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被害妄想

作者: 碧尉翼

「え? その子誘ってないよ」

「は?」


 寝耳に水だった。


 夏休みに入りたて。まだ日差しが柔らかい頃。佐倉琴子は明日の準備をしていた。

 明日、仲良しグループ6人でカラオケに行く。

 基本出歩かない琴子は、誰かに誘われないと街になんて出掛けない。

 友達に遊ぼうと誘ってもらえて、気づいたらニヤニヤするくらい嬉しかった。


(夏休み前から計画してたもんな~)


 毎朝、一緒に登校しているメンバーの一人、大柄で気の強い佐藤まつりが「夏休み中に、ウチらと夕菜ちゃんと合唱部のあの二人で夏休みカラオケ行こう」と言い出した。

 その申し出に、琴子ともう一人の登校友達、近藤楓は飛びつき、何週間も前から打ち合わせてた。

 朝、登校のときに打ち合わせてた。

 朝、登校のときしか打ち合わせてなかった。

 朝、登校のとき、三人で打ち合わせてた。

 朝、登校のとき、三人で打ち合わせても、誰も止めなかった。

 事情を知ってるはずの、まつりも止めなかった。

 

 カラオケに行くメンバーは、琴子、まつり、楓、まつりと同じ部活の夕菜、そして合唱部の二人。この六人になった。

 どうも、まつりと夕菜は前々から計画していたらしく、細かい予定なども話してくれた。

 主催者は、このメンバーに異論を唱えなかった。

 異論を唱えられるのは、主催者のまつりと夕菜だけ。

 だって、琴子と楓は、事情なんて知らないんだから。


 夏休みに入り、趣味と部活に打ち込みながら、カラオケ当日を待った。

 カラオケなんて、何年ぶりだろう。

 何、歌おうかな。

 本当に、楽しみだった。


 それが、すぐ崩壊するとは知らずに。


 カラオケ前日、楓から電話がかかってきた。

 余談だが、琴子は楓が大好きだ。

 小学校の頃から知り合いで、中一のときに同じクラスになってからとても仲良くなった。

 その時はとくに趣味が一緒というわけでもなかったが、話してて楽しかった。ちなみに自分の趣味に無理やり染めた。そしてきれいに染まり、前よりもっともっと話してて楽しくなった。


『ねぇ、さくらっち。明日って何もってけばいいかわかる?』

「あ、カラオケだから、お金と、生徒手帳と・・・・・・あとなんだろ」

『うーん』


 しばらく沈黙が続き、


「あ、かえでっちって自由研究なにやる?」

『え~まだ決まってなーい』


 まったく違う話題になり、


「・・・・・・じゃなくて」


 自分で戻した。


『ゲームもってっていい?』

「うん! 対戦するべ」

『するべするべ』

「あと、時間だよね」

『午前? 午後?』

「そこら辺わからないから、まつりちゃんに聞いてみる。聞いたら折り返して電話するから、ちょっと待ってて」

『え? 頼んでいいの?』

「いいのいいの。電話して聞くだけじゃん」

『じゃあ、ありがとう。よろしくね』


 通話を切り、まつりの番号をプッシュする。

 時間。持ち物。金額。聞きたいことを頭で整理する。


『佐藤ですが』

「あ、こんにちは、まつりさんの友達で佐倉と―――」

『あ、佐倉さん!? やほ~』

「やほー」


 まつりは、テンションが高い。


「明日のことなんだけど、何時に何持ってけばいい?」

『え? まず午前中に行くって事になってる』


 午前中、と紙にメモる。


『生徒手帳とー、お金。ウチ割引券持ってるから千円くらいー」


 生徒手帳と、お金。かっこ千円。


『んなもん』

「わかった」

『ねぇ、佐倉さん、楽しみだね』

「うん。楽しみ。そういえば」


 楓も楽しみにしてたよ、と言った直後だった。


『え? 楓ちゃんは誘ってないよ』

「は?」


 意味がわからなかった。


「なんで? だって朝の登校のとき一緒に話してたじゃん」

『でも誘ってないんですけど』


 硬い声で繰り返された。

 おまけに、


『あ、私じゃなくて、夕菜ちゃんが楓ちゃんと行きたくないんだって』


 責任転嫁までしやがった。


「え、でも楓ちゃんすごい楽しみにしてるんだよ」

『勝手に誘ったの佐倉さんじゃん』

「違うよ。話した場所が悪かったんだよ」


 取り方によっては、楓もまつりも否定する言葉が口をついた。

 まつりは、自分が否定されていると受け取ったようで、


『私じゃなくて夕菜ちゃんがぁー』


 他人のせいにしてべらべらといらんこと抜かし続けた。


「どおすんの明日。・・・・・・あっ」


 名案が思い浮かんだ。


「私は楓ちゃんと行く。まつりちゃんは四人で楽しんできて」


 そうすれば夕菜も楓と会わなくて済むし、楓だってはぶられてると思わない。

 それに、私は夕菜やまつりより楓のほうが好きだから。

 だから言ったのに、


『え~佐倉さん抜けるのはやぁだぁ~』


 どこまでも自己中な女。

 まつりって、本当に強引だなぁ。

 思えば、サークルの時も強引だったなぁ。


「でも、これが一番だよ?」

『うー』


 うー。

 今まで何回も聞いたけど。

 かわいいなんて思ったこともあったけど。

 あんたのその図体と、顔と、性格じゃ、気持ち悪いだけだよ。

 

 引き止められても迷いが生まれなかったのは。

 それどころか否定的な感情ばかり生まれているのは。

 私がもうまつりに何の感情も抱いていないから。


『ねぇ、やっぱ楓だけ抜こうよ。そうだ、佐倉さん断ってきてくれない?』

「?」

『そのまんまだよぉ。佐倉さん断ってきてよ。ほら、あたしって楓と仲いいでしょ? だから断りづらいっていうかぁ~』


 はぁ?

 こんどは何をほざくんだ。

 私だって、楓と仲いいよ。

 中一の二学期に転校してきたあんたより、小学校も一緒で中一の一学期から同じクラスの私のほうが仲いいよ。

 なに、誘ったのは佐倉なんだから後始末も佐倉がやるべき、とか思ってんの?

 自分の問題は自分で片付けてこそ大人になれるんだよ。あたしは佐倉の大人への道を手助けしたんだよ。あたしってば超大人。かっこいい。とでも思ってんの?

 ただ単に楓と仲悪くなりたくないから、他人に頼めば“あたし”は大丈夫だとでも思ってんの?

 馬鹿みたい。


 私はその申し出を断り、楓と二人で行くことを強調した。


「じゃ、明日楽しんできてね」


 感情を隠すのは得意だ。

 明るい口調で電話を切った。

 その指で、楓に電話をした。


『お、さくらっち。聞けた?』


 さっきと変わらない明朗なこの声を暗くするのかと思うと、悲しくなる。


「うん。ねぇ、今から嫌な話していい?」

『? ・・・・・・いいよ』


 淡々と、楓に今知ったことをすべて話した。

 楓は誘われてなかったことも。夕菜が楓を嫌っていることも。

 私は、楓と一緒に行きたいことも。


 全部聞き終えた楓は、予想通り落ち込んだ声で、


『うん。わたし分かってたんだー。まつりと夕菜に嫌われてること』


 予想だにしない爆弾を投下した。

 楓は時折嗤いながら黙っていた。

 それを聞いてて、私の中のなんかの糸が切れた。


「ふ・・・・・・っざけてる」


 一言言ったら、言葉が止まらなくなった。


「ありえない! なにあの自己中女! かえでっちの気持ちも考えろ! しかも仲いいとか何勝手に言って嫌なこと押し付けるんだし! きもいんだよ! 自己中自己中自己満足女! ぶりっこぶってんじゃねぇし! 人のせいにするなし! 責任転嫁のゴンザレス! かえでっちがどんなに楽しみにしてたか考えろ! あっんのクソやろー!!!!!」


 言ってるうちに、泪が出てきた。


「かえでっちに理不尽すぎるだろ! ともかく! 私はかえでっちが好き! かえでっちがはぶられるなら私もはぶられる! 明日はかえでっちと二人で行きたい! いい!?」


 泪が涙になるころ、楓からわたしもさくらっちと行きたい、と返事が返ってきた。

 ほとんど八つ当たりのような誘いに乗ってくれて、ちょっとびっくりした。


「ほんと!? ほんと!? ねぇほんと!?」


 ずびずびと鼻水をすすりながら何回も聞き返した。


 翌日、楓と二人で遊んだ。

 待ち合わせ場所で待ってるとき、ちょっと怖かった。

 まつりたちに会うんじゃないか。と。楓は本当に来てくれるのだろうか。の二つで、十五分がやけに長く感じた。

 楓は来てくれた。私服がかわいかった。

 電車に乗って、駅まで行って、色んなお店回って、また電車に乗って、私の家によって、色々取り出して遊んで、「また遊ぼうね」

 

 楓の表情に傷ついたものが見受けられなかったことに、安堵した。

 まつりたちと遊ばないで、楓を選んで、よかったと思った。

 その日は、安心して布団に入れた。


 数日後。インターネットに接続して、メールフォームを覗くと、まつりからメールが来てた。

 まつりにはもう何の感情も抱いていなかったため、ダブルクリックで開くと、冒頭は『ごめんなさい』で始まってた。

 謝る気があるのかと、感情らしい感情を抱こうとしながら文面を読み進めると、自分の中のゲシュタルトが崩壊した。


『この件は私が一番悪いと思ってる。だからこそ、すごく罪悪感でいっぱいなんだよ。こんな状況で会ったら、きっと・・・楓ちゃんも佐倉さんもだけど、私が一番辛いの』


 自分の気持ち最優先。


『だって、考えてもみて。私は、佐倉さんたちとこのままでいたい。でもね、部活にいけばね違った考えの人もいるんだよ』


 残念だけど、私もいろんな人に相談してみたところ、まつりとなんか関わるなっていうあんたとは違う考えの人に出会ったよ。


『間に挟まれてる私の身にもなって!!』


 何と何に?

 少なくともまつりは間になんか挟まれてないよ。悲劇のヒロイン気取りさん。


『佐倉さんたちとは、一日のうちでほんの少ししか一緒にいない。でもね、夕菜ちゃんとかとは半日近く一緒になるんだよ? 一番怒ってるのは夕菜ちゃんだと思う。誰だって、嫌いな人とは遊びたいとは思わないでしょ。それを我慢してきたんだし、だからやっぱりあのことは、夕菜ちゃんに直接言ってあげてほしかった』


 だから、あんたまだ私のせいにしてるの? アノコトはまつりが悪いんだよ。


『・・・・・・ごめん。でもやっぱり私、二人とは少し距離を置こうと思う。今は、はっきり言えば夕菜ちゃんといる時のほうが楽しい。ジャンルが合うからかもしれないけど、正直言ってこのごろの佐倉さんの話、あんまり好きじゃない。イケメンが~、とかいわれても興味がわかなかったし・・・。本当にごめん。佐倉さんたちを傷つけて。本当にごめんなさい・・・』


 はっきりいうけど、私もあんたの「アニメ雑誌に投稿が載ったー」とか「これアニメ雑誌に送るんだー。超上手く描けてない?」とか毎日のようにしてくれた自慢話、ぜんっぜん面白くなかったよ。


 本当に間に挟まれているのは誰ですか?

「一番辛いのはアタシ」と自分の考えだけで行動するのですか?

「傷つけた」と理解したから自由に行動していいとでも思っておられるのですか?


 あのね、そういうのね、被害妄想っていうんだよ。

 被害妄想が過ぎるとね、嫌われるんだよ。

 悲劇のヒロイン気取りたいのは分かるんだけど、まつり、ここで君は気取れないよ。


 いったい美術部の人にどんな話したんだろう。きっと、「あたしは悪くないのに佐倉さんがひどいこと言うー」とかそのあたりだな。


 反吐しか出ない。


 この文面を丸まる本人に送り返してやった。

 この文面を、全部楓に伝えた。

 楓は、声を荒げることはしなかった。

 ただ、静かに、


『うん。うん』


 ・・・・・・・・・。

 一番傷ついてるのは楓なのに。

 一方的に誘われて、一方的に嫌いって言われて。

 あげく、悪く他人に言いふらされて。

 吐き出せない楓の代わりに、私が声を荒げた。

 楓が何でこんな扱い受けなきゃならないの! まつりには心がないの!? くそったれゴンザレス!


 夏休みはあけた。

 私はいま、楓と二人で登校している。

 私は、楓のことをいっそう強く想うようになった。

 夕菜には、何度も頭を下げて、お詫びの品を手渡した。

 許してくれてるかどうかなんて、分からないけど。


 まつり? 基本頭からそいつの存在は抜けている。

 抜けてても、なんとも思わない。

 それ以上、自分がまつりをどう思ってるか分からない。

 本能が、考えることを拒否している。


 まつりも、私と話さなくなった。


 ふと、脳裏に浮かぶのは、あの一文。


『間に挟まれてる私の身にもなって!!』


 まつりが私たちに歩み寄ろうとして、他の人がそれを止めようとしてるなら、間に挟まれてることになるけどさ。

 まつりが私たちを避けてる以上、その言葉は君には適用されないよ。


 悲劇のヒロイン気取り屋さん。


『間に挟まれてる私の身にもなって!!』





◆END◆



 ここまで読んでくださりありがとうございます。沖田リオです。

 今回はちょっと複雑な女の子の関係を書いてみました。いかがだったでしょうか。

 自分も一応ですが女子なので分かるのですが、女子って派閥争いが激しいですよね。上下関係も結構はっきりしてますよね。言い方悪いですが、ハイエナのようです。


 この登場人物たちは、やっぱり自分が一番可愛いと思ってる人たちです。でもそれがおかしいわけではないです。自分が一番可愛いっていうのは全人類に共通することですし、自分を可愛いって思えないと生きていけない世の中ですから。特にこの年代の女の子は、おしゃれにも目覚めるし、恋にもめざめるし、自分は可愛いっていう感情を育て始める時期なので仕方が無いんですよね。

 ただ、決して悪くはないその感情の使い方によって、友達が減ったりするんだな、ということが、みなさんに伝わればいいかなと思います。


 重ねてになりますが、最後の最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 また貴方様のお目にかかれるよう、精進してまいりたいとおもいます。

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