第一話 狂気と栄光と 2
大聖堂の一室にて、アーニーはソルシエル・ゲールの運営スタッフより、先ほど起こった戦いの一部始終の連絡を受けていた。
「へえ、やっぱりグラーツの代表はローレンツ家の次期頭首か。予想通りね。でも、ギャルドはローラン……何だか最強の魔術師に最強のギャルドってヤバイ組み合わせになっちゃったわね……ねえヴィル。あなたはどう見る?」
最強の敵の出現に少々頭を抱え、自身のギャルドへと話を振る。
「別に大丈夫だろ。確かにローランといえば立派な英雄さんだけど、バートリーとかいうイカレタ虐殺女を取り逃がす程度の奴だろ。そんなのあっという間に返り討ちにしてやるよ」
ヴィルヘルムは相変わらず飄々と楽観的に構えている。
しかしアーニーはそれをこの状況はあまり良いものではない。
「でもね。もしその取り逃がした方のミュンヘンの代表のコンダクターとそのギャルドのエリザベートがまた何かやったら、今度は私たちが出撃しないと困るの。開催地の代表にはそういった人を取り締まる責任があるから……」
「でもお嬢ちゃんには、そのローランのコンダクターみたいな探知能力は無いんだろ。なら無理だ。ローランたちが処断するって言ってるのなら任せようぜ。どうせいつかは戦うんだ。そんな最初から気張る必要も無い」
「……でも」
「悩んでも仕方ないだろ。今夜は休もうぜ、もう夜も遅い」
それだけ言うとヴィルヘルムはすぐに眠ってしまう。もう話すことは無いというアピールだ。
「……はあ、どうしよう」
しかしアーニーの心配事は終わらない。
今夜は眠れない夜になりそうな気がした。
ローランとマリアはロラン島の拠点への家路へと着いていた。
保護をした少女は既にスタッフへと預けている。どうやら誘拐された前後の記憶を消してから、家へと返されることになるらしい。
ローランは僅か二人だけでも少女の命を救えた事には満足していた。
しかし、隣を歩くマリアは決して満足してはいないようだ。
「ねえローラン。貴方はどうして子供を助けたの?」
「それは当然の事だろ。あのような少女の命が無惨に散らされようとしている。それを救うのは俺にとっては当たり前の事だ」
「でも、あそこで子供を無視したら、貴方は確実にあの二人を倒せたのよ。それなのに……」
目の前の確実にしていた勝利をふいにした。それがマリアの気がかりであるようだった。
「仕方が無い事だ。それにマリアも同じことをしただろ。考えるよりも先に身体を動いた。俺は自分のコンダクターが、目先の勝利に囚われるような人間でない事がむしろ喜ばしい」
「そういわれると何となく気が晴れるけど……でも、またあいつ等が同じような事をしたら……」
「その時は、有無を言わさずに、迅速に動き斬るだけだ。次は言葉を交わす隙も与えずに、確実にな。そうすれば俺とマリアの勝利だ。違うか」
ローランの言葉に、マリアも励まされているようだ。
二人はその後も今度の事を話しながら、家への道を歩き続けた。
橋も渡りロラン島に戻ってからも歩き続け、あと十五分ほどで拠点につく。
そんな場所での事だった。
ローランは一度足を止めた。
当然マリアも同じように足を止める。
顔つきもすぐに、戦闘モードへと切り替え眼前の敵へと目を向ける。
「ストレングスのギャルドとそのコンダクターであるルイーザ・メルリです。始めまして」
「コンダクターの意向で本名は明かせないが、この戦い、オレが勝ちを頂く。ローマの英雄ローラン。いざ尋常に!」
少女とそのギャルドはどうやらファルスター島での一件を聞きつけ待ち伏せをしていたようだ。
だが敵のギャルドから感じ取れる闘志からは澱んだ者が一切無い。非常に綺麗な闘志である。
それはローランの騎士としての本能を自然と刺激する。
「承知した。では一対一、正面からの決闘。異存は無いな?」
「もちろん!」
ローランとストレングスのギャルド。その二人は互いの目が合うと同時。
一瞬で間合いを詰めて剣と剣が交差した。
突然の待ち伏せと決闘。
あまりの急な流れにマリアは驚きながらも冷静に戦いを見ていた。
―どうやら敵のコンダクターはただのバックアップみたいね。ワタクシと戦う意思は無いみたい。まあワタクシも今は戦える状況じゃないので、都合はいいんだけど―
先ほどのエリザベート・バートリーの本来では不可避である切り札アイアンメイデン。
それを回避した魔術によって、マリア自身はかなり甚大な魔術疲労を起こしていた。
完全なる確定した因果律を強引に捻じ曲げてしまう絶対回避の移動魔術。
攻撃を回避するという結果の元に身体が移動する瞬間移動と確立変動を同時に起こす大魔術だ。
マリア自身が完全に防げない攻撃の際に自動発動するオートイヴェイジョン。
その魔術は高度でレベルが高く、一度の消耗が激しい。
暫らく大掛かりな魔術は使えなくなるほどだ。
つまり今、ルイーザがコンダクター同士での戦いを挑んでいたら、マリアは確実に苦戦を強いられていた。
それだけに、このギャルドだけでの決闘は有り難いものだった。
ローランとストレングスのギャルドは数十回と剣を交える。
しかし一度として、その剣が相手に傷を与えるには至らない。
ローランもストレングスもその剣捌きにはまるで差がない。
その事実は、ローランには一つの驚きと疑問を与えていた。
―こいつ……何者だ―
ストレングスの持つ武器は槍と剣である。
右手に剣を、左手に槍を構えそれを自在に操っている。
そしてその二つは、どちらも達人の域で完全に使いこなしているのである。
しかも、ローランは剣を通じて、その二つの異なる波長すらも感じ取った。
―聖槍と魔剣……こんな騎士……いるのかよ―
槍から帯びる魔力は、非常に純度の高い聖なる力が迸っている。
対して、剣からは禍々しいほどの悪しきオーラに満ちていた。
そしてこの対極に位置する二つの武器を自在に操る英雄は、ひどくまっすぐな瞳で挑んできている。
このような英雄をローランは全く知らない。
「中々の得物を持っているんだな、ストレングスよ。お前の名。マジで知りたいものだ!」
「そういう貴方もやはり素晴らしい剣筋だ。この戦い、とても楽しいよ」
互いを認め合いながらも確実に相手の命を狙う。
騎士としての戦い。
それは熾烈にして、見るものを虜にする美しい舞のようでもある。
「はあっ!」
「うおおおぉぉ!!」
轟く声と甲高い金属音。
だが、ストレングスが槍を横に払う攻撃を繰り出すと、一度ローランは大きく間合いを外す。
ストレングスは剣と槍の二種の間合いを持つのに対し、ローランは一種の間合いしか持たない。
そのために長引けば長引くほどに、精神的な消耗はローランのほうがきつくなっていく。
「どうしたの? 畳み掛けなさいよストレングス。休ませる必要は無いわ」
ストレングスのコンダクターであるルイーザは追撃を命じる。
そして更に一つの言葉を付け加えた。
「出し惜しみをする必要は無いわ。わたし達は絶対に負けられない。だからさっさと始末なさい。切り札を開放してでも、確実に!」
「……承知した、コンダクター」
その言葉に、ストレングスの目つきが更に鋭くなる。
殺気も増して、確実にローランをしとめるという覚悟が見て取れる。
―切り札の開放? 何をするつもりだ―
ローランもその言葉に警戒を強める。
そしてその背後に立つマリアも当然、相手の一挙手一投足に気を配る。
―何をやるの? でも最悪の場合、コンダクターリングでブーストをかけてでも返り討ってやるわ―
ローランとマリアは互いに相手の動きに気を配り、仕掛けるのを待つ。
静寂が身を包み、その刹那の後にストレングスが動いた。
「はああああああああぁぁぁぁっっっ!!!」
絶叫と共に駆け、槍を繰り出す。
―槍! ならそれを受け流して―
ローランは槍の切っ先を自身の持つ剣と重ね弾く。
そして勢いがあまり、体勢が崩れたのを狙い、剣を切り替えしてストレングスの首を狙う。
ストレングスが仮に剣を以ってしても、この体勢では防ぎようが無い。
ローランは勝利を確信した。
しかしだ。
次の瞬間、ローランが捉えたのは剣ではなかった。
―うそっ!―
声にならない困惑の言葉をマリアは心で呟く。
自らのギャルドが確実に勝利を手に収めた。
しかし結果はそうはならなかった。
ローランの剣は、ストレングスの出した盾によって防がれたのだ。
先ほどまで無かったはずの盾。否、仮に盾を持っていたとしても、半端な盾ではローランが持つ聖剣、デュランダルの一撃を防ぐ事は不可能だ。
つまりストレングスは、剣と槍だけでなく、盾までもを切り札として所持していることなる。
そのような複数の武具を持つ英雄であれば、すぐに気付くはずなのだが、マリアにはその英雄の検討がつかない。
だが次の動きは更にマリアを、そしてローランをも驚かす。
「なっ!?」
ストレングスは盾を下の方向へと、大きく振り下げたのだった。
当然ローランもそれに釣られて大きくバランスを崩してしまう。
そして、更に先ほどまで槍を持っていた左手には新たな剣が握られていた。
それは先ほどまで右手で操っていた魔剣ではない、新たな聖なる力を帯びた、一振りの聖剣である。
「勝負ありね。そんな騎士、殺しなさい!」
「承知!」
ルイーザの号令と共に、ストレングスのギャルドは聖剣を全力で振り下ろしたのだった。