プロローグ 戦う理由 5
ソルシエル・ゲール 一日前。
『ソルシエル・ゲールは8月8日の午前0時を以って開戦とし、全ての交戦を許可する。参加意思がある者はその8月1日午前0時から8月7日の午後8時までに英雄を召還すること。その定められし期間内に英雄の召還を怠った者は、ソルシエル・ゲールを棄権した者とみなし、コンダクターリングは即時処分する事。』
それが第一回から受け継がれたソルシエル・ゲール唯一の明文化された絶対遵守のルールである。
今は8月7日。時刻は午後5時を過ぎた頃。
現時点で今大会への参加意思を表明した者は9名である。
そして召還を完了した者は2名。
残りの7名は未だに英雄召還を行っていない。
だがそれも今までのこと。このとき、ロラン島各所にて、残り7名の参加者がそれぞれ英雄を召還する呪文を唱え始めていた。
「我は命ずる。輪廻の輪を時の流れを超越し――」
7名はそれぞれが呪文を唱える。
己のギャルドを呼び出す、この戦いを最初から最後までを大きく決定付ける呪文を全員がそれぞれ唱えていく。
しかしここで一人。
マリア・ローレンツのみが、大きく変則的に呪文に対し変化をつける。
本来は簡単な短い呪文を二節唱えるのみであるのだが、マリアはその呪文に更に一節を追加する。
「貴公は剣を司りし者。その伝説を歌とし、栄光に生きた者。その魂よ、今ここにその姿を示せ!」
これはマリアの完全なオリジナル。
希望する英雄を召還するために、その英雄の魂を直接現世へと呼び寄せたのだ。
それは非常に難しく、莫大な魔術と高度で繊細なテクニックが要求される奇跡に近い大魔術である。
だがそれは天才であるマリア・ローレンツ。
その大魔術は完璧に成功させてしまう。
「呼ばれてきてやったぜ。俺を召還するか……お前、目の付け所がいいな!」
その英雄は確かにマリアの希望通り、最高の伝説を持った最強の英雄だ。
「ええそうよ。貴方が……ワタクシに相応しい英雄ね。お互い頑張りましょうね」
マリアはその英雄を前に満足そうに微笑んだ。
そして一方、霧島すみれは目の前の英雄に完全に驚いていた。
―これが英雄? 本当に召還しちゃったんだ―
目の前で起こった現象には、身体に震えも感じてしまう。
基礎的な魔法の行使も満足に出来ない自分が本当に英雄召還という大魔法をやったのだ。
アリスから貰ったコンダクターリングの力が大きいとはいえ、その事実はすみれに不思議な昂揚感を与える。
「俺様は大海原を駆ける大海賊の王、エドワード・ティーチ。貴様か? 俺様を呼んだのは?」
目の前の英雄は高らかに名乗りを上げる。
「ええ、すみれがあなたを呼んだコンダクター霧島すみれ。それが貴方のコンダクターの名前よ」
「スミレね……俺様を呼んだのはただのちっちゃい女の子か。ガッカリだな」
「はあっ! ガキってすみれはもう17よ!」
「外見を言ってんだ! 大体17ってガキじゃないか。大人って言うならもう少し胸を膨らませな」
ティーチは軽く胸を触りながらからかう。
「きゃっ、何よこのセクハラギャルド! あなたすみれを怒らせたら……」
「はっはっは。まあ怒るな少女よ。俺様と共に戦うんだろ。一応は付き合ってやるさ」
ティーチの飄々とした態度に、すみれは完全に主導権を奪われてしまった。
こうして8月7日午後6時、全ての英雄が召還された。
今より6時間の後、ソルシエル・ゲールは戦いの幕を開く事になる。
戦いは始まりを告げる。