プロローグ 戦う理由 2
ソルシエル・ゲール 二週間前 イタリア ローマ。
ローマ郊外にある病院。
その一室でルイーザ・メルリは長く入院生活を続ける友人アルマと向かい合い、その顔を見つめていた。
アルマはルイーザとは幼馴染であり、付き合いも長い親友といっていい間柄だ。
けれど、アルマは既に一年以上の長期にわたり、入院生活が続いている。
あらゆる治癒に関する魔術や魔法を行使しても一行に改善が見られない重病にアルマは冒されていた。
そんな親友のもとにルイーザはほぼ毎日のように見舞いに訪れている。
しかしそれも今日を最後に、しばらくは出来なくなる。
つい先ほどのことだった。
ルイーザ・メルリはソルシエル・ゲールのローマ魔術スクールの代表として正式に決定されたのだ。
危険な戦いであることは分かっていた。
しかし聖なる石、セイントピエールの奇跡を以ってすれば、親友の病は治るかもしれない。
その思いに動かされルイーザはすぐにその準備に取り掛かることになる。
けれどソルシエル・ゲールが終了するまではお見舞いに来る余裕は無い。
だから、一ヶ月は親友の顔は見れなくなる。そう思い。ルイーザは親友の顔を脳裏に焼き付けようと強く見つめていた。
「どうしたの? ルイーザったらアルマのことじっと見つめちゃって……ちょっと恥ずかしいわ」
「えっ?……あ、ごめんなさい。わたしったら変ね。どうしちゃったんだろ」
「別にいいけど、それよりルイーザ。今日は何だが元気が無いようだけど、大丈夫?」
「大丈夫って、少なくとも体調面は問題ないわよ。アルマの方こそ大丈夫なの? 本当ならもう退院のはずでしょ」
「うん、そうなんだけどね。実はまた……」
「そう。良いわ言わなくて。でも……大丈夫よ」
「大丈夫って……気休めは良いわよ。何となく身体のことは分かってるし……」
「アルマ、そんなっ!」
「いいのよルイーザ」
ルイーザの唇をそっとアルマが、指で押さえる。決して力は強くないが、ルイーザが言おうとしている先の言葉をアルマの目によって封じられる。
「でもね。アルマもちょっとは残念に思ってるの。このままだと、ルイーザが大人になって男を作るのも見れないじゃない。それはね、流石に心残りかな」
アルマの独白を聞くしかないルイーザ。その視線はそっと哀しげに伏せている。
「あははっ、なんだか湿っぽくなっちゃったね。でももう大丈夫。心の整理はちゃんとついてるから」
「……大丈夫よアルマ」
明るく振舞うアルマに、ルイーザはそっと立ち上がりながら告げる。
「わたし……ソルシエル・ゲールに参加するの。それに優勝して、セイントピエールを手に入れたら、その力であなたの病気だって必ず治るから」
「そう。ルイーザがあの大会に出るんだ。でも……あの大会って結構厳しいんだよ。参加する人はほとんどが酷い怪我をするか死ぬっていう、大会みたいだし……アルマのことは良いから、ルイーザはもっと自分の身体をっ!」
「大丈夫だったら! わたしはローマを代表する天才魔術師なんだから、、勝つのは間違いないって。心配しすぎよ」
「でも……ルイーザにもしものことがあったら、アルマは……」
「心配する必要は無い。わたしは必ず生きて帰ってくる。セイントピエールを手に入れて、あなたの病気も治す。きっと全部上手く行く。だからそれまで……一人で頑張って」
「……ルイーザ」
ルイーザの決意に、アルマは何も言えなかった。
既に覚悟を決め、魔術を扱う者として、そして大勢の学友の代表として戦いに赴くのだ。
それを止めることはアルマには出来ない。
「アルマ。わたし、そろそろ準備とかあるから。それじゃ……」
「うん。バイバイルイーザ」
「バイバイアルマ」
ルイーザはアルマに背を向けて、病室を後にする。
その帰り道、ルイーザは一言を呟いた。。
「アルマ……きっとわたしが助けるから」
ソルシエル・ゲール 十日前 日本 東京。
芸能事務所の会議室。
そこで社長と、事務所の先輩である大人気アイドル、アイリッシュアリスの二人と向かい合う形で霧島すみれは対峙していた。
霧島すみれ17歳。大手事務所に所属しており、端正な美しいビジュアルで人気を取るつもりであったが、どうもパッとせずに苦しんでいる微妙な立ち位置のアイドルである。
―一体なんだろ? まさかクビってことは……でもそれならアリスさんがいるはずが無いし……なんだろう?―
呼ばれた理由が分からずに、緊張しつつもすみれは疑問に首をかしげている。
「霧島すみれ。お前がここに呼ばれた理由……分かるか?」
「いえ? 一体なんでしょうか? まさかレギュラー番組とかですか? それなら嬉しいんですけど……はははっ、そんなこと無いですよね。やっぱ」
「まあ、今のお前の人気じゃ無理だろうな。けど……あることをやってくれたら、考えてやらないこともないぞ」
「えっ? それって本当ですか!」
「ああ。結果次第じゃ、全国公開の映画で主演を任せてもいいぐらいだ」
「うそ。すみれが映画主演!? 絶対にやります。それで条件って何ですか?」
「うむ。それなんだが。すみれ。お前、ソルシエル・ゲールは知っているか?」
「えっ? まあ一応はすみれも、東京魔法学術院に通ってますから、そういう儀式みたいな物があるのは知ってるんですが……それが何なんですか?」
「お前、それに出てくれ」
「はっ?」
社長の言葉にすみれは耳を疑った。
すみれ自身は魔法学術院に通っているとはいえ、魔法を実際に行使できるかと言えば話は違う。
スプーンを曲げたり、トランプの絵柄を当てたりが出来る程度で手品師としても微妙すぎる能力しか持っていないのだ。
そんな自分が非常に有名な儀式か何かに参加するなど、信じられないことだ。
「どうしてすみれが? 普通はこういうのって、もっと凄い人が出るんじゃないです?」
「まあそうだな。当初はお前じゃなく、このアイリッシュ・アリスが参加するはずだった」
「えっ、アリスさんが?」
「そんなに驚いちゃって可愛いわね。すみれちゃん」
そこで今まで黙っていたアリスもようやく口を開く。
すみれの想像以上にアリスはフランクな雰囲気を見せていた。
「でもそれならどうしてすみれなんですか? 予定通りにアリスさんが出れば……」
「それが無理なの。ちょうどその時には全国ツアーや舞台の本番も控えてるから、私が出るわけには行かないの。仕事に穴を空けるわけにもいかないし」
「でもそれですみれがなんて……それに一体どこで何をすれば……」
「簡単なことよ。ロラン島に行って、英雄を召喚して戦えばいいの。英雄は召還者を護衛するギャルドとなって、召還した人を守りながら戦うことになるわね。だから別に負けても痛い思いをするのはギャルドだけ。基本的にあなたに害は無いわ。ただギャルドを戦わせて、負ければ日本に帰れば良い。簡単な海外ロケの予行練習のつもりでいけばいいわ」
「ちょっと待ってください。英雄を召喚って、そんな魔法すみれには使えませんよ」
アリスの説明にすみれは疑問を感じる。
英雄を召喚というが、魔法の才が無い自分にそんな大魔法を扱うのは不可能だからだ。
「それなら大丈夫よ。英雄を召喚するのは、アイテムを使うから。既に私が道具に魔法を込めたから、あなたは現地に行って呪文を詠唱するだけ。道具もあなたが了承してくれたらすぐに渡すわ」
「そうなんですか。それなら良いですけど、ロラン島ってどこなんですか?」
「デンマーク領の島のひとつね。自然が豊かないいところよ。まあ観光気分で行ったらいいんじゃない」
「ほら、アリスちゃんも言ってるんだし、いい加減決めたらどうだ。それに旅費も全て事務所が出すんだ。飛行機は往復ともに大御所でしか乗らないようなファーストクラスを用意している。旅費の方もかなりの額が用意してあるし、もちろん仕事な以上、特別出張費で充分な報酬もある。後の仕事も大きい物を確約している。これで断る必要は無いだろう」
ここで事務所の社長も畳み掛けてくる。書類を見せられ、そこのある条件にすみれは目を通す。
―確かに、これは……報酬も成功報酬もそれに何よりも帰国後の仕事も映画の主演なら……アリスさんの言葉を信じるなら、危険は無さそうだし―
「はい。すみれ、ロラン島に行きます。頑張って魔女としての責任を果たします!」
すみれもやはりアイドルである。
自身の大きなステップアップのチャンスである主演映画の魅力には抗えず了承する。
するとアリスがポケットからある物を取りだしてすみれへと手渡す。
「はい。これが道具よ。大事に扱いなさい」
アリスがすみれへと渡したのは、五つの指輪と二十二枚入りのタロットカードと詠唱呪文を書いたメモ帳だった。
「これって何ですか?」
「だから道具よ。指輪はコンダクターリング。これがパートナーとなるギャルドのコンダクターである証。五つなのは、命令を聞かせる権利の数ね。まあ基本的には無理に言う事を聞かせると言うよりは、ギャルドの力を限界以上に引き出させるブースターとして考えた方が良いわ。下手に意に沿わない事をやらせても、碌な目には遭わないから」
「分かりました。でもこの一つの指輪が証なら五つ全部使うと、コンダクター失格なんですか?」
「別に失格じゃないけど、仲たがいしてた場合、殺されることもあるから注意しなさい。過去には、そうやって自滅した組もあるらしいから。最低でも一つは残すように心がけなさい」
「はい。それじゃこっちのタロットカードは何なんです?」
「タロットは英雄を召喚する際の呼び水の役割ね。このタロットの22枚のアルカナから一つがランダムに選ばれて、そのアルカナの言葉の意味に該当する英雄がギャルドとして召喚されるの」
「アルカナの意味? つまりどういう感じになるんですか?」
「言葉通りよ。例えば召喚の呼び水に選ばれたタロットが栄光を意味するなら、栄光を象徴するような英雄が選ばれるし、逆に滅亡を意味タロットなら悲劇的な最期を遂げた人物が選ばれるわね」
「それなら全員が良い意味を持つカードを使うんじゃないですか。わざわざ悪い意味を持つカードは誰も選びませんよ」
すみれは当然のような疑問を口にする。
でもその問いにアリスは苦笑交じりで返す。
「まあそうよね。誰も悪い意味を持つカードは選びたくない。でもね、召喚の際にはシャッフルを行ってから22枚のタロットを並べるの。その後は召喚の呪文を詠唱すれば、勝手にその中の一枚が宙に浮かび上がって、光と共に英雄が召喚される。だから自分でタロットを選ぶのは無理」
「でもそれだと、悪い意味のカードを選んだら勝ち目が無いんじゃ……」
「うーん。確かに、悪い意味のカードを選ぶと苦戦はするかもしれないけど決して負けるわけじゃないのよね。悪い意味のカードといっても、それならそれで色々な戦い方があるわけだし、悲劇的な最期を迎えたといっても、弱いというわけじゃないから。クセが強いだけで上手く戦術が機能したらとても強くなることもあるしね」
「そういうものなんですか?」
「ええ。だから、どのタロットでも諦める必要は無いわ。全力を尽くせば良い結果が出るはずなんだから」
「はいっ! じゃあすみれ頑張りますね」
「よし。じゃあ頑張ってねすみれちゃん」
元気良く、返事をするとすみれは会議室を出て行った。
そして部屋には社長とアリスが残る。
「これでよかったんですか? 私……色々と嘘をついたんですけど」
「構わんよ。大体嘘はついてないだろ。君は『基本的にあなたに害は無い』と言ったんだ。それなら嘘じゃない。あくまでも基本ルールは召喚した英雄同士の戦いなんだろ」
「でも……実際はコンダクター同士でも戦いがあるし、召喚した英雄で直接コンダクターを狙うケースも……」
「まあそれはそれだ。お前が気をもむ必要は全く無い。それに映画主演は嘘じゃないぞ。無事に生還出来たならの話だけどな」
「……社長」
「お前は何も考えずにコンサートや舞台の準備をしなさい。もう決まった事だ」
「……はい」
アリスは悲しげに目を伏せ、すみれが出て行ったドアを見つめた。