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その6 守護精霊

 月や星、酒場から漏れる明かりを頼りに、忠敬たちは夜も遅いノーグマンの繁華街を歩いていた。

 深夜はとうに過ぎており、鉱夫の疲れを癒す酒場も店じまいを始める頃合である。

 たまにすれ違う者といえば酔っ払いを超えた泥酔状態の者ばかりで、子供はもちろん女もあまり見ない。

 何故そんな時間に外を歩いているのかは、一応の理由があった。

 鉱山の事件での事後処理も終わり、寅之助が魔物討伐の特別報奨金をオズワルドと二分したのが夕方の頃。

 その後で、参加者全員をオズワルドが自分の驕りだと酒盛りに誘ったのだ。

 表向きの理由は、自分はまとめ役として向かっただけで、正式な依頼も受けていないとの事であった。

 だが魔物の強さをよみきれず、被害を出してしまった事も少なからず関係している事であろう。

 上に立つ者の小粋な気遣いにより、夜中になるまでずっと酒盛りは続けられた。

「いやあ、楽しく有意義な酒盛りだった。殿もお呼びしたかったでござる」 

 結構な酒量でありながら、未だほろ酔い程度の寅之助は赤みの差した顔で空を見上げながらしみじみと呟いていた。

 酒の肴は各人の武勇伝、半分以上は誇張が混じっていそうなそれで盛り上がっていたのだ。

 特にオズワルドは歴戦の戦士らしく、話の種が湧き水のように出てくる。

 途中でオズワルドは金だけ払って帰宅してしまったが、他にも武勇伝を持つ者はおり、湧き水は尽きなかった。

 忠敬もそういった話が気にはなっていたが、その時は酔った女性の冒険者の玩具になっていた。

 やれ可愛いだのなんだのと撫で繰り回され、まるで小春が何人もいるようであった。

 いや、こんな子供が欲しいと言われるだけ、ある意味では小春よりはましだっただろうか。

 さらにはその場所を変わりやがれと男の冒険者から不穏な視線を向けられたり、小春が本気で怒りそうになったり。

 忠敬は寅之助程にはご機嫌にもなれず、その原因のうちの一人はまだ目の前をぷんすかと歩いていた。

「小春さん、機嫌直してください。僕も好きで撫でくりまわされていたわけじゃないんですから」

「別に怒ってません。若が可愛いのは周知の事実、女性ならメロメロになるに決まってます。だから、今日は寅之助さんと一緒に寝てくださいね」

「前後の文が繋がって……って、嫌ですよ。お酒を飲んだ後の寅之助さんと一緒に寝るなんて」

「何を言うでござるか。若もその歳で中々のスケベでござるな。自分から小春殿と寝たいと言うなどと」

「酒臭いのが嫌だと言ってるんです。曲解しないで、重い。重いし臭いです、寅之助さん」

 小さな体にしな垂れかかられ、重い、酒臭いに加えて暑苦しい。

 まさに三重苦を味わわされ、忠敬が助けを求める。

 もちろん求めた相手は小春なのだが、もじもじと体をくねらせ潤んだ瞳で振り返っていた。

「若がそんなに私を求めていらっしゃるなんて……今日はさっさと邪魔者を別室に放り込んでしまってから、若と私の秘め事を。仁志様、薫子様。若と私は今日、共に大人の階段を」

「曲解に曲解を重ねないで下さいよ。なんですか、この状況は。昼間とは打って変わって駄目過ぎますよ、二人とも」

 面倒臭過ぎる二人をなんとかあしらいながら、繁華街を抜けて昨日泊まった宿に辿り着いた。

 宿屋の主人には改めて一泊をお願いし、昨晩と同じ部屋だと鍵だけを渡される。

 部屋に入っても直ぐにはベッドに入れない。

 叶うならばお風呂に入って綺麗なパジャマで眠りたいが、この世界では難しい。

 だから忠敬と寅之助は、袴と着物、小春は外衣と着物を脱いで長襦袢のみとなる。

 欲を言うならばさらに中に着ている肌襦袢が一番汚れていないが、そこまで脱いでは今度は寒くなる。

 三人とも慣れた手つきで着物を脱ぐ中で、忠敬の着物から床の上へと何かが零れ落ちた。

「若、何か落ちましたよ……石、宝石ですか?」

 小春が拾い上げたそれは、極々薄い水色の宝石であった。

 殆ど無色にも見え、楕円を描く形に整えられ、表面には氷の霜のような特徴的な文様が浮かんでいる。

 身に憶えのない落し物に忠敬は首をかしげ、小春から受け取ったそれを眺めた。

「僕の着物からですか? なんでそんな……これはもしかして」

「やれやれやっと気付いてもらえたか、待ちわびたぞ」

 突然喋り出した宝石に、忠敬は思わず取りこぼしそうになる。

 魔物がいる、魔術がある、さらには宝石が喋るとは奇想天外すぎた。

 それに加え、見覚えのある宝石を前にとある魔物を思い出していた事もあって驚きはひとしおだ。

「若、そのまま動いてはなりません。貴様、物の怪の類か!」

 酔いを気合でねじ伏せた寅之助が、刀を手に取り、何時でも抜けるように構えた。

「悪さをしようものなら、お主らが寝静まった頃にやっておる。我は、お主らが気付くのをずっと待っておったのだ。何しろ下手に声を掛けて、街中に落とされてはかなわぬからな」

 喋る宝石の言葉は最もだが、安易に信じることも出来ない。

 普段の寅之助ならば、忠敬の手の平の上にある小さな石だろうが何時でも斬り飛ばせる。

 だが酔いを抱えている以上、下手に忠敬の手がかかった行動を行うべきではなかった。

 寅之助は勝利の余韻に浸って酒を飲みすぎた自分を恥じて、大人しく宝石の言葉を受け入れ矛を収めた。

 それでも安心仕切るわけにはいかないと、忠敬に目配せをして備え付けの丸テーブルの上に置かせる。

「あの、もしかして貴方はあの白い獣の額にあった宝石ですか?」

「気付いておったか、その通りだ」

 それを聞いた瞬間、再び寅之助が刀に手を伸ばしたが、忠敬に止められる。

「何故あんな事をしでかしたのですか? 人がたくさん傷つき、死んだんですよ?」

「そう責めてくれるな。我とて望んでやったわけではない。精霊は戯れが好きだが、残忍というわけではないのだ。冷酷ではあるがな」

「精霊、ですか?」

「詳しく説明を要求するでござる」

 小春の疑問と寅之助の詰問に、自身を精霊と名乗った宝石は続けた。

「我は人の手によりこの宝石に封じられた精霊、氷の精だ。自我に目覚めたのも退治された後なので詳しくは分からぬが、あの獣の姿はジュエルモンスターと言ったか」

「それで僕らに声をかけたのは、ジュエルモンスターの生成を止めたいからですか?」 

「ん、別にそのような事は考えてはおらんぞ? 言ったであろう、精霊は戯れが好きだと。不滅の生のなかで、魔物になるのも面白い」

 面白いでは済まない被害が出たのだが、精霊は一向に気にした様子もなく穏やかな声で笑っていた。

 これには尋ねた忠敬だけではなく、小春や寅之助でさえ面食らった。

 価値観が根底から異なってしまっている。

 忠敬たちはあの事件に発端があるのなら気にはなるが、精霊にとっては既に過去の事。

 人を殺した事にも特に感慨を受けたようすもなく、とるに足らない事だと思っているようだ。

 確かに登山の途中で凍え死んだ者を惜しみ、山や吹雪に文句を言っても意味はない。

 意味はないが、やりきれない思いが湧くのは止められなかった。

「こうして精霊の身でありながら、はっきりとした自我を得たのだ。戯れに、坊やの守護精霊にでもなってやろうかと思ってな。要するに、お主らの旅につれていけ」

 しかも、最後には物見遊山の押し売りだ。

 守護精霊という言葉も、何処まで信じてよいものか。

「さすがに対応に困ります。どうしましょう、小春さん、寅之助さん」

「頭が痛いでござるな。本音を言うならば、何もかもを忘れて寝てしまいたいでござる」

「私は反対です。若をお守りするのは私と寅之助さんの役目。それを良くわからない石ころに横からさらわれたくはありません」

 寅之助は考える事を放棄したいぐらいだと言い、小春は論点が少し異なる。

 断るのは容易いが、その辺に捨てて、再び戯れと言って悪意ある人に拾われるのも怖い。

 ジュエルモンスターを作り上げた人に拾われれば、それこそ戯れでその人に強力されてはたまらない。

 安全に管理するという名目で預かっておくのが一番かもしれなかった。

「とりあえず一晩預かって、明日オズワルドさんに相談しに行きます。ジュエルモンスターの事は報告しておいた方がよいでしょうし、他に相談できる人もいませんから」

「それが妥当なところでしょうな。下手にあの領主の所にでも持ち込めば、下手人であろうとなかろうと利用されそうでござる」

「若がそう決めたのであれば……私は直ぐにでもゴミ箱に捨てたいぐらいですが」

 妙に不満そうな小春の意見は置いておいて、全てはオズワルドに相談してからに決定した。






「ほらよ、坊主。綺麗に仕上げてやったぜ。しかし、宝石をなくす奴はいるが、ペンダントの方を失くすってのは器用な話だな」

 細工品を売る店内、そのカウンターの向こうから鎖に繋がれたペンダントが手渡される。

 金の鎖、これはメッキだろうが、その先に繋がれた宝石は本物だ。

 付加価値として氷の精霊が付いていると知ったら、目の前の細工師の男はどんな顔をするだろうか。

 わざわざそんなトラブルを引き込みたくない忠敬は、精一杯出来る作り笑いで受け取った。

「ありがとうございます。おじさん」

 内心の暗雲たる気持ちをおくびにも出さずにだ。

 和装となる衣装の上からこのペンダントを付けると、なんともバランスが悪くとも気にしない。

 毒を喰らわばとまで、まだ覚悟はないが諦めに似た気持ちは既に持っていた。

 一時預かるだけにした精霊付きの宝石を、何故わざわざペンダントにしたてあげたのか。

 答えは単純、相談相手に選んだオズワルドを尋ねたところ、既にこの街を発っていたのだ。

 つい昨晩に当事者と酒盛りをしていた事もあって、寝耳に水の事であった。

 冒険者の組合の受付をしているネッドが言うには、朝早くに現れて試験官としての仕事を休む事を告げていったそうだ。

 何時戻るかも定かではなく、忠敬たちに連絡の手段は伝言ぐらいしかなかった。

 しかも、悪い事は続く。

 ならばここは一度迷いの森にある我が家へと帰るべきかもと思ったところで、ネッドから名指しの依頼が入った事を教えられたのだ。

 依頼内容はとある商人の護衛。

 その人は昨日の鉱山での話を聞きつけて、力はあるが無名ゆえに特定の商人と繋がりのない寅之助に白羽の矢を立てたらしい。

 商人と冒険者が個人的に親しくなれば、互いに利益がある為、こうした事はよくあるということだ。

 もちろん最初は断ろうとした。

 何しろオズワルドに会えない以上、トラブルの種とも言えるあの宝石を持っているからだ。

 相手を護衛するどころか、自分達にふりかかるかもしれない危険から守れる保障がない。

 だが最後には無名の冒険者が名指しの依頼を断るなんて怖ろしい真似は止めておけと、ネッドに説得されてしまった。

 もちろん、そもそも宝石を手に入れたのは偶然で、忠敬が持っている事が知られているわけがない事も考慮した。

 それに知られるわけにいかないのなら、端から見て暢気に見えるように仕事を請けてノーグマンを去るのも有りである。

「お待たせしました小春さん。先に依頼者と会っている寅之助さんのところへ行きましょうか」

「そうですね」

 ぶすりと、唇を尖らせたまま言葉が返って来る。

「なにをふてくされておるのだ。お主もぶらぶらと、ぶらさがりたいか? まあ、なかなか面白くはあるが」

「若、その性悪の石ころを渡してくれませんか?」

「小春さん、目が笑っていません。どうするつもりですか」

「ぶっ壊します」

 硬い宝石をどう壊すのか疑問は尽きないが、今の小春ならばやりかねない。

 駄目ですよという意味を込めて、ペンダントに伸ばされた手をそのまま握って歩き出す。

「だって、小春だってまだ若の胸に抱かれた事なんてないのに、ぽっと出の宝石なんかに先を越されて。若、浮気しても良いですけど、石ころだけは止めてください」

「僕は何処の変態ですか。それにアディさんが女声だからって、考えすぎです」

 相変わらず小春の思考回路は良くわからないと、溜息をつきながら手を引く。

 ちなみにアディとは、言葉を交わせるのに名前がないと不便なので、即興で忠敬が宝石につけた名前である。

 氷の精からアイスキャンディーを連想し、最初と最後をとっただけの、単純な名前だ。

「体を交える事はできぬが、心を通わせる事はできるぞ。確か昔に、精霊と心を通わせた奇特な人間がいたはずだ。その精霊がどこまで本気だったかは知らぬがな」

 精霊と心を通わせると聞くと、何処かロマンチックな響きだが、精霊の実体を知ると途端に怪しくなってくるものだ。

 全てのものごとがただの戯れ、自身以外は戯れの道具のようなもの。

 道具はさすがに言いすぎかもしれないが、心を通わせたと思った人の一方通行でない事を願うばかりである。

「若、小春殿」

 ノーグマンの街の入り口、岩を削って作られたアーチのあるところまで来ると、先に居た寅之助が手を振ってきた。

 その隣にいる歳若い男が今回の依頼主のようである。

 前回の護衛対象であるチャップとは、歳もそうだが外観がかなり精悍であった。

 大きなバッグに通した腕は太く引き締まっており、日に焼けて小麦色である。

 寅之助には負けるが体つきもしなやかで、商人と言うよりも冒険者に近い。

 腰に帯びた護身の短剣が、雰囲気をより冒険者に近づけているせいもあるだろう。

「依頼主のデューイ殿でござる」

「はじめまして」

 言葉は短く、笑顔も見られないが、真っ直ぐ握手の為に手を伸ばされる。

 まずは小春が、そして次に忠敬へ。

「あの、なにか?」

 小春よりも随分長い握手に、思わず忠敬は伺うように尋ねていた。

「いえ、君のような小さな子が冒険者と言う事に驚いていただけです。それでは、行きましょうか」

 やはり忠敬の背格好では頼りなさ以前に、冒険者としてすら見られないのか。

 自分でも唇が僅かに歪むのを感じ、それを見て取ってかデューイが即座に握っていた手を離した。

 直ぐにそんな自分を省みて、忠敬はペコリと頭を下げる。

 胸に湧いた小さな悔しさを隠しながら。







 今度の仕事の行き先は、カータレット王国の最北端であるノーグマンからずっと南にある街。

 地図上で見る限りは、中央にある王都である。

 さすがに国庫となるノーグマンと王都を繋ぐ街道には石が敷かれていた。

 ウィルチ村とノーグマンを繋いでいた道は、人が踏みしめて開いた地肌であり、それに比べれば随分と歩きやすい。

 ただし単純な距離で言えば、ノーグマンと王都の間の方が遠く、徒歩でおよそ一日半かかる。

 何事もなく、歩く事に集中出来ればだ。

 例えば魔物に襲われれば、それだけ旅の工程が遅れる。

 今の忠敬たちのように。

 忠敬は、向かってきたいたずらイタチの突進を護身刀の峰で受けていなす。

「次、左からもくるぞ」

 アディの指示により視線を寄越せば、いたずらイタチのもう一匹が左手方向から忠敬へと向かってきていた。

 体に風の精霊をまといながら、さながらカマイタチのごとく。

 だがいたずらイタチはそれ一匹ではない。

 つい今しがた忠敬を切り裂こうと駆け抜けていったもう一匹が、折り返そうとしていた。

「寅之助さん、助太刀、助太刀です。いくら若でも二匹は無理です!」

「私も素直に手助けすべきだと思いますが」

「なんのまだまだこれぐらい。それに聞くところによれば、いたずらイタチの殺傷能力はさ程でもないとか。格好の訓練相手でござる」

 寅之助はデューイの傍で高みの見物、小春はかなり焦っていたがそれでも手は出さない。

 忠敬は視界を限界まで広げ、タイミングはずれながらもほぼ同時に向かってくるいたずらイタチを見た。

 一方に集中していては、一方に突進をくらう。

 だがそれは以前の時のように待ちに徹してから反撃に移った場合だ。

 動く、一瞬タイミングの早い左手のいたずらイタチへと向けて。

 虚を突かれたようにいたずらイタチがその動きを鈍らせ、忠敬は峰を返した白刃を薙いだ。

 殴りつける感触、あまり良いものではないが、それに目を瞑って直ぐに振り返る。

 もう一匹は既に目と鼻の先。

「若!」

「体勢を崩せ」

 小春の悲鳴と、アディの冷静な声が同時に耳に届く。

 膝を折って斜めに倒れこむように体勢を崩すと、頬を裂きながらいたずらイタチが通り過ぎていった。

 顔を狙い斜めに駆け上がったいたずらイタチは宙へ、忠敬は体勢を崩しながらも地に足をついていた。

 崩れる勢いに任せて体を捻り、護身刀を投げる。

 今度は忠敬ではなく護身刀とすれ違ったいたずらイタチは、体を僅かに裂かれ、地面に着地すると同時に逃げていった。

「若、残心が足りないでござるよ」

 一息つこうとしたところで、寅之助に指摘されてハッと気付く。

 歩み近寄ってきていた寅之助が、殴り倒したはずのいたずらイタチを追い払っている事に。

 どうやら倒しきったと安心しきった忠敬を狙っていたらしい。

 二匹同時に相手にしなければと焦り、手に残る感触程にはダメージがなかったようだ。

 寅之助に後ろから軽く蹴られたいたずらイタチは、驚いて直ぐに逃げ出した。

「いやいや、その歳でいたずらイタチの相手を出来れば上出来。大人でも油断すれば着ているものどころか、体まで裂かれるというのに」

「若は侍を目指す身、油断などもってのほか。それに、武器を投げるなどの奇策もあまり感心せんでござるよ。敵が四匹、五匹でもそうするでござるか?」

 拾ってきた護身刀を忠敬に向けて呟かれた寅之助の言葉に、確かにと頷く。

 一応護身刀は二本あるが、二本とも投げてしまえば同じ事だ。

「それに我の助言も……」

 デューイが傍にいるのに喋り始めたアディを、慌てて服の中に入れて閉じ込める。

 離れている時は良いが、さすがに傍に居る時に喋られて疑問をもたれたくはない。

 幸い聞こえては居なかったようで、デューイは今日中に何処まで歩くか、寅之助と話し始めていた。

 ほっとしつつ、二人の傍をはなれてからアディを服の中から出していると、ハンカチで頬を拭われる。

「若、動かないでくださいね」

 そう言って、忠敬の切れた頬に絆創膏が張られる。

「小春は気付きました。所詮、石ころは石ころ。こうして若のお世話が出来るのは手足のある人間だけ。石ころに入り込む隙はないと」

「そんなふんぞり返って勝ち誇らなくても……」

「面白い奴よの、小春は。とは言うものの、確かに口ばかりでは守護精霊の名がなくのう。なんとかせねばならんか。またあの獣の姿になれればの」

「止めてください。冗談抜きで、殺戮ショーが始まりますよ」

 怖ろしい事を言い出したアディを止め、絆創膏が張られた頬に触れる。

 一度に二匹のいたずらイタチを相手にする事は出来ないと思ったが、結果としてはなんとかなった。

 ところどころに問題はあれど。

 しかし今までの自分の認識が間違っていたとなると、一つ疑問が浮かんでくる。

 一般的な子供ではなく、忠敬と言う物差しを持った時、その長さはいかほどなのだろうか。

「若、小春殿。夕暮れになるまでもう少し時間がある故、もう少し距離を稼ぐと言う事になったでござる。行くでござるよ」

「あ、はい。分かりました」

「その後は野営の準備ですね。久しぶりで、きちんとできるかな?」

「小春さん、野営なんてした事があるんですか?」

 素朴な疑問を呟き、

「え、いやです若。キャンプとか、若にも経験あるじゃないですか」

 言われて見ればと、マッチもライターもない状況での火の起こし方などは仁志に教えてもらった事がある。

 その時は結局失敗して、マッチのお世話になったわけだが。

 そんな滅多にない父の失敗姿を思い出して苦笑しながら歩き出す。

 三人とも時計を持っていない為、正確な時間は分からないが、再び歩き出したのが午後三時頃。

 それから空に赤みがさしだす五時頃までは、特に問題もなく街道を歩き続けた。

 時折ノーグマンへと向かう商人やその護衛の冒険者とすれ違ったり、駅馬車らしき馬車が追い越して行くのを街道の端で見送ったりと。

 魔物が現れる事もなく、順調に旅路を消化し続けた。

 やがて空は赤から、夜へと変わろうとする逢魔が時へと変わる。

 そろそろ限界かと、先頭を歩いていた寅之助が感じて立ち止まった時、それは聞こえてきた。

 街道の左手、小高い丘となった草原の向こうから聞こえる地鳴り。

 薄暗くなってしまったこの状況では遠くまで見渡す事が出来ず、自然と目を細めて遠くを眺める。

 大きな黒い影が、丘の上に現れていた。

 得体の知れない姿に緊張が走り、寅之助が皆の前に飛び出しながら刀の柄に手を触れる。

「馬に乗った人影? 気のせいであれば良いが……」

 丘の上の影は、馬に乗った幾つもの人影であった。

 陽の光りが消えたばかりの夕闇は、完全な夜よりも視認が難しく、正確な人数が把握できない。

 だが彼らの視線がこちらへと注がれている事が分かる。

 案の定、影の中の一人が手を挙げた瞬間、人影たちは一斉に馬の腹を蹴り、丘を下り始めた。

「チャップ殿の言っていた盗賊か。それとも……多勢に無勢、退くでござる!」

 こちらからは相手の全貌すらも見えず、けれどこの時間をわざわざ選んだ事からこちらの戦力はよまれている可能性がある。

 即決即断、寅之助は撤退を選んでいた。

 馬に乗る相手が複数いる以上、逃げ切れないと分かってはいても。

「若、手を」

「僕は大丈夫ですから、小春さんも前だけ見ててください」

 伸ばされた手を辞退した忠敬は、背後を振り返っては迫り来る影の波に息を飲む。

「やはり逃げ切るのは無理でござるか。小春殿、若とデューイ殿を頼むでござる。このまま街道を真っ直ぐ。運が良ければ、他の冒険者なりに出会うかもしれん」

「寅之助さん!」

「なんのこの程度、直ぐに追いつくでござるよ。心配めされるな、若」

 刻一刻と近付く馬の足音を感じとり、寅之助が刀を抜きつつ立ち止まった。

 忠敬の案ずる声にも笑って答えながら。

 だが表情ほどには、寅之助も余裕を持っていたわけではない。

 心に重くのしかかる一抹の不安。

 盗賊に思える影たちは、丘の上から馬をかって駆け抜け、今もなお誰一人として声を上げていなかった。

 黙々と、まるで訓練された兵士のように何かを目指しているように思える。

 そんな思考も、長くは続けられそうになかった。

 今寅之助の目と鼻の先にまで、馬を操る影たちは迫っていた。

「ここから先は、一歩も通さないでござる!」

 オズワルドに教えられた呼吸を思い出し、全身に気を張り巡らせた。

 吹き上がる気の風が寅之助を包み、僅かにだが辺りを照らしつける。

 瞬間、影の中の誰かが腕を挙げ、合図を出した。

 馬を操る影が二つに割れるように動き、手ごわい寅之助を避けるように迂回しながら駆け抜けていく。

 さらには斬りかかろうにも馬上から槍を伸ばされ、迂闊に動く事もままならなかった。

「なんたる失態!」

 数騎どころか、一騎の足止めもかなわず、棒立ちの状態である。

 まるでではなく、確実に訓練された兵士の動き。

 盗賊などと言うごろつきの集まりでは決してない。

 訓練された兵士が狙うモノに心当たりがないわけもなく、忠敬が持つ宝石、アディが思い浮かんだ。

 呆ける暇もなく、寅之助が街道を走り、せめて先に行った忠敬たちに追いつこうと駆ける。

「若!」

 足止めにと立ち止まってから数分も経ってはいない。

 忠敬たちに追いつこうと街道を走り始めた寅之助は、確かに追いつく事は出来た。

 聞こえたのは小春が忠敬の名を叫ぶ声である。

 ようやく夕闇に慣れ始めた瞳が、とらえたのは一人の盗賊の槍が忠敬へと伸ばされた瞬間。

 槍の穂先が忠敬を貫き、すくい上げるように馬上へと誘う。

 寅之助は、間に合う事はなかった。

 忠敬を貫いた盗賊たちは、わき目も振らずに、再び夕闇の向こうへと駆け抜けようとしている。

 寅之助が小春とデューイの下へと辿り着いた頃には、盗賊らしき影たちは完全に消え失せてしまっていた。

「寅之助さん、若が……若が!」

「私を庇って、あの子が。早く追いかけないと」

「二人とも落ち着く出ござる!」

 忠敬が貫かれた近辺の地面に這い蹲り、確認するが血が流れた様子はない。

 余程の槍の名手であったのか、衣服と肌の隙間を貫き忠敬の体をすくいあげたのだろう。

 一先ず忠敬が傷を負った可能性はなくなったが、命の危機は続いている。

 寅之助は立ち上がると即座に小春の両肩を握り締め、声を荒げた。

「何の為の護衛でござるか。俺には視認できなくなった敵を追う術はない。けれど、小春殿は違うでござろう。その力、今使わずに何時使うでござるか!」

「でも私は、寅之助さんとは違って……落ちこぼれて稲葉の家に」

 混乱と動揺、目の前で肩を揺さぶられながらも小春は瞳をそらしていた。

 思い出されるのは小春が稲葉の家へとやってきた十年前。

 今ほどは奔放ではなく、むしろ捨てられた子犬のように全てに脅えていた頃。

 忠敬に出会い、救われる前の自分。

「俺の事も落ち零れも関係ないでござる。それこそ小春殿の気持ちも。何よりも大切なのは若の身柄、若の危機を黙って見過ごし何が家臣でござるか!」

 その一喝が、小春の迷いを晴らす。

「寅之助さんは、一度仁志様の下へ戻ってください。そうでなければ、連絡が困難ですから。若の身柄と安全を確認次第、私もそちらへ向かいます」

 歯を食いしばり、混乱も動揺もねじ伏せて寅之助へと頼んだ。

 そしてすぐさま盗賊らしき影が消えていった方向へと、駆け出した。

「デューイ殿、申し訳ないが近隣に村か街はござらんか? 出来れば、そこでデューイ殿の護衛を」

「いえ、子供が浚われたとあってはそのような悠長な事は言っていられません。それに盗賊の噂が本当となると、それを知らせるのは義務になります。幸い近くに村がありますので、私はそこの冒険者の組合に盗賊発生の報を知らせます。貴方も、彼女と一緒に追ってください」

「かたじけない。この恩は必ず」

 デューイの言葉に飛びつき感謝した寅之助は、礼もそこそこに先に行った小春の後を追いかけ始めた。

ども、えなりんです。

第六話をお届けいたします。


実力もないのに自分と言う物差しを推し量ろうとするから……

現在、完全な役立たずは主人公のみ。

小春は頭がおかしい子ですが、やれば出来る子です。

侍ではありませんが、家臣と言えばもう一種あると思います。

正体の明言はもう少し先ですが、お分かりの人はお分かりかと。


一点、読者にご相談。

これまでギルド等カタカナを避けて書いてきました。

忠敬たちが古い人間なのでわざとしてきたのですが……

今回出てきた「ジュエルモンスター」という単語、これをどうするか迷っていました。

おそらく「どうでもいいよ」が大半だと思われますが。

作品の雰囲気作りの為には、「精霊石獣」の方が良いでしょうか?


お返事は期待せず、尋ねてみました。

それでは次話は来週です。

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