織元唯希:発端
人生は一度きりというけど、本当にそうなのだろうか。
例えば良くサイトなどで見る転生を主軸にしてみよう。サイト等では良く『転生』という単語を見る。その転生自体有り得ないことだと世間は決めつけているが、果たしてそうなのだろうか。
もしかしたら、今横を通った男が第二の人生を送っているのかもしれない。もしかしたらあそこで路上ライブをやっている人は、人生を改めて転生しているのかもしれない。もしかしたらあそこで眠っている赤ん坊は、転生したての新人さんなのかもしれない。
だから転生とは実際にあるのではないか?と俺は今までの学校生活を振り返りながら思った。ならもしかしたら、サイトにある『転生』をモチーフに投稿している人は、もしかしたら預言者なのではないのか?本当に『転生』出来ると信じている、信者なのではないのかと。
もし転生が本当に存在するのなら、俺は今までの人生をひっくり返したい。いや、世界そのものを変えて欲しい。
希望があるとすれば、二次元のようなファンタジー要素が欲しい。そうすれば、俺が貶されることも、傷つくことも、全て自身の能力で覆されるかもしれないではないか。それに俺の趣味が捗りそう……おっとこれは失礼。
……そんな甘い考えに縋らない方がいいな。
兎に角転生がしたい。転生して人生を改めたい。充実した毎日を送りたい。もう精神的に傷つけられるのはたくさんだ。だからせめて、この腐った世の中を面白おかしくしてほしい。それを俺は日々願って、そして今日まで過ごしていた。
さて、前置きが長くなってしまったが、ここで今の俺の現実をお知らせしよう。それはこの転生についての前置きと非常に関係がある。
(ーーー走馬灯は、辛いな)
今俺は、腐った糞野郎共に突き落とされました。
*
転生とは、簡単に言えば人生をやり直す一種の『手段』である。だがこの手段は非常に確率が低く、あまりオススメされない手段だ。何故なら必ず死ななければいけないのだから。
そして昇りきりそうな魂を神様がとっ捕まえて、転生させるのだ。……と、何処かの小説の設定で載っていた。こんな事を落ちながら考えるなんて、我ながら余裕だなと思いながら。
少年の走馬灯には禄なことが残っていない。ある時は趣味をバラされてハブられて、ある時は「ガリ」「キモイ」と罵られて、またある時はパシられて金欠になってと、碌でもない記憶ばかりだ。唯一自分の趣味を気味悪がず、とても協力してくれた妹が、彼の人生の癒しとなっていた。
重たい体と地面が徐々に迫ってくる。彼はクラクラと目眩を発生させながら、その唇を動かした。
明確な敵意をーーー少年を落とした、彼らに向かって。
その言葉を知っているのは彼しかいない。
そして少年は、グシャリと頭を潰されて、意識を失っていった。
*
「あらあら、とても腐った魂がやってきたわね」
ふわりふわりと、眩い光を放つ球体は、不思議そうに辺りを見渡す少年に近づいた。最初の一声が罵倒に、少年は苦笑を浮かべる。
「いきなり失礼だなお前……」
「あら、しょうがないじゃない。事実だもの」
とても悪気のない球体は、クルクルと少年の周りを回る。それは体の隅々まで調べているのだろうか。ぺったんこしているお腹を一回だけバウンド(とは言い難い)させた球体は、少年の眼前までやって来る。
「それにしてもーーーとても若く死なされたわね」
「そうだな。俺もびっくり」
「見かけと違って大人びてるし」
「こう見えて俺は中学生だ」
「他の人間よりしっかりしているし」
「周りが馬鹿すぎるからだろ」
「……まぁいいわ」
これ以上何かを言うのを止めた球体は、ポンッと空中で跳ねた。
「さて本題に入るのだけれど、転生させてもよろしくて?」
「とても直球だな」
「それが決まりだもの、仕方ないじゃない。転生可能な魂は転生させるって必然されているの。ちなみにあなたは余裕ありまくり」
「だろうな」
少年は肩を竦める。サラリと絹糸のような黒髪が揺れる。
そして球体は、少年の返事を待たずに徐々に上昇していった。
「じゃあ転生させるわ。目を閉じていれば直ぐに新たな人生と鉢合わせになるから。それじゃあね、また来ない事を祈るわよ」
天の声となって行ってしまった球体を最後まで見届けた少年は、ゆっくりと目を閉じる。
するとどっぷりと水の中に飛び込んだかのように、少年の意識は冷たく暗くなくなっていった。
やがて、少しだけ暖かさを感じた少年は、パチリと目を開く。
そこには見慣れた天井が見えていた。普通なら、少年の事を考えるのなら有り得ないことである。彼は屋上から落とされたのだから。
そして体が微動だにしない。これは別に覚悟していたことだが、いざ体験すると違和感がありまくって仕方がなかった。
やがて少年は、回らない頭であるフレーズを浮かび上がらせた。
(ーーーああ、転生したんだな)
少年ーーー赤子は懐かしむように、その言葉を完成させてしまった。
大まかな流れを説明すればこうだ。
少年はある糞団体様に苛められていた。原因は少年の「趣味」であったが、少年はその「趣味」を決して憎んだりしなかった。そのせいか、何も反応がない糞団体様は、何と少年を屋上から突き落としたのだ。
彼らに少年を屋上から突き落とすという考えがあったのかは知らないが、事実は事実。少年は呆気なく落とされ、命を落とした。
命を落とした少年が目を開けると、目の前には光り輝く球体が浮いていた。球体はふよふよと少年の周りを一周した後、「転生させてやる」と述べる。拒否権はないようなので、少年はそれを承諾し、そして転生した。
そして現在、少年は母親に抱かれていた。
見慣れたーーー言うなれば、前世と全くそっくりな母親に抱かれている少年は、早速この世界について解析し始めた。
(……転生したのはいいものの、この世界は今はどうなっているんだ?必ずしも前世と同じだとは限らないし……でもお母さんは一緒だし……)
緩和させようとする母親は、先程も述べたが前世の母親とそっくりだった。ならこの世界は、前世と全く一緒なのだろうか。
ーーーならこれ転生と言うのか?と少年に疑問が生じる。
転生とは生まれ変わること。人生をもう一度やり直すことなのだというのに、何故一度体験した事をまた繰り返さねければならない。それを言うなら逆行なのではないか。
では自分は逆行したのか?と考えたが、即座に否定する。まだ逆行したと決まった訳では無い。もしかしたら母親が一緒なだけで、他は全部違うのかもしれない。そう結論に至った。
「ねーんねーよ、こーろりーよ」
(……お母さん、歌下手だったなぁ)
明らかに音程がズレている母親の歌声も、前世と変わらない。良くこの歌声を、小さかった自分は喜んで聞いたものだ。と前世の赤子の自分に称賛を送るほどに、母親の歌声は酷かった。
しかしーーー何処か、安心した。この音痴な母親の声を聞けて、少年は気が緩んだのか、次第に瞼が重くなっていった。どうやらどんなに下手な歌でも、赤子は直ぐに眠くなるらしい。
「あら……?眠くなってきたのかしら」
母親はニッコリと微笑み、また歌を紡ぐ。さらに音程が外れている子守唄は、少年を安眠の世界に誘うことなど容易かった。
あっさりと眠りに落ちた少年は、夢を見る。自分が最後まで見ていた走馬灯の一部分が、夢として具現化される。
緩和そうに微笑む母親の姿。のんびりとソファに沈み込むぽっちゃりとした父親の姿。そんな父親とは打って変わって、活発でイケメンな兄の姿。自分の趣味についてよく一緒に語ってくれた愛らしい妹の姿。そしてーーーー地味で根暗な、自分の姿。
趣味に打ち込み、周りには関心などせず、ただ自分の道を突き進む、愚かで孤独な自分の姿。
(俺は今世では、何か変わるのだろうか)
その疑問を、少年は即座に切り捨てる。依然四肢には枷が取りつかれたままであり、取り外すには結構な時間ーーー否、もしかしたら永遠に取り外せないのかもしれない。
つまり、簡単には変われないのだ。自分の事は。
少しだけの絶望感に苛まれながら、少年はドップリと夢の世界へと落ちていくのだ。