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第一話 狂気と栄光と 4

 観光地は朝から賑やかだ。

 それは例えソルシエル・ゲールの真っ最中であろうと変わりはしない。

 多くの観光客が行き交う雑踏と喧騒にまぎれた街に溶け込むように自然体で、アーニーは街を歩き続けていた。

 昨夜にローランから逃亡を果たした大量虐殺者のエリザベート・バートリー。

 そしてそのコンダクターであるローズマリー・レーヴェンガルト。

 この両名を迅速に捕らえる為にアーニーは街を歩き続けていた。

 もちろん、探知魔法などで逃亡の痕跡も探っているが、アーニーの探知魔法は単純に『そこで魔法か魔術が使われた』というのが分かる程度であり、それがどのような用途で使用されたのかまでは分からない。

 つまり、既に9人のコンダクターが上陸し、英雄召還を果たした今となってはその痕跡はあちらこちらにと散見しており、特定人物の捜索には限りなく無意味ではあるのだが。

「なあお嬢ちゃん。マジで探すのか? 無駄に体力を使うだけじゃないか? ローランとそのコンダクターに任せた方が早いだろ」

 そんなアーニーに見かねたのか、ギャルドであるヴィルヘルムは中止の進言を行う。

 だがアーニーはそれには首を振る。

「駄目よ。それに昨日私達が呑気に眠ってる間に、別のギャルドがローランと交戦したのよ。まあ決着はつかなかったけど、ローランのコンダクターはリングを一つ消費したの。だから多分、次は慎重に動くはず。少なくとも、今夜も動いてくれるとは考えない方が良い」

 アーニーにとって、昨夜のローラン達の連戦は完全に予想外でしかなかった。

 虐殺者を倒してくれるコンダクターとギャルドがいるのは有難いが、その二人がいきなり別の参加者から戦いを挑まれるのは喜ばしいことではない。

 ましてや五回しかない絶対命令権を一つ消費したのだ。

 恐らくは次の動きは慎重を期す可能性が高い。

 そうなっては、運営する側である自分達が正義を行使しなくては行かなくなる。

 動きが大幅に制限されるのだ。

「とにかくヴィルもやる気を見せて。お願いだから」

「はいはい。だがよ。俺たちよりもやる気のないところもあるらしいぜ」

「はっ? どういう意味?」

 突然ヴィルが視線を明後日の方へ向け、アーニーもその方向に目を向ける。

 そこにあるのは普通のオープンカフェだ。モーニングもやっている。

「あれのどこが…………ん」

 オープンカフェを見て、アーニーは言葉を失った。

「あっ……ねえ貴方達もひょっとして参加者?」

 だがそのアーニーに気付いたのか、オープンカフェでモーニングを取っていた少女の方からアーニーへと声が掛けられた。

 陽気に右手を振ってアーニーへと存在をアピールするが、その少女は右手の五指にはコンダクターリングがきらりと光っていた。


 それから数分後。

 オープンカフェの一席は不思議な空気に包まれていた。

 四角の机を右回りでアーニー、ヴィルヘルム、声を掛けたコンダクター、そのギャルドの順番で座っている。

 ギャルド同士、コンダクター同士で向かい合う形だ。

「自己紹介からね。わたしはモニカ・ルイス。マドリッドの代表ね。それでこっちがわたしのギャルドで……」

「ワールドのアルカナで呼ばれたわ。本名は名乗らなくていいわよね。どうせそっちもギャルドは名乗らないでしょ」

「えっ……ええ、もちろん。いいでしょ。ねえ……」

「アーニーがいいなら構わない」

 アーニーは自分のギャルドよりも相手のギャルドの雰囲気に飲まれていた。

 モニカのギャルド。それはとても美しい美少女だったからだ。

 金色の長い髪。全てを見通すような灰色の瞳。そしてとても綺麗なドレス姿。

 周囲の目を引く意味でも、明らかに異彩を放っていた。

「ねえそっちは。わたし達だけでそっちは無いの?」

 だがいつまでも呆けていると、モニカのほうから先を急かされる。

 アーニーは動揺を隠し切れないまでも、何とか名を名乗る。

「アーニー・アンデルセンです。コペンハーゲンの代表で……」

「俺はそのギャルドだ。アルカナはテンパランス。まあ名乗らなくてもおいおいと名は知れると思うがな」

 アーニーとは違い、ヴィルヘルムの方は落ち着いた様子で目の前のワールドのギャルドを見据える。

「ところで俺たちを呼んでどうするつもりだ? まさか呑気にお茶でも飲むつもりか?」

「あら。あたくしはそのつもりだけど。まさかここで戦うつもりかしら」

 ワールドの余裕を持った受け答えに、ヴィルヘルムは不思議な苛立ちを覚える。

 気が合いそうにないというのが、直感でわかった。

「……ねえモニカさん。貴方はどうしてこんなことしてるの? 確かにこんな時間に戦うつもりは無いけど、それでも他の参加者と呑気にお茶を飲むとか……流石に緊張感が無さすぎる気がするのだけど」

 アーニーも自分の向かいに座っているモニカへと問いかける。

 モニカの態度がとてもソルシエル・ゲールに挑む魔女の態度とは見えなかったからだ。

 けれどモニカはむしろその言葉に驚きの表情を見せる。

「ええっ! むしろその方が驚きなんだけど。戦わない時にも殺伐としてるって何だか疲れるし、面倒じゃない。普段は気楽に構えて無いと途中で息切れしちゃいそう」

「息切れって……そんなので勝ち抜けると思ってるの?」

「勝ち抜くって……わたしのギャルドは優秀だから問題無いわよ」

 その言葉にアーニーはワールドのギャルドを再度見つめる。

 美しさばかりに気を取られそうになるが、絶対的な強者の風格も確かに備えている。

 恐らく今ここで戦っても勝算は低いというのがアーニーの第一の見解だ。

 それにアルカナがワールドというのも気になっている。

―ワールド……完全や成就の意味があるけど、それに該当する英雄ってほとんど居ないはず……―

 しかし対するワールドは全く気にした様子も無い。

「ねえテンパランス。さっきから黙ってるけど、どうしたの? 女性を楽しませるのは男性の務めよ」

「あいにく、お前のような女は守備範囲外でね。俺は自分の気に入らない女にまでサービスをするような甘い男じゃないんだよ」

「硬派を気取ってるのかしら。全くつまらない男。まあ所詮はその程度の英雄なんでしょうね。聖なる石もどうせあたくしの物になるんだから、さっさと負けを認めて死んだらいいのに」

「聞き捨てならないな。いつお前の物になるって決まったんだよ。聖なる石は俺が手にするんだよ。お前には渡さない」

「渡さない? ふふっ、おかしな事言わないでよ。笑っちゃうじゃない。渡すとか渡さないとかじゃなくて、聖なる石はあたくしの物なの。ただおかしな事に、勝手に変なイベントの出し物に使われてるから回収に来ただけで、あたくし以外には所有する権利なんてないのよ」

 ワールドは当たり前のような言葉で話す。

 ヴィルヘルムがおかしな事を言っているといわんばかりの口調でだ。

「けっ、戦う前から勝利宣言とかイカレタ女だ。まあいい。どうせお前は最後には泣きを見るんだからな」

 ヴィルも負けじと言い返す。しかし、ワールドのほうは既に興味が無いというのを示すように優雅にコーヒーに口をつけている。

 そしてそれを飲み干すと、何事も無かったかのような態度でモニカのほうへ言葉を掛けた。

「もうそろそろ出ましょうモニカ。せっかくギャルドで呼ばれたんだから、色々と見てみたいの」

「いいよ。じゃあね、アーニーとそのギャルドの人。バイバーイ」

 ワールドが席を立つと、それにあわせてモニカも席を立ち店を出て行ってしまう。

 けれど特に声を掛けるでもなく、アーニーはそれを見送る。

 しばらくして、二人の姿が見えなくなるとアーニーは落ち着きを取り戻すように、目の前の紅茶に口をつける。

「ねえヴィルヘルム。あの二人……どうだった?」

「さあな。コンダクターの方からは特に強い魔力は感じなかった。だが……あのギャルドの方はかなり強い。正直に言うなら格が違う」

「正直に言うのね」

「相手の戦力を見誤るようじゃ到底生き残れないからな。だが、勝算が無いわけじゃない。まずはあいつの戦いを一度見る。そうすれば勝機も見出せる」

「……分かったわ。とりあえずローズマリーを捕獲して……その後はもう一度、見に回りましょう。じっくりと様子を見るべきだわ」

「ああ、そうだな」

 アーニーとヴィルヘルムも席を立ち、捜索を再開したのだった。


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