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その4 昇級試験

 カータレット王国の最北部、鉱山都市ノーグマン。

 そこで採掘されるのは宝石の原石であり、加工された装飾品はカータレット王国の最も輸出額の多い交易品でもある。

 その為、国からの援助も相当なものらしく、北部の寒い地方にも関わらずノーグマンの人口は王都に次いで多い。

 多くは出稼ぎを含めた鉱夫であるが、それ以外にも研磨職人や細工師、出来上がった商品を取引する商人と言い出せばきりがない。

 ちなみに、件の税を上げた領主とやらもこの街に居を構えているらしい。

 ウィルチ村からノーグマンまでは、およそ半日程の距離であった。

 護衛対象であるチャップとはノーグマンの街の入り口で別れ、忠敬たちは手頃な宿で一泊していた。

「ん…………ん?」

 迷いの森での朝とは違い、山が近い事もあって寝起きにはやや肌寒さを感じるはずが、それがない。

 寝ぼけ眼の状態では僅かな違和感しか感じず、意識がはっきりするにつれその正体がはっきりとしてきた。

 ベッドが二つある部屋をとって、自分は寅之助と一緒に寝たはずだ。

 けれど後ろから自分を抱きしめている誰かの感触は柔らかく、ちょっと良い匂いがする。

 筋肉質で少々暑苦しいとも言える寅之助ではない事は、間違いなかった。

「なんで僕が小春さんのベッドで寝てますか。しかも、ガッチリロックされて身動きが……」

 ロックされた状態でも隣のベッドは見えたが、寅之助の姿はもうない。

 何時もなら稽古の時間だが、昨晩は歩き疲れて倒れるように寝込んだ忠敬に遠慮をしたのかもしれない。

 その辺りの事情はともかく、助けは期待できない。

「若、くすぐったい。えへ、駄目ですよ。元服までは、でも若がどうしてもって言うなら小春は小春は……」

「夢の中とは言え、好き勝手している小春さんに対して、我慢の必要なし」

 人を抱えながら身悶える小春へと、背伸びの要領で首を伸ばし下から突き上げる。

 ガツンと小気味の良い音を立てて、忠敬の後頭部が小春の鼻っ面を強かに打つ。

 夢に身悶えていた小春が、今度は痛みに身悶え始めた。

 忠敬を抱えていた両手は打たれた鼻元へと向かい、自然と忠敬は開放される。

「若、酷いです。寅之助さんが居なくなってから、人肌を求めてベッドをごろごろしてたから小春の方に連れて来てあげたのに」

「う……全く、身に覚えは有りません」

 本当に覚えがないのだが、そんな事をしていたとは気恥ずかしくて素直に謝れない。

 うっかりどこぞの政治家のような台詞が出てしまう程に。

「改めて、おはようございます」

「はい、おはようございます。若」

 とりあえず挨拶で誤魔化すと、忠敬は両開きとなっている木製の窓を開いた。

 差し込む朝日に瞳を瞬かせながら、窓から覗く事の出来る光景を眺める。

 まだまだ太陽の位置は低いが、既に街は活動期に入っているようであった。

 鉱夫らしき男達は仕事道具を手に鉱山へと向かい始めており、お弁当を売るお店などは既に盛況となっている。

 昨日は日が暮れてからノーグマンに到着した為、あまり全貌を見る事はできなかったが、改めて街を眺めてみると大きい。

 鉱山は鋭角的な岩肌の多い山で、その鉱山の入り口を基点として放射線状に麓の街が作られている。

 建物も全てが木造と言う方が少なく、暖をとる意味でもレンガが多く使われ、使われない部分も漆喰でしっかり固められていた。

 こうしてみてみると同じ北部でも、ウィルチ村は温暖な方だと言う事が分かる。

「あれ、一度起きたという事は、小春さんは寅之助さんの行き先を知っているんですか?」

 しばらく街を眺めていると、ふと疑問が思い浮かび、小春へと尋ねる。

「何時もの早朝ランニングですよ。若はお疲れの様子でしたので、今日だけは休憩という事で良いらしいです。筋肉痛はありますか? 防具をつけて歩くなど、重りをつけて歩くのと同じですから」

 言われて軽く体を動かしてみると、腕や足に引きつれのようなものを感じる。

 今日一日は歩くのに難儀するかもしれないが、まだ次の行き先は確定していない。

 決まっている事と言えば、冒険者の組合で昇格試験を受ける事ぐらいだ。

 今から外に走りに行くと、寅之助と入れ違いになる可能性がある為、軽く柔軟を行うに留めておく。

「結構色々なところが、僕って筋肉ないんですかね?」

「今まで若は、防具をつけた稽古なんてしていませんし。そもそも、まだ発展途上ですよ。これからに期待です」

「小春さんは、筋肉痛にはなっていませんか? 防具をつけていないとは言え、普段あんなに歩く事なんてないでしょう?」

「え、あの私は……ほら、普段から家事をしていますから。結構、力持ちなんですよ」

 確かにあの広い家を、薫子と小春だけでまわしていては体力ぐらいつくかもしれない。

 一口に家事といっても、掃除に炊事、洗濯からお新香、醤油の自作と幅が多いのだ。

 しばらくの間、忠敬がストレッチを続け、何が面白いのかにこにこと小春がそれを眺め続けていると、扉が外から開かれた。

「お、感心でござるな若。自ら進んで体を動かすとは。その様子では、起きたのはつい先程と言う事でござるか?」

 ノックも無しに入ってきたのは寅之助であった。

 薄っすらとかいた汗を、首に掛けている手ぬぐいで拭っている。

「起きたばかりです。とりあえず、朝食でも食べながら今日の事を話し合いましょうか」

「これ程までに期待できない朝食も初めてでござる。小春殿、若と俺は先に下に降りているから、その間に着替えてしまうと良い」

「そうですね、そうさせてもらいます」

 着替え以外にも、それなりに時間のかかる小春とは一端別れ、忠敬と寅之助は宿と一体化している階下の食堂へと向かった。







 パンが主食の朝食に、寅之助が苦みばしった顔をしたりしながら話し合ったが、たいした意見は出なかった。

 何しろこの旅に目的らしい目的などないも同然なのだ。

 地球に戻る為に行動を起こすか、ここで暮らすかを決定する為に、と言う名目こそあれ目的とは異なる。

 結局、予定通り冒険者の組合へと向かい、試験を受けてみようという事になった。

 一泊と二食分のお金を払い、冒険者の組合の場所を尋ねてから宿を後にした。

 その頃には大通りにも鉱夫の人たちの姿は見えなくなっていたが、人が居なくなったわけではなかった。

 鉱夫達の家族であろうか、主婦や子供。

 商人らしき男と大声で商談をする細工品を通りに並べた露天商。

 日用品を売る雑貨屋もあれば、冒険者を呼び込む武具屋と各種店舗が入り乱れていた。

 日本の街に比べて雑多な感じは否めないが、混沌とした通りの中には間違いなく活気があった。

「なんだか、お祭りをしているような気になってきますね」

「活気のせいでしょうな。俺も、ここまで活気のある商店街は初めてでござる」

「今の日本だと、本当に市場とか特別な場所にいかないと味わえませんよね」

 物見遊山交じりで辺りを見渡しながら歩く。

 田舎者丸出しではあるが、忠敬たちの格好が激しく回りから浮いているので今さらである。

 現地の人たちも、忠敬たちを見て驚いたり、珍しげにしたりと反応は様々だ。

 時折、小春に見とれる男がいれば、寅之助の刀に興味深げな視線を向ける冒険者もいる。

 周りへ視線を向けたり、向けられたりしながら大通りを行くと、その先に冒険者の組合が見えてきた。

 直ぐにそれがそうだと分かったのは、盾をバックに一本の剣が描かれたなんともそれらしい看板のおかげだが。

 ウィルチ村の組合の建物よりも、数倍それこそ十倍ぐらいまでいけるかもしれない。

「大きいですね、若」

「ヘイゼルさんのところが、小さかっただけかも知れませんよ」

「御免」

 入り口の前で忠敬と小春が戸惑っていると、さも平然と寅之助が扉に手を掛けて開いた。

 なんとも肝が据わっている。

 慌てて忠敬と小春も続いて入ると、これまた戸惑いが待っていた。

 外で見たときよりも屋内はかなり狭いが、その分至るところに屈強な、または一癖も二癖もありそうな冒険者がいる。

 それだけでもかなり気後れするのに、周りの視線が一斉に自分たちに集められた事が威圧感のようなものになっていた。

「若、それに小春殿。先程から何をしているでござるか? 周りの視線など、芋か大根とでも思えば良いでござるよ。実害はござらん」

「寅之助さん、トラブルの種になりそうな事を言わないで下さい」

 一人全く気にしていない寅之助の言葉が、余計な視線を増やしてしまう。

 勘弁してくださいと、忠敬はそれ以上余計な事を寅之助が口走らないようにその背を押した。

「若、待ってください」

 一人にしないでくれと小走りになった小春の足音を耳にしながら、忠敬は寅之助をカウンターへと連れて行く。

「見慣れない顔と格好だが、良い度胸してるな兄ちゃん。依頼の掲示板なら、あっちだぜ」

 カウンターの向こうから依頼書のある掲示板を指差したのは、受付よりも鉱夫の方が断然似合っている脂っこい男であった。

 禿げ上がった頭を撫で付けながら、人懐っこい笑みを向けてきている。

 寅之助のふてぶてしさは、目の前の男にとっては好ましいものであるようだ。

「今日は依頼を受けにきたのではござらん。昇級試験とやらが目的でござる」

「目的と言われても、昇級試験は受けられる場所も試験官も足りねえから、申し込んで直ぐ受けられるわけじゃねえぜ。今申し込んでも、受けられるのはだいたい三日後だ」

「あれ……それじゃあ、この推薦状ってその為の?」

「推薦状付きか、こいつは珍しいな。試験料と順番待ちの免除だ。カードも一緒に提出してくれ」

 忠敬が推薦状と三人分のカードを手渡すと、特に推薦状が本物か受付の男が確かめ始める。

 と言っても、そこに書かれた内容に一通り目を通しているだけで、推薦状の真偽が分かるかどうかは不明であった。

 受付の男は内容を読んでは何度か感嘆の声をあげ、一つ頷くと推薦状を丸めて封をし直す。

「組合の印に問題はねえ。俺についてきな、試験場に案内してやる」

 受付の男の人がカウンターを出て、本来の出入り口とは別の扉へと向かう。

 その扉を開けると数メートルの短い廊下があり、直ぐに次の扉があった。

 二重扉になっているらしく、一つ目の扉を閉めると先程までの喧騒が殆ど聞こえなくなる。

 そして二つ目の扉を受付の男の人が開いた時、二重扉の構造となっていた意味を知る事になった。

 扉が開いた僅かな隙間から、怒りを交えた気合の声が飛び出してきた。

「くらえッ、このくそ爺!」

 二つ目の扉の先にあったのは、組合の建物の半分以上を占める訓練場であった。

 地面はむき出しで、訓練場を囲む壁や天井は通常の建物とは違い、無骨で分厚い造りとなっているようだ。

 防音目的以外にも、物理的な衝撃にも強く設計されているかもしれない。

 その訓練場の中に木剣を跳ね上げる甲高い音が響いた。

 どうやら先程の気合を見せた冒険者の青年が、試験官らしき人に木剣ごとはね飛ばされたようだ。

 詳細は見ていなかったが、青年はそのまま壁際まで転がり、力尽きたように止まったまま動かない。

「気合は認めるが、それだけではな。もう少し己を見つめ直してから、出直してきなさい。お、ネッド。次の受験者かね?」

「しまった、今の時間はオズワルド爺さんが試験官か。すまねえ、お前さん方。推薦状を無駄にさせちまった」

 心底済まなそうに言う受付の男、ネッドはいかにも頭が痛そうに額を押さえていた。

 試験官のオズワルドは、ネッドが爺さんと言ったように明らかに初老は過ぎている年頃の男であった。

 真っ白に染まった頭髪や顎鬚、皺が深い顔つきなど、確か初老はとうに過ぎている。

 だが、老体には全く見えない。

 木剣を地面に突き刺し立つ様は、一本の柱のように真っ直ぐ、ぶれもずれもなかった。

 こちらを値踏みするように見つめる瞳には、若々しい煌きさえ感じられる。

 そしてオズワルドと言う男を何よりも若々しく見せているのは、その身に纏った真っ赤なコートだ。

 背中には見えない文字で、若い者には負けんとでも書いてありそうであった。

「組合が出来る前から冒険者をしていたせいか、選考基準が厳しくてな。今は時代が違うって言うのに、困った爺さんだ」

「何を言うか。試験官不足に困った挙句、泣きついてきたのは組合の方だろうに。まあ、わしは毎日のように若々しい力と戦えて楽しいがな。さて、それでは誰からやるか。そこの坊からか?」

 オズワルドから見て、その坊と言うのが忠敬なのか寅之助なのか。

 恐らくは忠敬の事であろうが、寅之助が進んで前に出た。

「若、一番手は貰い受けるでござる。その歳に至ってもまだ現役とは、かなりの剛の者とお見受けする。一手ご教授願いたい」

「僕や小春さんが先だと、大怪我しそうですし。と言うか、小春さんもやるんですか?」

「怖いですけど、最低限若と同じカードじゃないと困りますし。なんとかやってみます」

 やる気満々の寅之助に巻き込まれると危ないので、一先ず忠敬と小春は部屋の隅へと退避する。

「それじゃあ、終わったらカウンターまで来てくれ」

 そう言ったネッドは、今までずっとほったらかしであった気絶中の青年を連れて試験場を出て行った。

「見たところ、獲物は片刃の剣のようだが両刃の木剣でも構わんか?」

「出来れば是非、互いに本来の得物でと言いたいところでござるが、今回の目的は試験故、次回の楽しみにしておくでござる」

「なに急ぐ事はあるまい。長い人生、幾度となく剣を交える機会はあろう。もっとも、お前さんがもう嫌だと言わん限りはな」

「大した自信でござる。最初から全力で参る。姓は陽野、名は寅之助。いざ、尋常に勝負!」

 オズワルドが放り投げた木剣を受け取った瞬間、寅之助が名乗りを上げる。

 張り上げた声が試験場に響き渡り、周りが水を打ったような静けさとなった。

 学校の運動場並みに広い試験場に四人しか居ない事や、防音処理がなされている事もあるがそれだけではない。

 オズワルドは機会があると言いながら、遠まわしに寅之助の敗北を宣言した。

 それに対して、寅之助は特に何を言い返すでもなく、木剣を構えて呼吸を細くしていく。

 忠敬はオズワルドの実力を測り損ねているが、寅之助にはしっかりと自分との差が見えているのだろう。

 オズワルドと寅之助、どちらが上なのか。

 普段口から飛び出す想いの熱さを内心に溜め込むように、寅之助は静かに気を練り上げている。

 寅之助から漏れ出す気迫が、直接向けられていないはずの忠敬や小春へも影響を及ぼし無駄口を叩かせない。

 口内に溜まった唾を飲み下すのも一苦労である程に、雰囲気に飲み込まれていく。

「これはこれは、試験官と言う立場を忘れてしまいそうになる」

 対するオズワルドは、寅之助の気迫を意に介した様子もない。

 木剣も取り立てて構える事なく、片手で無造作に持ち上げ肩に立てかけている。

「はあッ!」

 寅之助が裂帛の気合と共に踏み込む。

 そう、裂帛だ。

 先程部屋の隅で気絶していた青年の気合とは比べ物にならない、本物の裂帛の気合。

 空から稲妻が落ちるような鋭さを持って、寅之助の木剣が振り下ろされる。

 木剣の先が、一歩後退したオズワルドの目と鼻の先を通過していく。

 見切られた、端で見ていた忠敬が叫ぶよりも早く、寅之助は次の行動に移っていた。

 振り下ろした木剣に振り回されないよう、地面を踏みしめ、手首を使って自分が主体となって木剣をひるがえす。

 そこからさらに踏み込み、力強く薙ぐ。

「ほっ」

 流れるような連撃、それも一撃必殺の威力に二度目の回避は間に合わない。

 オズワルドの声と共に突き出された木剣がぶつかり、反発しあう。

「想像以上でござるな。まさか、苦もなく防がれるとは思わなかったでござる」

「決して楽ではないぞ。並みの相手なら、まず初手で。並み以上でも二手目で捉えておる。しかし、想像以上はお互い様ではないか。今の時代、潜在魔術もなしにここまで鋭い斬撃を放つ者は珍しい」

「せんざ……良く、意味が分からないでござる」

 オズワルドの呟きに、僅かに眉をひそめながらも、寅之助は木剣を振るうのを止めない。

 斬撃の嵐と見紛うばかりの連続攻撃。

 その嵐の中でもオズワルドは慌てる事なく、身をかわしたり、手にした木剣で迫る斬撃を払う。

 互いに息をつく間もなく攻め続け、受け続ける。

 そんな荒々しい攻防でありながら一向に変化を続けない光景に、転機が訪れた。

「ぬおッ」

 一歩後ろへと後退して地に足をつけた瞬間、オズワルドの膝が僅かに折れ、バランスを崩す。

(誘いでござるか?)

 余りにもわざとらし過ぎる隙に、好機を喜ぶより先に寅之助は疑いを持った。

 これが十代の頃の寅之助であれば、ここぞとばかりに攻め込んでいただろう。

 だが寅之助も若いとは言え二十の半ばを過ぎ、それに今目の前にいる相手は古参の戦士。

 慎重になり過ぎて困る事はない。

 寅之助が選んだのは牽制の斬撃であった。

 これが本当に隙であれば倒せないまでもその足がかりとなる傷を、誘いであれば相手の出鼻を挫く。

 寅之助の一振りを前に、オズワルドが動いた。

 体勢が崩れた原因となったはずの折れた膝が反発するように伸び、オズワルドの体を前へと押し出す。

 やはり誘いかと確信を得た寅之助であったが、一つ誤算があった。

 相手を制する事を目的とした一振りは、鋭さこそあれ通常の斬撃よりも軽い。

 もちろん如何なる斬撃であろうと寅之助のそれは軽くはないが、それでも渾身の一撃よりはくみしやすい。

 よって、それこそをオズワルドは誘っていた。

「ぬんッ!」

 牽制の為に薙ぎ払われた木剣に向かい、オズワルドの渾身の一撃がぶつけられる。

「不覚ッ!?」

 誘いと言う罠を見破りながらも、その真意に寅之助は気付く事が出来なかった。

 弾かれた木剣は寅之助の意思を無視して、その手の中から吹き飛ばされていく。

 もちろん、取りに走る暇などない。

 目の前では、コレで詰みだとばかりにオズワルドが大きく木剣を振り上げているからだ。

「実力、経験共に申し分ないが、老獪と呼ぶには程遠かったな!」

 寅之助の目の前で、大振りと呼べる程にオズワルドが木剣を振り上げる。

「まだ、勝負はついてはござらん!」

 もはや死に体と言える状況から、寅之助はさらに一歩を踏み出した。

 今まさに振り下ろされようとしている木剣目掛けて走る様に、オズワルドの瞳が見開く。

 振り下ろされる木剣よりも速く懐に入り込んだ寅之助は、オズワルドのコートの襟を掴んだ。

 足を開き、入れた腰を中心にしてオズワルドを投げ飛ばす。

 踏みしめる地面を失ったオズワルドの木剣は地面を叩き、本人はそのまま背中から落ちる。

 固い地面の上へと叩きつけられたのは、オズワルドの両の足の裏のみ。

「おお……一瞬で世界が回ったぞ。驚いたわい」

「いや、驚いたのはこっちの方。受身ぐらいとって欲しかったでござるよ」

 途中で寅之助がフォローを入れなければ、間違いなくオズワルドは背中から落ちていた。

「寅之助さん、もしかしてこの辺りって投げ技がないんじゃないですか?」

「別の意味で手に汗握っちゃいました。オズワルドさん、お怪我はありませんか?」

「ん、問題ない。いや、しかし長い冒険者生活の中でも、あんな風にくるりと投げられたのは、人間では初めてだ」

 人間以外ではあるのかと突っ込みたい衝動に駆られる台詞である。

 貴重な経験をしたと笑うオズワルドは、コートについた土ぼこりを払うと改めて寅之助を見て言った。

「今の時代の冒険者にしては、良く鍛錬を積んどる。技量だけで言えば、金のカードを持っていてもおかしくはない。ないのだが、潜在魔術と言う言葉に聞き覚えは?」

「魔術など怪しげなものは聞いた覚えもないでござる」

「やはりな。技量と知識のバランスが激しく悪い。だからこそ、ここまで地力をつけられたのかもしれんが。潜在魔術とは三大魔術のうちの一つ、昔は合気と呼ばれたものだ」

「合気ならば知ってはいるが、魔術などとは結びもつかんでござる」

 慌てるなと手で制して、オズワルドは足元に落ちていた石ころを拾い上げた。

 それを手の平で包み、握りこむと力を入れる。

 数秒も経たない間に手を開くが、もちろん石に変化は無い。

 そしてもう一度石を握りこむと、ぼんやりとだがその握りこんだ拳が淡い光に包まれ始めた。

「ふんッ!」

 気合の声を挙げると、握りこんでいた拳が凝縮されるように小さくなる。

 再び開かれた手の平の上には、砕かれた石ころがあった。

 そんな馬鹿なと目の前で見せられた寅之助だけではなく、忠敬や小春も身を乗り出し眺めた。

「本来ならば長い時間を掛けて修練を詰む事で得られる合気の力を、比較的簡単に覚えられるよう研究され体系づけられたのが潜在魔術だ。もっともそのおかげで、力に偏り、剣術といった技術が疎かになってしまいがちだがな」

「そこは複雑でござるな。力とは強さに直結するものでござる。地道に技を鍛えるよりも楽に手に入る力に流れる気持ちは分からなくはない」

「話に割って入って申し訳ないですが、先程は三大魔術と言われましたよね? 他の二つはなんですか?」

「そんな事も知らんのか。精霊魔術と錬金魔術だ。両方とも精霊信仰に関わる魔術だ。一応この辺りは精霊信仰が主流だから、信仰するかどうかは兎も角、知っておいた方が良いぞ」 

 やや呆れた様子でオズワルドは話を打ち切り、本来の目的へと戻った。

「寅之助とやら、お主の試験結果は銀のカード相当の実力とする。技量は申し分ないが慌てる事はない。以降も、地道に仕事をこなし、知識と信頼を得ていく事だ」

「ご指導の言葉、深く承りました。ありがとうございました」

 寅之助が礼を行っている間に、忠敬が弾き飛ばされていた木剣を拾ってくる。

 次は自分の番の為に、少しでも早く手に持ってみたかったのだ。

 幅広の大剣を模しているせいか、普段握っている木刀よりもかなり重い。

 材質が木刀と同じ木と言えど、刃部分が違えば風の抵抗が、握り部分が違えば感触すらも変わってくる。

 慣れぬ武器とはそれだけ扱いがたく、普段と変わらぬ動きを見せた寅之助の実力の程が分かると言うものであった。

「さて、次はそこの坊か。悪いが、坊の身の丈にあう木剣はここにはないぞ」

「構いません。身の丈にあった木刀があろうと、勝てるとは思っていませんし。これも経験だと思えば、得るものは幾らでもあります」

「殊勝なのは良いが、その年頃にしては覇気がないな。坊ぐらいの年頃であれば、やんちゃなぐらいで丁度良いというに」

「性格ですから。それでは、よろしくお願いします」

 こういう性格なのは自覚しているが、覇気がないとは思わない。

 忠敬とて、剣を握れば心が高ぶる、先程のような戦いを見れば心が躍る。

 だから、自分もオズワルドへと挑んでみたいと思う。

 慣れぬ武器だからと生兵法には走らずに、普段と同じように正眼の位置に木剣を構えた。

 それに対してオズワルドはやはり、木剣を肩に立てかけ、構えとはいえぬ構えであった。

「若、がんばってください!」

「そう言えば、若が他人と切り結ぶのを端で見ているのは初めての事でござるな」

 小春の応援や寅之助の呟きを耳にしながら、忠敬は動けず構え続けている。

 何処から何処に打ち込んで良いのか。

 オズワルドの構えが独特すぎて、忠敬は斬り込む切欠を掴み損ねていた。

「どうした、こないのか。ただ構えているだけでは、試験にはならんぞ?」

「そうは言いますが……」

「若、考えすぎでござる。何も命をとられるわけではござらん。失敗を恐れず、思い切り打ち込むのが一番正しい姿でござるよ」

 寅之助の助言を聞くや否や、まるで条件反射のように忠敬はオズワルドへと向けて踏み込んでいた。

 迷いが晴れた事を現すように木剣を振り上げ、馬鹿正直に正面から斬りかかる。

 そこで何を思ったのか、オズワルドはあえて忠敬が振るう剣の軌道に自らの木剣を置いた。

 木剣同士が衝突し、甲高い音を奏でる。

 反動でやや体勢を崩す忠敬だが、体勢を崩す方向に足を踏み出し耐えた。

 そのまま腕だけではなく、胴や足さばきを駆使して無心のままに第二撃を振るう。

 だがまたしても木剣が通る軌道上に、オズワルドの剣が置かれていた。

 いや、むしろ初撃の時よりも置かれるタイミングが早い。

 再び木剣が弾かれ、次はここだとばかりにオズワルドが自らの木剣を掲げる。

 まるでそれが的であるかのように。

 最初はその行動に意味を見出せなかった忠敬であったが、四度、五度となるに連れて理解する事が出来た。

「次はここだ」

 忠敬の理解を感じたのか、オズワルドが声を上げて指示をする。

 まるで親が幼子の手を引き、物事を教えるかのように。

「はッ!」

 相手を斬りつけるにあたって、最も無理なく最適な軌道をオズワルドが先んじて教えてくれる。

 それは試験ではなく、指南であった。

 忠敬が試験を受けるには早すぎたという事なのかは定かではないが、忠敬は指示されるままに木剣を振るう。

 オズワルドは殆ど喋らずにただ木剣を宙に置くだけだが、言葉以上のものがその行動には含まれていた。

「あんなに楽しそうに剣を振るう若は、初めてみました」

「小春殿、言ってくれるな。結構傷つくでござる」

「寅之助さんも、もう少し鍛錬に楽しさを含めるべきですよ。ほら、若ったらあんなに一生懸命で。きらきら輝いてます」

「わざとでござるか、わざとでござるな!」

 小春と寅之助のやりとりは、もちろん忠敬にも届いていた。

 正直、小春の言う通りである。

 だが、無心に剣を振り続けられるのはオズワルドの指南もあるが、考えすぎだと言う寅之助の言葉も関係していた。

「他事を考えているな?」

 刹那の瞬間、忠敬の手の中から木剣が跳ね上げられた。

「あっ」

 痺れるような感触もなく、まるで直接手で取り上げられたような感じであった。

「こんなところか。坊にはまだ早かったな。まだ芽吹いたばかりの種に昇級は早すぎる。石の上にも三年。石のカードから少しずつ、経験を積む事だ」

「分かりました。どうも、ありがとうございました」

「それと先程も言ったが、もう少しやんちゃであれ。お主が試験場に来た時に、吹き飛んでいた若者がおっただろう。才覚はなくとも、あの者ぐらいの方がわしは好きだ。今のお主は、才覚はあってもちとつまらん」

 最後の助言は、忠敬には少し分かりがたかった。

 オズワルドの言う青年について知っている事と言えば、オズワルドを爺呼ばわりして吹き飛ばされたぐらい。

 目の上の人を軽んじろと言うのかと、複雑そうに眉をひそめながら頭を下げる。

「さて最後になるか。お嬢さんはどうするかね?」

「あ、私は遠慮しておきます。若が石のカードから始めると言うのであれば、私も急ぐ必要はありませんし」

「推薦状の効力は今回のみ。それで良ければ、表で依頼表を眺めながらでも待っていなさい。直ぐネッドに寅之助のカードを発行させる」

 むしろ試験を受けずに済んでほっとした様子の小春に困った顔を向けながら、オズワルドは出入り口を指差しながら言った。

 結局小春は試験を受けない事になったが、三人で最後にもう一度頭を下げる。

 礼儀としてもそうだが、本当に得る物があったからだ。

 忠敬はやはり剣術は嫌いではない事が再認識できたし、助言を受けることが出来た。

 助言が指摘するものが何であるか明確にはなっていないが。

 そして寅之助は、純粋に試験を楽しめたし、忠敬への指導を再考する為の切欠を与えられた。

 今までは体力作りや基礎の素振りと一人で出来る事ばかりで、あまり忠敬と打ち合うことはなかった。

 基礎の大切さは今さら考えるまでもない。

 だがあまり楽しいものではないからこそ、疎かになる者が多いのだ。

 その辺りを理解していない辺り、剣術家としては一流でも指導者としてはまだまだであった。

「オズワルド殿、今度機会があれば再びご教授願いたい」

「わしは大抵この訓練場におる。何時でも尋ねてきなさい。その時には潜在魔術を教えてやっても良いぞ。まあ、お主程の腕前なら自力で憶えてしまうかもしれんが」

「それもありますが……」

 寅之助は言葉を濁してから、チラリと忠敬を見た。

「いや、その時にでもまた」

「オズワルド爺さん!」

 明言を避けようとした寅之助の言葉を遮るように、荒々しく扉が開かれた。

 扉を開けて叫んだのはネッドであり、禿げ上がった頭に汗を浮かべて慌てふためいているのが丸分かりであった。

「なんだ、もう次の受験者か?」

「違う、今日の試験はもう終了だ。鉱山の方で正体不明の魔物が現れた。鉱夫の一人が死亡、重軽傷者も出ている。その上、魔物は鉱山の中に逃げ込んだらしい!」

「それでは、冒険者総出で鉱夫の避難、救助と討伐の依頼が領主より舞い込むか。人手は直ぐに集まるだろうが、まとめ役が必要になるな」

 ネッドが伝えに来た理由を察して頷くと、オズワルドは一つ頷いた。

「よし、分かった。わしは一足先に鉱山へと向かい、状況を確かめる。お主ら、特に寅之助は手伝ってくれんか?」

 オズワルドからの突然の言葉に、驚く。

 訓練場の外にはノーグマンを拠点として活動する冒険者が山ほどいる。

 寅之助の腕前を見込んでと言う事もあるのだろうが、この街に明るいとは言えない。

 だが考えても見れば、改めて表で先発隊となる人手を求めたりすれば、我こそはと多くの者が名乗りを上げて混乱するのは目に見えている。

 領主から依頼が出るかもしれない事件であれば、なおさらだ。

 それに今オズワルドが求めているのは、状況の確認を行う為の単純な人足だろう。

「若、ここは一つ助太刀するべきでござる。鉱山の鉱夫らも気になるが、世話になったオズワルド殿から直々の願い。ここで断っては男が廃る」

「怪我人が居るとなれば人ではあるに越した事はないでしょう。僕でも雑事ぐらいは片付けられますし、小春さんも構いませんか?」

「若の言葉に異存はありません。もっとも、私もたいした事は出来ませんが」

 それぞれ求められる役割は異なるだろうが、意見の一致を見て、オズワルドへと了承の言葉を向けた。

ども、えなりんです。

第四話をお届けいたします。


しかし四話の終わりにしてやっと、お話しが動き始めました。

未だにタイトルに偽りありの状態ですが、少しずつ変わって行きます。

これはその一歩に至る一歩w

ゆるゆるとお待ちください。


それでは。

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