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その7 領主の疑惑

 体を蝕む倦怠感、意識がハッキリしてくるにつれ、その中に鈍痛が含まれている事に気付いた。

 のろのろと痛みの元へと手を動かしてみれば、包帯が何重にも巻かれた腹部へと辿り着く。

 腕が上手く持ち上がらず、はいずるように触れてしまった為、刺すような痛みが駆ける。

 幸か不幸か、それで完全に目が覚めた。

 夕闇を利用して強襲してきた盗賊、馬上から伸ばされた槍はデューイへと向いており、咄嗟に忠敬はそれを庇った。

 小柄な身でデューイを押しのけ、抜くのが間に合わなかった護身刀の鞘で穂先をそらす。

 自分の実力に見合わない、大それた行為。

 以前の自分ならば決して行わなかったが、今の忠敬は出来る事と出来ない事の境界線が崩壊していた。

 その結果が、盗賊の手に囚われる結果となってしまった。

 心の臓が消えてしまいそうになる程、収縮するのが分かる。

 当時の恐怖もさることながら、今ここには、自分を守ってくれる者が誰も居ない。

 迷いの森から旅立った時とは違い、本当の意味で無力な子供と成り下がっていた。

 一体これから自分はどうなるのか、向こう側では考えもしなかった想像が頭をよぎる。

「ん、起きたか忠敬。全く、喋る相手が居ないと暇でしょうがない。早く、我の相手をせい」

「あれ……アディ、さん?」

 アディの存在に気付いた事で、今自分が置かれている状況の不可解さにも気付く事が出来た。

 忠敬が横たわっているのは上等とは言えないが、分厚い布地の毛布をクッションにシーツを敷いたベッド。

 拘束などは、されてはいない。

 今居る場所も、厚手の布を釣り上げて四角錐の形にしたテントのようだ。

 辺りはすっかり夜の闇に落ちているようだが、外で焚かれる焚き火らしき炎がゆらゆらと照らしている。

 枕元には二本の護身刀が置かれてさえいて、腹部の辺りが破壊された鎖帷子や袴の上着もあった。

 盗賊が浚った子供に対する処遇ではなかった。

 メッキの鎖以外はいかにも値打ち物に見える宝石、アディさえも首からかかったままである。

 ほんの少しの希望が、収縮しきった心臓をほぐしていく。

「一体、何がどうなってるんですか? アディさんは少しでも分かりますか?」

「お主と違って、ずっと起きておったからの。奴らの会話を盗み聞いた限りでは、お主は手違いで連れてこられたそうだ。詳しい事までは分からぬがな」

 手違いで浚われた。

 引っ掛かりを覚えずにはいられない言葉に、忠敬は腹部の痛みを押して体を起こす。

 話を聞く必要がある、そう思って枕元にあった護身刀を差して立ち上がる。

 怪我の治療や、放置された武器とアディ、この事から会話の余地はあるかもしれない。

 のろのろと、時によろめきながら忠敬はテントから外へと出て行くと、寒風に出迎えられた。

 岩の地肌が目立つ、何処かの丘はノーグマンの近郊だろうか。

 忠敬が今しがた出てきたばかりのテントと同じようなものが幾つも建てられている。

 その中央にて焚き火を焚いている、一人の男がいた。

「起きたか」

 振り返った事で首の後ろで縛った長く伸ばした白髪が揺れる。

 眉間に集められた皺は生来のものか、それとも歳を経て手に入れてしまったものか。

 困ったものだとばかりに眉根が引き寄せられ、逆八の字を作り出していた。

「泣き叫ばぬところを見ると、肝は据わっているようだな。依頼主を凶刃から守ろうとするぐらいだから、それも当然か。突っ立っていては寒いし、疲れるだろう。こちらに来なさい」

 泣き叫ばないからといって冷静とは同義ではなかった。

 アディが居なければ、本当に泣き叫んでいたかもしれない。

 会話の余地があるとは思っていても躊躇は生まれ、悩んだ挙句に忠敬は老人の向かいに回り込んで座り込んだ。

 向かいに座っても何も言わなかった老人を伺い見ながら口を開く。

「あの」

「すまなかった」

 忠敬が切り出す前に、そう切り出された。

 深々と下げられた頭を見て、アディが聞いていた手違いと言う言葉が本当である事を悟った。

 極力声が震えないように気をつけながら、尋ねる。

「説明してもらえますか? 貴方たちが何者で、本当は誰を狙っていたのか」

「名は名乗ろう。だが我々の目的を知る必要はない。知らない方が良い。私の名前はファーガス。少し前まではノーグマンの街で鉱山の警備隊隊長をしていた」

 聞き覚えのある名前と役職を前に、忠敬の頭の中で答えが紐解かれていく。

 間違いなくファーガスたちが最初に狙っていたのは、デューイであった。

 盗賊でもないのに、元鉱山警備隊のファーガスたちが何故デューイを狙ったのか。

 そもそもファーガスたちは元々は鉱山の警備隊員でありながら、知り合いのオズワルドに知らせる間もなく辞めていた。

 何故……もしや辞めたのではなく、辞めさせられたのではないのか。

 一体誰が、そんな権限を持つのは鉱山を預かるノーグマンの領主しかいない。

「お主の身柄は明日にでも、近隣の村にて解放する。何も聞かず、今は休みなさい」

 休息を勧めるその言葉を振り払い、忠敬は思考を続ける。

 仮に鉱山に関する秘密を知り、ファーガスたちが辞めさせられたとして、何故デューイを狙う。

 盗賊に堕落していたのならば、数や馬上の利を考えて、あのまま忠敬たちを取り囲めば済んでいたはずだ。

 それを奇襲とヒットアンドアウェイのような一時の接触に収めたのは、護衛の忠敬達に無用な被害を出さない為。

 領主に連なるデューイだけを狙っていたから。

 そしてそんな人物が、忠敬たちに商人と偽り護衛を申し出てきていた。

 狙いは恐らく、精霊を閉じ込めた宝石、アディの奪還。

「これは逆に命を救われたのかもしれません。アディさんは僕が持ってる。それに寅之助さんや小春さんはまだデューイさんの正体を知らない。デューイさんにしてみれば、わざわざ敵対する利益もない」

「不幸中の幸いという奴だな。そろそろ我も黙っている必要はないかの?」

「なにをブツブツと、それに何処から女の声が……」

 ふいに聞こえたアディの呟きに、誰かが潜んでいるのかとファーガスが辺りを警戒する。

 そんなファーガスの目の前へと、忠敬は首から外したアディを掲げて見せた。

「ファーガスさん、一つだけ答えてください。その答え次第では、僕らは部外者ではありません。既に一連の事件に巻き込まれた身です」

「我ならばここだ。我が名はアディ、人の手により宝石に封じ込まれた氷の精霊。下手人は改めて語るまでもないか?」

 アディが自ら名乗る事で、真偽を疑いながらも畏れ多い事をとファーガスが呟いていた。

「領主は、宝石の横領かもしくはそれに連なる行為をしていませんでしたか?」

 あの領主の性格上、ジュエルモンスターの生成に関して馬鹿正直に宝石を購入するだろうか。

 領主に就任するなり税を上げた事からもそれは否であり、かつ彼は宝石鉱山の責任者。

 産出される宝石を利用しようとするだろう事は簡単に考えられる。

 この時、焚き火の炎に照らされていたファーガスの顔が驚いたのは、どちらに対してか。

 アディと言う存在、忠敬の放った言葉。

 もしくは両者の言葉によって、先の忠敬のように頭の中で情報同士が繋がった事に対してか。

「お主の言う通りだ。我々はそれを暴こうとし、失敗した。昨日……もうそろそろ一昨日か。お主達やオズワルドが退治した鉱山を襲った正体不明の魔物、あれは領主が」

「そうです。その時の魔物、ジュエルモンスターの額にあった宝石、それが偶然僕の服に飛び込み、アディさんを所持する事になりました」

「面白くなってきたのう。領主対元鉱山警備隊に忠敬たちか。これは戯れついでにお仲間を助けてやってもよいかもしれんな」

 ファーガスが言葉もなく憤怒の表情を描き、アディがさも面白そうに笑う。

 そして忠敬はと言うと、興奮の只中にありながら一瞬意識が遠ざかり倒れそうになっていた。

 怪我により体力を減らしていた事もあるが、今は時間が時間だ。

 鉱山の事件を一昨日とファーガスが言った事から、既に深夜すら過ぎている頃合なのかもしれない。

 慣れない夜更かしに、体が付いてきておらず、咄嗟に立ち上がったファーガスに支えられる。

「いかん、とりあえず今は休め。詳細は明日にでも、皆の前でもう一度話してもらおう」

「ええ、構いません。アディさんもその時はお願いしますね」

「こんな面白そうな事を証明せずにはいられまい。任せておけ。氷の精霊の身ながら燃えてくるのう」

 ノーグマンの一大事とも言える事件さえも、アディにとってはただの戯れなのだろう。

 その点だけは不安が残るが、忠敬は暗い中に引きずりこまれていく意識を留める事はしなかった。

 会話の余地どころか自身の安全を得て、気が抜けた事もあるだろう。

 心配しているであろう寅之助と小春になんとか連絡をという思考を最後に、忠敬は崩れ落ちるように倒れた。






 揺れる、地震が我が身を包む事で、恐怖とそれに伴う希望を心の内に広がらせる。

 元の世界に戻れるかもしれない。

 どうしてそう思ったかは定かではないが、戻れる。

 そう確信した時、忠敬は自分の周りに誰も居ない事に気付いた。

 寅之助も小春、仁志や薫子でさえも。

 いや、そもそも暗がりに覆われたそこには忠敬しかおらず、首元にいるはずのアディもいない。

 まだ戻るわけには行かない、それも一人でなんて。

 慌てて逃げるように走るも足は空をきり、駆け出す事が出来ないでいた。

 どうする事も出来ずにもがく忠敬を包み込んでいた暗がりが払われ、光りが満たされる。

「は…………く、痛ッ」

 清涼を過ぎ、肌寒さを感じてぶるりと震えると、腹を押さえながら忠敬は目を覚ました。

 感じた肌寒さは気温のせいだけではなく、全身を覆う汗ばんだ体のせいでもあった。

「随分とうなされておったようだが、大丈夫かえ?」

 心配する言葉でありながら何処かうきうきしている。

 ちょっと恨めしい気持ちを飲み込んで、かぶりをふった。

「なんでもありませんよ。夢見が悪かっただけです」

 我知らず手が怪我をした腹をおさえており、自分が抱えていた不安の大きさを教えてくれている。

 きっと先程の夢は、こちら側に来てから初めて抱いた帰りたいという気持ちが生み出したもの。

 命の保障が必ずしもされない世界。

 寅之助や小春がそばにいても、今のような状況がありうる。

 けれどそればかりでもないと、考えたところで先程の夢の続きのように大地が揺れた。

「へ?」

「そうそう、お主が寝こけている間に敵襲があったようだぞ」

 この揺れはそのせいかと、むしろあの夢の一端はここにもあったのかと一瞬呆けてしまう。

 そして、さらに呆気にとられる憤怒の声が聞こえてきた。

「ファーガス、出て来い。盗賊に落ちぶれたばかりか、幼子を浚うとは堪忍袋の緒が切れた。一刀の元に切り伏せてくれる!」

 それはいるはずがない人の声。

 何かが爆発したかのような音が響くと同時に、辺り一帯がぐらぐらと揺れる。

 ちょっと待ってと焦り、忠敬は混乱するしかなかった。

 寅之助や小春ではなくて、何故ここでオズワルドが現れるのかと。

「若、助けに参りましたぞ!」 

 いや、寅之助もいた。

 いたが、今度は逆に不安にかられていく。

 ファーガスは敵ではない、むしろ味方であり潰しあうなどどうかしている。

 特にオズワルドと寅之助が組んだとあっては、元警備隊の面々に無駄な被害が出かねない。

「はようせんか忠敬。見ものな一戦が始まってしまうぞ」

「言ってる場合ですか!」

 なにもかもが上手く行かない。

 誰に向けるべきかもわからない苛立ちを抱えてテントを飛びでていく。

 朝日の眩しさに眉をひそめる時間も惜しみ、辺りを見渡す。

 元警備隊の人たちは慌しく撤収作業を開始しており、その中をファーガスが槍を抱えて駆け抜けていた。

「ファーガスさん!」

「坊主、すまん取り込み中だ。後にしてくれ」

 この声をオズワルドのものと理解しているのか、いないのか。

 数人の部下を連れて、ファーガスは声と地震の発信源へと向かっていく。

 待ってくれと追いかけようとしたが、まだ上手く走れず、腹の痛みが激しい動きを疎外する。

 涙目になりながら、疾風のように走るファーガスを追いかけ、のそりのそりと走った。

「若、若ァッ、見つけました!」

 そして今度は、何故か忠敬が走ってきた方、撤収作業をしている元警備隊員たちがいる方から駆けてきた。

 オズワルドと寅之助のあの派手な動きは陽動かと、考える間もなく抱きつかれ押し倒される。

 当然前のめりに倒れた事で腹が圧迫され、尋常でない痛みを生み出す。

 叫ぶ事も出来ない程の痛みであり、呼吸困難までもおき、瞳に涙が滲む。

「…………ッ、痛い。ちょっと小春さん!」

「もう離しません。今すぐにでも小春が安全なところへ、お連れしますから!」

「言ってる事とやっている事が、痛いですってば」

「大丈夫です、若は穢れてなんていません。例えそうだとしても、小春の愛で綺麗に染め上げてみせます!」

「小春、その手を離せ。忠敬、早く行かねばオズワルドとファーガスの一戦を見逃してしまう。こんな余興は滅多に見れぬぞ。急げ!」

 なにこの人たちと、黒いモノが忠敬の心を侵食していく。

 こちらも痛いのをおして急いでいるというのに、好き勝手に自分の願望ばかりと。

「無事に帰ったら、絶対に抱いてもらいます。元服なんて待っていられません!」

「ええい、体を持たぬこの身が恨めしい。はよう、はよう急げ!」

「五月蝿い、黙れ」

 キレやすい若者、新しい忠敬よこんにちは。

「わ……若?」

「黙れと言いました。二度も言わせないで下さい」

「そうじゃ、我は急いでおる。邪魔をするで」

「貴方もです、アディさん。元より僕は急いでいます。黙ってついてきてください」

 小さな身で精一杯のドスを言葉に効かせ、突きつける。

 二人が黙った事を確認すらせず、言葉は聞かないと小春の手を引っ張り駆け出した。

 目的の場所は、それ程離れてはいなかった。

 叫び声とはいえ、オズワルドの声が聞こえてきていた事からもそれは明白。

 まだ最悪の事態へと変わる前に、なんとか忠敬はそこへとたどり着く事が出来た。

「話を聞かんか、オズワルド。相変わらず一度頭に血が上ると周りが見えなくなる。歳をくって少しはその癖が治ったと思えば、これだ!」

「聞く耳を持たんわ。貴様こそ、人の知らぬところでこそこそと。神経質なところは何も変わっとらん。鍛え直してくれる!」

 だがファーガスとオズワルド、両者の戦いに介入などとても出来そうにはない。

 二人が握り振るう大剣と槍が火花を散らし、纏った気が絡み合って吹き荒れる。

 もはやその様子は二人を中心とした小さな嵐であった。

 そんな状況で忠敬が止めに入れば、ボロ雑巾以下になる事は明らか。

 何しろ寅之助でさえ、二人の戦いに巻き込まれないように他の元警備隊員と相対する事にのみ気をそそいでいるのだ。

 共に同じ戦いの舞台に上がりながら、はっきりとした区分けが行われていた。

 ならば安全な方から説得するべきである。

「寅之助さん、ファーガスさんたちは敵じゃありません。刀をおさめてください」

「若、ご無事で!」

「無事ですから。ファーガスさんの部下の人たちも武器をおさめてください、お願いします。ちょっとした勘違いなんです!」

 この戦いは無意味だと忠敬が叫ぶも、寅之助はまだしもファーガスの部下達はそれで納得などしない。

 一度斬り結んだ刃をおさめるのは、それ程までに難しいのだ。

 これが信頼ある相手からの言葉ならまだしも、忠敬はファーガス以外との面識はなかった。

 しかも格好としては浚われた側である忠敬の言葉では、ファーガスの部下達は素直に耳を傾けるわけにもいかない。

 仕返しに騙まし討ちを決行するのではと言う疑いも当然の事。

 忠敬の言葉に意識は向けながらも、手にした武器は依然として寅之助へと向いていた。

「若、その言葉信じるでござるよ。ここは俺から刀を引こう」

 寅之助が誰よりも早く、忠敬の意をくんで刀を鞘に納める。

 そしてゆっくりと刀の柄から手を離し、手を出さない事を示すように両手を上げた。

 ファーガスの部下の間に動揺がひろがる。

 彼らも襲撃者の一人が顔見知りである事から、話のおかしさに気付いていたのだろう。

「こちらの話を聞かんか。この馬鹿者が!」

「ふん、盗賊に落ちぶれはしても腕は錆びんか。そのままわしの剣の錆となれ!」

 運が良いと言うべきか、オズワルドとファーガスの方も決着がつこうとしていた。

 大剣の刃と槍の柄で行われていた鍔迫り合い。

 互いに弾きあい後退し、その反動を生かすように膝を曲げて足で地面を噛み、反転するように駆ける。

 オズワルドが大剣を薙ぎ、ファーガスが槍を突きたて貫く。

 両者の得物の刃がかみ合い、一瞬の拮抗もなく反発するように弾かれあった。

 二人の手を離れた武器は宙を舞い、離れた場所の地面を貫き突き刺さる。

「やれやれ、決着がつかなかった事をこれほど喜んだ事はない」

「どうやら、腐り落ちて盗賊に成り果てたわけではないようだな」

 一息ついたファーガスの胸を、握りこんだ拳でオズワルドが軽く小突く。

 ファーガスの心の内を探る為に、あえて話を聞かずに武力で会話したらしい。

 二人の友情のなせるわざかもしれないが、状況を少しは考慮して欲しいものである。

「話してもらうぞ。お前が何をしようとしているのか。ノーグマンの街で何が行われているのか」

「だから、元よりお前が現れた時点で話すつもりだった。話をややこしくしたのは、お前だ」

「過ぎた事をくどくどと言うな。良いではないか。おお、寅之助。話は聞かせてもらえるそうだぞ。剣をおさめてはくれんか?」

「いや、とうの昔におさめているでござるよ」

 全くだと、オズワルドへと向けた複数の溜息があがり、ファーガスの部下達もようやく武器をおさめた。

 一番話をややこしくした人に言われたくはないと言うのが、この場にいる全員の気持ちであろう。

 忠敬も、もはや溜息しか出ないと脱力する。

「いやいや、良い見世物であった。忠敬もいずれはあれ程の猛者となって、我を楽しませてくれよ」

「そんな期待されても嬉しくなんかありませんよ」

「え、あの……もう喋っても良いのですか?」

「は?」

 とんちんかんな小春の疑問の声が、さらに力を抜かせる。

「あれは小春さんを落ち着かせる為に、キツく言っただけです」

「あ、そ……そうなんですか。あの若、また今度あの瞳で黙れって言ってもらえませんか? 今までにない感じで、キュンッてきちゃいました」

 その時の事を思い出したのか、うっとりするような瞳で言われ、本当に溜息しか出ない忠敬であった。






 早朝の騒動の後、全員が温まれるようにと焚き火が起こされた。

 既にテントは全て片付けられており、襲撃の有無に関わらず移動はするつもりであったらしい。

 ファーガスの部下数名が見張りに散り、残った全員で身を寄せ合うように集まる。

 朝食もまだと言う事で体が温まるようにと簡単なスープとパンが配られ、まずはオズワルドが語った。

「最近囁かれ始めた盗賊の噂と、ファーガスのいなくなった時期が重なっておってな。確かめようとやってきたところに、寅之助とお嬢さんに出くわしたのだ」

 あの事件の後にオズワルドがノーグマンの街を発ったのは、ファーガスを探しにという事らしい。

 本人を目の前にして直接そうは言いはしないが、間違いない事だろう。

「そちらの事情はだいたい察した。寅之助に小春。二人にはすまない事をした。この通りだ」

「私は若が無事なら、何も言いません。おかげで若の新しい魅力もわかりましたし」

「それに掻い摘んだ話を若に聞いた限り、およそ無関係ではないとの事。まずは話をまとめようではありませんか」

「そうだな。お主らにも改めて事情を説明しよう」

 まず事の発端は、忠敬が想像していたよりも前の事であった。

 ノーグマンを中心にカータレット王国の北部を納める領主が、現在の領主にとって代わられたのが始まり。

 とは言ってもそれ程昔の事ではなく、精々が三ヶ月程前の事だそうだ。

 突然過ぎる領主の交代劇であったが、領主は国によって指名される為、文句の出しようがない。

 だが安穏としていられる程、領主は甘くなかった。

 鉱夫の労働時間の延長、加えて領内の増税が行われ始めた。

 これまでの領主が減らそうと努力していたものが簡単に覆らされてしまったのだ。

 募る不信感は領民の間でささいな陰口を生み、やがて陰口が生んだ疑惑が横領と言う言葉を生み出す。

 やがてその噂は警備隊の中でも囁かれるようになり、警備隊を預かるファーガスも無視できなくなる程であった。

 例え噂であろうとそれが士気に関われば、いざと言うときに危険なのは部下達だ。

 噂の真偽を確かめなければならないと、ファーガスは調査を開始し始めたらしい。

「領主は黒だった。だがそれを証明出来るだけの確固たる証拠を握る直前でこちらの行動を見抜かれ、私たちは自ら警備隊を抜けた。今流れている盗賊の噂も、領主が流したものだろう。だから完全に濡れ衣を着せられる前に、手を打っておこうと領主に連なる人物を捕縛しようとした」

「それがデューイ殿でござるか。全く、人の良い顔をしておいて一杯くわされたでござる」

 直ぐに忠敬を追えと言ってくれたのも演技かと、寅之助は舌を巻いた。

「それで領主さんは増税で得た金と横領した宝石で、アディさんたちのような精霊を宝石に閉じ込めて、ジュエルモンスターを作っていた。何に使うかは、あまり考えたくはありませんが」

「坊主の言う通り、碌な事ではあるまい。だがまだ証拠がない。アディ殿の存在も領主が行ったという証拠にはならない」

「我も、誰がなどという細かい事は憶えてないしの」

 例え憶えていたとしても、アディの言葉が証拠能力として有効なのかは疑問である。

「出来ればもっと腰を落ち着けて調査をしたいのだが……」

「ノーグマンからさほど離れてはおらず、そこそこの人数を収容出来て、いざ事を構える事になった時の防御機能を有した場所。砦でも建てん限りは無理だな」

 この辺りにそれら全てを兼ね備える砦、または土地には思い当たる場所がないとオズワルドが呻く。

 どうやら確認されたわけでもないのに、既にファーガスに強力する気満々らしい。

 それはともかくとして、オズワルドが呟いた場所に心当たりがある者が三人いた。

 忠敬、寅之助、小春である。

 三人同時に思い至ったようにあっと声を上げた。

「どうやら、若と小春殿もでござるか? いや、暴れん坊将軍らしくなってきましたな」

「その考え方、引っ張ってたんですか。隠れるには最適ですし、食料の自給能力もあります」

「若は領主にマークされているでしょうし、打ち破っておく必要があります」

「む、我だけ仲間外れか? 我も仲間にいれろ」

 戯れ好きだけあって、仲間外れは嫌いらしい。

「隊長、大変です!」

 悩むファーガスとオズワルド、そしてアディに教えようとした時、ファーガスの部下が慌てふためいてやってきた。

 周囲の見張りにと向かったうちの一人である。

「どうした」

「十騎を超える武装した集団がこちらへと向けてやってきます。恐らくは、金でかき集められた冒険者だと思われます。我らを逃がさない為の先発隊かと」

「冒険者……デューイ殿の差し金でござるか!?」

 デューイかどうかは兎も角として、冒険者がこちらへ向かっているのは間違いない。

 そして迂闊にも迎え討てば、互いに消耗する間に次が差し向けられる可能性もあった。

 こちらの目的が領主の罪を暴く事にあるのなら、無駄な消耗は避けるべきである。

「ファーガスさん、僕らに先程の活動拠点について思い当たる場所があります。ここは一先ずばらけた後で、ウィルチ村で落ち合いましょう」

「ウィルチ村? あんな何もないところに……まさか迷いの森の中だとでも言うつもりではあるまいな」

「その通りです。あの森の奥に僕らの家があります。僕らは何故かあの森の影響を受けません。信じてください」

「ファーガス、坊たちがお主を陥れる理由はない。ここは一つ信じてみようではないか。それに証拠能力には乏しくても、やはり精霊の言葉は重い」

 オズワルドの手が肩に置かれ、ファーガスがアディへと視線を向けて思い悩んだのは数秒の事。

 一つ頷くと直ぐに思考を切り替え、逃亡の策を口にする。

「よし、まずは我々が奴らを撹乱する。その間にオズワルドと坊主らは、先にこの場から逃げろ。盗賊の疑いがかけられていない味方というものは貴重だ」

「口惜しいが仕方あるまい。しかし徒歩で何処まで遠くへ逃げられる事か」

「それに若は怪我をされていますので、あまり急ぐ事も出来るかどうか」

「うむ、ならばここは一つ試してみるべきか。我に任せてみよ」

 大丈夫だからと忠敬が口を挟むより早く、アディの体、淡い水色の宝石が光りを放ち始める。

 周辺一帯を覆うかと思えるような眩い光が瞬き、次の瞬間には目の前に真っ白な体毛があった。

 雪のように白いそれは、巨大な狼の体毛。

 忠敬たちの目の前には、見上げる程に大きな一匹の白い狼が佇んでいた。

 鉱山を襲ったあの時のアディと良く似ている。

 違っているのは四本の足で立っている事と、獰猛さのない優しげな瞳であろう。

「おお、やれば出来るではないか。これで仲間外れではあるまい。さあ、我の背に乗るが良い。風の精霊のように駆け抜けてみせようぞ」

 白い狼、アディが獣の口から言葉を放つ。

 宝石から抜け出したせいか、忠敬が下げる宝石の輝きはくすんでいるように見えた。

「アディさん、背中の上に失礼しますよ」

「若、無理をしないでください。私が抱えますから」

 忠敬は小春の手を借り、体毛を掴んでよじ登る。

 寅之助やオズワルドは、この程度と軽々と飛び乗った。

「ファーガス、それでは先に行くぞ。不覚をとるなよ」

「誰にものを言っている。直ぐに後を追いかける、心配無用」

 オズワルドとファーガスの両者が声をかけあったのを機に、アディの身が僅かに沈む。

「振り下ろされぬよう、しっかり掴まっておれ」

 アディの四つ足が地面を蹴った。

 風の精霊のようにであるが、アディはあいにく氷の精霊である。

 とするならば、表現としては氷の上を滑るようにであろうか。

 人はもちろん、馬よりも速く駆け、冒険者たちが組む隊から遠ざかるように駆けて行った。

ども、えなりんです。

第七話をお届けいたします。


登場人物の年齢が割りと高いのが見所です。

主人公以外、出来るだけ十代を出しません。

どうでも良いこだわりなのですがね。

ヒロイン無しのまま、話を書いて見たいという目標でもありますが。

それでは、感想等あったらお願いします。


また来週。

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