に言う。


 「この校舎に貼られている結界は、もう私の意思で解除する事は出来ないわ。外部から解除を試みても、私以上の力量の持ち主でないと簡単には解けない。それに、この結界は私の固有魔法(オリジナル)だから、たとえ私以上の力量だとしても、解けるのに時間がかかるわ」


 「………………」


 「もう察しているわよね。察するしかないわよね。……ええ、貴方の考えている通りよ。この結界の解き方。もう一つしかないわよね」


 もう彼女の手では何も出来ない。たとえ拘束し、拷問しようとしても、彼女ではどうしようも出来ない事態に至っているのだから、意味が無い。

 解除方法は一つ。彼女はそう言っていた。そしてその一つを、唯希は分かっていた。


 「…………もうね、私を殺すしかないのよ」


 顔を覆う手の隙間から、ボソリと彼女は言う。


 「貴方の手で、私を殺して。もう生きる気力もないこの私を、くだらない悪魔の声に耳を貸した私を、どうかその手で殺めて」


 自殺志願者なのかはわからない、と彼女は言っていた。

 それはまだ、彼女に生きる気力があったからだ。

 この結界を解ければ、まだ生きれるという彼女の希望があったからだ。

 しかし、自身で貼ったこの結界が、もう自分の手で解けないのであれば。

 唯希達を、そして自分すらも出れないのなら。


 「ーーーそして、私を楽にさせて」


 か細い呟きが反響する。

 気づけば唯希は、構えていた消火栓をゆっくりと下ろしていた。

 色々と情報が多すぎるが、彼女が死を希望していることが分かった。

 問題はそこではない。


 (……ついに、人を殺す時が来たか)


 いつかは来ると思っていた。自分の手ではなくとも、人を殺した罪を着せられるかもしれないと思っていた。

 それが、こんな形で来るとは思わなかった。

 正当防衛に入るだろうか。いや、過剰防衛か。彼女が死を望んでいた、と供述したら、どうなるのだろうか。

 自分の未来を悟った唯希は、気付かなかった。


 彼女が手の隙間から、大きく弧を描いていたことに。

 彼女の目が、どす黒い雷雲のような目をしていたことに。

 彼女の魔力が、人智を超える量を解き放っていたことにーーー唯希は遅れて、気が付いた。


 「そしてーーーー」


 唯希が消火栓を構えると同時に。


 「ーーーー貴方を、殺させてぇ!!」


 灼熱の炎の鉤爪が、唯希を襲った。


特大ボリューミー。今までで一番長いかもです。ここまで長くさせる気はなかったんだ……!

次話で戦闘は完結。次次話でエピローグ予定です。まだ書き上げてないなんてそんなわけが()

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