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その9 潜入、領主の館

 オズワルドやファーガスの前で、改めて仁志が明言したのは次のような事であった。

 まずは今回の事件解決への全面協力、食と住をこれまで通り無償で提供する事。

 さらには寅之助を戦力として貸し出す事と、小春と言う名は伏せつつも、諜報活動が出来る人員への橋渡しも行う。

 その次に、稲葉家にとっての利益である。

 忠敬の守護精霊を名乗るアディの所有権、これは改めて主張しなくても良かったのだが念の為だ。

 そして最も肝心なのが、領主の横領を証明する事に成功したあかつきには、既にジュエルモンスターにされてしまった宝石、精霊石と呼称する事にしたこれの譲渡。

 もちろん、寄越せと直接的な物言いはしなかった。

 宝石に閉じ込められた精霊の怒りがノーグマンの街に向く事や、応酬したジュエルモンスターの悪用を危惧した事を強調した。

 仁志の言葉は、表面的には好意的に捉えられたようであった。

 なにしろ今のファーガスたちは、ほぼ稲葉家におんぶにだっこの状態で、ノーと言えるはずがない。

 領主を相手にするには稲葉家単体では兵力が圧倒的に足りず、そこはファーガスの部隊が必要となり、いずれはお互い様となる。

 あくまでいずれ、その時が来るまでは立場的には稲葉家が上なのだ。

 双方共に意見の同意を見ると、それを一筆したためてから、行動開始となった。

 手始めとしてノーグマンの街に送り込まれたのは小春とオズワルド、そしてファーガスの部下数名。

 宵の口に迷いの森を発ち、深夜頃にノーグマンの街へとたどり着いた。

 予定通り街の手前で二手に別れ、小春とオズワルドは裏通りに一歩足を踏み入れた場所にある酒場へと出向いた。

「しかし、女は化粧一つで別人となる事は知っておったが、衣装まで変えられるともはや手がつけられんな」

「私はデューイさんと面識がありますし、若がさらわれたはずなのにノコノコとノーグマンに戻ってくるのも変な話ですから」

 てきとうな席に座り、喉を潤す飲み物を注文した後に、ふいにオズワルドがそんな感想を漏らした。

 現在の小春は、いつもの着物姿ではなく、ハイネックのサマーセーターにフレアスカートという洋服姿である。

 酒場の中では少々浮いているが、それだけ良い所のお嬢さんに見えるのだろう。

 幾人もの男たちがチラチラと小春を盗み見ているが、オズワルドの姿を見るや肩をすくめたり、恨めしげな視線を寄こす。

 大方、お盛んな爺さんだとでもいうところだろうか。

「予想通り、ファーガスさんは指名手配されていますね。部下の人たち、先走らないと良いですけれど」

 周りの視線は全て受け流しつつ、酒場の隅に張られた手配書に視線を向ける。

「奴等も良く訓練されとる。大丈夫であろう。それより、こちらもこちらで仕事をせねばならん。諜報員への渡りは、お嬢さんに任せてしまって良いのか?」

「向こうも、馴染みのない人に知られたくないでしょうから。それに冒険者に顔の広いオズワルドさんには、そちらの方面からの情報収集があります」

「お待たせしました」

 先ほど注文したお酒とお茶が運ばれ、一旦口を閉ざす。

 飲み物に手をつけながらウェイトレスを見送り、打ち合わせを再開する。

「それで領主の館の位置と間取りに関する情報はオズワルドさんがお知りなんですよね?」

「ああ、この街の領主は代々同じ館を使用する。わしやファーガスなんぞは何度か足を運んだ事があるから書斎から客間、私室の位置までな」

 向こうも間取りがばれている事は承知の事であろう。

 まず探すべきは書斎なのだろうが、そこに目当ての情報があるかどうかは潜入してみないと分からない。

 オズワルドから大まかな間取りや裏口の場所などを聞きながら、小春は今更ながら不安にかられた。

 近代的なセキュリティがない分は潜入の難易度は低いが、まだこの世界の文字に疎い。

 稲葉の家に戻って五日、ファーガスの部下の人たちに文字を習っていたが、肝心の書類を読めるかは不明だ。

 稲葉家の面々の前では今回の事件に肯定的な意見を言ったものの、本心では関わりたくなかった。

 だが忠敬がこの世界に惹かれ始めていた事は知っていたし、事実この世界に残る事を望んだ。

 そうなると寅之助が言った通り、何時までも居候のお手伝いさん気分ではいられなかっただろう。

 稲葉家や仁志の為ではなく、忠敬の為に、自分の無能さを棚にあげたくはなかった。

「大まかにはこんなところだろうか。これだけ伝えれば十分だとは思うが……」

「そうですね。恐らくは大丈夫だと思います。後は私が、この情報と共に依頼をとりつないで見ます。期待して待っていてください」

 臆病な内心を無理やり封じ込めるように、あえてオズワルドに笑顔で告げる。

 仁志の口からこの件に関わる事を明言した以上、後戻りは出来ない。

 賽は投げられた、ならば自分は忍として任務を全うするしかなかった。

「それでは、お茶ご馳走様でした。とても楽しかったです」

 席を立ち、ツンとそっぽを向きながら、やや大きな声でつれなく告げる。

「おい、ここまで来てそれはないではないか」

「最初からお茶だけの約束でしたから、それでは」

 周りの視線が自分たちに集まっているのを察し、小春は鼻で笑うようにオズワルドを見てから立ち去る。

 残されたオズワルドは、やっちまったとばかりに額を手で押さえ、天井を仰ぎ見た。

 うら若き美女に袖にされた年甲斐もない爺さんのふりであった。

 オズワルドはノーグマンの界隈では名の知れた人物だが、親友が指名手配された後ならば自棄を起こしたように見える事だろう。

 それに入店当初から二人は注目を集めていたのだ、自然と人は集まってくる。

「爺さん、無茶しやがって。何処の通りであんな美人を引っ掛けてきたんだよ」

「ええい、うるさいわい。何処でもええじゃろ。嫌な事があったばかりで、鬱憤をはらそうとしたのにご破産だ!」

「おいおい、鬱憤なら娼館だろ。どう見ても、あれは存分に愛でるべき相手だろうに」

「ファーガスの奴め。とち狂いよって……」

 振られた光景を肴に勝手に相席してきた者達が、オズワルドの呟きで気まずそうに酒に口をつけた。

「あのファーガスさんが盗賊に落ちぶれた挙句に誘拐だってよ。何処まで本当なんだか……」

「でもよ、残念ながら目撃者がいるんだろ。組合に駆け込んできた商人の話を聞いて、向かった奴の中にファーガスさんを見たって言ってる奴もいるぜ」

 反応としては半信半疑が多数といったところか。

 ただ疑いに傾きかけているのはやはり、目撃者が複数である事。

 完全に疑いファーガスを悪く言う者が現れたら、我慢できるだろうかと、不安に思うオズワルドであった。







 酒場を出て一度別の宿に部屋をとった小春は、そこで忍装束に着替えて領主の館へと向かった。

 特殊な下着の上に濃紺色の野良着、長い髪は装束の中にしまっていた。

 各種道具を仕込んだ手甲をはめ、胴締めには忍者刀を差し、最後に頭巾を被っている。

 久々に身に着けた装束は何年ぶりの事か、胸部と胴回りが特にきつい事に喜びとショックを受けたが極度の緊張の前に直ぐに霧散した。

 身を締められながら気を引き締め、物陰から眼前にそびえ立つ領主の館を眺める。

 実際は二階建ての建物なので広さはともかく、そびえ立つように見えたのは小春の主観であった。

 元々気が弱く、忍向きの性格ではないのだ。

「見張りは塀の外と中それぞれ、逆廻り。犬がいないのはありがたいです」

 門番はおらず、館の周囲を見回り約二十分毎に正面にある鉄格子の門越しに塀の外と内にいる見張りが確認を取り合っている。

 確認に雑談が混じり真面目さは伺えないが、内と外で逆廻りで見回りをされるのは厄介だ。

 外が見えなくなったからといって部屋に塀を越えれば、内の見張りに見つかる可能性がある。

 ここは内が見える鉄格子の門を正面から超えた後に、裏口まで見張りの後を追うように向かうのが吉だ。

「若の期待に応える為にも」

「戯れに行くとしようかの」 

 小春の呟きに応えたのは、胸元でゆれる水色の宝石、アディである。

 本来ならば敵陣の懐であるこんな場所へと連れてきてはならないはずのそれがあった。

 一人敵陣に飛び込む小春を案じた忠敬が、御守としてこっそり渡したのだ。

 最近退屈していたアディ自身の意向も少なからず存在するが。

 見張りが鉄格子の門を挟んで、異常無しの報告を行い、再び館の周りの見回りへと向かう。

 まず外側の見張りが堀の角の向こう側に消え、内側の見張りもまた館の角を曲がったところで小春が動いた。

 鉄製の門に触れれば深夜に鉄が擦れ合う音が響く。

 小春の背丈をはるかに越えるレンガ製の塀へと一直線に走り、その直前でアディの宝石が淡く輝いた。

「足場は任せろ」

 塀の中頃につま先が引っかかる程度の氷の足場が生まれる。

 前へと向けて駆けていた小春は、跳び上がって足場に足をつき、もう一度跳んだ。

 二度の跳躍で塀の頂上に手をつき、跳んだ時の勢いと腕の力で体を持ち上げ、塀に足をかける。

 そのまま転がり込むように塀の上を超え、その向こう側へと降り立った。

「想像以上にやるではないか。見直したぞ、小春」

 率直な賞賛に対し、小春は頭巾の下で苦虫を噛み潰したような表情となっていた。

 アディの補助がなければもっと手間取っていたはずで、美濃家の普通のものなら一人で今の芸当が出来る。

 例えば、今回のように精霊魔術で作った氷ではなく、忍者刀を塀に立てかけて鍔の部分を足場にしたりと。

 だが胸に浮かんだ劣等感を即座に振り払う。

 今回の潜入は目的の情報を得るのはもちろん、潜入の事実さえ知られるわけにはいかなかった。

 些細な違和感でも残し、念の為にと横領等の証拠品を現在の廃坑から移されてはかなわないからだ。

 小春の働きいかんでは、逆に罠に貶められる可能性すらある。

 直ぐに内側の見張りが消えた館の角に張り付き、向こう側を伺う。

 当てもなく散歩をするようにだらだらと歩く見張りの背が見え、後方の確認がおろそかなのを良い事に、角を飛び出し茂みの陰に隠れる。

 その次は茂みから茂みへと移り、見張りの後を追跡していく。

 目指すのは館の裏にある勝手口、食堂裏になる台所に繋がる出入り口だ。

 一向に振り返る気配のない見張りの後ろを追いかけ、勝手口の手前へとたどり着く。

 見張りが館の裏手の角を曲がり、姿が見えなくなったところで一気に駆け寄り、扉に耳を当てる。

「人の気配はありませんね」

「だが鍵はかかっておろう。さすがの我も、鍵を開けるなどの芸当は無理だぞ」

「ご心配なく、開錠の訓練も受けています」

 手甲の中から専用のピックを取り出し、鍵穴を探る。

 許された時間に多少の変動はあれど、十五分程度。

 手に伝わる感触から幾多の鍵の構造を思い浮かべては消し、一つの型が思い浮かぶ。

 最も古いとされているウォード錠だ。

 鍵の内部には障害物があり、それを避けるような形に鍵を作り、本物以外は鍵を回しても障害物に当たり鍵が回らない。

 現代でも安価な錠前や自転車の鍵にも使われている。

 最も古く、作りとしては単純な鍵だけあって、開け方は研究し尽くされていた。

「まだか、急げ小春」

「焦らせないでください。直ぐに、直ぐです」

 もどかしそうに急かすアディに答えながら、小春は手元に集中する。

 不意にその手を止めた小春は、とある音に耳を傾けた。

「なんか聞こえたような」

 それは見張りが急遽、方向転換をして戻ってくる足音と声。

 鍵を開けるのに集中し過ぎて気づかぬうちに大きな音を立ててしまったのか。

 今から塀の周りの茂みに戻っていては間に合わない、アディに小声で頼み、垂直に跳ぶ。

 塀を越えた時のように氷を足場に壁を登り、頭上の氷に手を掛けて壁と一体化する。

 どうか氷には気づきませんようにと願い下を見ると、背筋が凍った。

「この馬鹿者」

「しッ」

 館の角から覗き込み、異常を確認する見回りの兵の目と鼻の先。

 勝手口の扉には鍵を開ける為に使用していたピックがささったままだ。

 気づくなという願い、懇願をこめて見回りの兵の気が済むのを待つ。

 小春は戦闘能力を殆ど持っていない。

 護身術程度は使えるが、寅之助のように一人の男を音もなく倒すのは不可能に近い。

 それに加え、今回の任務では異常があった事さえ知られてはいけないのだ。

 見回りが遅れ正面の鉄格子の門での確認に現れなければ、それだけで異常事態となる。

 氷を掴んだ手がその冷たさに感覚を失っていく事も忘れ、見回りの兵の気が済む事を待ち続けた。

「気のせいか。ああ、なに真面目に仕事なんかしてんだ俺は。あのクソ領主の為なんかに。早く交代の奴が来ねえかな」

 そう結論付けて文句を呟いた見回りの兵が、元の巡回に戻ったのを機に一気に扉の鍵を開けて中へと滑り込む。

 後ろ手に扉を閉めて、これで山場の一つは越したと安堵の息をついて、いつの間にか浮かんでいた目じりの涙を拭う。

「ほれ泣いておる暇などないぞ。夜の闇の中で我の獣の姿は目立ちすぎる。全てはお主にかかっておるのだ」

「泣いてません。ちょっとびっくりしただけです」

 元々優秀ではなかったが、腕が錆付きすぎだと情けなくて泣けてきた。

 明かりのない台所には、ほんのかすかに火が炊かれていたらしき熱気が残っていた。

 外から屋敷を見上げた時には明かりらしきものはみえなかったが、まだ起きている者がいるのかもしれない。

 本番はこれからだと自分を叱咤して動き始める。

 氷を掴んでいてかじかんだ手を温めるようにこすり合わせながら、廊下へと続くであろう扉へと向かった。

 台所の扉にしたように耳をつけて廊下にいるかもしれない人の気配をよみ、それがないと今度は少しだけ扉を開ける。

 用心深く、目視で人の有無を確認すると、今度こそ扉を開けて廊下へとその身を移す。

「領主の部屋は二階だ。しかし、この緊張感は癖になるの」

「私は早く帰って若に会いたいです」

 心底楽しそうな声をアディが漏らし、間逆の感想を小春が漏らす。

 反目しているように見える返答だが、小春はアディの存在にかなり救われていた。

 氷を使った補助だけではなく、自分以外の誰かがいるという安心感が心強い。

 オズワルドから教えられた間取りを思い出しながら、まずは正面玄関にあるホールを目指す。

 領主の執務室は二階へ上って左手に直ぐのところ。

 外とは違い、何故か館の中では使用人や見回りの兵を見かける事もなくホールまでたどり着いた。

 拍子抜けをするよりも先に、小春が疑心暗鬼にかられかける程に。

 仮に潜入が既にバレているとしても、自分を泳がせる理由がないと心を奮い立たせる。

 正面のホールから階段を上れば、領主の執務室は直ぐそこ。

 そこの鍵と情報の入手が最後の難関だと、階段を中腹まで上ったところで館に侵入してから始めて明かりを目にする事になった。

 階段を上って右手、領主の執務室とは反対方向からだ。

 明かりの線は細く、扉の隙間から漏れるような形であった。

 確か階段を上って右手は客間、館の中には見張りすらいないのにと疑問が浮かぶ。

「こんな夜更けに怪しいのう。貴重な情報が手に入るやもしれんぞ?」

「人の好奇心を刺激しないでください」

 発見される恐れ以上に小春を刺激したのは好奇心以外にもあった。

 それは情報の正確さ。

 館の中をまったくの無人にした状態で客間にいる客とはただの客ではない。

 もしかすると横領に関する情報が直接聞ける可能性がある。

 未だこの世界の文字に明るいとは言えない小春の場合、書類をあさるより、直接耳にした方が良い。

「アディさん、声量には注意してください」

「ふん、それぐらい心得ておる」

 呼吸、足音、姿、気配とあらゆるものを忍ばせ、扉に近づく。

 明かりの漏れる扉の隙間から覗き見る。

 部屋の中央に置かれたテーブルを挟んだ両脇にソファー、隣にはティーセットの置かれた台車。

 ソファーには二人の男が向かい合うようにして座っていた。

 一人は鉱山にて事件が起きた時に騒ぎ立てていた領主、そしてもう一人は出会った時とは衣装が異なるデューイであった。

 以前は荒事もこなせる冒険者風商人といった格好であったが、今はスーツにしなやかな肉体を押し包んでいる。

 落ち着いたその物腰は、一見して目の前の領主よりも領主らしく見えた。

「ファーガスの行方は依然として不明ですか」

「剣聖と呼ばれたオズワルドと並んで古参の元冒険者。神槍のファーガスなのだ、仕方があるまい。しかもよりによって迷いの森へと逃げ込んだのだ。追跡しようと送り込んだ者が全て行方不明と化しておる。役立たずどもめが」

 今にも爪を噛み始めそうな領主を冷ややかに眺め、デューイは湯気のあがるお茶を一口すする。

「しかし失態続きですな。ファーガスを追い出して直ぐに秘密研究所を移そうとしてジュエルモンスターの数少ない成功例には逃げられ、結局移す事はかなわず。さらには核である精霊石を身元不明の冒険者に拾われた」

「分かっておる、それぐらい分かっておる。だからこうして状況を好転させようと努力しておる」

「努力だけではクライアントは満足しないでしょうが……」

 デューイの態度が領主を敬っていないのも気になるが、クライアントという言葉が気になった。

 それでは領主が己の意思でジュエルモンスターの生成を始めたのではなく、依頼されたからという事になる。

 一体誰が、思わず乗り出しそうになる身をぐっと抑えて小春は耳を傾けた。

「まあ、悪い事ばかりではありません」

「なにがだ?」

「どうも我々が成功例だと思っていたジュエルモンスターは、まだ未完成品だという事です。だいたいジュエルモンスターは制御不能で、敵陣に放り込んで虐殺させるか自爆させるぐらいしか使い道がない」

 自爆とは、アディが切り飛ばされた腕を爆破させ、吹雪を巻き起こしたアレの事だろう。

「それで十分ではないか。セリアの報告では、あのオズワルドを梃子摺らせた挙句、自爆に巻き込んだというではないか」

「巻き込んだだけでオズワルドは健在、しかも二度目は自爆を察知されてその前に逃げられた。同じく巻き込まれかけたセリアが精霊魔術で防いだ事もありますが、自爆する事を知っていれば対処のしようはあります」

 セリアとは領主の秘書をしていたあの小柄な女性の事らしい。

 ジュエルモンスターを取り逃がしながらも、これ幸いにと威力検証でも行っていたのあろう。

 それで何人の人死にが出た事か。

 義憤が湧き上がるが、さすがにこの場で乗り込む程、向こう見ずではない。

「忠敬と言ったか、あの子供が持つ精霊石あれこそがまさに真の完成品。未確認情報ですが、先日ファーガスに差し向けた冒険者の中に見たものがいるそうです。巨大な白い狼が遠ざかっていく光景を」

 それを聞いて、これ以上ここに留まるのはまずいと小春はその場を後にする。

 アディを封じた宝石、精霊石は貴重であり、秘密の厳守の為に彼らが狙っている事は知っていた。

 だが今の会話を聞いて、アディが唯一の物だと知ってしまった。

 彼らにとってアディとはなんとしても手に入れなければならないもの。

 それを不覚にも自分は敵陣の真っ只中に持ってきてしまっている。

 忠敬も自分も、軽い気持ちでなかったにしても迂闊過ぎた。

 恐らく今しばらく会談は行われる事だろう。

 その間にと小春は急ぎ、領主の執務室へと向かい鍵が掛かってない事を良い事に部屋の中へと忍び込んだ。

 そこからは少々行動が粗雑になろうと構わないとばかりに、部屋の中を掛けて執務机の正面に回りこむ。

 引き出しを開けてはペンライトで片っ端から書類を照らし、情報を得る。

「違う、これも……街の情勢に関わる資料」

「のう、小春……」

「すみません、アディさん。会話する余裕はあまりないです」

「一つだけ答えてくれ。我の胸に湧き上がるこの不愉快なモノはなんだ。不滅の生の中で魔物になるのはまだ面白い。だが奴等はなんと言った? 兵器だと、精霊である我を……兵器だと?」

 アディの言葉に、思わず資料をあさる手が止まってしまう。

「精霊を破壊にしか使えぬ兵器などと一緒にしようとは、驕り高ぶりよって人間風情が」

「私や若たちも人間ですよ」

 再び資料に目を通しながら、小春は未知なる感情にわななくアディへとピシャリと告げた。

 自分と言う存在を兵器などと言われれば誰だって傷つく。

 忍として教育を受ける美濃家に女として生まれてしまい、似たような言葉を受け、自ら放とうとした事もある。

 だが今アディが抱いた感情を言葉にして放てば、彼らと同列の下劣な存在となってしまう。

 アディの気持ちは分からなくもないが、そんな下劣な存在に忠敬を守護する精霊だと名乗っては欲しくない。

「相手を嫌いはしても蔑んじゃいけません。薫子様の受け売りになってしまいますが、相手を蔑むという行為は、共に谷底へ転がり落ちるのと同じ行為。ちょっと懲らしめて、相手の言葉を否定するだけで十分です」

「そうかの……我を嫌いに、仲間外れにはしまいか?」

「当初は若を取られたみたいで意地の悪い事もいいましたけれど。今日私に力を貸してくれたように、若を守ってくれるのなら、嫌いになれるはずがありません。若を守護する者は皆同志です」

 そうかと忍び笑いを行うアディにつられ、状況も忘れて小春も笑顔を浮かべる。

 瞬間、カチャリと扉の取っ手がひねられる音が響いた。

 心臓が跳ね上がる。

 ペンライトを消して書類を引き出しに押し込み、執務机の下へと小春は飛び込んだ。

 自分でも信じられないぐらいに素早い行動であった。

 悲鳴一つ上げないように口元に手を置き、痛い程に音を立てる胸をもう片方の手でおさえる。

「まったく、デューイの奴め。まるで私と同列であるかのような振る舞いをしよって、たかだか小間使い風情が」

 聞こえた声は領主のもの、何度ポカをすれば気が済むのか。

 今回の発端は自分ではないとはいえ、言い訳にはならなかった。

 しかも隠れた場所がよりによって執務机の下とは、隠れ通す事も逃げ場もない。

 領主の足が一歩部屋へと踏み込む音が聞こえた。

 心臓が破裂しそうな程にがなりたてる。

「領主様、もう深夜をとうに過ぎております。過度のお仕事は体調に差し障り、お勧めできませんが」

 だが二歩目が聞こえる前に、かすかに聞き覚えのある声が領主を引き止める。

 領主の秘書であるセリアの声だ。

「いや、もう眠る。鍵を掛けたかを確認をしにきたまでだ」

「その程度の事、お命じくだされば私がしておきます。領主様の大事なお体は一つ、ご自愛ください」

「そうか、それもそうだな。ん、お前は良く気がつき私を良く敬っている。それに有能だ。これからも期待しておるぞ」

「光栄です。それではお休みなさいませ、領主様」

 去っていく足音は一つ、まだ気は抜けない。

 しかしセリアも、執務室に鍵を掛けたら直ぐに去るはずと僅かに安堵の気持ちが広がる。

 そんな小春の気持ちを裏切るように、何故かセリアは執務室へと入ってきた。

 何故と疑問に思いはしても、小春にはどうする事もできない。

 近づいてくる、着実に一歩ずつ。

 机を挟んだ直ぐそこまで近づかれ、嘆息が聞こえる。

 足音が執務机を廻り、やがて音だけではなくセリアの足が見えてきた。

 高まりすぎた心臓の鼓動にパニックを起こし、小春の瞳から涙が溢れだした。

「領主様ったら、机の引き出しが開きっぱなし」

 悲鳴だけは上げないように、必死に歯を食いしばる。

「せっかく引き出しを二重構造にしているのに、無用心すぎては台無しね」

 耳にした情報のおかげで、思わず声が漏れそうになった。

 トントンと頭上で資料を整える音が響き、引き出しを閉めてからセリアが去っていく。

 扉が開閉され、鍵が外から閉められる。

 遠ざかる足音を耳にし、もう大丈夫かと小春はくぐもった声を上げて泣いた。

「小春……」

「今度こそ、泣いてます。もう駄目かと思いました。何よりも、若の期待を裏切るのが怖かった。捕まって若を悲しませるのが怖かった」

 瞳をきつく閉じても涙は溢れ、歯を食いしばろうとしても嗚咽が漏れる。

「ええい、泣くな。敵がわざわざ目的の物の場所を教えてくれたのだ。ここで事が露見すれば、それこそ愚かだぞ」

「すみません、動揺し過ぎて……」

 涙をぬぐい、震える足で立ち上がり、閉じられた引き出しを開けた。

 綺麗に整えられた書類のした、引き出しの底へとペンライトの光を当てる。

 確かに、引き出しの箱枠の隅には奇妙な隙間が存在する。

 資料を綺麗なまま取り出し、隙間に扉の開錠に使ったピックを差し込んで引き上げた。

 簡単に外れた底敷きの下には、確かに束になった資料があった。

「確認しろ」

「えっと、第三廃坑……ジュエルモンスター、精霊石。これで間違いありません」

 全てを持ち去っては、事が露見するのが早まってしまう。

 持ち帰る資料は厳選しなければならない。

 一通りの資料を流し読み、選んだ資料は二枚。

 原石の採掘量を改ざんする前と後の比較資料と精霊石の精製場所となる第三廃坑の見取り図。

 それらを折りたたみ、鎖を縫いこんで切れ難くした胴締めの中に収納する。

「後は一目散に逃げるだけです。それさえ完了させれば、完璧です。アディさん、支援をお願いします」

「任せておけ、私とお前は同志だからな」

 念には念を押して、扉の向こうの気配を察してから廊下へと飛び出る。

 大胆さは欠片も見せず、進入した時と同じように慎重さを前面に押し出して小春は執務室を去っていった。

 その直ぐ後に、秘書であるセリアが戻ってきた事も知らずに。

 セリアは小春が去った方を見て笑う。

「本当に良く泣く人。そう言えばジュエルモンスター、今はアディと言ったかしら。彼女に立ち向かった後も泣いていたわね。残念、完璧にはほど遠かったわ。鍵はきちんと閉めておかないと、異変に気づかれてしまうでしょう?」

 呟きながら、部屋の中には入らずにセリアは執務室の扉に鍵を掛けた。

 そして次は、小春が出て行ったであろう裏口の鍵を閉めに、向かった。

ども、えなりんです。

宣言通り、日曜日にも追加で更新です。


今回は小春一人のワンマンショー。

ややオズワルドとアディが出てきますが……

美濃小春はやる時はやります。

色々とチョンボはありますが、基本的には。

さあ、のんびり動いてた物語もようやく動き始めます。

次は十話目ですけどね。

遅すぎもしますが、仕方がありません。


それでは、次は来週の土曜日に。


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