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プロローグ.

 目を覚ますと目の前には女の子の顔だけが映し出されていた。


「きみ、大丈夫?」

 そう言って心配そうに少年の顔を覗き込む。


「……あ、ああ」


 おそらく年のころは15、6歳。少年と同じ程度、といったところだった。わずかに茶色いショートヘアーを揺らす、活発そうな少女だった。とびっきりの美人と言うほどでもないが、クラスでは3、4番目にかわいい子と言った感じ。


 そんな格好はセーラー服を身にまといながらも、その腰に大剣を携えていた。それがひどくアンバランスで、どこかここが夢の中なのではないかと少年に錯覚を覚えさせた。


 だから逆に、少年は冷静にいられたのかもしれなかった。


「……」

 注意深く周辺を見ると、そこは何もない草原の真ん中だった。そこに少年と、それを見守る少女、そして周りには数名の人影があった。


「おれは……」


 少年は口元に手を当てて、自身の記憶を探りよせる。


 少年の名前を加藤健也と言った。都内の中堅公立高校に通う普通の高校2年生。趣味も特になければ特筆するような才能もない。クラスではいじめられているわけでもないが、特別友達が多いわけでも……まあ、どこにでも良そうな普通の高校生のカテゴリにすぎなかった。


 というわけで、そんな普通の記憶を探ってみると、たしかにたった今まで、教室で授業を受けていたはずだった。つまらない数Bの時間だったため、睡眠学習とかしていたので、前後が多少曖昧だが、それでも学校にいたことは間違いはないはず。


 だというのに、そこは地平線の彼方まで続くほどの草原の中、だった。遠くに巨大な壁を思わせる建造物がわずかに視界に入る。あとは逆方向に、かすれたように山が見えるくらいか。


 都心住まいの賢也にとっては、ただっ広いその空間は、経験の外の認識であり、まるで日本以外……異世界すら思わせる。と、そこまで考えて賢也は首を振る。

 ありえない、と。


「ここは……。君は一体……」


「わたしは藤本彩。ああ、ここではセブンって呼ばれてる」

 セブンと名乗る少女はそう言った。


「七番目って意味。……そしてあなたは八番目(エイト)

 賢也が訝しそうに少女を見ると、少女はふうとほほ笑む。


「異世界召喚って知ってる? まんがや小説にあるような」


 その単語については賢也も知識としては知っていた。


「それ。ここは剣と魔法の世界」


 彩はそう言ったのである。


 だが、ばかげてるとしか思えない。よっぽど、自分の頭がおかしくなって幻覚を見ていると言ったほうが信ぴょう性がある話だ。


「……貴様は八番目の勇者と言うわけだ」


 その後ろ、立っていたのは美女だった。腰ほどまでに伸びた神はまるで宝石を思わせるほどきらきらと黄金に輝いていた。透き通るような青い瞳は見る者を引き込む魔性の魅力を漂わせていた。あふれ出る高貴な気品と物腰。すらりとした長身と、大きなおっぱい。

 まるでミロのヴィーナス像を思わせる、至高の芸術。絶世の美女がそこにあったのである。


 だが、それに興奮を覚えることも、欲情を覚えることもまた、賢也にはありえなかった。


 この世のものとは思えないような冷たい視線を賢也に投げかけていたからだ。


「……な」

 まるで、……人間に向ける視線じゃない。今まで経験したことのないほど冷たいそれ。


 いや、おそらく本当に、彼女は賢也を同じ人間としてはとらえていないのだろう。


「あ、あんたは……」


「ご、ごほっ」

 と、賢也が口を開いた瞬間に、美女は苦しそうにせき込んだ。


「姫……あまり無理はなさらないでください」

 そう言ってその華奢な体を支えたのは、全身を鎧で包む人物だった。声色から、女性か? 身長は170センチメートルを超え、顔も兜でおおわれているので正確なことはわからなかったが。


「ファースト……大丈夫だ。それより、新しい勇者を生み出さなければ……」

 ファースト……一番目、ということか。


 見ると姫を除いて、そこには8人の人間がいた。さきほど彩は賢也を八番目と言った。つまりここにいる全員、記号によって呼ばれているのだろう。


「――。――」

 と、姫は両手を前方に掲げると、聞き取れない言葉で何かの呪文のようなものを唱える。その瞬間、空間にいきなり光が現れる。


「な、……まさか、本当に魔法かよ?」

 光の粒子が集まっていき、何もなかった空間に一人の少女が顕現する。


 やはりここは魔法の世界。そして……彼女は魔法使い。


 彼女が賢也を、そしてこの少女をこの世界に、召喚したというのか。


「あ、また同年代! 珍しいー」

 少女は高校のものと思しきブレザーを身にまとっている。そんな少女に対して彩は嬉しそうに駆け寄った。


「セカンド。二人のステータスは?」

 と、姫と呼ばれる女性は、近くに立っていた男性にそう言う。20代後半と思しき、落ち着いた物腰の青年だった。格好は普通のサラリーマンと言った様子だった。


「……二人とも戦闘向きです。粛清せずに済んでよかったですね」

 セカンドと呼ばれる男性はメガネを治しながらそう言った。


「……しゅく、せい?」


「くすくす。きみの前任は戦闘向きのステータスじゃなかったって言って、殺されちゃったんだよ」


 と、身長は低いが物腰から年上と思しき女性がそう言った。20代半ば、と言ったところか? からからと笑う様子は歳よりも幼く彼女を感じさせた。だが、その笑にどこか乾いた、客観的な冷たさも同時に感じさせた。


「殺され……」

 ぞくっと背筋が凍る思いで、思わず賢也はつぶやく。


「ああ」

 と、大剣を振るう女性がそう言う。ラフな格好に身をまといながらも、その視線は熟練の戦士のそれを思わせる。歳は20代前半くらいだろうか?


「ここはおそらくお前が思っている世界では、ない。地獄だ」

 と、女性はそう言った。


「おいおい、サード。あんまり新入りをびびらせんなよ」


 といったのは金髪を逆立てる筋肉質の男だった。じゃらじゃらとピアスを開け、指にはセンスの悪い指輪が光る。ポストヤンキーと言った様子だった。歳は20代前半か?


「新入りども。おれはフィフス。四回ミッションをこなしてる。ま足手まといだけにはなんなや」


 と、胸から煙草を取り出そうとして、ケースに一本も入っていないのを確認して舌打ちをする。


「最悪や……たばこ切らしてもうてるやないか。なあ、兄ちゃん、たばこもってねーか?」


「あ、未成年なので……」


「はあーあ。まじしけてんな。なあ、さっさとミッション出発しようぜ。時間も、限られてるしな」


「わかっている」

 わずかに集団から離れた位置で、岩に腰掛けていた女性が静かにうなずいた。


 長い黒髪を揺らしながら、慣れた手つきで剣を握りしめる。


 その凛とした視線は見る者の心を揺さぶる力強さを感じられた。いるだけでその場に影響力を与える、ある種のカリスマを感じさせる存在だった。


「彼女は、実質、このチームのリーダー」


 彩がそう落とすと、彼女は腰かけていた岩から立ち上がる。


「セブン。エイトとナインにルールを教えておけ。10分後にミッションをスタートする」


「フォース……了解しました」

 と、彩はつまらなそうに言う。


「あ、あの、ここは、いったい」

 と、そのころになると光の中から現れたブレザーの少女も目を覚ましたようで不思議そうにあたりを見渡す。


「きみも大丈夫?」

 と彩が声をかけると少女は少し安心したように表情を緩める。


「は、はい。あの……わたしいままで学校に」

「そう。私も、ね……」

 と、愁いを秘めた瞳で彩は言う。


「えっと、あなたは……」


「わたしは、藤本彩だよ。高校二年生。よろしくね」


「あ、わ、わたしも高2……」

 同い年、と言うところに安心したのか、わずかに少女は緊張をほどく。


「高橋翡翠です」

 そう言って、翡翠と名乗る少女はくりんとした瞳を賢也に向けた。


「あ……俺も高2。加藤健也」

 わずかに目をそらしながら賢也もこたえる。


「同い年が2人もくるなんて初めてだよ。まあ、二人よりは私はこの世界で先輩ってことになるのかな。この世界に、なれてる。少し、だけどね……」

 そう言って彩は二本の剣を取り出すと二人の前に置いた。


「これは?」


「武器。まあ、ファーストミッションは慣れてないだろうし、見てるだけって感じになるだろうけど、護衛のためには必要だし」


 思わず賢也は恐る恐るそれに触れる。てらびかりする刀身。刃をわずかになでると、指先がわずかに赤く染まる。

 間違いなく、本物、だった。


「ここは、いったいなんなんだ。おれたちは」


「そうだよ! わたしたちは、どうしてこんなところに」


「……言ったようにここは異世界。私たちは異世界から召喚された勇者ってわけ。で、あの人は、セフィルシュ姫。私たちを召喚した主」

 そう言って、彩は姫を見つめる。


 その視線に、怒りが混じっているのは簡単に見て取れた。


「あ、あの異世界召喚って、その私たち……この世界を救うためってこと?」

 そんな彩の視線に気づいているのかいないのか、話をそらすように翡翠は聞く。


「世界を救うために、魔王を倒してくれってか?」

 自嘲気味に笑いながらも、賢也もそれに続く。


「違う。この世界には世界を混沌に陥れる魔王はいない。ただ復讐に狂った化け物がいるだけ」

 そう言って彩はセフィルシュを睨みつける。


「セフィルシュ姫は同時に9人の勇者をこの世界に顕現できる。勇者は術者と魔力パスで繋がっている。……姫が死ねば、私たち勇者は全員死ぬ。召喚者から魔力を与えられて生存する私たちが、連続でこの世界に顕現できる時間は3時間。時間内に姫の与えたミッションをクリアし、生存したままここに戻ってくること」


「……3時間。もしそれを超えたら」


「死ぬ」


 その言葉で、翡翠は小さく悲鳴を上げた。


「だいたい、ミッションってなんなんだよ!」


「姫の祖国、シュパルス王国では数年前、革命がおこった。革命軍によって王家は全員粛清された。彼女は唯一の生き残り。彼女は国を取り戻すため、王家にある秘術を復活させた。それは勇者召喚の儀。勇者はかつて魔王が世界に君臨したとき、それを打ち破り世界を救ったとされる英雄。レベル1でも、この世界ではS級の冒険者のそれに匹敵する。彼女はその力を使って、王国を一人で取り戻すつもりなの」


 たった一人と、9人の勇者で。


「異世界トリラマ一の大国、シュパルス王国の人口は220万人。正規兵の数は10万人」


「10万……バカな。そこと戦おうってことか、つまり戦争を」

 賢也の言葉に、彩は静かに肯定するよう、うなずいた。


「そんなの、いくら勇者が強くても……」


 一騎当千、と言う言葉がある。一騎兵にして、1000人に相当する実力者と言う意味だ。仮に勇者がそうであったとしても、戦力差は、1万倍。


 10人対100000人――。


「当然、無茶。無謀よ。……だけど、姫は無限に勇者を生み出せる。ナンバーに欠員が出れば、新たな勇者が異世界から召喚されるだけ」

 人口220万人のトリラマ一の大国を、陥落させること、それがミッション。


 ごくりと、賢也は息をのんだ。


「わかる? これはデスゲームだ」


 あきらめたような微笑みを漏らしながら、彩はそう言った。

 

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