祝福を。
はらはらと降っていた雨がやんだ。
雨で濡れた土から夏の香りが滲み出る。その匂いは、俺の胸いっぱいに拡がり、ちくりと痛みを感じた。
――ああ、またか。
雨上がりの暑い日だったり。
夕冷めした夏風の匂いだったり。
その度に香るこの匂いは、俺の記憶を呼び覚ます。俺の脳裏にこびりついた、あいつの幸せそうな横顔を。
あいつと俺は小学校からの友達だった。
見た目通りに思いやりのある優しい人で、見た目通りに臆病で。でも、どうしてなかなか、好奇心おう盛だった。俺らはいつも二人で遊んでいた。
――親友だよね。
そんな風に、俺はあいつに言っていた。あいつは、はにかみながら頷いた。嬉しいことがあるとあいつは、はにかんで曖昧に頷く。それは今も昔も、同じことだった。
でも、俺はもう気付いていた。俺はあいつと、親友以上の関係になりたいって。
でも、同じくらい分かっていた。それはきっと、無理なんだろうって。
俺が高校生の頃だった。
帰宅部にいたあいつと、バレー部の俺。一緒に下校することはないけれど、あの日はテスト期間中で、部活動が休止になっていた。
その日は予報外れの雨が降っていた。小降りになるのを待つため、少し勉強していた。
やがて雨足が弱まって来たので、下校しようと傘を持って下足箱のあるピロティーまで降りて行った。
人気は少ない。
そのとき、華奢で小さな男子と、大人しそうな女子が、手を繋いで帰って行くのが見えた。
その姿に、俺は見覚えがあった。親友と、そのクラスメイトだ。同じクラスだから知っている。大人しいけれど、クラスのみんなからの信頼の厚い、クラス委員だ。
――ああ、とうとうか。
いつか、そうなることは分かっていた。あいつに恋人ができることくらい。
そしてその恋人は、きっとあいつに似て大人しく、そして優しい人だろうと。
分かっていたんだ。どうしようもないことくらい。俺が動いても、それは友情にヒビを入れるだけだってこと。俺とあいつは絶対に付き合うことなんてできないだろうって。
それはしばらく間をあけて、外へと出た。
雨上がりの夏の匂いが、胸に滲んでいった。
懐かしさを感じさせるその香りは、その日から失恋の色へと変わった。
俺ら親友の付き合いは、その後も何の変わりもなかった。
誰よりも最初に恋人を紹介してくれるし、誰よりも大切な友人だった。
その自信はあった。誰よりも分かっていた。
何人も、あいつの恋人をみて来たんだから。
心の底から、おめでとう。
誰よりも大切な親友よ。
これまで味わってきた心の痛みも、そのせいで失われてしまった時間も、全て俺のものだ。
俺はそんな塵のような積み重ねを噛み締めて、これからも生きて行く。
教会の鐘が鳴る。今日この日、誰よりも幸せな二人は、未来を共に歩み始める。 俺は誰よりも、あいつを祝福しよう。
それしか、俺から貴方に与えられるものは無い。
貴女ではなく、貴方です。
でもまあ、どちらでも問題ないかなって思って、その辺は敢えて記入しなかったです。
好きに妄想して下さい。