その21 稲葉家対妖精対盗賊
ベローウッドの街を昼過ぎに発った忠敬達は、日暮れに一歩間に合わなかった。
さすがの忠敬達も、夜中に迷いの森を歩けば迷いかねない。
一時でも時間の惜しい場面であったが、仕方なく迷いの森の手前で野宿となった。
迷いの森を根城とする盗賊に見つからないように、森の真北にはいたが、念の為に焚き火もなしでの野宿である。
警戒は主に夜目の利くアディと、もう一人ずつと順番に見張りを行っての事であった。
夜の闇の中で焚き火もない状態での見張りは、特に緊張を強いられた。
子供の身でありながらきちんと見張りを行った忠敬はもちろんの事、小春や寅之助もやや眠そうに目をこすっている。
そんな中で一人、紺色のローブ姿に戻ったアイゼリアだけが夜以上に緊張感を持って迷いの森を眺めていた。
「どうかしましたか、アイゼリアさん?」
「精霊の活動がやけに活発なせいか、森がざわめいています」
いかにも何かが起こっているというアイゼリアの言葉を聞いて、忠敬達も改めて目の前の迷いの森を眺めた。
首が痛くなるまで見上げなければならないような木々が密集する奥深い森。
太陽の光もその枝葉が殆ど受け止めてしまい、あまり奥まで見通す事は出来ない。
足元から伸びる雑草や、それが作り上げる藪がさらに視界を悪くしていた。
だが言ってしまえば、何時も通りの迷いの森にしか見えなかった。
アイゼリアの言う通り精霊の動きが活発化しているとしても、この世界の住人ではなかった忠敬達は精霊についての感知能力が極端に低いのだ。
多少枝葉がすれる音が大きかったり、鬱蒼とする雑草の量が増えても分かりはしない。
その証拠に、小春や寅之助も疑問符を思い浮かべ、首を横に振っていた。
「確かに、精霊達の気が立っておる。何処かの馬鹿者が森に危害でも加えたか?」
「アディ殿には分かりますか……時間もありません。ただ、慎重に進むとしましょう」
アイゼリアに唯一共感してくれたのは、忠敬の胸元で揺れるアディであった。
その言葉を聞き、逡巡しながらもアイゼリアは進む事を決めた。
明後日には、盗賊達が拠点であるこの森へと集合する。
それまでにこちらは戦力を整えなければならず、仮に応援を呼ぶにしても時間は多くはない。
「アディさん、念の為に実体化しておいて貰えますか?」
「ん、構わんぞ。しかし、精霊を怒らせるとは何処の馬鹿だ?」
白い毛皮の狼となって姿を現しながらのアディの言葉に、誰しもが盗賊を思い浮かべた。
迷いの森の中に拠点を得た事で舞い上がり、手広くしようと木でも切り倒したか。
なんの情報もないままに予想を立てるのも無意味である。
アイゼリアが進むと決めた以上、異論を挟む事もない。
忠敬達は何時ものように寅之助を先頭にして、間にアイゼリアと忠敬を、最後尾に小春を配置して迷いの森へと踏み込んだ。
そして始めて、忠敬達も森の異変を肌で感じる事になった。
もちろん直ぐには分からなかったが、稲葉の家へと向けて歩むうちに徐々に実感した。
流れる風の強さ以上に揺れる木々や、通り抜けようとする度に異様に絡み付いてくる薮。
まるで誰かから常に監視され、まとわりつくような視線。
それはアイゼリアのような普通の人が惑わされてしまう領域に辿り着くと、より一層強くなっていった。
「参ったでござるな。この調子では、稲葉の家に辿り着くまでに無用な時間が……ん?」
「どうかしましたか?」
「いや、木の枝が袖に引っかかっただけ……ッ!?」
先頭を歩き、行く道を遮る枝葉または薮を払っていた寅之助の着物の袖に、枝が引っかかっていた。
振り払おうと腕を上げたり引いたりするも、なかなか外れる様子がない。
埒が明かないと刀に手を伸ばそうとした寅之助の目の前で、絡み付いていた枝がさらに腕にまで巻きつくように伸びた。
「きゃあッ!」
寅之助が驚きの声を上げるより先に、最後尾に居た小春の悲鳴が上がる。
一斉に振り返った皆の目には、小春の足に巻きつこうとする枝の姿があった。
その動きがまるで蛇のようで、咄嗟に悲鳴を上げてしまったようだ。
「小春、動くなよ」
すぐさま忠敬の隣にいたアディが、巻きつこうとする枝を食いちぎる。
「ありがとうございます、アディさん」
「皆、気をつけるでござる。奇怪な枝は一つや二つではござらん!」
自らの腕に巻きつこうとしていたそれを、刀で切断した寅之助が警戒を促すように叫ぶ。
人の身動きを封じようと木の枝が伸びるなど、まるで本当の魔境に踏み込んだ気持ちである。
一体何故と言う疑問を胸中に押さえながら、忠敬は護身刀を、小春は短刀を抜いて伸びるそれを切り払う。
一人だけ枝を切り払える刃物を持たないアイゼリアをかばうように、円陣を組みながら。
それ程動きが素早くはない枝を切る事は難しくはない。
ただ切っても切っても伸びてくるその生命力は、厄介以外の何ものでもなかった。
それに一度巻きつかれると、その力は意外と強く、振り払うのも一苦労である。
「少々危険ですが、伸びてくる枝をまとめて焼き払います。さすがに焦がされた部分の再生には時間を稼げます。アディ殿は、炎が必要以上に燃え広がらないようお願いします」
「うむ、承知した。精霊の悪戯にしても度が過ぎておる。森に多少の痛手が出ようと、文句は言わせん!」
「皆さんも私が合図をしたら伏せてください。炎の精霊よ」
アイゼリアが頭上に手を伸ばしながら、祈る事で炎の精霊を集める。
呼びかけに即座に答えてくれた精霊の数を限定し、請う。
こちらを捕まえようと伸びてくる枝の全てを焼き払えるよう、同心円状に広がる炎を。
頭に思い浮かべた形を請う事で精霊に伝え、後は放つだけと言うところで枝の動きが止まった。
「止まった。炎を嫌ったんでしょうか?」
まるで意志があるようだと呟いた忠敬の疑問の直後、何処からともなく声が響く。
「一度焼かれると、再生が面倒だからな。だが、諦めたわけではない」
怒気を精一杯押し殺した声は、妖精の長老のものであった。
姿は見えず、近くにいるようにも思えないが、その声にははっきりと聞き覚えがある。
それに長老の背中には植物の枝葉が伸びたような羽があった。
妖精の村を追い出された時の事からも考えて、長老に植物を操る力がある事は想像に難くない。
「マルーを貴様等、人間から取り返すまでは諦めるわけにはいかん」
「マルーを? 一体どういう事ですか?」
「しらばっくれよって。こちらには貴様等の仲間が二人、手中にある。即座にマルーの身柄を解放せよ。そうすれば二人も返してやる。そして、この森から出て行け!」
長老の言う二人が誰なのか、脳裏に浮かんだ瞬間、忠敬の思考が堂々巡りを始める。
言葉の意味を必死に理解しようとしつつ、同時に理解しないようにと。
「二人とはまさか、殿と奥方の事でござるか!?」
何も考えられなかった忠敬の代わりに寅之助が問い返すも、返答はなかった。
間違いなのではないのだろう。
こちらへと伸びようとしたいた枝達も縮み始め、元の枝の長さへと戻っていく。
状況についていけず、混乱による沈黙がおりる。
つい先程までの現象が精霊の悪戯ではなく、妖精の長老の仕業だとは分かった。
だが長老の言葉はどういう事であったのか。
マルーが人間の手によって浚われた仕返しとして、長老が仁志と薫子を捕らえていると。
何故マルーが浚われなければならないのか。
そしてその代償として何故仁志と薫子が……長老は何処で二人が自分達の関係者と知ったのだろうか。
沈黙を破ったのは、妖精の長老が抱いていたものと同じ怒気を抱えた寅之助の言葉であった。
「如何なる理由があろうと、殿と奥方に手を出すとは……もはや勘弁ならん。若、共にあの妖精の長老を懲らしめてやりましょう!」
「寅之助さんの言葉はやや過激ですけど、無実の証明に向かいましょう。若、話せばきっと分かってくれるはずです」
「精霊が騒いでいたのは、長老が仁志達に手を出したせいか。忠敬、ゲンや他の精霊に声をかければ一も二もなく加勢してくれるぞ? もちろん、我もだ」
主君を浚われ、激昂する寅之助のみならず、小春やアディも同意見であった。
意見の内容に多少の誤差はあれど。
その中でアイゼリアは何も言わず、やや顔を青ざめさせ呆然とする忠敬へと視線を向けている。
忠敬は口内が乾ききったように声なく口元を動かしていたが、やがて声をひねり出した。
「一先ず、家に戻ってから情報を集めます」
拳を強く握り締め、躊躇しないように一息で強く言い切る。
「しかし、若!」
「お願いします、寅之助さん。あまり異論を唱えないで下さい。意志が……弱ま」
当然の反論を寅之助が唱えるが、言葉の途中で首を振った忠敬が改めて言い直す。
そして大きく息を吸い込み、吐き出すと同時に再び一気に胸の内とは間逆の言葉を言い切った。
「父さんが捕まっているかもしれない以上、僕が稲葉家の当主代理です。決定には従ってくださ……従え、寅之助」
「若……はっ、失礼致しました」
自分だって出来る事なら直ぐにでも、妖精の村へと出向いて疑惑を晴らしたい。
捕らえられているであろう仁志と薫子を助けたい。
けれど感情に任せて行動するには、危険と懸念が多すぎた。
長老の力に対してアイゼリアの炎が有効だとしても、やはり森が燃えるような事は避けるべきだ。
それに薫子が一緒だったとは言え、あの仁志が易々と掴まったというのも妙な話だ。
総合的にも、今の状況が不自然だと考えられる。
当主代理を持ち出して無理やり寅之助を封じ込めたのは悪いと思うが、今の自分では立場を利用するのが精一杯だった。
「では当主代理殿。稲葉家としてはどうされるおつもりですか? 盗賊の件にしましても、時間はそうありません」
「それは……今、考えています。少し時間をいただきたい」
当主代理としては余りにも弱い言葉である。
少しとはどれぐらいかと、具体的に述べる事も出来ない。
せめて稲葉の家に戻るまではと、本当は続けたかったのだが、時間の制限を自分から言い出すだけの根拠も自信も今の忠敬にはなかった。
それを察したのかまでは分からなかったが、アイゼリアが頷いてくれた事に少しだけ忠敬は安堵していた。
稲葉の家に辿り着いた忠敬たちを待っていたのは、門前で落ち着きなくウロウロするコマであった。
どうやら一向に帰って来ない仁志や薫子を心配して、気が気でなかったらしい。
そんなコマに二人が捕まった事を説明すると、いきり立つかと思いきや、急にションボリと尻尾を垂れてしまう。
それを見て何かあったと思わないはずもなく、お座敷にて改めて聞くことになった。
お座敷の上座はアイゼリアへと譲り、それぞれが定位置に座る。
コマは真紅の精霊石へと一時的に意識を戻し、卓上に置かれた状態で、昨日の午前にマルーが尋ねてきた事を語ってくれた。
そして、自分がマルーを追い返し、泣かせてしまった事も。
「ごめん、こんな事になるとは思ってなくて……」
「いえ、コマさんのせいではありません。それに、コマさんがただマルーさんを追い出しただけでは、現状と話が食い違ってきます」
「そうですね。コマ殿は、ただマルー殿を追い出しただけ」
マルーの我が侭に対して、コマは常識的な行動をしただけ。
ややその方法が子供に対して厳しいものであり、最善が他にあったとしてもだ。
人間よりの考え方かもしれないが、アイゼリアだけでなく寅之助や小春も普通だとばかりに頷いていた。
「しかし、それならば一体誰がマルー殿を……」
「コマさんは、マルーさんが何処へ行ったかまでは知りませんか?」
「何処へまでは……ただ泣きながら去って行くときに、塀の上から入られると困るから見えなくなる前は監視してた。北東の方にふらふらと飛んで行ったよ」
小春の質問に、コマは漠然とした答えを呟いただけのつもりらしいが、十分すぎた。
現時点で迷いの森の北東という一部分にだけ、稲葉家以外の人間が入り込んでいるのだ。
マルーが本当に浚われたとしたら、可能性としては一番高い。
「ならば好都合。若、直ぐにでも盗賊どもを懲らしめてマルー殿を救い出しましょう。そうすれば、妖精の長老の誤解も解けるでござる!」
「妖精を救い出す事には賛成ですが……長老は、あと二日も待ってくれるでしょうか?」
意気込む寅之助の気持ちに水をさすように、アイゼリアが呟いた。
「盗賊が全員集まるのは二日後。そもそも盗賊の討伐は一網打尽が原則。ですが仁志様や薫子様については、一刻を争います。若……」
アイゼリアの非常な指摘を前に、小春が不安げに忠敬を見つめた。
盗賊の手からマルーを取り返す事は、それ程難しくはないだろう。
相手は拠点の秘匿性から完全に油断しているし、戦力も忠敬達以外に事情を話せばきっと精霊達も手伝ってくれる。
だが討伐が早すぎれば、拠点に戻る前の盗賊がこの迷いの森の抜け道を他に漏らす可能性があった。
その情報は即効性はないものの、いずれカータレットとベルスノウ両国間での大きな争いに発展する事であろう。
そうすれば今以上の被害が生まれてしまう事は間違いない。
反対に、あと二日悠長に待機してから盗賊の討伐を完了した場合は、両国間の争いの芽は摘むことが出来る。
ただし、仁志や薫子の身柄、そしてマルーの身柄もまた絶対視できなくなってしまう。
仁志や薫子は言うまでもなく、マルーも迷いの森から連れ出されてしまえば安全の確保は危うかった。
「若、このまま即座に盗賊を討伐してマルー殿を取り返す。そして、抜け道に関しては見張りを立ててはいかがでしょう?」
「何時来るか分からない隣国の調査隊に対する見張りを派遣する余裕が稲葉家にありますか? それに見張り等を立てて万が一見つかれば、相手に抜け道の確証を与える事になります」
「なら、国から見張りを立てるだけの兵を派遣はしてもらえないのですか? 問題が問題です」
「前提が違います。そもそも、迷いの森に抜け道など、あってはならない。我々の他に知るのは国王陛下のみ。それが最善です」
寅之助や小春の意見を、それ程時間をかける事もなくアイゼリアが退ける。
その事から分かるように、アイゼリアは譲るつもりは無いのだろう。
迷いの森の抜け道という秘密を厳守する事は。
「ですが、私は仁志殿や薫子殿がどうでも良いと言っているわけではありません。妖精の長老は稲葉家もまた迷いの森から出て行けと言いました。それは困ります。稲葉家と妖精との仲の修復もまた、絶対条件です」
誤解しないで欲しいとアイゼリアが忠告するも、二つの絶対条件の両立方法が今は無かった。
各自が頭を捻り、何か方法はないかと思考に沈み、お座敷内が静まり返る。
数分、十数分とそれが続く中で、ふいに小春が立ち上がり、皆の視線を集めた。
「あ、すみません名案とかではなくて……普段はこういう時に薫子様がお茶を淹れてくださるのですが。今は、私がしないと。淹れてきます」
心底申し訳無さそうにしながら、小春が台所へと向かう。
お座敷内よりも、台所の方が一時的に騒がしくなる。
茶器やお湯を沸かす音が皆の耳に入り込み、そのまま抜けていく。
相変わらず答えは見つからず、そのうちにお湯を沸かし終えた小春が戻ってきてしまった。
「考えても見れば、家に戻ってきてから一度も喉を潤していませんでした。こんな時ですが、ほんの少しだけ気を抜きましょう。気の入れすぎは、そのうち張り裂けてしまいます」
小春に言われなければ、喉の渇きにすら気付けなかった。
早朝に空腹を携帯食料で満たして以降、水も殆ど口に含んではいなかったのだ。
「若も、仁志様や薫子様が心配でしょうが……」
「お心遣い、感謝します。小春さ……小春」
「こんな時でなければ、呼び捨ても素直に喜べたのですが。若、熱いので気をつけてください」
湯の身から上がる湯気を見て、確かに熱そうだと指先で確かめるように湯のみに触れる。
一瞬の事であるが、指先に針を刺したような痛みが走った。
考え事をしながら湯のみを掴んでいれば、火傷を負っていた事だろう。
そして何かに気付いたように何度も何度も、指先で火傷しそうに熱い湯のみに触れた。
「熱い……それが分かっていてわざわざ触れる馬鹿はいない」
ただ指先で湯のみを突くだけでなく、目線を合わせてじっと見つめ始めた。
「若、熱すぎましたか?」
皆にお茶を配り終えた小春が、猫舌ではなかったはずだがと心配そうに覗き込んでくる。
思わず言葉が無くて無言で首を振った忠敬の瞳は、涙が滲んでいたかもしれない。
一体どうしたのかと目を丸くしてオロオロとする小春へと、忠敬は飛びつくように抱きついた。
「あった。ありました。二つの絶対条件を達成する方法が。小春さんのおかげで。大好きです。本当に、小春さん大好きです!」
「だ、大好き……あの若がこんなに真っ直ぐに、あう。喜んで、でもそんな場合でもなくて。あうわう」
一方抱きつかれた小春は、状況を弁えた上で如何するべきか混乱している。
忠敬の方から抱き付いてくれるなど千載一遇のチャンスを前に、両手がさらに忠敬を抱きしめるべきかと宙をさ迷っていた。
これが平時であれば、きっとこのまま寝室へと連れ込んでいた事だろう。
「若、何か名案でも浮かばれたのですか!?」
「はい、この案に間違いがなければ絶対条件が両立させられます。後はアイゼリアさんの確認を取るだけです」
「ですが自信はありという顔ですね。聞きましょう」
まるでそれを待っていたかのように、アイゼリアが忠敬へと向き直る。
「今日の夜に盗賊の拠点へと奇襲を掛けます」
「それでは、抜け道についての情報は諦めると?」
「いえ、奇襲を仕掛けるのは僕らではありません。アディさん達精霊だけです」
忠敬の案は、精霊達が迷いの森の祟りとして盗賊達を襲撃する事にあった。
そもそも抜け道の情報は、森に迷わない安全な道である事が、実は一番の前提なのである。
これならば盗賊達を全滅させる必要はない。
仮に逃げ延びた盗賊が情報を売ろうとしても、その後にある祟りを恐れて売るに売れないだろう。
それに国が買い取った情報の是非を調べないはずが無い。
祟りと国の両方から追われてまで情報を売り払おうなどと、余程の馬鹿でなければ思いつけないはずだ。
盗賊が混乱に陥る中で、忠敬達はマルーの救出にのみ力を注げば良い。
「なる程、確かに名案です。可能ならば、逃げ出した盗賊が逃げ込んだベローウッドに祟りの傷跡を残し、盗賊の拠点が迷いの森であったと噂を流せば……」
「街に被害を出すのはいただけませんが。城壁に傷跡を残す程度ならば問題ないと思います」
「ではその方面で、作戦を詰めましょうか」
アイゼリアからのお墨付きも頂き、忠敬は即座に寅之助と小春へ命令を出した。
「寅之助さんは、コマさんを連れて精霊の皆を集めてください」
「御意、若」
「小春さんは申し訳ありませんが、アディさんを連れて盗賊の方の監視を願います。マルーさんが連れ出される等、動きがあれば直ぐに知らせてください」
「はい、分かりました。若」
寅之助は卓上にあったコマの精霊石を手に、小春は忠敬からアディの精霊石を受け取りそれぞれの任務を全うしに向かった。
そして忠敬とアイゼリアは、現在保有する戦力をどう具体的に使用するかを話し合い始めた。
妖精の長老は、額に浮かんだ汗を拭いながら小さく安堵の息をついた。
神木の妖精である長老にとって唯一とも言える天敵が炎であった。
刃物で切られたぐらいならば再生は容易だが、焼かれたとあっては再生に多大な力を必要とする。
まだマルーの安全を完全に確保していない現状で、その様な消耗は避けたかった。
他の妖精達にはまだ、今回の事は伝えてはいない。
それに長老に与えられた妖精の村と言う楽園に住む妖精達には、今回のような荒事に挑む為の知識や経験が全く無い。
痴れ者と同義である人間に浚われたマルー。
昨日にまた、性懲りもなくマルーが妖精の村を抜け出した事は知っていた。
だが長老もマルーばかりに構っているわけにはいかなかった。
村の妖精たちが口にする果実の木を育てたり、村の中の問題の解決も行わなければならない。
そして、少し監視の目を離した隙に、その姿を確認出来なくなってしまったのだ。
幾ら迷いの森を探しても見つからず、疑うべきなのが誰かは改めて考えるまでも無かった。
出来れば直ぐにでも全員捕まえてしまいたかったが、精霊達の反抗も大きい。
忠敬達に向けた枝の伸びが鈍重だったのもそのせいだ。
それに迷いの森は、精霊と妖精の両方の力無くしては成り立たないのである。
人間を全て追い出した後にどうやって機嫌をとるべきか、思案に暮れながら檻へと振り返った。
妖精の村とは全く別の場所に、樹木を成長させる事で急遽造り上げた天然の檻である。
その中に寄り添うようにして閉じ込められているのが、仁志と薫子であった。
「私の息子や家臣達は一筋縄ではいきませんぞ」
「ふん、ようやく喋ったかと思えばそのような事、時間の問……」
仁志のふてぶてしいまでの態度に立腹しながらも、ふとした疑問が脳裏をよぎる。
外から帰ってきた二人を問答無用で捕らえた時は、頭に血が上っていて気付く事は出来なかった。
だが目の前の二人ではなく、忠敬達の抵抗を受けて、疑問が形となって浮かんできた。
「何故、抵抗をしなかった?」
森の外から二人が戻るなり、長老は忠敬達にしたように遠隔操作で木々を操り捕らえようとした。
確かに最初は抵抗を見せたが、長老自身が声を響かせると同時にその抵抗も無くなった。
「少しは冷静になれたようですな」
「質問に答えよ!」
「もう、そんなの決まってるじゃない。信じてたからよ」
声を荒げる長老へと答えたのは、薫子であった。
まるで聞き分けの無い子供に言い聞かせるように、やや呆れ混じりに。
「頭に血が上った状態でお話しなんて出来るわけないわ。相手がこちらを全く信じていないのならなおさら。じゃあ、相手を冷静にさせるにはどうすれば良いと思う?」
「…………知らん」
「もう、余裕を持たせるの。それが過ちでも、犯人の一部を捕まえたと思えば、少しは安堵するでしょ? 安堵が余裕を呼び、冷静さを少し取り戻させる」
「意味がわからん。お主らは息子の助けを信じているだけであろう?」
惜しいけど違うと薫子は笑う。
「もちろん、私達は息子である忠敬を信じている。だがそれだけではない。マルーを我が子のように案ずる貴方も信じている。確かに過ちから我らを捕らえはしても、誤解を解く事は出来ると」
他にも、犯人の一部を捕まえれば後は芋づる式にと警戒が緩む事を考慮してもいたが、それは言わなくても良い事だ。
それに誤解を解くにしても順序というものがある。
全くこちらを信じていない人間に、コレが真相だといきなり真実を告げても信じてはもらえない。
何しろ最初から信じるつもりがないのだから、当然だ。
誤解は、少しずつ解かなければならない。
長老が先に仁志達を捕まえる事を選んだのだから、それは仁志と薫子の役目であった。
決定的な真相の調査は忠敬達に任せ、誤解を少しずつ解きほぐす。
「ふん、貴様らの何倍も生きたわしを諭そうと言うのか。出来るものなら、やってみるが良い」
そう、その一言さえ少し前までは引き出せなかった。
全体の一割にも満たない事ではあるが、ほんの少しだけ長老の態度は軟化している。
「ではお言葉に甘えるとしましょうか。我々は早朝に家を発ち、昼前には迷いの森の外にいました」
誤解を解くのは少しずつ、その為に事実を仁志は語り始めた。
えなりんです。
このたび、一度に複数話をまとめて投稿したのには意味があります。
着々とお話を書き続けてきましたが、途中から自分でも何が書きたいのかわからなくなってしまいました。
改めて、自分が書きたいお話を見つめ直す為にも、更新を停止使用と思います。
一度書き始めたお話を、私の都合で放り出して申し訳ありません。
この非礼は、いずれ今回よりも楽しいお話を書くことで返したいと思います。
感想をくれた方、採点してくれた方、お気に入りに入れてくれた方。
全ての方に謝罪したいと思います。
まことに申し訳ありませんが、次の作品を投稿の際にはよろしくお願いします。
以上です。




