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夕陽に沈む王子様  作者: 田中一兵卒
2/2

図書室は五時に閉まるらしい

 キンコンカンコン。


 間の抜けた音で目が覚めた。どうやら眠ってしまっていたらしい。

 周りを見渡せば、クラスメイト達は授業で使った教材をカバンの中へと入れていた。七限が終わったのだろう。


 そこではたと気付く。アレ、僕はさっきまで、屋上にいた筈では?


 思い至れば色々と思い出す。そうだ、タカナシ先輩だ。彼女は一体どうなった。

 考えれば考えるほど分からなくなる。教室に戻った記憶どころかあのミートスパゲティじみた物体を見た後の記憶すら曖昧な上、第一あの時は既に放課後だった。

 もしかして僕は、あのショッキングな光景のせいで短期記憶に支障をきたし、今の今まで記憶をぶっ飛ばしたまま普通に日常生活を送っていたのだろうか。

 かなり無理矢理な推論だと自分でも思ったけれど、これ位しか今の状況を説明出来ない。


 しかし、黒板を見た瞬間、その推論も粉々に破壊される。

 黒板の右下に書かれた日付が、記憶の中の日付と全く同じだったのだ。

 ならば先ほどまでのあの、この先レビーなんたらだかアルツなんたらだかになろうが絶対に忘れられないであろうインモラルな光景は、ただの夢だったのだろうか。


 まさか。あんなリアルな夢があってたまるか。僕の中の冷静じゃない部分がそう告げるが、事実夢だとしか考えられない。

 そうじゃなければ、僕はあの後すぐタイムトラベラーになったか、もしくは突然パラレルワールドに迷い込んでしまったことになる。


 そんな与太話に信を置く位ならば、今までのアレは「とんでもなく現実感のある夢」だとでも考える方がよほどマシだ。

 なるほど、僕は夢を見ていたのか。

 となると、タカナシ先輩が紐なしバンジーと洒落込んだあの夕暮れは、全て僕の妄想だったわけだ。

 そう考えると、幾らか気が楽になった。

 ならば今僕がすべきことは、即刻あの光景を記憶から消し去って日常に戻ることだ。

 差し当たってはコーラでも飲んで気を紛らわせ、その後は図書館に寄って物理の復習をしよう。具体的には、十七メートル程飛び降りて地面に着地した際人体に掛かる衝撃について計算してみよう。


 これは別に悪趣味な話ではなく、現実にあのような光景は起こり得るのかを調べるための、言うなれば知的好奇心というやつだ。





 今日は図書室が五時きっかりに閉まるらしい事を、僕は司書のおばちゃんに蹴り出されるまで知らなかった。中々地味に効くイヤガラセだ。折角僕が勉学に励まんとしていたところに水を差すなんて、この高校には血も涙もないのか。

 ままならないものだ。このままでは僕の勉学への意欲は、垂直落下したまま三週間後に迫った期末テスト直前まで帰って来なさそうだ。


 まあ、このまま図書室の前で考え込んでいるのもなんだし、取り敢えず家に帰ってお風呂に入ろう。

 そう思った僕はのろのろと昇降口の下駄箱へと歩みを進める。

 道中、出会ったクラスメイトの友達ととりとめのない話をしてから下駄箱へたどり着くと、時刻は十七時五分。後数分もすれば日が暮れる時間だ。


 靴を履き替えて外へ出ると、西向きの玄関からは、稜線へと消えゆく夕日が見えた。


 タカナシ先輩はどうしているのだろう。


 山間へと溶けていくオレンジを見ていると、ふと先程まで見ていた夢を思い出した。

 夢の中の僕はタカナシ先輩の言葉をマトモに取り合わず、そのせいで彼女は屋上から地面へと紐なしバンジーを敢行してしまった。

 実際もし目の前で飛び降り自殺をしようとされたら、僕はどうするべきなのだろう。


 真摯に向き合えば良いのだろうか。

 しかし、夢の中のタカナシ先輩も言っていたが、所詮人の痛みは人の痛みでしか無い訳で、幾ら真剣に向き合ったところで絶対に理解し得ないだろう。人の痛みは、そう簡単に行ったり来たりをしない。


 慰めるべきなのだろうか。

 しかし、その人が感じている痛みを理解してもいないのに、さも分かったような顔をして同情の言葉を吐くのは、酷く不誠実に感じられる。


 同じ問いかけが頭の中をグルグル回り続けている。僕には何も分からなかった。

 一つため息を吐き、気分を立て直す。所詮夢の話だ。実際自殺の現場に立ち会う事など早々あることじゃない。考えるだけ無駄だ。

 馬鹿なことを考えるのはこれで止めにして、これからはもう少し楽しい事を考えよう。具体的には今日の体育の授業中、体育座りをしていたクラスメイトの背中に浮かび上がっていたブラジャアの紐だとか、やたらと美人な数学教師のはにかんだ笑顔だとか、そういったハッピーな事柄についてだ。

 ああ、思い出しただけで幸せな気分になってきた気がする。これで後数日は戦えそうだ。


 視線を足元から前方へ移すと、丁度太陽がその姿を消すところだった。

 足を止め、夕陽のあまりにも雄大な姿に自然と畏まっていると、背後から、べちゃりと、耳障りな音が聞こえた。

 

 すぐさま振り返る勇気は、どうしても起きず、何故か僕は、完全に沈んだ夕日の残光を睨みつけた。


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