第一話 狂気と栄光と 6
氷の槍を五本同時に超高速で射出。
氷の冷気と槍同士の衝突による破裂も相まって、先ほどまですみれが立っていた場所は薄い霜に包まれていた。
しかし仮に視界が一時的に悪くなろうとも、シャルロットには相手をしとめたという確信があった。
「おーほっほっほ。簡単すぎましたわね。さあデビル。あなたもさっさとそのタワーを倒してしまいなさい」
「承知だ。海賊風情に後れを取るオレではないっ!」
シャルロットの期待に応えるように、デビルもエドワードへの攻撃を続ける。
しかしエドワードは不敵な笑みを浮かべながらその攻撃を確実に受け流し続ける。
「ハッハッハ! 甘いぜ騎士よ。俺様をさっさと倒す? 笑わせる!」
エドワードは逆にデビルの攻撃の隙を付いてピストルの引き金を弾く。
デビルは瞬時に後ろへと跳び距離を取る。
エドワードの武器であるピストル。
それは限りなくノーモーションで致命的な一撃を与える事が出来る強力なものである。
それ故に剣の腕では遥かに上回るデビルでも、勝負を決められずにいた。
「……何をなさっているのデビル。既にコンダクターも死んで、消滅寸前のギャルドよ。さっさと倒しなさい!」
シャルロットが苛立ちながら怒鳴るが、デビルの返事はシャルロットに予想外の事実を告げていた。
「ああ。それは分かっているが……おかしい。このギャルド……魔力は一切消費していない」
「はあっ? そんなはずないでしょ。だってあそこに……えっ?」
デビルの言葉にシャルロットも、先ほどまですみれがいた場所へ視線を移す。
しかしシャルロットの目には、あるべきものが映らなかった。
霜もほとんど消えて視界は良好になっている。
だがそこには無かった。
あるはずのすみれの遺体が完全に消えていたのだ。
「どういうこと? ……回避した? でもわたくしの超高速射出の槍を……」
すみれが困惑を隠しきれずに呟く。
しかしその様子にエドワードは笑いを隠さなかった。
「ハッハッハ! 甘すぎるぜ魔術師の少女よ。俺様のコンダクターは死んじゃいない。まあただのお前の自滅だがな」
エドワードの高笑いにシャルロットは苛立ちを隠せない。
だが、それ以上に気になる事があった。
―自滅? わたくしがどうして―
「ハッハッハ。聞きたい顔だな。だが答えは簡単だ。俺様のコンダクターは後ろへと逃げたんだ。だがお前の槍は同時にすみれへと向けて、ただ一点目掛けて射出された。なら着弾地点が後ろにずれたらどうなると思う」
「……氷の槍同士で衝突して破裂しますわ……参りましたわね。自動追尾を付加しておいたら、良かったのですが……」
「驕りだな。魔術師の少女よ」
エドワードの完全な読みに対し、シャルロットは軽く自虐的な表情を浮かべる。
あの状況であれば、すみれをロックオンしての自動追尾を氷の槍に付加することは容易かった。
僅かの手間を惜しんでしとめ損ねる。
それは一流魔術師としては、有ってはならない失態だ。
「そうですわね。完全にわたくしの負けですわ……デビル引き上げますわよ」
「なんだもう終わりか? 逃げたなら追えば良いだろうに」
「残念ですがそろそろ人払いの結界も限界ですわ。お昼になれば人も更に増えますし、いつまでも派手な戦いは出来ません」
「ちっ、じゃあ勝負はまた後日ってか」
「ハッハッハ! また戦えるのを楽しみにしているぞ」
「次は油断しませんわ。覚悟なさい」
シャルロットはデビルを連れてその場を離れてしまう。
残ったエドワードは、タバコに火をつけながら背後へと視線をやる。
「行ったぞ少女。もう終わった」
「行ったの…………はあっ、……助かったよ。すみれ聞いてないよ。コンダクター同士が戦うなんて」
「まあ何事も甘くないってことだな、少女よ。まあ海はすぐそこだ。早く行くぞ」
「うっうん。早く行こう」
エドワードはすみれの前に立って目的地へと歩き出した。
目的地はすぐそこである。
ロラン島の郊外にある小さなホテル。
その一室にて、一人の魔女が昨夜の反省をしていた。
彼女はローズマリー・レーヴェンガルト。
昨夜、マリア・ローレンツとローランの二人の襲撃にあい、命からがらの生還を果たした魔女である。
しかしギャルドであるエリザベートは全くと言っていいほどに反省のそぶりを見せていない。
それがローズマリーにとっては悩みの種だった。
「ねえエリザベート。どうするつもり? 言っておくけど、もう少女の誘拐はしないからね! さすがに昨日みたいに上手くは逃げられないと思うから、もう絶対に目立つまねはやめなさいよ。分かった!」
多少は強い口調を用いてでもエリザベートを叱咤するがまるで効果が無い。
「ちょっと聞いてる? いい加減にしないと……」
「ローズマリー! わらわの質問に答えなさい!」
更に言及をしようとするが、エリザベートの強い口調によって阻まれる。
その言葉には抗いがたいものを感じ、渋々ながらローズマリーも頷く。
「良い子ね。じゃあ聞くけど……マリア・ローレンツでよかったのね、あのコンダクターは」
「ええそうよ」
「あの娘の居場所……分からないかしら?」
「居場所? 分かってたら苦労しないったら。昨日みたいに探索を行っての不意討ちなんてのはあの小娘みたいな高レベルの魔術師じゃないと無理よ。アタシじゃあんな探知は難しい」
その答えにエリザベートは溜息で答える。
心底がっかりしたと言わんばかりの態度である。
それにはローズマリーも不快な感情を隠せない。
「何よその態度。いっておくけど、こうなったのも全部あんたが悪いんでしょ! 馬鹿みたいに誘拐して虐殺ばっかしてさ。おかげでアタシまであんな小生意気なローレンツ家の小娘に馬鹿にされて……聞いてる! いい加減にしないと」
「うるさいわね。下民が騒がないで下さる」
「っ! いい加減にしないと……」
エリザベートの態度にローズマリーは怒りが収まらない。
だがエリザベートはそんなローズマリーの様子など、意にもかえさない。
「わらわは一人で行動させてもらうわ」
「はあっ!? そんな勝手……」
「別に構わないのではなくて。わらわが一人で行動すれば、貴女も危険にはさらされなくなるのでしょう」
エリザベートの申し出は確かに一理あった。
ギャルドの不在は、コンダクターにとってはリスクも大きい。
だが、仮に襲撃されたとしても、コンダクターリングを使って強制召還を行えばことは足りる。
何よりこれ以上一緒に行動を続ける方がリスクも大きい。
凶行を一人で行うのであれば、追っ手の火の粉が自分に掛かることも無い。
それならば、この申し出は快諾すべきである。
「……そうね。分かったわ」
何か嫌な予感も感じるが、小さく一度だけ頷く。
するとエリザベートは小さな笑みを一つだけ浮かべ、姿を消した。
気配も完全に無くなったのを確認すると、肩の荷が下りたかのようにローズマリーはソファへと深く座って溜息をついた。
「ふぅ……とても疲れたわ。やっぱり彼女の相手は無理ね」
もうすぐ昼になる街の喧騒を聞きながら、ローズマリーは疲れを取る為に眠りの中へと旅立っていった。




