プロローグ 戦う理由 4
ソルシエル・ゲール 二日前
ロラン島の都市部から少しばかり離れた場所にあるビジネスホテル。
その一室で一人の女性は自身の魔術の研究成果を文書へとまとめていた。
彼女はエカテリーナ・エステス、22歳。サンクトペテロブルグ大魔術アカデミーにおいて、極めて優秀な成績を残す、一流の魔術師である。
またメガネが似合う知的な雰囲気の容姿に似合い、非常に頭が良い。
更なる魔術の発展に死力を尽くし、そのための研究も一切の妥協を許さない研究者肌な一面もある。
そんな彼女にとって、今回のソルシエル・ゲールも研究の一環でしかない。
英雄を魔力によって使役し、戦わせる。互いの英雄がぶつかり合い、その際に生じる魔力エネルギー。
使役するコンダクター同士も当然命をとして戦う。
魔法を操る魔女と魔術を操る魔術師の戦い。
普段は決して交わる事のない二つの力が一年に一度。このソルシエル・ゲールの中に限っては全力での死闘が許させる。
その死闘を肌で感じることが出来れば、それは必ず自身の研究の更なる発展にも繋がるだろう。
「いよいよ明日には英雄を召還。ふふふ、どんな英雄が出てくるのかしら」
エカテリーナは自身のコンダクターリングとタロットを見つめながら、そっと呟く。
もう開戦はすぐ傍まで迫ってきていた。
同日 夜。
既にこの時期になると、参加予定の者は全員が開催地に拠点を構えている。
後はいつ英雄を召還するかと、どのタイミングで誰に仕掛けるかというだけだ。
そんな中、一人の妖しい魅力を漂わせる美人な女性。シャーリー・ディアスは作戦を考えていた。
目の前のノートパソコンの液晶には、事前に仲間の諜報活動によって入手したソルシエル・ゲールの全参加者の情報が書かれている。
シャーリーはロサンゼルス魔法学校の講師である。年齢は29歳と今回の参加者では最年長に当たる。
そんな彼女の参加理由。それはアメリカ全土にも及ぶ魔法使いの未来に対してと言うのが大きい。
アメリカでは現在、魔法を使うものが非常に少なくなっている。
ロサンゼルス魔法学校も生徒数が年々減少の一途を辿っており、閉校も時間の問題というまでに迫っていた。
その理由の一つに、アメリカの魔法使いの弱体化が大きいと考えている。
現実問題として、過去48回のソルシエル・ゲールの優勝者は全てが欧州のいずれかの学校の代表が占めている。
それ以外のアメリカやアジアからは一人として優勝者は生まれていないのが現実である。
そして成績の優秀な欧州ではどこの学校も一貫して生徒数も増え続けているのだ。
それは逆に言えば、優勝者が生まれれば生徒数減少も一気に解消するということでもある。
シャーリーはそう結論づけると、すぐに今回のソルシエル・ゲールへの参戦を決めた。
そして決めたら行動は早い。
彼女は既に29歳であり、勢いで勝る十代の魔女や魔術師に真っ向勝負で勝つのは非常に難しい。
しかしシャーリーには、策がある。
何もソルシエル・ゲールは真っ向勝負をする必要はないのだ。
何をやっても禍根を残さないのであれば、あらゆる手段を講じてでも勝利を掴む。
それこそが正しい魔女の姿である。
―今回の代表は私を含めて9人。そして案の定、ほぼ全員が自身の魔法や魔術に絶対の自信を持つ天才ばかり。これならあたしの勝ちは絶対ね―
シャーリーは参加者の情報が書かれたディスプレイを前に優雅な笑みを浮かべる。
その表情は勝利を確信した自信に満ち溢れていた。