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その12 ジュエルモンスター

 二つの突入班が第三坑道の奥へ向かうのを見送ったファーガスは、即座に封鎖班の展開を始めた。

 坑道の入り口を塞いでいた板切れを剥がし、少し奥まった場所に布陣する。

 その目的は二つ。

 一つ目は、領主が飛び道具を持ち出した時に備えての事である。

 二つ目は、篭城戦の形をとる事で、自戦力を上回る数の相手が現れても衝突する敵戦力を限定するのが目的であった。

 反面、外界の情報が得られにくくなるので数名を表の見張りに立て、少ない兵力からさらに数名を坑道の奥へ立たせた。

 突入班が取り逃がした証人が現れた場合に、捕縛する為である。

「さて、領主殿がこの件に気付くのは何時頃になる事か」

 ファーガスもまた坑道の入り口間近で外を見張っていると、自分達が降ってきた崖の上に人影が見えた。

 見張りに立っていた部下達もそれに気づいて緊張を走らせるが、手で合図を出して気付かぬふりをさせる。

 自分もまた気付かぬ振りをし、日の高さを確認するようにして、さりげなく視線を向けた。

 崖の上に現れたのはオズワルドであった。

「オズワルド、お前が先に来てどうする。不自然ではないか……」

 何人引き連れてきたかは不明だが、岩陰から身を乗り出してこちらを観察していた。

 恐らく待ちきれなかったのだろうが、その分しっかり冒険者たちを抑えてくれよと願う。

 予備戦力が本陣と衝突しては本末転倒だ。

 まったくと呆れ混じりに呟いていると、一瞬目があった。

 慌てた様子でノーグマンの市街へと続く山道を指差し、何かを教えようとしている。

 気付かぬ振りを続けながらいぶかしむファーガスの耳に、大人数が駆ける足音が聞こえた。

 バタバタとそろわぬ足音で、訓練された者達の足音ではない。

 わざわざオズワルドがアピールした事から、私兵を引き連れた領主なのだろう。

 ただ、いくらなんでも気付くのが速すぎる。

 突入を開始してからまだ一時間と経っておらず、見張りやその他を取り逃がした憶えもない。

 まるで襲撃が最初からバレていたような早さであった。

 やがてその足音の正体である、姿格好、携帯する武器もバラバラな領主の私兵たちが姿を現した。

 領主を筆頭にして、鉱山入り口の前に思い思いに布陣する。

「ふっふっふ、久しぶりだなファーガス」

「領主殿はお元気そうで、まことに遺憾の極みであります」

 ファーガスの皮肉に対しても、領主は引かず、むしろ不敵な笑みを浮かべていた。

 その自信の正体は、百に届こうかという兵力にあるのだろう。

 ファーガスが想定していた数の倍近く、とても即座に揃えられる数ではなかった。

 ただ兵の維持費を考えると、目の前の領主が常時これだけの数をそろえていたとは考えにくい。

 やはり第三坑道が無防備であった事から襲撃がバレていたのだろうか。

「貴様が私の周りを嗅ぎまわっている間は、本当にやり辛かったものだ。まるで小うるさいハエのような貴様が消えたと思っておったのに、わざわざ戻ってきよって……」

「横領と言う名の悪事の匂いに耐え切れず、領主殿の近くを嗅ぎまわらずにはおられなかったのですよ」

 あくまで態度を変えないファーガスの言葉に、僅かに領主の額が引きつった。

 だがファーガスはそんな細かい事に注意は払っていない。

 視線を領主へではなく、少しだけ崖の上のオズワルドへと向ける。

 想像以上の戦力差を嘆くのではなく、こうなった以上は覆すしかない。

 それには、オズワルドが率いている予備戦力を効果的に使用するしかないだろう。

「何処までも口の減らない奴め。だがそれもここまでだ。貴様を捕らえたあかつきには、その目の前で部下をジュエルモンスターの威力検証に使ってくれる」

「以前、鉱山であった白い狼の事件のようにですか?」

「アレは些細なアクシデントの結果だが、そのおかげで得た情報もある。それに鉱夫や冒険者風情が精霊の手に掛かって死ねるのだ、感謝して欲しいぐらいだ」

 言質としてはこの程度で十分であろう。

 そう確信する間もなく、視界の上の方を真っ赤に燃える火の玉がよぎった。

 それが何かと理解するより先に、坑道の入り口手前に集まっていた領主の私兵の中心に着弾した。

 炸裂した炎は一気に膨れ上がると熱風を巻き上げ、領主の私兵が数人吹き飛ばされる。

 一体何が起こったのか理解できていたのは、吹き飛ばされたうちの何人か。

 爆炎が収まると同時に悲鳴と共に動揺が広がり、瞬く間に阿鼻叫喚の図となっていた。

 頭上という予期せぬ場所から火球を放り込まれれば、それも当然だ。

「ふざけんじゃないわよ、くそ領主。アレがあんたの仕業だって? それを隠すだけならまだしも、感謝しろ? 乙女の柔肌に霜焼け作った挙句、言うに事欠いてそれ!?」

 火球を放り込んだのはオズワルドが連れて来ていた冒険者のうちの一人であった。

 お前が精霊の手に掛かって死ねとばかりに、精霊魔術による火球が二発、三発と放り込まれる。

 立て続けに舞い上がる爆炎を前に、領主の私兵が右往左往しながら逃げ惑う。

 怒り心頭なのは彼女だけではない。

 彼女の周りにいる冒険者たちも崖から身を乗り出して、今にも突撃しそうな者ばかりであった。

「ファーガス、わしは信じておったぞお前の潔白を。さあ、重税に苦しむノーグマンの住民の為にも、領主を捕らえるのは今をおいて他に無い。突撃!」

 オズワルドの叫びは、冒険者たちの怒りに義憤というスパイスを与えてくれる。

 血気盛んな若さが残るオズワルドと言えど、同時に老獪な部分も持ちあわせていた。

 相手が領主であろうと、正当な理由さえあれば躊躇う必要などない。

 むしろ正当な理由が大義名分ともなれば、明日は英雄の身である。

 真っ先に崖を飛び降りて降って行くオズワルドに、後から後から冒険者たちが続く。

 その数は二十名程で、ファーガスたちの部下を含めても五十名に届かなかった。

 だが、領主の私兵たちは完全に浮き足立っていた。

 なにしろ自分達の数の半分以下を相手にするだけで済んだはずが、相手の数が突如倍に増えたのだ。

 しかも、頭上から雨あられと火球を降らされ、十名近くが火傷等で負傷もしくはリタイヤである。

 彼らにとっては既に風向きが、悪すぎた。

「備えは常に持っておくものだな。私兵を一気に蹴散らし、領主をひっ捕らえるぞ。我らも突撃だ!」

 これだけ相手が浮き足立ち、右往左往しているのならば消極的な戦法を取る必要は無い。

 坑道の奥へとファーガスは叫んで部下を呼び寄せ、領主を捕らえる為に槍を振るう。

 浮き足立った兵などかかしも同然。

 部下達の誰よりも先頭に立ち、領主の私兵の手にあった武器を叩き落し、薙ぎ払う。

「ええい、何をしておる。奴をどうにかしろ、殺しても構わん!」

 何時の間にか私兵の人垣の奥に隠れていた領主が叫ぶ。

 だが自分だけ隠れ、勇姿を見せずに言葉だけを張り上げて誰がついてくるものか。

 領主と言う役職の者に武器を持って立てとはさすがに思わない。

 だが武器を手にしないのであれば、最初からこんな場所に顔を出すべきではなかったはずだ。

 彼が用意した私兵達は、仕えるべき人選を明らかに誤っていた。

 槍で人垣を何度もなぎ倒すうちに、ついに領主の私兵にも降参者が現れ始め、腰砕けに座り込んでいた領主の姿が露となる。

 先程までの威勢は何処へ行ったのか、腰砕けに座り込んで顔面を蒼白にしていた。

 その領主の目と鼻の先へと、大げさに槍を突き立てる。

「まだ終わらん、まだ私には役目が残っておる。貴様らなんぞに……」

「残ってなどおりませんよ、領主殿」

 自分の呟きに縋るように言葉を繰り返す領主を、ファーガスは冷ややかに見下ろしていた。

 三ヶ月、泡沫の夢と言うには少々長かったが、これで領主は終わりである。

 特に感慨にふけることも無く、ファーガスは座り込んでいる領主へと手を伸ばす。

 その時、轟音が坑道の奥から鳴り響いてきた。

 まるで坑道の入り口が管楽器にでもなったかのように、音と風が噴出してくる。

 さらに音の直後には地震のような地鳴りが巻き起こり、坑道の奥で異変が起きた事を知らせてくれた。

 さすがのファーガスを含めた彼の部下達にも動揺が広がる。

 ジュエルモンスターなどと言う存在を知るが故に、なおさら。

「そうだ、私にはジュエルモンスターが残っている。いい気になっていられるのも今のうちだ。アレが解き放たれれば、お前らなど一瞬でッ!」

「ふん、黙っておれ。仁志殿や寅之助がそうやすやすとやられるものか」

 半分自棄になり、狂ったように笑っていた領主の脳天を拳で殴りつけ、オズワルドが憤る。

「オズワルド、今からでもかまわん。加勢に向かってくれ。大人数で向かっては、狭い坑道では邪魔になるし、精霊の力の餌食だろう」

「うむ、そうだな。よし、お前達……なんじゃ、貴様ら!」

 自分が引き連れてきた冒険者たちへと、事情を説明しようと振り返ったオズワルドが見たのは兵士たちであった。

 領主が私兵と共に現れた、崖に囲まれた山道から幾人もの兵士達がなだれ込むように集まってくる。

 身につけた鎧は一様に同じものだが、ノーグマンの正規兵が身につけるものではない。

 正規兵は正規兵であるが、ノーグマンではなく王都のカータレットの兵が身につけるものであった。

 次から次へと現れる彼らは、何一つ語る事も無く黙々と包囲を固めていた。

 敵か味方か、意図が読めずにファーガスは部下に、オズワルドは冒険者たちに手出しを控えさせていた。

 それと同時に何時でも坑道の奥へと退避出来るように身構えさせる。

 やがて彼らの包囲が完成した時、包囲する兵士の間をぬって現れたのは一人の女性。

 小柄な体を緩い濃紺のローブに身を包んだその人は、領主の秘書であるセリアであった。







 点々と灯された松明だけがぼんやりと照らす坑道の中を、激しい閃光が満たしていった。

 たてがみから放たれる雷が縦横無尽に駆け抜け、空気を弾けさせ、天井や足元の岩を砕く。

 他に受け止める方法もなく、仁志と寅之助は体に気を張り巡らせて耐えていた。

 これで何度目の事になるか。

 体を走る電流による苦悶の声も、段々と小さくなってきている。

 潜在魔術による肉体の強化を持ってしても、限界は直ぐそこまで近付いていた。

 刀を握る両腕は特に火傷による火脹れが酷く、体を支える足にも力が入っていない。

 二人掛かりで金色の獣を追いかけてから、まだまともなダメージを与えてさえいないのにだ。

 とてつもなく長く感じられる雷の放出が終わり、二人同時に砕けた地面の上に膝をつく。

「くっ……寅之助、まだいけるか?」

「これしきの事、とは言うものの。このままではじり貧でござる」

 一頻り辺りを蹂躙しつくした金色の獣は、再び興味が失せたように二人を無視して歩き始めた。

 兎のような体を持ちながら、のそのそと両足の身で歩いていく。

 松明よりも余程坑道内を照らしているであろう、その背中を見ながら仁志が言った。

「幾つか、分かった事がある。何故か我らを無視しているはずの奴が反撃するのは、こちらが攻撃をしかけた時のみ。奴は、外に出たがっている」

「確かに、攻撃さえ仕掛けなければあの雷は受けずに済む。しかし、雷もさることながら、奴の体そのものも厄介でござる」

 二人もただ雷に焼かれるばかりではなく、何度か刀で斬りかかってはいた。

 だが刀が金色の獣の体に触れた途端、奇妙な感覚が手に伝わり、思ったように斬れないのだ。

 恐らくは金色の獣が持つ雷の力が強力な磁力を生み出し、刃筋を狂わせているのだろう。

 浅い傷ばかり与えた次の瞬間には雷に撃たれ、与えるダメージと受けるダメージがつりあってはいない。

 じり貧の元は、そこにあった。

「多少強引にでも斬り裂くしかあるまい。幸い奴は攻撃を受けるまでは、何の反応も示さん。寅之助、私の斬撃に刀を重ねろ。多少刃が止まろうと、それで一気に奴の首をはねる」

「殿、それならば先に奴の首に刀を斬り込む役目はお譲りください。雷に耐えながら刃を引くなどという危ない役目は私がいたします」

「それはならん。恐らく私が満足に動けるのは次の攻撃を受けるまで。もし仮に失敗した場合、お前に余計な体力の消耗を強いるのは無駄以外の何ものでもない」

 寅之助の進言を聞き入れず、仁志はおぼつかない足取りながら立ち上がった。

 体力が底をつこうとしている体に活を入れるように、気を張り巡らせる。

「殿、家臣の進言には耳を傾けるべきでござる。そんな殿を私は嫌いではありませんが」

「耳が痛い……だが、身を削ったところで確実に事が成せるとは限らん。いくぞ、寅之助」

「御意」

 仁志が先陣をきり、駆け出す。

 目指すは金色の獣の首。

 精霊が具現化した獣であろうと、大きなダメージを与えれば倒す事が出来る。

 それは以前ジュエルモンスターの状態であったアディを、首をはねる事で倒した事からも明らかであった。

 大胆にもこちらに背を向け、外を目指して歩いている金色の獣へ接近していく。

 やはり、攻撃を受けるまではこちらに注意を払う様子さえ見えない。

 やや見上げる位置にある首へと斬りかかる為に、数歩手前で仁志が地面を蹴り上げた。

 瞬間、金色の獣が振り返った。

「殿!」

「構うな、寅之助!」

 予期せぬ金色の獣の動きに驚愕しながらも、仁志は方針を変えなかった。

 あくまで狙うは、金色の獣の首。

 その首にあるたてがみが淡い光りを生み出し、放電を始める。

「はあッ!」

 仁志が決死の思いで振り絞った刀による斬撃は、首に触れるより前で壁に当たったように止められていた。

「殿、そのまま合わせるでござる!」

 停滞していた仁志の刀の峰に、寅之助が振るった刀の峰が十字を形作るように合わせられた。

 一見して技ではなく力で斬ると言う、およそまともな戦法とはいえなかった。

 だがそもそも相手がまともではないのだ。

 外法とも言える方法で生み出されたジュエルモンスターに、同じく外法であたる。

 その策により金色の獣が生み出す雷の力場を超えて、その首へと刃が刺さった。

 さらに寅之助が押し、仁志が刃を引いて斬る。

 徐々にではあるが確実に刃は首へと埋まり、切断を開始し始めていた。

 甲高い奇声が金色の獣の口から放たれ、耳を貫いていく。

 このまま一気に押し斬れる、そう確信した二人の目の前で金色の獣のたてがみから雷が強くはじける。

 二人が渾身の力を込めて押し込んだ刀を押し返し、二人もろとも弾き飛ばした。

 雷による蹂躙が、再び辺り一体を襲い始める。

「ぐおおおおッ!」

 特に金色の獣の首を狙い、飛びあがっていた仁志へのダメージは甚大であった。

 吹き飛ばされた拍子に背中から硬い岩の地面に叩き落され、その上から雷が降り注ぐ。

 雷に耐える為に身構える事もできず、悲鳴を上げることしか出来ない。

 その悲鳴でさえも、やがてあげられなくなっていく。

 これまでならば既に終わっているはずの電撃が、いつまで経っても終わる様子を見せないでいる。

 ついに逆鱗にでも触れてしまったか。

 終いには意識さえ遠退きそうになったその時、それを繋ぎとめる声が聞こえた。

「父さん!」

 仁志を呼ぶ、忠敬の声である。

 必死に繋ぎとめた意識の中で見えたのは、艶やかな彩りの翼を持つ巨鳥であった。

 坑道の幅一杯に翼を広げられた翼は、赤から青、緑に黄色と色彩豊か。

 そんな危険な滑空を行う巨鳥の背の上に忠敬はいた。

「坊や、約束はお忘れでないよ」

「ちゃんと守ります。ありがとうございました、戻ってくださいレインさん」

 短い言葉をやり取りした次の瞬間、巨鳥の姿は影も形もなく消え去り、淡い七色の光の中を一粒の宝石が落ちる。

 無色透明の宝石だが、光の加減によっては何色にも見える不思議な宝石だ。

 それを手で掴み、地面に降り立った忠敬は、勢いにのまれて硬い地面の上を一度転がり立ち上がった。

 手に掴み取った宝石は袖口へと納め、代わりに別の宝石を取り出した。

「ゲンさん、お願いします。父さんを助けてください!」

 忠敬の手から放たれた雷の嵐の中を、金色とは間逆の色彩を持つ宝石が宙を飛ぶ。

 一切を飲み込む夕闇をそのまま宿したかのような色の宝石。

 それが闇色の光を放ち始める。

 雷を吸収するようにして大きくなる闇色の光。

 それが今にも力尽きそうな仁志の目と鼻の先にて、一際大きく輝いた。

 大きくなるにつれ方々に散っていた光が特定の形を作り、やがて質量を帯びて地に足を付く。

 現れたのは、剣山のように鋭い岩を幾つも生やした甲羅を持つ巨大な亀であった。

 全長数メートル、あまりの重量に足を着いた場所の岩が砕けるままに陥没していた。

「こりゃええ、こりゃええ。五臓六腑に染み渡るとはこの事だわい」

 金色の獣が放つ雷は、全てその岩へと集中し、巨大亀の足を通って地下へと散らされていく。

 甲羅の一部とも言える鋭い岩は、金属を含む導体のようだ。

「さて、何時までもこうしていたいが、先約があるのでな。悪いが、お前さんのおいたもここれまで。よっこらせ!」

 巨大な亀が前足の一本を重そうに持ち上げ、そのまま真っ直ぐ打ち落とす。

 重量と力に押され、地面がひび割れ沈む。

 そしてまるでその反動であるかのように、盛り上がる地面があった。

 懲りずに雷を放ち続けている金色の獣の足元、鋭く尖った岩が槍のように突き出てきた。

 飛び出した勢いのまま金色の獣の体を貫き、串刺しにする。

 金色の獣が耳に耐えない悲鳴を上げ散らかす。

「よっ、もう一本」

 再び持ち上げられた巨大亀の足が地面に打ちつけられ、二本目の岩が貫く。

 三本、三本とそれが続く、金色の獣は雷を出しているどころではなかった。

 体を貫いた岩は、巨大亀の背中にある岩と同じく、金属を多く含む岩。

 体を構成する雷が岩を通して地面へと流れていき、みるみるうちにその体が萎んでいく。

「寅之助さん、今です。首をはねてください!」

「お……突然の事で要領を得ぬが、あい分かった」 

 仁志のもとへと駆け寄っていた忠敬が機を見て、叫ぶ。

 我に返ったように返事をした寅之助は、巨大亀が生み出した岩に足をついて跳びあがる。

 深々と突き刺さる岩から逃れようともがく金色の獣の首は目の前。

 振り絞った刀は、これまでの抵抗がまるで嘘のようにその首へと刃を立て、斬り裂いていく。

 やがては切断に成功し、寅之助が地に足を着くと同時に、その首が落ちる。

 アディの時のように爆発もなく、塵に返るように淡い光の粒となって消えていった。

 その光の中から一粒の宝石が地面の上へと落ち、寅之助がそれを拾い上げる。

「さて、これでわしの役目も終わりか。坊、わしは別に他の者と違って慌てはせん。約束を果たす気になったら呼んでくれ」

「はい、ありがとうございました。ゲンさん。出来るだけ直ぐ、約束は果たしますね」

 巨大亀はそれだけ言うと、その体を闇に溶け込ませるように消えていった。

 その中から零れ落ちる宝石を忠敬が掴み取り、坑道の中は再び松明だけが照らす暗所へと変わる。

「忠敬に助けられたか……くッ」

 それだけは間違いないと理解し、立ち上がろうとした仁志が苦悶の声を上げる。

 疲労だけでなく、体中を焼けどしており、刀を持っていた腕は特に水ぶくれが酷い。

 起き上がる助けをしようとその背に手を回そうとした忠敬が、何処に触れて良いのか躊躇う程に。

「父さん、無茶は駄目です。寅之助さんも、こちらに来てください」

「お主も怪我の度合いは、仁志と変わらぬであろう?」

「なんの殿に比べればこの程度、平気でござるよ」

 その言葉がやせ我慢である事は、誰の目にも明らかであった。

 仁志がほぼリタイヤの状態なので、代わりに寅之助が気を張らねばならないのは分かる。

 だがその前提条件を崩せる事を知っている忠敬は少しもどかしく感じてしまった。

 寅之助もその手に重度の火傷を負っている為、わざわざ背中に回りこんでお尻を押す。

「いいから来て下さい。エチゼンさんに治してもらいますから」

「そう、でござるか?」

 彩り豊かな羽を持つ巨鳥や岩肌の甲羅を持つ巨大亀など。

 ここまでくれば、他にもう一つや二つ現れてもおかしくはないと、寅之助も忠敬の態度を察してくれった。

「エチゼンさん、お願いします」

 そう言って忠敬が新たに袖口から宝石を取り出し、頼み込む。

 その宝石はアディのものよりも少しだけ青みの強い色合いのものであった。

 荒々しい戦闘の後の心を癒すような落ち着いた色の光を放ち、宝石ごとふわふわと浮き上がり揺れる。

 ただし、先程の巨鳥や巨大亀のように明確な形を取る事はない。

 無重力の中に浮かぶ水のように、ただ宙でゆらゆらと揺らめき漂っていた。

「もしや……エチゼンとはクラゲのアレの事でござるか?」

「他にクラゲの名前を知らなかったんです。仕方ないじゃないですか」

 図星をつかれ、赤くなる忠敬。

 その間もずっと宙を揺らめいていたエチゼンは、徐々にだがその高度を上げていた。

 忠敬の顔の高さから、寅之助の顔の高さへ、さらに高く上る。

 そしてふるふると水のような体を震わせて、霧雨を降らせ始めた。

 霧雨の冷たさが火傷の跡を癒し、砕けた岩の破片で切った傷跡も消していく。

「父さん、具合はどうですか? 全員は無理でしたが、研究員の人の中で重症の人が二人これで助かりましたけれど」

「ああ、随分と楽になった。数分も経てば、己の足で立てそうだ」

「俺はほぼ完治に近いでござる。精霊とは凄いものでござるな」

 今度はやせ我慢ではなく、本心から寅之助は両手を握り締めては開いてと繰り返していた。

 だが仁志の方はもう少し時間がかかりそうであったが、エチゼンの方が先にその体を淡い光の中に霧散させていった。

「もう力でない」

 消えてしまう一瞬前、蚊の鳴くような声が聞こえた。

「既に重傷者を二人も治してますし、仕方ありません。ありがとうございました。エチゼンさんとの約束も後で叶えますから」

「待ってる」

 今度こそ完全にその姿が消え去り、宙から零れ落ちる宝石を受け止める。

 完治とはいかなかったが、寅之助はもちろん仁志も瞳に映る範囲えは怪我は見当たらなかった。

「父さん、立てますか?」

「ああ、十分だ。助かったぞ、忠敬。お前が居なければどうなっていた事か」

「確かに、若がいなければ危なかったでござる。それは良いでござるが……」

 立ち上がろうとする仁志に寅之助が手を貸した後で、忠敬をまじまじと見下ろしながら言った。

「一体どのようにしてあの精霊たちの力を借りたのでござるか? 小春殿の話では、アディ殿だけが特別だという事であったと思ったが」

「発案はアディさんです。ジュエルモンスターになる前なら、宝石の中に閉じ込められた精霊を起こす事が出来るかもしれないって」

「ジュエルモンスターとは精霊の暴走体だ。宝石に閉じ込められ行き場をなくした力のな。ならば、暴走する前に起こし、説き伏せれば良いだけの事よ」

「説得した後は、対価を条件に手伝って貰う事にしました。本当はもう一人いるんですが、研究員を見張って貰ってます」

 なるほどと頷く寅之助であったが、聞き捨てならない言葉を仁志が気に掛けていた。

 それは二つ、対価と約束だ。

 あれ程の力を持つ精霊に払う対価とはいかほどのものか。

 これがアディであれば、自称忠敬の守護精霊なのでそう無茶は言わないであろう。

 一体どんな対価を払う約束をしてしまったのか、聞かないわけにはいかなかった。

「忠敬、その対価とはなんだ?」

「レインさんは、その美しさを称える歌を詠む事。ゲンさんは、一緒に甲羅干し。エチゼンさんは、一緒に水浴びですね。あとここにいないですけれど、コマさんは一緒に散歩です」

 聞いた言葉を脳内で反芻し、そうだったと仁志はかつてのアディの言葉を思い出す。

 精霊は戯れ好き。

 根本的に価値観が違うのだから、あれだけ力を借りてもたいした事ではないのか。

 もしくは、一緒に遊んでもらう事こそが、至上の対価なのだろう。

 その為ならばどんな協力も惜しまないのかもしれない、だがそれは少し危うい考え方であった。

 人にとっては余りにも安いと言える対価にて、強大な力を貸し与えられる。

 最初は稲葉家の為に精霊石を手に入れるつもりであったが、悪用を避けると言う意味でも預からなければならなくなってきた。

「羨ましいのう。忠敬、我も今回は体を張って頑張ったぞ。それなりの対価を要求する」

「構いませんけれど、何が良いですか?」

「アディ、それは後だ。まだ戦の途中。研究所の制圧が完了した事をファーガス殿に知らせねばならん」

 味方が増えた事で心に余裕が出来たのか、そのまま油断しかねない二人へと仁志が注意を促がす。

 それにジュエルモンスターは倒す事が出来たが、元々の目的は証拠品の確保だ。

 精霊石は忠敬が幾つか持っているが、他にもあるかもしれない。

 それに雷によって焼かれた研究所の中からも、証拠となる品を掘り出さなければならない。

「寅之助、一っ走りしてファーガス殿へ制圧完了の報を伝えてくれ。もしも表が苦戦しているようであれば、すぐさま知らせに戻れ。私と忠敬もただちに参戦する」

「はっ、直ちに」

「いえ、その必要はありません」

 突然割り込んできた女性の声に、仁志と寅之助が振り返り様に納めていた刀を抜いた。

 薫子や小春は留守番であり、ファーガスの部隊に女性は居ない。

 ならば改めて考えるまでもなく聞こえたこの声は味方ではなく、身構えるには十分すぎる。

 忠敬もまた、片手は護身刀の柄に触れ、もう片方の腕は袖口に納めた精霊石を何時でも取り出せるようにしていた。

「警戒は当然の事ですが、私は敵ではありません。どうか刃を納めになってください」

 曲線を描く坑道の先から現れたのは、赤い髪を短く切りそろえた女性。

 領主の秘書であるセリアであった。

 その彼女の後ろには十名を超える兵士が、つき従っている。

 これで警戒するなと言う方が無理な話であり、そうそう簡単に納める事など出来ない。

「おお、仁志殿それに寅之助、忠敬。無事であったか。心配せんでも良い。アイゼリア殿はカータレット王国の宮廷魔術師の一人だ」

「国の方でも独自に領主の事は調査をしていたそうだ」

 陽気なオズワルドの言葉とは裏腹に、ファーガスは苦みばしった顔でそう言った。

 それも理由あっての事なのだろう。

 躊躇はしたが、セリア改めアイゼリアを擁護する二人の手前、仁志も寅之助も刀を納めた。

「詳しい話をお聞かせ願いたい」

「領主の館の方で、全てをお話しします。この場の保持は私達の方で」

 仁志の言葉に対して友好的でも、かといって敵意もない淡々とした表情で、アイゼリアは促がすように外へと向かい歩き始めた。

 反対に彼女が引き連れていた兵士たちは、研究所がある坑道の奥へと駆け足で向かう。

 坑道の奥へと向かう兵士達の背を見送りながら、仁志もまたファーガスのように苦みばしった表情を浮かべていた。

 国が直接派遣した人間とその配下にある兵士たち。

 なんの後ろ盾も無く行動を起こした自分達とは違い、彼らにこそ本当の意味での大義名分が存在する。

 アイゼリアの態度から今すぐお払い箱にはならないだろうが、このまま漁夫の利で手柄を浚われかねない。

「あ!」

 仁志が必死に考えをめぐらせる中で、突然忠敬が素っ頓狂な声をあげた。

「知らない人が急に何人も来たら、コマさんが暴れかねません。父さん、僕研究所の方に戻ってなだめてきます。それに他にも精霊石がないとも限りませんし」

 慌てたように両手をばたばたとさせながら、仁志に向けて意味ありげな視線を向ける。

「そうか、なら寅之助。忠敬についていってやってくれ。子供だけでは、兵士たちも言う事を聞いてはくれんかもしれんからな」

「はっ、了解いたしました」

 後ろ盾が皆無ではなかったかと、忠敬の言葉を聞いて咄嗟に仁志が寅之助へと命じた。

 確かに人としての後ろ盾は無いが、今のところ精霊たちは忠敬の味方である。

 兵士たちが独断か、もしくは命令によって精霊石を持ち出そうとしても止める大義名分はこちらにも存在する。

 急ぎ二人を研究所へと向かわせた後、仁志は改めて先を歩くアイゼリアへと言った。

「では参りましょうか」

 この事件のあらましを話し合い、誰の手柄であるかはっきりとさせる為に。

ども、えなりんです。


第一章的なお話は、次回まで。

今回はアディ以外の精霊が色々と出てきました。

ただ今後名前持ちの精霊は、これ以上出てこないかと。

多すぎても読む人が混乱するでしょうし。


しかし、今回のお話は仁志が強いのか弱いのか良く分からん話でしたね。

忠敬は明らかに弱いですが、寅之助は今まで見せ場がありましたし。

もう少し仁志に見せ場があってもと思いました。


それでは次回は来週です。

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