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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

さらば母上〜帝国海軍 最後の反撃〜

作者: 菜咲大介



ーーーー1945年 8月 14日



ーーー鹿屋飛行場




ーーーーーーーーーーーーーーーー



今朝、私、寺門将司に特攻命令が下された。



他の隊員と盃を交わした後、機体に異常がないか確認し、将司は愛機、零戦53型に乗り込む。



自分の他に今日、特攻命令があったのは七人。


中には、昨日まで隣で飯を食った友人や戦闘機の操縦をゼロから教えてくださった教官がいた。



搭乗前、皆の表情は私を含め清々しく、誇らしく、そして笑顔であった。





全員乗り込みが完了すると離陸の合図が出た。

滑走路の横には、上官含め、多くの友人たちが声援をくれながら手を振っている。



特攻機の護衛をする直掩機は、日に日に数を減らし今日は三機しかいない。




ーーーー将司の離陸の順番が来た。



震える手で操縦桿を握り、発車する。徐々にスピードをあげ、離陸。



空を飛ぶのも、地を歩くのも、人と話すのも、全部全部今日で最後。



その永遠と続く空を見ると、この戦争にもこの先、終わりがないように思えてくる。



刻一刻と死に近づくこの感覚は言葉では表せない。





ーーーー怖い。死にたくない。家族に会いたい。



朝にどうにか割り切ったはずの様々な後悔が頭を駆け巡る。




ただ、死んでしまいたい、という気持ちも無いわけでわない。



毎日毎日当たり前のように仲間が死んで行く中、何故まだ自分は生きているのかと思うことと同時に、生きていることが申し訳なく思うことが増えた。


だから、今朝の特攻命令を知った時。少しほんの少しだけ安心した。




そんな考え事をしながら辺りを見回していると、ふと、隣を飛んでいるパイロットと目が合う。




ーーーーーーお互い笑顔での敬礼。





するとその右手上空がキラリと光った。



ーーーーー敵機だ。




護衛していた直掩機三機が旋回しそちらへ向かった。




しかし、敵機の数は十二機。数の差は圧倒的だ。



その上、私たちの乗っている特攻機は、爆弾を積んでいるため、零戦特有の武器である素早い動きが大幅に制限される他、飛行速度もかなり遅い。





要するに、格好の的だ。



零戦は強い。世界一の戦闘機だと胸を張って言える。



しかし、三機の直掩機が一機、また一機と撃墜されて行く。




ただ、零戦はやはり強し。直掩機全てが撃墜される頃には敵機は七機まで減っていた。




だが、やはり敵機はすぐに追いつかれる。

特攻機も当然のように一機、また一機と撃墜されていく。



しかし運良く、右手下の海上に最終突撃目標である米軍の戦艦を発見した。



それと同時に、さっき敬礼し合ったパイロットの特攻機の左翼から火が上がった。



彼は私と目が合うと、再び笑顔で私に敬礼し、機体から火をあげながら敵戦艦向けて特攻を開始した。




しかし、日を追うごとに敵艦は砲撃の制度を向上させており、大抵の特攻機は敵艦に到達する前に撃ち落とされてしまう。



当然のようにそのパイロットも敵艦目前にして海に沈んだ。





彼の死に様を見届けた頃には特攻機は、自分を残すだけとなっていた。



とうとう覚悟を決める時が来た。運良くここまで無傷で敵艦空母に近づけている。





ーーーーここでやれなきゃ帝国海軍の恥だ。





敵艦の真横に向かい海面すれすれを飛ぶ。ここまでくれば、戦艦への誤射撃や追突などを回避するため敵機が追ってくる事はない。



敵戦艦の集中砲火が厳しくなるが、機体を滑らす事でどうにか避ける。




ーーーーいける。。



そう思った瞬間だった。


機体に大きな衝撃が走る。敵艦砲射撃が機体に命中したのだ。


腹部と右肩に弾が直撃していた。血を吐く。傷口が焼けるように熱い。


あまりの痛みに意識が落ちそうになる。朦朧とする中ふと目に入った燃料メーターを見ると、見る見るうちに数値が減っていくことに気づいた。




「タンクをやられたか…」




砲弾が燃料タンクに着弾、もとより片道分しかなく無駄にはできないにも関わらず、漏れが止まる頃には出発時の十分の一程度まで減ってしまっていた。




もはや何もかもが絶望的だった。



でも諦められない。敵戦艦は目前五百メートルまで迫っていた。






被弾した右手と途切れそうになる意識に鞭を打ち操縦桿を握り直す。




飛ぶのは海面すれすれ。一瞬でも気を抜いて、片翼が水面を擦りでもしたら機体は大きくバランスを崩しバラバラに爆発してしまう。





ーーーーーー残り三百メートル。



ここまで運良く、先ほどを除き致命的な被弾はなかった。



もう恐怖なんて無かった。ただただ敵艦を叩き潰すことだけを考えていた。





ーーー残り百五十メートル。





ここで、近づくにつれ厳しさを増す射撃によって機体及び左翼から火が上がる。



両手両足にも被弾し、もはや感覚が無かった。信念と気合によりどうにか操縦桿を握っていた。






ーー残り百メートル。

ー五十メートル。





機体、身体、弾を受けすぎて蜂の巣状態になっていた。



そんな中、目にしたのは目前に迫る我が機体、つまり死に対し、とてつもなく怯えると同時に死を覚悟した戦艦の射撃兵だった。





「ざまあ…みさらせ…。」




残り十メートル。




走馬灯のように自分の生涯が脳裏を駆け巡る。




幼少時代、仕事の忙しかった父に変わり精一杯、愛を注いでくれた母。



初めて恋をし、女学校に通う彼女と恋人になった学生時代。



厳しい訓練の中、仲間と夢を語り、支え合った学徒時代。





人生を振り返り、感じるのは短かった。それと同時に、私は何故、何のために生まれて来たのか。




虚しい。悔しい。悲しい。恨めしい。憎たらしい。


世界に、時代に、運命に腹が立つ。




時の流れが遅い。


数秒後には死ぬ。


最後に母に、


母に会いたい。




一粒の涙が頬を駆け下りる。



涙こそ流れていたものの、その目からは生の光が消えていた。




だが、死してなお、操縦桿を離さなかった。




機体は敵戦艦に直撃、その後、搭載されていた爆弾が爆発し戦艦は大破。




将司の特攻は、日本帝国軍最後の反撃となった。しかし、その武功虚しく翌日、八月十五日、日本は無条件降伏。終戦を迎えた。




その三日後、群馬に住む将司の実家へ一通の手紙が届いた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーー



母上、お元気ですか。



将司、生まれてこの方、何不自由なく健康に過ごして来れたのは、一心に母上のおかげにございます。




今朝、将司の特攻が決まりました。武人としてこの上ない誉です。



日本帝国軍人として、母上の息子として恥じぬ結果をご覧に入れて差し上げましょう。



泣かないでください。その涙の分だけ将司は弱くなってしまいます。



悔いはあります。貴方に孫の顔を見せてやれないことです。貴方を一人にしてしまうことです。もう貴方の作る飯を食べれなくなることです。




将司はもう帰りません。



でも、この空から、将司を殺したこの空から母上の幸せを心底願っております。




それでは行ってまいります。


万歳、万歳、万歳。




ーーーーーーーーー 寺門将司海軍少尉




















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