flow with the tide
起きたら昼過ぎだった。休みの日だし、これも良いだろう。休める時に休まないと、この仕事は務まらない。元々商事会社で営業の仕事をしていたが、上司と反りが合わなくて、今はフリーのライターをしている。
寄稿しているのは様々な商品を扱った月刊誌で、その中でも私が受け持っているのは、中小の企業の商材を扱っているコーナーだ。元々頭も良くないので、商材に関してはありのままをお出しするのが私のスタイルだ。難しい事を説明されてもさっぱり分からない。なので出来るだけその企業の社員さんの説明した通りの事を記事にしている。
それが奏功してか、何故か企業さんからの覚えは良い。変に内容を改変したり、思想を持ち込んだりしないのが、商材を売り込みたい企業さんからしたら、有り難かったらしい。記事を書くのが私でなければ、商材を雑誌に載せない。と言う企業さんもあるくらいだ。
中小の企業と言うのは、生き残りを賭けてか、横の繋がりが強い。だからか、新規に商材を売り込みたい企業は、まず私に連絡を入れてくる。それを精査し、どの企業の商材を雑誌に載せるかを決めるのは、雑誌の編集長なのだが、編集長も私の先見の明に信頼があるらしく、私に一任している節がある。と言うより、私が扱っているコーナーなど、雑誌全体からしたら特段目を引くコーナーでもなく、その月の特集記事のページ数によって多くなったり少なくなったりするようなコーナーだ。それでも企業さんからしたら少しでも購買層の目に留まるなら、と私に連絡が来る。
なので、企業さんとの付き合いがとても大事だ。何せ特集記事次第で、コーナーが縮小されて、取材しても記事に載せられない事があるからだ。それでも来月には載せますから。と営業の頃の癖で、企業さんに頭を下げに行くのが、私の覚えが良い理由だろう。
そんな訳で、ライターとしてそれなりに稼がせて貰っている私だが、ライターの仕事と言うものは、昼夜不規則な訳で、昼に取材して、夜に記事を書く。場合によっては企業さんとの付き合いで、飲み会に顔を出す事もある。そんな生活なので、昼過ぎに起きるのも普通だ。
(まあ、今日は休みなんだけど)
と言うよりも、ここのところ仕事がない。編集長が変わり、副編集長の一人が編集長となったのだが、その新編集長の方針と、私のコーナーとの相性が悪いからだ。まあ、新しく編集長となったなら、それ相応の実績が欲しいのは当然で、そうなると特集記事を充実させるのが早い訳で、そうなると当然私が扱っているコーナーは縮小される運命にある。と言うよりも、この三ヶ月、私のコーナーはコーナーごと雑誌から消されている。
それなりの貯蓄があり、有り難い事に他の編集さんから、別コーナーの記事の仕事を散発的に頂いているので、何とか生活出来ているが、問題は私のコーナーで記事にして貰おうと待っていた企業さんへの対応だ。
現状、雑誌の方針として、特集記事を厚くする旨を、企業さん一社一社に説明して回り、頭を下げて何とか納得して貰ったが、内心は納得していないだろう。
中小レベルだと、余程凄い商材の開発にでも成功しないと、メディアで扱われる事はほぼない。それは紙媒体だけでなく、WEBも同様だ。何ならWEBの方が厳しい。私のコーナーでは、新規商材だけでなく、既存の商材のアップデートなども扱っていたので、企業さんからしたら結構な痛手だと思う。
水を飲みながら、そんな事を思い出す。こんな事を思い出すのは、昨日、編集さんから紹介された大手の企業さんに取材に行き、そのままの流れで、担当の社員さんたちと飲み会へ行ったからだろう。
意外な事に、担当さんたちは雑誌の私のコーナーにも目を通していた。大手の企業としては、新たな商材と言うのは見逃せないものであるそうだ。なので私が担当している企業さんの事は口にはせず、雑誌の編集方針が変更になった事だけ伝えた。編集長が変わった事も知らなかったらしく、大手さんも驚いていたな。引き継ぎどうなっているんだよ。
まあ、私も今はフリーなのだし、雑誌さんからそっぽを向かれたのなら、別の雑誌なり、WEBなりに移行すれば良いのだ。CMS(コンテンツ管理システム)入稿は、既に雑誌にも取り入れられている。そのままWEBに移行する事も可能だ。この時勢だし、WEBに戦場を移す方が良いかも知れない。
プロテインと水をカップに入れて、振りながら部屋に戻ってくると、スマホを確認する。
(んん? 何か編集部からメッチャ連絡が来ているんだけど?)
メッセージアプリに三十件を超えるメッセージが来ている。何事!? とプロテインを飲みながらメッセージアプリを開くと、どうやら昨日の大手さんから、何やら言われたようで、目を通していくと、商品の雑誌掲載を取り止めると、大手さんから通達があり、編集部は大慌てとなっているそうだ。
(ああ、昨日の今日だから、私が何か知らないか連絡が来ていたのか)
メッセージの最後の方では、強い言葉で私を切る旨が、編集長から届いている。これを見て、昨日の事を私が語りたくなるとでも思っているのだろうか?
「知・り・ま・せ・ん」
そのメッセージだけ送り、私は残りのプロテインを飲み干すと、またベッドに横になり、スマホをいじる。
◯◯◯◯.✕✕.△△
切られた私は顛末を知らない。だが、大手さんの口利きで、今私が寄稿させて頂いているライバル誌の売り上げが、前の雑誌の売り上げを抜いた事はここに記しておこう。
現雑誌の方針もいつ変わるか分からないが、現雑誌は平行してWEBでも展開しており、WEBでなら好きに記事を書いて良いと言われている。中小の企業さんには、WEBへの移行を伝え、雑誌では大手さんの取材と記事化を主に行っている。私が大手さんと中小の企業さんの橋渡し役をする事で、大手さんからも、中小の企業さんからも更に覚えが良くなったので、仕事に空きがなくなった事が、今の問題だろう。