プロローグ 戦う理由 3
ソルシエル・ゲール 一週間前 フランス パリ。
シャルル・ド・ゴール国際空港メインターミナル。
その場所に魔術師の二人の少女が並んで椅子に座っていた。
一人はパリ魔術アカデミー代表、シャルロット・プロースト。
濃い色の金髪を軽い感じの縦ロールで整えた可愛い美少女をである。
そしてもう一人は、グラーツ魔術スクール代表であるマリア・ローレンツ。
銀色の髪をウェーブにした美人と言う方が正しい美女である。
二人の年齢は17と19と2歳差があるが、共に魔術の名門の家に生まれた神童であり、付き合いも長い。
「もうすぐ飛行機が来ますわねマリアさん」
「ええ。そうですわね」
いつもであれば、もっとフランクなのだが今回は事情が違う。
これから飛行機でコペンハーゲンに向かえば、決戦の場所であるロラン島まではすぐなのだ。
開戦日まではまだ時があるが英雄召喚は会戦の一週間前から可能なのだ。
つまりロラン島に到着するなり、英雄召喚も出来るというわけである。
戦いは既に始まっていると言う考えも充分に出来る。
それでは自然と緊張感に身体が硬くなるものだ。
「マリアさんは今回、何を思って参戦なさるんですか?」
「えっ……そうね。まあローレンツ家の次期当主としての義務かしらね。今回の戦いで勝てばローレンツ家の名誉にもなるわ。そういうシャルちゃんは?」
「わたくしですか? ……やっぱり、アカデミーにセイントピエールを持ち帰る事ですわね。わたくしのアカデミーは今までもあまり良い結果を残していないので、わたくしがその不吉な流れを消し去りたいんですわ。それに……最近は魔法系の方が好成績も残していますし、魔術師の方が魔女より優れているという事を証明したいという気持ちも有ります」
「そう。じゃあ、ワタクシとあなたは魔術師という点では同士かしら?」
「はは。そうかもしれませんわね」
「出来れば最後にシャルちゃんとワタクシで頂上決戦という形にしたいわね。魔術師同士での戦い。後顧の憂いも無い魔術と魔術のぶつかり合い。シャルちゃんとなら、きっと楽しい戦いになりそう」
「いいですわね。マリアさんとわたくしならきっと、そんな素晴らしい戦いに出来ます」
「ふふ。楽しみね」
「楽しみです」
会話を楽しむ二人。
自然と緊張感も薄れ、いつものような空気へと変わっていた。
パリの涼やかな夏の風がターミナルの中に吹きつけ、二人を優しく包み込んだ。
ソルシエル・ゲール 五日前 ロラン島
アーニー・アンデルセンは大会本部となる大聖堂の一室に身を寄せていた。
ソルシエル・ゲールが終了するまでこの一室が自身の宿泊所となるのだが、住み心地は思ったよりも快適だった。
時がゆったり流れているので、リラックスも出来る。
しかし今このときだけは、そういうわけにもいかない。
アーニーは精神を集中し、タロット22枚を並べていた。
―英雄を召喚しよう。まず……誰よりも先に強い英雄を―
開戦まで五日あり、まだ英雄召還を許された日から二日しか経過していない。
その中でアーニーは他の誰よりも先んじて、英雄の召還を試みる事を決意した。
元より限られた期間内での戦いである以上、どうしても短期決戦になってしまう。
その為、早く召還を行えばそれだけ作戦や戦術の時間を多く取れると言うメリットを得ることが出来る。
しかし他の参加者に察知され英雄の正体を探られた場合、戦術などを予想され対策を練られやすくなると言うデメリットも同時に得ることになる。
しかしアーニーに関してだけ言えば、そのようなデメリットは最初から存在しない。
何故ならここはソルシエル・ゲール開催本部である大聖堂の一室なのだ。
開催本部に探りを入れるようなことをする人物は過去に例が無い。
つまり、早期召還によるデメリットは考慮には全く値しない。
アーニーは何の心配もせずに召還の呪文詠唱を開始する。
「我は命ずる。輪廻の輪を時の流れを超越し、現世へと魂を回帰させよ。その魂は我と共に、今一度、その姿をわが元へと現さん」
静かに、けれど力強い口調で魔力を込めながら詠唱を続ける。
するとやがてタロットカードの一枚が浮かび上がる。
そのタロットが眩い光を放ち、その閃光と共に一人の男が現れる。
「ほう。俺を召還したのはお前か」
それは逞しい顔つきをしたワイルドな風貌の男だった。
「ええそうだけど。私は、アーニー・アンデルセン。あなたのコンダクターで間違いないわ。あなたは誰?」
「ヴィルヘルム・テルだよ。知らないで呼んだのか? てっきり俺を狙ったのかと思ったよ」
「あいにく狙った英雄を呼び出せるような、気の利いたシステムじゃないから。でもあなたなら大丈夫そうね。よろしく頼むわ」
「ああ構わないぜ。お嬢ちゃん」
「お嬢ちゃん? 私は19歳よ。そんな歳じゃ……」
「はっはっは。そんなの俺から見たらまだまだガキだよ。まあ安心しな。頑張って戦ってやるからよ」
ヴィルヘルム・テルの陽気な笑い声を聞きながら、アーニーは少しばかり先行きが不安になっていた。
ソルシエル・ゲール 三日前 ファルスター島
開催地であるロラン島とは橋で結ばれているファルスター島。
都市部であるニュークビン・ファルスターの貸し別荘にて、ある惨劇が繰り広げられていた。
その惨劇を前に頭を抱えているのは、今回のソルシエル・ゲールのミュンヘン魔法研究アカデミーの代表であるローズマリー・レーヴェンガルドである。
年齢は25歳であるのだが、童顔なせいであまり大人っぽい印象は無い。
アカデミーでは講師の研修生をやっているのだが、やはり童顔なせいで生徒からはからかわれる事が多い。
そのため、今回のソルシエル・ゲールは生徒に対して『ローズマリー先生凄い』と思ってもらうためというのが大きい。
動機としては恐らくあまり褒められたものではないだろうが、本人はまじめである。
そのための作戦も入念だった。
拠点をロラン島でなく、近くのファルスター島に設けたのは拠点を察知されにくくする為だ。
英雄の方も開始四日前である昨日のうちに済ませてしまった。
これは召還したギャルドと入念な打ち合わせを行うためだ。
作戦の方もローズマリーは複数のパターンを用意した。抜かりは無い。召還を行う直前までは確かにそのはずだった。
けれど、ローズマリーは現在の目の前の光景に頭を抱えていた。
「うふふ。処女の血は最高ね。うふふふふ」
そう、目の前にいるギャルド。
それは鮮血の伯爵夫人として名高い、エリザベート・バートリーだからである。
「ねえ貴女、血が足りないわ。早く新しい娘を出しなさい」
「……分かったわ。はい」
ローズマリーはうんざりしながらも、魔法で眠らせた少女をエリザベートへと渡す。
その後はエリザベートの武器である拷問器具で散々少女を弄り、血を絞るだけ絞ってから鮮血のシャワーか鮮血のワインのどちらかを楽しむ。
これが彼女の生活だった。
それに対して、ローズマリーはただ少女を攫って供給すると言う役割しかない。
―はあ、どうしよう。これで十人目か。やっぱコンダクターリングで命令して……でもそんな事したらアタシも危ないし、かといってコンダクターリングでこの人を自殺させるわけにもいかないんだよね。そんな事したらアタシ棄権扱いだし……はあ、どうしよ―
目の前の惨劇を前に、ただ頭を抱えるしか出来ないローズマリーだった。
同日 ロラン島にて。
隣の島で惨劇が繰り広げられている同時刻。
ロラン島のホテルにて、一人の魔女がチェックインを済ませていた。
モニカ・ルイス、20歳。マドリッド魔法学園の代表である。
「ここがロラン島か。やっぱ観光地だけあって、バカンスには最高ね」
近くには色々と名所もあり、海水浴を楽しむためのビーチへのバスもある。
快適なバカンスを過ごすにはかなり好条件のホテルである。
しかし残念ながらモニカの目的はバカンスではない。
ソルシエル・ゲールへの参戦である。
それを思うと、少しばかり憂鬱な気持ちになる。
「はあ。本当にバカンスだったら良かったのに」
呟きながらベッドへとダイブし柔らかい枕へと顔を埋める。
そして悶々としながら昨日のことを思い出す。
モニカは荷造りを終えて、バカンスを楽しみにしていた。
目的地はオーストラリア。一人旅で出発は明日。
けれどその時に、家へと宅配便が届いたのだ。
届け主はマドリッド魔法学園。送られた物はコンダクターリングとタロットカード。
そして学園長お手製と思われるソルシエル・ゲールの簡単なガイドブックと指令書。
指令書の中にはこのように書かれていた。
『指令
この度モニカ・ルイスをマドリッド魔法学園代表として第四十九回ソルシエル・ゲールへの参戦を命ず。
マドリッド魔法学園 学園長』
この一方的な通知には当然のように戸惑う。
学園へと確認の連絡もしたのだが、代表であるのは紛れも無い事実であった。
そのため、モニカは予定の旅行をキャンセルしてロラン島へと向かうことになったのだ。
―まあここも悪い場所じゃないかな。結果を出せば単位の方も問題ないみたいだし―
モニカは外を見て少し物思いに耽るが、すぐに首を振る。
「ソルシエル・ゲールか。でも何で急に決まったんだろ……英雄か。まあ、開始まではまだ時間あるんだし、とりあえず観光にでもいこっかな!」
気持ちを切り替え、モニカは近くの観光地を巡る事にした。
「戦いが始まったら楽しめないし、今のうちに遊ばなくちゃ!」
明るい笑顔でモニカは部屋を飛び出した。