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タネタネまきまき

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 まかない種は生えない、とはよく聞くことわざのひとつだね。

 何も手を打たないことは実現のきざしすら生まれることがない。もし、かなうことがあったならば、よそから運ばれたものがたまたま自分の土地に居座ったというところで、自分の力によるものであるとは、ちょっと考えづらいなあ。

 しかし、逆をいうならまいた種は生えうる、ということでもある。

 自分のどのような行為であったとしても、それは時と場合によっては種まきであり、ゆくゆくは大きな実や花をつける可能性がある。それが必ずしも、自分の益となるかどうかは分からない。

 昔、私も文字通りに種をまいてしまったことがあってね。そのときのことを、聞いてみないかい?


 体育の持久走というのは、なんとも気持ちが憂鬱になる種目だ。

 長く走る、というのはそれだけ時間を拘束される。しかもその間、走る以外の行動をすることは許されない。

 集団球技であるならボールを持っていてもいなくても、相手のことや自分たちのことに気を割ける。ひとえに勝利のためにだ。仮に単独の勝負であってもそうだろう。

 しかし陸上において、相手は自分自身に他ならないというのが厄介で、この長く走る間は孤独な戦いが続くというわけだ。早く終わらそうと急ぐのも勝手だが、ペース配分を誤れば地獄のようなモウメントが延々と横たわることになる。


 相手がいなくては燃えられない私は、一斉スタートであることを活かしてペースメーカーをとっとと選ぶことを心掛けていた。

 その日のコンディションによって、誰の後ろにつくかは変わる。すでにわき腹へわずかな痛みを感じていた私は、しかし休んで見学などみっともないという意地にこだわり、いつも最後尾を走るクラスメートへ目を止めた。

 私の足なら、かなり加減してもついていくことができる速さ。わき腹が回復する兆しが見えたら、ラストで一気に抜いていってしまえばいい……そう考えて、スタート直後に彼の真後ろへ引っ付いた。

 彼はいつも最初から、どんけつを走る。いわばこれが、どんけつ卒業の日でもあったわけだが。


 彼から1メートル前後、距離を離して走っている私だったが、数百メートル走っていて気づいてしまう。

 彼がやたらと、石を蹴り飛ばしてくるのだ。

 足をあげる折り、蹴りあがるグラウンドの砂利たちが私の膝小僧たちに、ぴしぴし当たってくるんだ。

 彼の履いている運動靴は、地面から離れるわずかな間だけ見ていても、深々とした溝が刻まれている。さほど使いこまれていないのかもしれない。

 そこにも砂利が挟まってはいるものの、弾かれた連中がこちらへ飛んでくるのだろうか。それにしても量が多すぎる。

 文句いいたいのはやまやまだが、必死に走っているのだとしたらブーイングはモチベに響くだろう。より距離を離していく私。

 はたから見ると、激烈に鈍足であったろうけれど、これにはより強まるわき腹の痛みもかかわってきている。彼の砂利を膝に受けてから、どうも痛みが強まってきている。

 正直、お腹をかかえて休みたい衝動に、何度もかられた。が、やせがまんはいったん決めると、がりがりの骨だけになるまで踏ん張れてしまうもので。

 痛みをこらえながら、大記録を打ち出した私は先生に心配されたよ。どこか悪いんじゃないかとね。

 事実、その通りなのだが、ゴールしたときの私は下っ腹も怪しくなってきていてね。トイレに駆け込みたくて仕方なかったんだ。


 一息つける、洋式便座が空いていたのは僥倖だろう。多くを占める和式便座では、どうにも落ち着くことができない。

 しかし、そうして腰を下ろし、パンツを下ろし、しばし精神を集中したのちにすっきりすることはできなかった。

 本来、下っ腹から尻にかけて集まるべき圧が、なぜかどんどん膝へ移動してくるんだ。

 ほどなく、ぷつぷつと膝へできものが浮かんでくる。鳥肌を思わせる早さで膝の皿に並んだそれらは、これまたはっきり分かる形で「めくりあがった」。


 そこから、ぽろぽろとこぼれ落ちたのは、アサガオの種によく似た小さい粒たちだった。

 経緯と当たった箇所からして、彼の仕業である疑いは大きいが……砂利たちにしては、サイズが大きい。これくらいのものが当たり、身体に入ったのであったならすでに大きな傷ができていそうなもの。

 まるで、時間を経てから私の身体の中で育っていったかのよう……などと気味悪がっている間に。

 信じがたいが、こぼれ落ちたタネたちはほどなく、固いトイレの床の中へうずまっていってしまったんだ。まるでタネのまわりだけが砂場であるかのような、抵抗のなさでね。

 そしてすぐにタイルにヒビが入ったかと思うと、亀裂から顔を出したのは植物のツタだったんだよ。


 グラウンドに面した窓からも、クラスのみんなのさわぐ声が聞こえてくる。結局、このときは私のトイレも、グラウンドも、あのツタたちが無数に生えてきてその処理に追われるというヘンテコで不可解な時間になったよ。

 あの最後尾の彼は、心底不思議そうな顔をしており、直接の犯人ではないように思えた。

 私たちの時間を見計らって、タネをまこうとした何者かがいたのだなあ。

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