まだ嘘を吐ける
「私のこと……、好き?」
夕飯を終えたタイミングで、西川 明里は夫の蒼佑に問い掛けた。
テーブルの上の食器は全て空になっている。明里が作ったものを蒼佑が食べ残したことは一度もない。
蒼佑に明里からの問い掛けを驚いた様子はない。「いつかこんなときが来る」と分かっていた様に見える。
「好き……、だったな」
明里は息を呑んだ。過去形で言われたショックによるものではない。嘘でも「好きだよ」と言える感情を、夫から自分が削ぎ落としていた事実にショックを受けた。たった五年で。
「……そう」
「君は?」
「私も……、好きだったよ」
明里も正直に答えた。それは報復感情などではない。蒼佑にも伝わっているだろう。
蒼佑が静かに口を開く。
「別れる?」
「うん。まだお互い若いし……、子供もいないし」
「分かった」
明里は、蒼佑が自立した女性を好きなことを知っていた。出逢った頃から知っていた。明里が「貴男なしじゃ生きていけない!」と無様に泣き喚く様な女だったら、端から恋愛対象に入らなかっただろう。
当然、蒼佑も「君なしじゃ生きていけない!」などと泣き喚いたりしない。そういう男性だから明里も好きになった。
「ちょっと出かけてくる」
蒼佑が立ち上がる。
「どこ行くの?」
「ん…………、風俗」
「……そう」
――――
「ネカフェかな……」
一人きりになった明里は小さく笑った。
明里のために嘘を吐いた、まだ嘘を吐けた蒼佑を笑った。
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