嵐の前の静けさ
レン達はセトが宿の予約を待っている間、宿の外で待っていた。
「そういえば、さっきレンさんがセトさんを紹介する時に、トーラスの村に"落ちてきた"と言ってましたよね?」
「うん、そうだよ。それがどうかした?」
「もしかして、レンさんって別の世界から来たんですか?」
「別の世界?なんだそれ」
「ざっくり言ったら、お前がこのベスティアの人間じゃねぇんじゃねぇかって事だよ」
ちなみに、このベスティア以外に世界があったという文献は存在していない。さらに言えば、別の世界の噂すらたっていないのだ。
「その辺は僕自身もよく分かんないんだよね。気付いたらトーラスの村の池に落っこちて、なんでか知らないけど尻尾生えてて、覚えてるのは自分がレンって事だけ。分かんないほどモヤモヤすることはないよ……」
アレクシアには一つの疑問が浮かんだ。
「え?じゃあ、レン・フリューゲルのフリューゲルって?」
「フリューゲルは僕の姓名じゃないんだよ」
「「「えっ!?」」」
「って、なんでお兄様とレイさんまで驚くんですか?」
「2年越しの真実じゃねぇか!こんなん驚かねぇ奴いるかよ!」
「フリューゲルって姓名は後付けだったのか!?」
レンは、レイ達に背を向け、青空の方に目をやった。
「フリューゲルは、僕の師匠の姓名なんだよ。師匠が、姓名がないと困るでしょって言って僕につけてくれた名前なんだよ」
「お前、師匠いたんだな。今はどうしてんだ?」
すると、レンは急に俯き、帽子のつばで目を覆い隠した。
「レイ、そのことなんだよ。僕が今は聞かないでくれって言ったこと」
レイは、そんなレンの分かりやすい気持ちの沈み具合を悟った。
「なっ……。そうだったんかよ……。悪いな。無意識に聞いちゃって。デリカシーのない質問するなって、俺の方だったな」
すると、セトが宿の扉から顔を出してきた。
「おう、部屋取れたぞ。5人合わせて2部屋しか取れなかったから、ハルとアレクシアで1部屋使って………」
セトは重くなってる空気を察した。そしてセトは、この空気をなんとかしようと、4人に話しかけた。
「あー……。取り込み中だったか?でも、早く入らねぇと部屋の予約が無効になっちまうぞ?」
それを聞いて、レンは笑顔でセトの方を向いた。
「ああ、今行くよ。飯の時間も取らなきゃだしな!」
レンは宿に入っていったが、残る3人は入るのを躊躇った。
「なあ、ハル。俺、レンのあんな分かりやすい作り笑顔初めてみたぞ」
「ああ、オレもだよ。なんか、相当心に傷を負ってそうだったな……」
「レンさんと、レンさんの師匠の間に何があったんでしょう……?」
そんな3人を元気づけるかのように、
「ほれ、お前らも入んな。穏やかな村にそんな顔は似合わねぇぞ?」
と、セトは3人を宿に入れた。
レン達5人は、部屋割りのため2手に分かれた。レンとレイとセトで1部屋、ハルとアレクシアで1部屋という部屋割りである。
その夜、レンとレイとセトの3人は、部屋の中で自分の寝るベッドに思いっきり寝転んだ。
「ハァ〜……。久々長距離歩いたから疲れたな〜」
「え?お前故郷に帰ったんじゃないのかよ?」
「トルネシアに残ってたんだよ。どうせ戻ろうにも、ボートは出ねぇからな」
「ボートって……!お前どんだけ極寒な場所に住んでたんだよ!」
「まあ、氷塊[レイズ]の氷の何倍も冷てえ場所だな」
「ひぇ……。そんな場所よく住めるよな……」
「セトも住んでみるか?意外と家ん中いりゃ、寒さはやり過ごせんぞ?」
レイとセトが話している間、レンはベッドに寝転びながら飛び跳ねていた。
「おおー!わー!なあ、セト!ここのベッドって以外とふかふかなんだな!」
「ったく、それがトルネシア元将軍様の立ち振舞かよ?」
そんなレンを見て、レイは気分が上がらなかった。
(やっぱ、相当無理してるなあいつ……。俺、嫌な記憶でも掘り起こさせちったかな?あぁ〜!もう!親父にも、『他人に対して色々聞くのもほどほどにしとけ』って指摘されてんのによ〜!俺のバカッ!)
一方、ハルとアレクシアは同じ部屋にいた。ハルは椅子に腰掛け、アレクシアは既に寝間着に着替えてベッドの中に入っていた。
「なあ、アレクシア」
「何です?」
「お前……、オレが思うよりも、強くなってるよな……」
「それは、お兄様の役に立つためですから。そのくらい当然ですよ」
「そっか……。でもアレクシア。ホントにヤバくなったら、その時はオレに助けを求めていいんだぞ?いくらお前が、想像よりも早く強くなってるっていっても、まだ、戦術とかさ、色々細かいところとかあるじゃん?だからさ……」
「気持ちはありがたいのですけど……、ボクはもうちょっと1人で頑張ってみたいんです。それに、両手剣に無れようとしてる際に、ある程度の戦術は本を何度も読み返して、履修済みですから」
ハルはアレクシアに遮られるかのように、言われた為、かなり暗い表情になった。
「そ……、そっか……。それならいいんだけどさ……」
すると、アレクシアはベッドから出て、ハルの膝に顎を乗せ、ハルを見上げた。
「でも、ボクにはやっぱりお兄様の力が必要です。ボクがお兄様の役に立ちたいのも、お兄様が何度もボクのことを助けてくれたからです。ボクは今までだって、お兄様の事を役立たずだと思ったことはありませんし、思いたくもないです。だってボクは、お兄様の、ハルトマン・アルターレの妹ですから」
そんな言葉を聞いて、ハルは、今まで自分を縛っていた悩みから少しずつ解放されていくのを感じた。
(そうだよな……。今までオレはアレクシアのために色々とやってきた……。今度は立場が逆になって、アレクシアがオレに色々とやる番になった……。あの時のアレクシアが、オレのためにできることを探そうとしてたように、オレもアレクシアのためにできることを探さないとな……)
すると、ハルの膝の上に乗ったアレクシアの頭から寝息の音がした。ハルがアレクシアの顔をのぞき込むと、アレクシアは幸せそうな顔で眠っていた。
「寝ちゃったか……」
ハルは眠っているアレクシアの頭を撫でた。
「でも、これだとオレがベッドに入れないな……」
この後、ハルはアレクシアを起こさないようにそっとベッドに入って眠りについた。
宿の外では、フードを深く被った剣士が宿の明かりを見ていた。
「俺から故郷を奪った分際で……、よく枕を高くして眠れるな……」
その眼差しは、復讐に駆られた化け物の目をしていた。
【ちょっぴり用語解説】
〈氷塊[レイズ]〉
地面から氷の塊を出す初歩的な攻撃魔法。
強化すると、大氷塊[ハイレイズ]、超氷塊[メガレイズ]になる。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
よければアドバイス(読みやすくなる工夫だったり)とかをくれると嬉しいです。