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その18 盗賊への対策

 迷いの森の北東部にて、盗賊の捜索は始まった。

 捜索方法は単純、アイゼリアが迷わない森の表層部に沿って逆時計周りに周ったのだ。

 忠敬たちは迷いの森で迷わないが、代わりに何処までが普通の森なのかさえも分からない。

 彼女がいてこそ行えた方法であった。

 森の表層部分といっても数百メートル、あるかないかである。

 森に沿ってあるけば、盗賊等が隠れ住んでいたり、行き来する痕跡をそうそう逃す事はない。

 その証拠に、迷いの真東から北へ円状に歩き始めて半日程でそれは見つかった。

 人が何度も行き来し、周りの雑草や藪が手入れされた跡である。

 その場所を中心に捜索を切り替えて三十分、小春が盗賊の拠点となっているらしき場所を発見してきた。

 迷いの森とノーグ山が丁度交わる場所、そこにある洞窟が盗賊たちの拠点であった。

 周りの木々や藪に隠れながら、洞窟を眺める。

 見張りは二人、ただ場所が場所名だけにあまり周りを警戒する様子もなく焚き火を前に酒を飲んでいた。

「おい、お前らちったあ真面目に見張れよな」

「たく、かてえ事を言うなよ。俺らの中で何人が真面目に見張りをやった事があるよ」

「迷いの森と、これを見つけたお頭様々だぜ。普通なら退屈で気のぬけねえ見張りも、夜の森を眺めながら乙に出来るってもんだ」

「まあ、そうだけどよ」

 盗賊の仲間らしき青年が通りがかり注意を行うも、見張りは開き直っている。

 注意した青年も、言い返す事は出来ないのか、口ごもったまま洞窟の中に入っていく。

 どうやら彼らは拠点が誰かに見つかるという事を、毛ほども疑ってはいないらしい。

「斬り込むでござるか?」

「久々の、戦の戯れか。楽しみよのう」

 鞘を持ち上げ、何時でも抜ける事を示した寅之助に落ち込みから復活したアディが精霊石の中から呟く。

 だがその提案に対して、アイゼリアが即座に首を振っていた。

「いえ、盗賊の規模が知れません。それに彼らを一人たりとも逃さず、一網打尽にする必要があります。理由は分かりますか?」

 アイゼリアが忠敬を見て、確認するように尋ねてきた。

 ただ命令すれば良いだけの立場のアイゼリアの問いかけに、傾げそうになる首を支えながら答える。

「まず、僕らは森の表層部を歩く事でここまで来ました。これは稲葉家でなくとも、ここまで来られる事が分かりました。そして、ノーグマン近郊で盗賊の噂が無い以上、彼らはベルスノウ王国にて悪事を働く連中です」

 忠敬の推測に間違いはないようで、アイゼリアは黙って聞いている。

「つまりこれは迷いの森の表層部を歩く事で、ベルスノウ王国からカータレット王国まで直通の抜け道が存在する事になります。彼らがこの事を知っていて、取り逃がした場合、最後の大もうけとしてこの情報を国に売る可能性があります」

「若、仁志様みたい。ただ倒せば良いって言った寅之助さんとは大違いです」

「放って置いてくだされ。拙者の本分は主君の為に刀を振るう事。こういう細やかな考えは向いてないでござる」

 小春の評価はある意味何時も通りなので、軽く流す。

 ただ仁志のようだというのは、嬉しかったが。

 口にした内容も間違いではないようで、一つ頷いたアイゼリアが補足を入れた。

「上出来です。これは鉱山の所有にも関わる話なのですが、ノーグ山の北側はベルスノウ王国の領土です。ただし北側は山の形状からも採掘に向いていません。普通ならば、利権を寄越せと両国間は険悪になります」

「でも難癖をつけるだけなら、自由なので色々言ってくるとは思いますが……」

「ご存知の通り、両国間はノーグ山と迷いの森で両断されており、大きく迂回しなければなりません。この距離のおかげで、カータレット側は強気に出られます」

「確かに採掘しに来いと言われても、結果輸送費が高くなって宝石の値段も上がる。こちらが安い宝石を卸せば、誰も買ってくれない。力づくに出ようとしても、目的のノーグマンが遠い」

 良く出来ている、主にカータレットの為に。

 しかし同時に、アイゼリアが稲葉家を優遇してくれた理由も分かるものである。

 国王陛下が迷いの森に興味を示していた事もあるだろうが、その森を自在に歩ける人物を放って置けるはずが無い。

 なにしろ使い方次第では、両国間の在り方を変える事さえ出来るのだ。

 少々、諸刃の剣的な部分がないわけではないが。

「盗賊を一網打尽にするには情報が足りません。一度、情報を集める為にベルスノウに入りましょう。ここから北に向かえば、ベローウッドという街があります」

「では、この場は素早く撤退しましょう。見つかれば、警戒されてしまいます」

 二人の言葉に、寅之助と小春も頷く。

 彼ら盗賊が拠点の隠密性に絶対の信頼を置いている事は考えるまでもない。

 なにしろ見張りが酒盛りをしているのに、出入りする誰もが注意をしないのだ。

 皆が皆、見張りの時には酒盛りをしていて、半ば公認されているからだろう。

 彼らを一網打尽にするならば、この油断を利用しないわけにはいかない。

 その為にも、忠敬達は彼らに自分達の存在を気取られないように、可及的速やかに撤退を開始し始めた。










 迷いの森を抜けたのが朝方、ベローウッドに辿り着いたのが昼過ぎであった。

 ベローウッドは街道沿いに発展した宿場街である。

 カータレット王国とベルスノウ王国を結ぶ唯一の街道であり、運ばれるのは互いの国の輸出品ばかりではない。

 大陸の西端となる西海岸線には、両国共に港街を所有しており、大陸向こうの国からの輸入品が通過し合流する。

 輸送品の終着点、出発点ではないが、重要な通過点であった。

 その為、ベルスノウ王国が防衛に多額の金額を投入しており、街道に沿う宿場街をさらに城壁が沿っていた。

 入場こそ制限はされないが、有事の際には瞬く間に門が閉められ、出る事も入る事も出来なくなる。

 ベルスノウの国王が今のところ迷いの森に興味を示さないのも、ベローウッドの防衛に金が掛かるからであった。

 なにしろこの街が機能停止に陥れば、国内の経済に大きな影響が出てしまうのだ。

 おかげで十分な費用を掛けて国に護られた街は、街道のように徐々に細長く伸びながら発展していっている。

 忠敬たちはそんなベローウッドに到着すると、まずは真昼間から呼び込みが忙しい通りの中から宿を取った。

「さて、情報収集の基本は冒険者の組合でござるか?」

 各人が徒歩の疲れを少しでも癒そうと椅子やベッドに腰掛ける中で、一人入り口の間近の壁にもたれ掛かった寅之助が切り出した。

「そうですね。ただし、情報収集は私と小春さんの二人で向かいます。皆さんの服装は少々目立ちますので」

 指摘されて確かにと、忠敬たちはお互いの姿を見合った。

 忠敬と寅之助は家紋入りの袴であるし、小春は着物の上に和製外套と和装である。

 ノーグマンでもそうだが、道行く人は大抵振り返ってきていた。

「小春さん、着替え持ってきてましたっけ?」

「いえ、さすがに地理把握で必要になるとは思っていなかったので持ってきていませんけれど」

「私のローブをお貸しします。羽織ってください」

 そう言ったアイゼリアは首元の留め具を外して、ローブを脱ぎさった。

 ローブの下は黒い毛皮を使った丈の短い上着、その中には髪と同じ赤いシャツを身につけ、下は濃紺のタイトスカート。

 普段の鉄扉面や地味な紺色のローブのおかげで気付きにくいが、アイゼリアは顔立ちの良さに加え赤髪が良く目立つ。

 ローブを脱いでしまうと、まるで別人である。

 腰を一周する大きめのベルトには短剣や小瓶等道具類がぶら下がっており、その中には銀色に輝く冒険者のカードが混じっていた。

 そのカードをベルトから外して、特に小春に見せながらアイゼリアが言った。

「他国での活動となりますので、私の名前はセリアでお願いします」

 どうやらローブを脱いだ時は、本当に別人として活動しているらしい。

「隣国の宮廷魔術師を知っている人がいるとは思えませんが、念の為」

「セリアさんですね。それは分かりましたが、これどうしましょう……」

 主にその名を呼ぶのは小春であり、本人も了解していた。

 了解出来なかったのは、手渡されたローブについてであった。

 アイゼリアの背丈は百五十と少し、それに対して小春は百六十の半ばである。

 小春からアイゼリアへとローブが渡されたのならまだ良かっただろうが、その逆であればローブの丈が足りない。

 事実、小春がローブを自分の体にあてがってみると、見事に膝から下が露となっていた。

「首から隠そうとするからじゃないですか? こう、肩を出す感じで……」

 忠敬に言われるままに、肩が出る場所までローブをずり下げると足元も良い感じになっていた。

 ただし、素肌をさらさなければいけないことに、やや眉根を潜めている。

「若以外の人に素肌を見せるなんて……」

「大げさでござるな。肩の一つや二つ。何も全裸になるわけではないでござる」

「寅之助さんはデリカシーが無さすぎです。乙女にとっては大問題なんですよ!」

「文句なら、発案者である若に言って欲しいでござるよ」

 小春に声を荒げられ、寅之助はたまらんとばかりに丸投げしてきた。

「だったら、これをつけてください。少しは視線を逸らせられると思いますよ」

「ん? 話を良く聞いていなかったのだが……あまり、忠敬以外の首にかかるつもりないのだが。まあ、小春なら良いか」

「アディさんですか」

 小春はあくまで家臣の立場、忠敬が妥協案を見せたのに嫌だとは言いにくい。

「それは見た目以上に良い案だと思います。一応見た目は精霊魔術師です。いざと言う時は、アディ殿が小春さんの代わりに精霊魔術を行使してください」

「なるほど、それもそうですね。と言うわけで、小春さん少しだけ我慢してお願いします」

「分かりました。けど、あとで若をギュってさせてください。ご褒美欲しいです。あ、代わりに平手で叩いて罵ってくれても良いですよ?」

 満面の笑みでお願いする事ではない、主に後半部分が。

「抱擁でお願いします。寅之助さん、外に出ていましょう。小春さんは着替えがありますので」

 小春を変な性癖に目覚めさせるぐらいならば、あの時我慢すればよかったと後悔せずにはいられなかった。

 処置無しとばかりに無言で首を振る寅之助が明けてくれた扉を潜って廊下に出て行く。

 向かいの壁に力なくもたれると、気にするなとばかりに頭の上に手を置かれた。

 ポンプのようにそのまま口から溜息を吐きたかったが、直ぐに思い直す。

 まだ小春の歪みを直す余地はあると。

 小春は抱擁と平手を提案したのだから、どちらでも良いのだ。

 つまり……いや、泥沼に入りそうなので、忠敬は考えるのを止めた。

 と言うよりも、理不尽な気持ちを今以上に寅之助に共感して欲しくなった。

「寅之助さん、お願いがあるのですが……」

「なんでござるか、改まって。小春殿の事ならば、他を当たって欲しいでござる」

「小春さんの事ではありません。レインさんの事なんですが、彼女を口説いてはくれませんか?」

 寅之助は忠敬の方へと振り向いたものの、自分が何を言われたのか理解しかねて目を丸くしていた。

 胸中でその言葉を噛み砕き理解し、けれど不可解さからその理解を投げ出す。

 結局、意味が分からないと被りを振りながら、尋ね返してきた。

「若、正気でござるか?」

「ほら、家を出る前にレインさんの背中に乗せてもらったじゃないですか。御礼は何が良いかって聞いたら、寅之助さんに口説かれてみたいと。戯れの一環ですが」

「合点がいったでござる。だが戯れで女子を口説く程、落ちぶれてはござらん。レイン殿には俺から断りを入れておくでござるよ」

「それじゃあ、レインさんの返答次第ですね。他の戯れを要求されるか。その断りの言葉で満足されるか」

 まかり間違っても怒るような事はないだろう。

 むしろ男らしく真摯な言葉での断り方であれば、逆に楽しみそうな気がする。

「全く、精霊の戯れとはいえ若も少し考えてくだされ。仮に俺が結婚して子を生せば、その子は次の美濃家の男児。つまり若の家臣になるべき侍でござる」

 女の子が生まれた場合を微塵も考えていない、断言であった。

「その為には、俺も強い女子を娶らねばなりませんが……」

 寅之助の視線が一瞬、壁と扉に阻まれた室内へと向いた気がした。

 小春はアイゼリアが寅之助の好みに合致するような事を言っていたが、実は違うのかもしれない。

 考えても見ればアイゼリアは若いみそらで宮廷魔術師という役職にあり、優秀さは折り紙つきだ。

 ジュエルモンスターとなって暴走状態のアディの吹雪を、精霊魔術で退けた事もある。

 容姿や性格は二の次で、まさか実力を最優先に寅之助がアイゼリアを気に入っているとは思いもよらなかった。

 容姿だけで判断するよりは良いかもしれないが、実力一辺倒というのもどうなのだろうか。

 しかもそれが自分の好み云々ではなく、稲葉家の為にときたものだ。

 思わず言葉を失い寅之助を見上げながら、ぽかんと口を開けて呆けかける。

「父さんに相談した方が良いかもしれませんね」

 寅之助の耳には入らないように、こっそり呟く。

 本人は今の考え方でも困らないかもしれないが、実際のお嫁さんや周りがいずれ困りそうな気がしてならなかった。

 仕事と私どちらが大切なのかという問いかけに似た、稲葉家と私どちらがというところだ。

 稲葉家と寅之助ならば即答しそうで怖い。

「しかし、着替え一つで何時までかかっているでござるか。中の二人は?」

「まあ、女の人ですから」

 とは言うものの、小春が着物を脱いでローブを纏う程度の事だ。

 確かに長いと思っていると、部屋へと続く扉が勢い良く開かれた。

 限界まで開いた扉は、蝶番から軋んだ音の悲鳴をあげる。

 そんな扉から元気良く飛び出してきたのはアイゼリアであった。

 そう、あのアイゼリアが満面の笑みを浮かべ出てくると、忠敬と寅之助に気付いてウィンクを投げた。

 軽やかな足取りはスキップを踏み、廊下を踏み込んだ片足を軸にくるりと回り、部屋の中から手を繋いでいた小春を引っ張り出す

「小春、グズグズしない。直ぐに冒険者の組合に行くんだから」

「セリアさん、あまり引っ張らないで下さい。ローブがずり落ちちゃいます。ゆっくり、もっとゆっくり」

「しっかり留め具をしておけば、落ちない落ちない。小春は胸もあるしね」

「若の為にしっかり育てていますから。若、どうですか? 色っぽいですか? 思わず襲っちゃいたくなりますか!?」

 小春は着崩したローブの上にワンポイントとなるペンダント、精霊石のアディを掛けていた。

 そこまでは忠敬の提案通りで、違っていたのは髪形であった。

 普段は首の後ろで結んでいるのだが、今は後頭部の上でポニーテールにしていた。

 小春は元が良いのだから、見る人が見れば、見ほれてしまう事は間違いないであろう。

 女性としても見かけだけの精霊魔術師としても、十二分に合格点であった。

「それじゃあ、情報収集に行ってきます。夕方までには帰るから、先にご飯食べたりとかしちゃ駄目だからね」

 だが、笑顔を振りまくアイゼリアという少女が、全てを奪っていた。

 忠敬ばかりではなく、寅之助を含めた視線と思考を。

 結局、アイゼリアと小春が十年来の友達のように手を握って廊下を駆け抜けて見えなくなるまで、言葉が口を付くことはなかった。

「今のは……本当に、アイゼリア殿でござるか?」

 ようやく口をついて出た言葉も、当たり前過ぎる確認であった。

「たぶん、格好や化粧云々を言う前に、性格まで変えられるなんて演技派ですね」

 服装だけでなく、性格まで変えられると、もはや完全に別人であった。

 元々アイゼリアは背が低く歳のわりに幼い容姿であったが、口調や雰囲気から歳相応には見えた。

 だがあの口調や身振り手振りの激しい行動を取られると、十代半ばでも十分に通用してしまう。

 あまりの変わりように、忠敬と寅之助は二人が去っていった廊下の奥を見ながら、しばらく動けないでいた。









 ベローウッドは宿場街なので、石畳の元街道がそのまま大通りとなっている。

 喧騒の半分は宿の呼び込みなのではと思える通りを、冒険者の組合目指して二人は歩いていた。

 人がごった返す中を腕を組んで身を寄せ合い、まるで仲の良い女の子同士であるかのように。

 だが二人の間柄は複雑で、方や宮廷魔術師であり、方やその下に使える稲葉家にさらに使える忍である。

 そんな二人の間で交わされる会話が、女の子と表現出来るはずがない。

「あ、ほらあそこ。見えてきた」

 通りの向こうに見えてきた冒険者の組合をはしゃいだ様子で指差しながら、アイゼリアがより小春に身を寄せ囁く。

 その声は、つい先程までの感情の高ぶりが一切抜け落ちてしまったかのようであった。

「盗賊は大抵、仕事を行う周辺の街の冒険者の組合に配下を送ります。護衛にあまり金をかけられない商人の情報が入りますから」

「セリアさんが衆目を集める間に、私がさり気なく周りを観察。それらしい人が居れば人相を覚える、ですね」

 本来、そういった役目を負う者は、注意深く頭のきれる人間が選ばれる為、判別は難しい。

 だが迷いの森を根城にしている盗賊たちは、心に隙がある。

 それが情報収集の人間にまで蔓延しているのならば、話は別だ。

 アイゼリアが欲しているのは、より正確な情報。

 盗賊のおよその規模ではなく、構成される人間の数、一人残らず把握する必要がある。

 ただ暴れるのが役目である盗賊とは違い、情報収集の役目を負う者は少なからず把握しているはずだ。

 その為には多少危ない橋を渡る事も辞さないつもりであった。

「それじゃあ、行くよ小春」

「だから、引っ張らないで下さいセリアさん」

 姦しい声を二人で上げながら、冒険者の組合の扉を開け放った。

 ノーグマンの組合ほどではないが、ベローウッドの組合も大きく広い。

 組合の建物の中は人が込み合っていた。

 仕事を求める冒険者達が、掲示板の前にたむろしては依頼の用紙を眺めている。

 また昇級試験の順番待ちか、入り口とは別の扉の前で壁に持たれ静かに瞳を閉じている者もいた。

 他にはまた仕事を持ち込んだ依頼人たちが、備え付けのテーブルを使って仕事内容について仲間内で相談している。

 そんな街中と変わらないぐらいに活気のある中を、アイゼリアが変わらない足取りで突き進む。

 多少人を押しのけムスッとした顔で睨まれても、可愛く微笑み手を挙げる。

 手を引かれ後から続く小春にまでも軽く頭を下げられて、許さない男など居ない。

 大抵の男は鼻の下を伸ばして心の広いところを見せようと笑って済ませてくれる。

 そんな二人が目指した先は、仕事の斡旋内容を記した紙が何枚も張られている掲示板であった。

 さっと視線を走らせると、商人や商隊の護衛の依頼が多い事が分かる。

 その中に混じって、盗賊の討伐依頼が埋もれていた。

 何処にいるか分からない盗賊の討伐よりは、護衛の方が安定しており安全だと人気なのかもしれない。

 依頼の掲示板を一通り眺め、アイゼリアが予想通りだとばかりに子芝居を始めた。

「まったく、護衛、護衛、護衛。飽きちゃった。小春もそう思うでしょ? この前のエロ親父なんてずっと小春をいやらしい目で見てたよ」

「セリアさん、大きな声で……もう、止めてください」

 一緒に掲示板を見上げていたのだが、ふてくされたように小春は掲示板に背を向ける。

 極自然に、掲示板のある壁ではなく、組合の屋内全体を見渡す事が出来た。

 アイゼリアの声は程良く通っており、注目度はまずまず。

 駆け出しがと睨むようにしてくる、主に女の冒険者。

 チャンスだ行けとばかりに、仲間内で肘を突きあう男の冒険者たち。

「あ、小春見てよ、見てってば。討伐依頼だって……神出鬼没の盗賊団。これ受けようよ。絶対護衛より面白いよ!」

 掲示板と小春を往復するように視線を交互させながら、ローブの袖を引っ張ってくる。

「そんな危ない依頼は嫌ですよ。もっと普通の、安全なのにしてください」

 そっけなくアイゼリアの手を振り払い、拗ねた口調交じりに反対する。

 この時小春はアイゼリアへと返答を行いながらも、さり気なく屋内全体に視線をめぐらせていた。

 神出鬼没の盗賊団、アイゼリアが発したこの言葉に、少しでも違和感のある行動を起こしたものは居ないか。

 イライラ、チラチラ、まじまじと様々な形相で伺う者達、これらは違う。

 思わずといった身じろぎをし、取り繕うような動作をする者。

「小春、聞いてるの!」

「わッ」

 怒ったようにアイゼリアが負ぶさり、小春の耳元に口を寄せる。

「いましたか?」

「いえ、見渡す限りには。ですがここからだけでは、限界があります」

 組合の建物の最奥にある掲示板、その手前からでは眺める範囲が限られる。

 それに人が多いのでおのずと見逃してしまう事さえあった。

「別の場所に……」

「ちょっと、アンタら。さっきから見てりゃ、キャンキャンほえて。ここは子供の遊び場じゃないんだ。遊ぶなら他所へ行きな」

 行こうと言おうとした直後に、注意を受けた。

 相手は小春やアイゼリアの様子にずっと苛立たしげにしていた女の冒険者であった。

 年の頃は三十辺り、鍛え上げられた肉体はその辺の男よりも余程鍛え上げられている。

 身につけた革鎧の間からはち切れんばかり。

 顔の作りは決して悪くはなく、凛々しさがあるのだが、いかんせん肉体美が過剰なところがある。

 冒険者としての躾か、女としての嫉妬か。

「なにこのおばさん、感じ悪い。行こう、小春」

 誰かが判別するより先に、アイゼリアがツンとそっぽを向きながら決め付ける。

 周りにいた誰もが二者択一をしていたのか、数人が噴き出していた。

「なッ!」

「すみません、すみません。この子、ちょっと礼儀がなってなくて。すみません!」

 小春が必死に何度も頭を下げ、逃げるようにその場を離れる。

 とは言っても、組合の建物の中でそうそう遠くへは行けない。

 掲示板の前から歓談用のスペースまで行くが、女の視線はしつこく二人を追跡していた。

「セリアさん、さすがに先程のは勘弁してください」

 割と本音が小春の口から漏れるが、アイゼリアは悪びれた様子もない。

 それがセリアという架空の少女の性格なのだろう。

 丁度空いたテーブルに先取って座り、小春を見上げて壁側の椅子を勧める。

 もちろん、壁際の方が屋内全体を見渡しやすい為だ。

「ねえ、さっきの盗賊の話だけどさ。私、分かっちゃったかも。あそこなら、絶対見つかんないからあそこが根城だよ」

 相変わらずの声の調子に、先程の女の剣呑な視線がさらに飛んでくるがアイゼリア扮するセリアはお構いなしだ。

 小春も女の視線には気付かない振りをして、屋内に視線を走らせる。

「耳貸して、耳…………いましたか?」

 寄せた耳に囁かれ、短く返す。

「いえ、それらしい人は。時間を空けて、また来ますか?」

「そうですね。討伐依頼が埋もれている以上、少しは余裕がありそうです」

 短いやり取りの後、互いに顔を離すとまず小春が表情を作った。

 眉根をひそめて困った顔でアイゼリアを見た後に、溜息をついて呆れ果てた。

 何を言っているのだこの子はと言う顔である。

「馬鹿な事を言っていないでちゃんと考えてください。やっぱり次の仕事も護衛です」

「えー、そんな事ないと思うけどなあ。私だってちゃんと考えてるよ。その証拠にお腹減ってきたもん。お腹すいた、おーやーつー」

「また子供みたいに……分かりました。何処かのお店にでも行きましょう」

「そう言う小春が一番食べたかったりして」

 違いますと言い訳を呟きながら、アイゼリアと小春は来た時と同じように連れ立って外へと向かう。

 そんな二人の背中に突き刺さる視線は複数ある。

 だがそれが望んだ相手かどうかは、箱を開けてごろうじろだ。

 出入り口の扉を開けて組合を後にし、何処へ向かうわけでもなく大通りを歩く。

「何処のお店に行く?」

「その前に、何が食べたいかですね。甘いものは確定ですけど」

 何気ない会話を繰り広げながら、小春が視線でアイゼリアに伝えた。

 組合からずっと一定の距離をとってついてくる者がいる。

 気配も足音も雑踏には紛れてしまっていて判別は難しいが、誰かに特別見られている視線を感じていた。

 数は一人ではなく、複数。

 意を決したのか、視線が強くなり、やがて聞こえ始めた足音が近付いてきた。

 さすがに大通りで後ろから刺されるような事はないだろうが、自然と歩き方がぎこちなくなりかける。

「ねえ、君たち」

 掛けられた声に、やや驚いた様子を見せながら振り返る。

 数は三人、どれも歳若い冒険者の男達であった。

 にこやかな笑みはこちらを油断させる為のものか。

 などとは、欠片も思い至らなかった。

「良かったら、俺らと食いにいかねえか。奢るぜ」

「君ら、この辺じゃみない顔だよね。良かったら、案内してあげるよ」

 ただのナンパである。

 にこやかにしながらも、瞳の奥に宿る下心を見抜けば直ぐに分かった。

 肩透かしは食らったものの、予想された範疇でもあり、即座に断りの言葉を二人は述べ始めた。

 釣りはまだ始まったばかり。

 この程度で逐一、一喜一憂していてはとても持たない。

 辛抱強く、根気良く粘らなければ大物は連れないのだから。

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