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第1話 駆ける少女

まだ日の昇らない冬の日曜日の朝。1人の少女が河川敷のジョギングコースを走っていた。身震いするほど気温は低いが、まったく気にする様子もない。いやむしろ…その寒さを楽しむかのように風を切って駆けている。身に着けているのは黒地にピンクのラインが入ったジャージ。身体を動かすのが大好きな少女のお気に入りのトレーニングウェアだ。しかし今日までしばらくの間、着ることはかなわなかった。右足を骨折し、この前までギプスをはめて松葉杖で歩く生活を送っていたからだ。


(良かったぁ。もうちゃんと走れるよ。足も全然痛くない♪)


自然と口元がほころぶ。


(これでまた皆とサッカーができるんだ…)


少女は大のサッカーファンで、地元のクラブにも入っているほどだった。ポジションはミッドフィルダー。実力もなかなかのもので、将来はオリンピックに出場して活躍することを密かに夢見ていた。


向かい側からジョギング姿の中年男性が走ってくる。その体型はユーモラスなくらい太め。おそらくダイエットのため走っているのだろう。その男性が、すれ違いざまに少女に声をかけた。


「ハロ~! グッドモーニング!」


「ハ…ハロ~。グッドモーニング…」


少女も控えめな声ながら、笑顔で返事をした。


(あーあ、また英語で挨拶されちゃった…。ま、しかたないか…)


ツインテールにまとめた金色の髪。パッチリとした蒼い瞳。透き通るような白い肌。容姿だけを見れば外国人の女の子と誰もが思うだろうし、本人もまた自覚していた。もっともそれもそのはず。少女は日本人の父とドイツ人の母を持つハーフだからだ。名前は渡部わたべエリス。11歳の小学5年生──。


(今度あのおじさんに会ったら『グーテンモルゲン』ってドイツ語で挨拶してみようかな、うふふ♪)


幼い頃から母に教えてもらっているので、多少のドイツ語なら話すことができた。バイエルンに住んでいる1つ上の従姉クラウディアとも、たまに国際電話で会話をしている。


(バイエルンは夜の10時くらいか…。ディアお姉ちゃんもう寝てるかな? 夜になったら久しぶりに電話してみよっと…)


仲の良い異国の従姉のことを思いつつ、エリスは歩を進める。視線の先には鉄橋があった。いつもここでひと息入れ、それから来た道を引き返すのである。


(んん~っ! いい気持ち…♪)


陽が昇り、明るくなった河川敷の景色を見ながら、鉄橋の下で思いっきり伸びをした。身長155センチと上背のあるエリスが、さらに大きく見える。


(さてと帰ろうかなぁ…。今日はクラブで思いっきりボール蹴るぞぉ!!)


再び走り始めようとしたその瞬間、足元に何かが転がっているのに気がついた。


(これって…ボール?)


Cの文字が入ったゴム製の小さな球。不思議な縫い目もついている。手に取り、珍しそうに見るエリス。その後ろでガサッと物音がした。ギクッとして、そーっと振り向いてみると…同じ歳くらいの男の子が河川敷の草むらから出てきた。


「あーっ! それそれそれ~っ!! 良かったぁ…あったあった…」


エリスの手にした物を見て、少年は満面の笑みを浮かべた。随分長い時間探していたのか、寒空の下にも関わらず、額にうっすらと汗をかいている。


「これって…アナタの…?」


エリスが小さな球を差し出すと、少年はとても嬉しそうにうなづき、それを受け取った。


「うわぁ~っありがとう! ほんとに、ほんとに、ありがとう!!」


丁寧に礼を言って、少年はエリスが来た方角と反対の道を歩いて行った。よほど嬉しかったのだろう。途中2度振り返り、笑顔で手を振ってきた。エリスも軽く手を振り、それに応えた。そしてようやく姿が見えなくなったところで、エリスは鉄橋を背にし、ジョギングを再開した。


(感じのいい子だったなぁ…♪ こっちはただ拾っただけなのに、あんなに嬉しそうな表情でお礼を言うなんて…。なんか私、すっごくいいことしたような気分…うふふ♪)


ウキウキしながらエリスは帰路に着く。そして朝食を済ませると、クラブのユニフォームに着替え、練習場である小学校のグラウンドへと出かけていった。大好きなサッカーができる喜びでいっぱいとあってか、朝の出来事はケロリと忘れていた。だが彼女はまだ知らない。知るよしもない。鉄橋の下で小さな球を手にしたことが、これからサッカー以上に夢中になっていく野球との運命の出会いであったということに──

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