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第一話 狂気と栄光と 1

 8月8日午前0時。それを既に目前に控え、ローズマリーは落ち着く余裕も無く部屋を徘徊していた。

 もう間もなく、戦闘行為が解禁される。

 そうなれば、いつどこから攻撃を受けるか分からないのだ。

 もちろん覚悟はあったが、それはまともな英雄をギャルドにしていたらの話。

 今も目の前で少女の虐殺を繰り返すような、完全にイカレタ奴がギャルドになる事など、全く想定していない。

―戦闘になったら勝ち目が無いし、どうしたらいいのよ―

 自身のギャルドは全くと言って良いほどに信用がおけない。今となっては、この意外性のある潜伏場所を活かして、いかに他を出し抜くか。

 ローズマリーが見出した勝利への道はそれ一つしか無かった。

「時間は……もう開始したのね。とにかく他の組が潰し合ってくれるのを待つしかないか」

 時計を確認して呟くがその直後、突然部屋の窓ガラスが飛散する。

「きゃっ!」

「あらあら、何事」

 悲鳴を上げながら窓から距離を取ると、エリザベートは特に動じた様子も無く割れた窓を見る。

 ローズマリーも視線を窓に映すが、窓からは一人の少女と一人の男が入ってきた。

「ワタクシはグラーツ魔術スクール代表にして、ローレンツ家の次期頭首マリア・ローレンツ。魔術師としてあなたを直々に処断させてもらうわ」

 少女は高らかに名を名乗り、宣戦布告を行う。

 だがそれはローズマリーにしてみれば最悪な展開でしかない。

「処断? 何で貴方にそんな権限があるのよ。大体処断するなら、運営側の代表のはずでしょ。何で関係ない貴方が処断なんてするのよ!」

「権限は無いわよ。けどあなたが多くの少女を誘拐している事は既に調べがついてるの。大方そこにいるあなたのギャルドがやっているんでしょうけど、コンダクターであればそのような凶行を抑制するのも大事な努め。その努力を放棄したあなたにはコンダクターを続ける資格は無い。そして神聖なる戦いであるべきソルシエル・ゲールを汚すような下衆を処断するのは一流の魔術師であるワタクシの務め。そのギャルドとそのコンダクターであるあなた、まとめて処断の対象と判断するわ。さあ覚悟しなさい」

 長い台詞を一息で言い切ると、マリアはローズマリーに対し攻撃の構えを取る。

「ふざけないで! そんな理由で処断なんて認めない。それにどうしてこの場所が分かるのよ。戦場の隣の島に拠点を張るなんて、普通誰もっ」

 疑問を問うが、最後まで言い切るより前にマリアは返答を返した。

「簡単なことよ。まず誘拐事件はロラン島だけじゃなく、ファルスター島でも勃発していた。それなら潜伏場所の候補にファルスター島は自然と浮かび上がる。それなら後は魔術を行使した痕跡を辿れば良いだけ」

「痕跡? アタシはちゃんと痕跡は消したはず。大体そんな魔法の痕跡なんて、微々たる物で辿れるはずが無い」

 魔法の痕跡。それは確かに存在する。

 しかし大掛かりな魔法を行った跡地であればともかく、ローズマリーが行った誘拐に使用したような、簡単な催眠魔法と高速移動ではその痕跡は微細なものでしかない。その痕跡を辿るなど、不可能なはずである。

 しかしマリアはその疑問を一笑に付すようにして消し去った。

「ワタクシを誰だと思ってるのかしら。天才魔術師、マリア・ローレンツよ。魔術師の名門中の名門ローレンツ家の次期頭首にして、歴代最高の魔術師と謳われるアメージングウィッチ。そのワタクシに不可能があるとでも思っているのかしら」

 そう、天才であるマリアにとって探知とそれによる捜査などは造作も無いのだ。

 そしてこの状況は、ローズマリーを致命的なまでに追い詰めている。

「さあ話は終わりよ。互いにギャルド同士、コンダクター同士正々堂々と勝負をしましょう」

「まっ、待って……アタシまだ名乗ってない。アタシが名乗るまで待ちなさいよ!」

 マリアが戦闘を開始しようとしたところ。

そこで静止を掛ける。それはマリアの戦意を一瞬だけだが、上手く逸らした。

「そうね。忘れてたわ。さあ名乗りなさい」

「ええ、では名乗らせてもらうわよ」

―なんでこんなのと戦うのよ。ローレンツ家のマリアって確か神童中の神童で本物の最強魔術師じゃない。アタシに勝てるわけ無いでしょ―

 ローズマリーは既にパニック状態だ。

 何とか少しだけ戦闘を伸ばしたが、一次しのぎにしか過ぎない。

 依然として窮地には違いが無かった。

「……アタシはミュンヘン魔法研究アカデミーの代表、ローズマリー・レーヴェンガルト。グラーツの代表、マリア・ローレンツ、……アタシ……絶対に……」

 何とか言葉を続けて戦闘を引き伸ばそうとするが、そこに意外な所から助けが入る。

「うふふふふ、ねえマリアさん。コンダクターだけじゃなく、互いのギャルドも自己紹介といきません。戦うのでしたら名乗るべきじゃないかしら」

「えっ!」

 驚いてローズマリーは振り返る。

 するとエリザベート・バートリーは不敵な笑みを浮かべながら敵の二人を見つめていた。

 すると、それに答えるように、マリアの背後に控えていた男が重い口を開いた。

「ほお。あんたしゃべれるのか。ただの殺人狂と思ってたが、話せるなら口は聞いてやろう。俺はローラン。チャリオットのアルカナによって召還された。この女のギャルドだ」

「殺人狂? わらわをそう呼ぶとは面白い殿方ね。わらわはエリザベート・バートリー。エンプレスのアルカナを寄り代に呼ばれた者よ」

 ギャルド同士の名乗りも済ますが、ローズマリーは未だに状況に対処する術が見つからない。

―ローランってどうするのよ、このギャルドは? あのローランに勝てるわけ無いじゃない。ああもうっ! 絶対無理よこれ。どうするのよアタシ―

 全く勝機が見出せない。だが、エリザベートは不敵な笑みを崩さない。

「ローズマリー。貴方はわらわが絶対に勝てない。そう思ってないかしら?」

「えっ? だって……」

 突然の問いかけに詰まる。しかしエリザベートは答えを待たない。

「でも勝つ手段は一つじゃないの。それを見せてあげる。……今、姿をわらわの前へと示せ!アイアンメイデン」

 エリザベートが呪文を唱えると同時、マリアの周囲に鉄の檻が現れる。周囲には鋭い針もある。完全な不意討ち。

 あまりに予想外の攻撃にローランも反応は出来ない。

 相手が処女であればあらゆる回避率を失わせ、閉じ込め全身の血を吸う。

 それがエリザベート・バートリーの必殺の武器。アイアンメイデンである。

「そうか。ギャルドで直接コンダクターを襲えばっ!」

「その通りよ。コンダクター同士なんて甘い事を言ってるようなコンダクターはすぐに死ぬべきなの。処断されるべきはわらわ達じゃなくて、こういう正々堂々を謳う人間のほうよ」

 無骨な鉄の処女を前に、エリザベートは優雅な微笑みを浮かべる。

「さて。ローラン! 貴方はどうするつもり? コンダクターが死んだ以上、もう貴方もすぐに消えてしまうわ。アタシに忠誠を誓うなら、すぐにそのローレンツ家の小娘の遺体からリングだけ奪い取って、貴方もアタシのギャルドにしてあげる。さあどうするの?」

 ローズマリーは天敵の死亡に余裕を取り戻し、値踏みするようにローランを見つめる。

―勝ったわ。やるじゃないエリザベート。これでローランもアタシのギャルドになれば、もうアタシの勝ちは確定じゃない。やっぱアタシ本当は凄いのよ!―

 有頂天なほどに喜び、勝ちを確信する。

けれど突然、異変が起こる。

 鉄の処女の上から声が聞こえたのだ。

「その程度でワタクシを殺したつもり? 思ったよりもギャルドも対したことないのね」

「えっ! どうしてあなたっ!」

 その声に驚き、エリザベートの後ろまで後ずさりをしてしまう。

 その様子を無表情に見下しながらマリアはローランの手前へと降りた。

「遅いぞマリア。笑いをこらえるのに苦労した」

「ごめんごめん。でも勝ち誇ってる顔があまりに面白くて。でもローラン笑えるんだ。ちょっと意外かも」

 ローランとマリアは、ローズマリー達を無視して二人だけでやり取りをしている。

 もはや、この敵は眼中に無いといわんばかりだ。

「うふふ、さすがねマリアさん。少し驚いたわ」

 エリザベートは不敵な笑みは崩さずに二人を見続ける。余裕はまだ失われていない。

「空元気ならいいわよ。もう貴方は切り札を使って失敗した。それならこれ以上は無駄よ。潔く負けを認めなさい」

「ええその通りね。確かに負けたといってもいいわ……今はね」

「次は無いわ。もうここであなた達のソルシエル・ゲールは終わり」

「そうかしら? 例えば……これでも!」

 エリザベートは素早く、窓から外へと二つの物を投げ捨てる。

 それはまだ生きている、誘拐してきたばかりの二人の少女だった。

「えっ!」

「くそがっ!」

 マリアとローランは迷うより先に体が動いた。

 それぞれが一人ずつ空中で少女を受け止める。

 そしてその隙に、エリザベートはローズマリーを連れて退却を試みる。

 ギャルドの全力の退却。

 それは一度視界をロストした二人では、再追跡を行うのも困難なほど素早いものだった。 

ソルシエル・ゲールの第一戦は、開幕直後の深夜に行われたが決着つかずの終わりを迎えたのだった。


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