雨の日に窓を打つ音は残酷で
お姉ちゃんが帰ってきた。
でも、なんだか、様子が変。
いつもお姉ちゃんは正しくて、正しいことを自分でも信じているから、胸を張っている。前に辞書で調べた[威風堂々]って言葉はお姉ちゃんそのものだと思う。
わたしにとって、お姉ちゃんはいつだってそういう人だ。お姉ちゃん自身が強くそう信じているせいもあるかもしれない。
でも、今日は変。帰ってきて、傘をとじて、ただいまって応えてくれたけれど、なんだか、しゅんとしてる。
いつもの力強さがない。表情が暗い。表情……そうだ。お姉ちゃんに[表情]があるのがおかしい。
だってお姉ちゃん、いつも無表情なんだもん。
なんでもできる、欠点なんて見当たらない、悩みなんて欠片も持たないお姉ちゃん。だから何事も淡々と、次々にこなしていく。
なんでもさらっと終わらせてしまう。できてしまう。だから、何もかもがお姉ちゃんにとっては[作業]でしかない。
勉強も
家事も
わたしの世話も
全部、[作業]なの。
[作業]に感情はいらないってお姉ちゃん言ってた。だから、お姉ちゃんはいつも感情が無い。
表情が、無い。
人と関わり合うことさえ、お姉ちゃんにとっては[作業]なの。
笑ったところなんて見たことない。
ましてや、泣いているところなんて。
そう、お姉ちゃんは、泣いていた。
わたしがそうとわかるのは、お姉ちゃんの顔が濡れていたから。
お姉ちゃんはしっかり傘を被って帰ってきた。今日の雨を完璧に予測して、学校に傘を持っていったんだ。わざわざ濡れて帰るなんて、馬鹿なことはしない。そんなことをするのは、お姉ちゃんの友達のあの人だけだ。
だから、お姉ちゃんの顔が濡れているのはおかしい。顔だけが──もっと言えば、目から頬を伝って顎までだけが濡れているのはおかしい。どう考えても。
お姉ちゃんは泣いていた。
どうしたの?
ただごとじゃないと思ったわたしが問いかけると、お姉ちゃんは何が? とからりとした笑顔を向けた。
やっぱり、変。
わたしを心配させないために表情を作っている。
お姉ちゃん、何かあったの? どうして泣いているの?
泣いてる?
お姉ちゃんは首を傾げた。
何でも知っている、できないことのないお姉ちゃんが、
わからない、というように。
でも、どうやって伝えたらいいだろう?
わたしはお姉ちゃんほど頭もよくないし、多くの言葉を知らない。だから、どう言葉を紡いだら伝わるのか、わからない。
だから、
お姉ちゃん、変だよ?
あまりにも率直に、
違和感を告げてしまった。
瞬間、お姉ちゃんの顔は無表情に戻った。
けれど、いつもの[無表情]じゃない。
こわい。
こんなこわいお姉ちゃんは、初めて見た。お姉ちゃんをこんなにこわいと思ったのは初めてだ。
だってわたしのお姉ちゃんは、泣きも笑いもしなければ、
怒ったりだって、したことがないのだ。
傘立てにざっと、畳んだ傘を入れて、お姉ちゃんはつかつかとわたしに歩み寄ってきた。
わたしはお姉ちゃんがこわくて一歩、退いた。
けれどそれ以上は射すくめられて動けない。体が自由を失ったみたい。自分の意思では動けなくなった。
まるで、人形みたいに。
あ、そういえば、
わたし、人形だったんだ。
お姉ちゃんはわたしの首を絞めながら言った。
あなたに何がわかるの? と。
わたしは返した。わからないよ、と。
何も、わからないよ? だってわたし、人間じゃないもん。人形だもん。
何故だか、わたし、表情だけは動かせるみたい。
窓から鋭い雷光が射すのと同じくらいに、わたしは告げた。
そんなので、死ぬと思っているの?