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その11 第三廃坑

 第三廃坑は、その名の通り三番目に採掘が開始され、廃坑となった坑道であった。

 現在採掘がされている第四坑道からは少し遠く、岩肌の崖に挟まれた山道を抜けた先。

 切り立った崖に四方を囲まれたところに、坑道への入り口がある。

 本来ならば廃坑となった時点で、人が迷い込む事を避けるように入り口は封鎖されているはずだ。

 だが崖の上で身を隠しながら覗き込んでいる忠敬たちの目には、とても封鎖がされているようには見えなかった。

 真新しい板切れで封鎖をしたような格好は取られているが、目を凝らさなくても封鎖が甘い事は明らか。

 入り口の前には二人の見張りがおり、幾人かが板と板の切れ目から出入りする姿を何度か目にしていた。

「そろそろか」

 空が白み始める頃にこの場に到着して隠れてから、二時間ほど。

 岩肌で削られながら流れてくる風には、大勢の工夫たちが集まり坑道へ向かう足音や声が混じっている。

 頃合かと呟いたファーガスが手を上げ、彼の部下たちが突入の為に僅かに腰を浮かせた。

「寅之助、遅れをとるなよ。アディ、忠敬の事は頼んだぞ」

「武者震いが止まらぬでござる。ご命令とあらば、一番槍として飛び込んでみせましょう」

「こちらも心配無用。忠敬、お主ではこの崖を駆け下りるのは無理だ。直ぐに我の背に乗れ。望むのなら、真っ先に飛び込んでやろうか?」

「いえ、無理をする必要はありません。封鎖班に任せましょう」

 白い狼の姿をさらしたアディの背に忠敬は手を置いて、はやる気持ちを抑えさせた。

 獣ではなく人を相手にする事を考えると、言葉としては矛盾するが、二度目の初陣であった

 心臓の鼓動がまるで耳元で鳴っているように大きく聞こえる。

 功を焦って突っ込み下手をうち、襲撃の出鼻を挫かせるわけにはいかない。

 忠敬はアディが具現化する事で輝きを失った宝石を握り締め、迷いの森で待つ小春を思い浮かべた。

 出立前に目を覚まし、自分も行くと訴えてきた小春が求めるもの。

 それが何か明確に分かったわけではないが、この作戦を成功させ、小春のおかげだと伝える事だけは決めていた。

「突撃!」

 ファーガスが叫ぶと同時に、上げていた手を前へと倒した。

 鬨の声と共に、潜在魔術による気の嵐がそれぞれの体から吹き荒れる。

 隠れていた崖の上から一斉に飛び出して、ほぼ九十度ともいえる傾斜を地すべりを起こした土砂のように駆け下りていく。

 仁志や寅之助も例に漏れず、潜在魔術で肉体を強化して躊躇なく崖の上から飛び出した。

「忠敬」

「はい!」

 若干遅れて、アディの背に跨った忠敬も後に続いた。

「な、何ご……なんだアレは!?」

「敵襲、まさか。元鉱山警備隊のファーガス部隊か。敵襲、敵襲!」

 問答無用の襲撃を前に、見張りの一人が急ぎ封鎖の板きれの隙間から、応援を呼び始める。

 見張り以外にも、幾人か兵が待機している事は織り込み済み。

 その程度で止まる程、ファーガスの部隊は士気が低くもなければ、脆弱でもない。

 むしろ汚名を着せてくれた領主への怒りをぶつける相手が出来たと、我先にと争って駆け抜ける。

 兵としての錬度もさることながら、数が違う。

 剣戟の音は、僅かに数度。

 瞬く間に見張りの兵士二人を打ち倒し、増援にやってきた兵もを纏めて打ち倒してしまう。

「よし、打ち倒した兵は縛り上げ隅に転がしておけ。封鎖班は、これより出入り口に陣を張る。猫の子一匹取り逃がすな。突入班二つは、証拠品の確保を急げ!」

「寅之助、忠敬。私に続け。予定通り、我等は精霊石の確保だ。だが蛇が出る事はほぼ間違いない。油断はするな!」

 刀を手に走る仁志を先頭に、後方両脇を寅之助とアディにまたがる忠敬が続く。

 ファーガスの部下が封鎖の板切れを破壊して直ぐに、突入した。

 既に廃坑になった坑道とはいえ、元から陽の光が届かない洞窟内での作業を予定されていた場所。

 松明が天井近くの壁の両脇に点々と距離を置いて、設置されている。

 少し距離があれば個人の認識はまだしも、人影ならばぼんやりとだが認識できた。

 暗闇になれる事が出来れば、突入直後の今よりもう少し見えやすくなるだろう。

「なんだ貴様らは!」

 表の騒ぎに気づいて、坑道の奥から様子を見に来た兵士たちが、仁志たちに気づいたように。

「我こそは、稲葉家当主。稲葉仁志、神妙にお縄につけ。だが己を鼓舞し、蛮勇を示すと言うのならば、それを打ち倒し押し通る!」

「表の見張り程度と思うなよ。通れるもんなら通って見やがれ。返り討ちにしてやる。いくぞ、お前ら!」

 奥から現れた兵士の数は三人。

 ファーガスから証拠品の確保の為には、無視しても良いと言われている。

 だが戦意が十分な相手を無視して進めば、さらに奥にいるかもしれない兵士と挟撃される恐れがあった。

 ならば最低限、戦意を削ぐか、戦力とならない程度に痛めつける必要がある。

 仁志の名乗りに対して見事言い返した兵士の体が、潜在魔術によって気の輝きを放つ。

 口だけではなく、ある程度の実力は備えているようであった。

 振り上げられた彼の剣に合わせるように仁志が刀を古い、剣と刀が火花を散らす。

「かつてない程に高ぶる、これが戦。侍の居場所。幾人もの陽野家の男が焦がれ、手にする事があたわず。一族が諦めかけていた聖地!」

「な、なんだコイツ。目がイッちまってる。誰か、代わってくれ!」

 いささか気が入りすぎた様子の寅之助が斬りかかった相手が、刀を槍の柄で受けながら悲鳴を上げる。

 今は相手が寅之助の様子に怯えてくれているが、我に返って冷静になられては危険だ。

「アディさん、寅之助さんのところへ」

「うむ、あの阿呆。舞い上がって踊り狂っておる。平時なら構わぬが、今は」

「そんな場合じゃねえわな。なあ坊主と喋る狼」

 手綱を引くようにアディの首の付け根の体毛を引いた忠敬の目の前に、最後の一人が立ちふさがっていた。

 三人の中で一番大柄な、忠敬と比べると巨人と呼んで差し支えない大男であった。

 身の丈は、長身の寅之助をも超えているように見え、体の線は比べずとも太い事が分かる。

 凶悪な棘を持つ鉄槌を軽々と担ぎ上げ、その柄でトントンと肩を叩く。

「こんなところにガキを連れてくるとは酷え親がいたもんだ。次の朝日が拝めるかは知らねえが、生まれの不幸でも呪うんだな」

 カチンと頭の中に指輪でも落としたような音が聞こえた。

「何も知らない状態で、勝手な事を……」

「言うでない!」

 怒りに震えたのは、二人いた。

 忠敬の台詞を遮るように、アディの口から怒りの熱とは間逆の冷気が放たれる。

 かつて第四坑道にて、冒険者や警備隊員たちを苦しめた凍える吹雪であった。

 直撃すれば、凍傷どころか即死さえ免れない。

 死という単語が忠敬の脳裏を過ぎり怒りを消し飛ばしてくれたのは、幸運だった。

 吹雪に覆われた繭の中に、僅かにだが異なる銀の光を見つけられたのだから。

「アディさん、退いてください!」

 忠敬の言葉を聞いて跳び退いた二人の目の前を、鉄槌の頭部が通り過ぎる。

 硬い岩の地面を鉄槌が打ち砕き、細かな石を飛ばす。

「デューイさんから聞いた事があるな。確か忠敬と言ったか。精霊石の完成品を所持する子供。こいつは運河良い。特別報酬はいただきだな」

 潜在魔術による気の光が、吹雪を払い、五体満足な大男の姿を浮かび上がらせた。

「くっ、馬鹿な。効いてないだと?」

「いえ、気でガードして防がれただけかと。それにあの時よりも威力も効果範囲も狭まっている気が……」

 詳しい事は分からないが、忠敬にはそう感じられた。

 それにあのオズワルドが危険を感じた程の凍える吹雪が、強そうに見えはしても、目の前の男に易々と耐えられるとは思わない。

 自然現象とも言える精霊が自我を得た事で、純粋な力は下がってしまったのか。

 追求している暇はなく、忠敬は目の前の敵に集中しようとアディの背の上で護身刀を抜いた。

「力は向こうが圧倒的ですが、速さはアディさんが圧倒的に上です。引っ掻き回し、死角を狙います。吹雪は控えましょう。視界が不安になった時のまぐれ当たりが怖いですから」

「頭を使う事には慣れておらん。作戦は、任せる」

 再び振り上げられた鉄槌を、後退する事で避け、持ち上げられる隙を狙う。

 だが相手もなかなか戦う事に慣れている。

 相手が小柄を通り越して小さな忠敬と言う事もあるのだろう。

 鉄槌の破壊力に固執せずに、迂闊に近寄ろうものなら鉄槌の柄から手を離し、伸ばしてくる。

 攻め込もうとしては、後退しと攻めあぐねていた。

「どうした、チョロチョロと鼠のように逃げ惑うばかりでは俺は倒せんぞ?」

 互いに攻撃の被弾はないが、単純な攻撃回数では相手が上回っている。

 なにしろ、アディが一度吹雪を見舞って以降、忠敬たちは一度も攻撃に成功していないのだから。

 体格差や獲物の大きさに差がある場合には、相手の懐に飛び込むのが定石だ。

 それで仕留められれば良いのだが、忠敬には攻撃力面でも不安があった。

 懐に飛び込む危険と得られる利がつりあわないのだ。

「この子鼠が……」

 再三の接近を試み、振り上げられた鉄槌を前に後退する。

 さすがに相手も息に乱れが見え始め、声にも苛立ちが混じり始めていた。

 潜在魔術は莫大な力を使用者に与えるが、当然の事ながらそれに見合った体力を消耗してしまう。

 それひきかえ、忠敬を背に乗せたアディにいたっては体力と言うものが存在しない。

 吹雪を吐いたり、具現化した体に傷がつけばその限りではないが、動き回るだけなら延々と続けられる。

「いい加減にせんか!」

 怒号と共に鉄槌を振り上げ、一気に駆けてきた。

「今です、アディさん」

「所詮は子供か、詰めが甘い。近接からなら効くと思ったか!」

 自分から飛び込めないのなら、相手から無理やりにでも飛び込んできてもらうしかない。

 大男は忠敬の作戦をそう読み、勝利を確信した声を張り上げた。

 アディは凍える吹雪を口から放ち、せわしなく動かしていた足を止めている。

 これで終わりだと、ことさら大きく鉄槌を振り上げ、大男は背骨がきしむのを感じた。

 己の意思に反して高さの頂点である頭上を通り過ぎ、鉄槌の頭が半円を描いて下り始めて居る事に疑問を浮かべる。

 鉄槌の頭に引っ張られるように視界までも回り始め、いつの間にかその視界の中に片足のつま先が見えていた。

 あっと、気づいた時には、既に遅かった。

 背中から地面に倒れ落ち、後頭部を強かに打ちつける。

「ぐぅあッ!」

 後頭部を抑えて大男が身悶えていると、彼を転ばせた霜がさくさくと音を立てて潰れる。

 鉄槌を掲げた不安定な状態で駆けた状態で霜を踏み、滑ったのだ。

 もちろんそれを生み出したのは、忠敬に指示され、地面に吹雪を見舞ったアディであった。

「今の僕では、到底貴方に勝つ事は出来ません。それに貴方に勝つ事が目的じゃない。今の僕の一番の目的は、作戦を終えて小春さんに貴方のおかげだと言う事。手段は問いません!」

「子供の遊びではない。たかが、一度……転んだ程度で勝ち名乗りをあげるか。絶対に許さ」

「聞いていなかったのか? 私の息子は、手段を問わないと言った。どちらにせよ周りの見えていなかったお前の負けだ」

 苦悶の表情を浮かべながらも、大男は鉄槌の柄へと手を伸ばそうとする。

 だがそれは、首元に突きつけられた仁志の刀の切っ先によって止めさせられた。

 そんな馬鹿なと寝転がった状態の大男が横目で確認すると、寅之助が気絶した二人を縛り上げて転がしている光景が目に映った。

 それが決定打となり、観念したように体の力を抜いて降参の意を示す。

「殿、その男をこちらへ。拘束いたします」

「うむ、任せる」

 大男の処理を寅之助に任せ、仁志は息をきらせる忠敬の無事を視線でのみ確認する。

 あれだけ自由に跳び回るアディの背に揺られれば、それは体力を消耗するだろう。

 その俊敏さもさる事ながら、アディの背には鞍もなく、掴めるのはその雪のように白い体毛のみ。

 大男が忠敬とアディのペアではなく、アディだけを敵として忠敬にあまり注意を払っていなかったのも大きい。

 もしも忠敬の消耗に気づかれ、持久戦に持ち込まれれば敗北していたのは忠敬の方だろう。

「すみません。最後は父さんに頼ってしまいました」

「これは決闘ではなく、戦だ。仲間が助け合う事に謝罪も礼も不要と言う事を覚えておけ」

 本当は良くやったと頭を撫でてやりたいが、ここは敵陣の真っ只中なのであえて厳しい言葉を投げつける。

 良かれと思い褒めて、それが原因で忠敬の緊張の糸を切りたくはなかった。

 だから済まぬと心中で思いながら、間接的に忠敬を褒める為に、寅之助を槍玉としてあげる。

「寅之助が無事なのもお前やアディのおかげだ。この馬鹿者は戦に酔い、我を失っていた。最初のアディの吹雪に頭を冷やされなければどうなっていた事か」

「殿、それは内密に……と言うか、アディ殿は吹雪を使う時は気をつけてくだされ」

「寅之助の狂乱振りは見えてましたよ。あの吹雪が届いていたとは思いもよりませんでしたけれど」

「はっはっは、頭に血が上ればまた冷やしてやろう。ありがたく思え」

 文句を言いつつも己のふがいなさに肩を落とす寅之助の背を、仁志が叩いた。

「寅之助、過ぎた事だ。直ぐ次の戦闘が待っている。お前ならば直ぐに失態など取り返す事が出来る。期待しているぞ。お前は私の右腕なのだからな」

「私が殿の右腕……はっ、お任せくだされ。この寅之助、この身を殿の刀と思い敵陣を斬り抜けて見せましょう!」

 自分で落として持ち上げる仁志も仁志だが、寅之助の復活もまた早い。

 基本的には単純で打たれ強く、凹んだとしても形状記憶合金のように蘇るのが寅之助の強さだ。

 小春や忠敬のように精神面の弱さが目立つ中で、寅之助のような男は大変貴重なのである。

 右腕と言った仁志の言葉に、嘘や方便は欠片もなかった。







 複写した坑道の地図を確認しながら、仁志たちはさらに奥へ奥へと進んでいた。

 あれから二度、兵士の集団と遭遇しては打ち倒し捕縛も行っている。

 通信機器がないせいか、情報の伝達は遅く、様子を見に来た兵士たちとの単純な遭遇戦ばかりであった。

 待ち伏せに合う事もなく、状況を理解している仁志たちの方が心構えから実力まで圧倒していた。

 次から次へと兵士を捕縛出来たのは良いが、用意していた縄にも限りが見え始めている。

 だが同時に、坑道の終わりも見えてきていた。

 松明に照らされる坑道を進んだ先に、より明るく照らされた空間が見える。

「二人とも、止まれ」

 先頭を走っていた仁志が上げた手と声に、足を止める。

 そのまま振られた手の動きに従って、坑道の隅へと体を寄せて隠れるように進み、覗き込む。

 松明ではなく、複数の篝火によって照らされたそこは、坑道を部屋のように大きく広げた空間であった。

 部屋の隅には本棚が置かれ、幾つもの本が置かれている。

 遠目では詳しく確認できないが、本棚に隙間が多い事から、研究資料を纏めたファイルを冊子として纏めて置いているのかもしれない。

 他には木製の作業台も置かれており、その上には宝石や実験器具らしきフラスコなどが置かれていた。

 ジュエルモンスターを生む精霊石を作る研究所で間違いなかった。

「様子を見に行った兵は戻ってこないし、一体何が起こっているんだ?」

「悲鳴のようなものも聞こえたぞ。ただ事じゃない」

 そんな部屋の中を白衣を着た老若男女が五名程、右往左往、状況が掴めず混乱しているようだ。

「檻がないな」

 仁志の呟きは、ジュエルモンスターを閉じ込めた檻の事だ。

 凶暴な魔物を閉じ込めもせず、どうやって管理、研究しているのか。

 思案に暮れようとするも、未知のものに対して仮説を立てても無意味だと、投げ捨てる。

 一度振り返り、寅之助と忠敬、そしてアディに合図を出して部屋の中へと踏み込んでいった。

「お前たち、神妙にいたせ。坑道内は我等が占拠した。指示に従えば、危害は加えない」

「な、突然何を……」

「観念するでござる。頼みの兵は、捕縛して転がしてある。見たところ、腕に覚えのあるような者はいないでござろう?」

 刀を見せ付けるように掲げると、一番最初に言い募ろうとした若い男の研究者が言葉をなくす。

 他の研究者も、瞳を覗き込めば恐怖が映っており、反抗の二文字は見えない。

 ただし己の身の安全を憂う不安もまた同時に、映っていた。

「おい、占拠って。こんな事を研究していた事が国にバレたら……俺たちどうなるんだ?」

「知識欲におぼれ、精霊様を好き勝手にいじくりまわしたのだ。死罪は免れんわな」

「耄碌爺は十分人生を楽しんだから良いわよ。けど私はそんなの嫌よ。そもそも、こんな事の為に錬金術を覚えたんじゃないわ!」

 やけに落ち着いた老人の言葉に対し、女性の研究者がヒステリックな声をあげた。

 閉鎖された坑道の中に、神経をささくれ立たせる甲高い声が響く。

 ただでさえ不安は容易く他者へと伝染すると言うのに、そこへヒステリーが混じるのは下手をすれば手が付けられない。

 不安が伝染するだけにおわらず、やがて不安が恐怖へと変わり、より恐ろしいものへと進化してしまう。

「皆も死罪なんて嫌でしょ。どうせ投降しても死罪なら、今ここで死んでやるわよ!」

 髪を振り乱しながら叫ぶ女性の言葉は無茶苦茶であった。

 死罪を嫌だと言いながら死んでやるとは、我を失っているとしか思えない。

 いや、失っているだけならまだしも、髪に隠れた瞳には狂気の光が宿り始めている。

「待て、自棄を起こすな。我々は」

 仁志の制止の言葉も、狂気が引き寄せる暴挙には届かない。

「そうだ、どうせ死ぬなら助かる可能性が少しでも高い方にかけてやる!」

 研究員たちが一斉に、とあるものを頭上へと掲げた。

 部屋を満たす篝火の明かりに照らされるそれは、様々な色の宝石であった。

 それが何なのかは確認するまでもない。

「寅之助!」

「はッ」

 刀を納める手間すら惜しんで手放し、叫んだ仁志が拳を作った両手を前に突き出す。

 刹那の間を持って、寅之助もそれに追随して両腕を前に突き出した。

 同時に二人の左右の親指が弾かれ、小さな気の塊を射出する。

 指弾の狙いは寸分違わず、研究者たちが掲げていた宝石を打ち抜き手放させていった。

 だが彼らが五人いるのに対して、仁志と寅之助だけでは四発を撃ち込むのが限界。

 ファーガスたちを匿っていた五日間、怪我をしていた忠敬が潜在魔術を習っていなかった事が悔やまれる。

 よりにもよって真っ先にヒステリーを起こした女性の手から、黄色、いや黄金色の宝石が投げ放たれた。

「ジュエルモンスター開放!」

 極々単純なキーワード。

 宝石が持つ輝きが何倍にも膨れ上がり、篝火など不要な程に洞窟内を照らし出した。

 目が暗所に慣れてしまっていたせいで、潰れてしまったかのように痛む。

 その輝きが多少収まってもまだ視界が点滅する感覚が残り、仁志と寅之助は手探りで落とした刀を拾っている。

 痛みと瞳に焼きついた閃光が消える頃には、仁志たちと研究者の間にそれがいた。

 金色の獣。

 アディが暴れまわっていた時は人型の獣であったが、目の前のそれは獣としか言えない。

 基本的な形は、兎が一番近いかもしれないが、獰猛そうな瞳が可愛らしさという表現を拒んでいる。

 それに首には一際金色に輝き、たてがみを持っていた。

 そのたてがみが一斉に逆立ち、まるで帯電しているかのように小さな稲光を幾つも生み出す。

 今目の前に現れたジュエルモンスターが、何の精霊を閉じ込めたものかは考えるまでもなかった。

「いかん、忠敬。のけい!」

「わッ!?」

 忠敬を背中から振り落とし、アディが金色の獣の前へと飛び出した。

 顔を僅かに仰け反らせた後に放たれた凍える吹雪が、金色の獣へと向かう。

 金色の獣が吹雪に飲み込まれた瞬間、たてがみの周りにあった電光がさらに膨れ上がる。

 アディの吹雪を取り込むようにして再び膨れ上がった閃光は、瞳を貫くだけに終わらなかった。

 密閉された坑道に満ちる淀んだ空気を瞬間的に膨張させて、雷鳴を轟かせた。

 だが坑道全体を震わせるような轟音を生み出しながらも、雷の力は尽きていない。

 火の焚かれた篝火を破砕して炎を撒き散らし、それが木製の作業台や本棚に燃え移る。

 決して炎が移るはずのない天井や床といった岩も、雷に触れた傍から破壊されていく。

 まさに蹂躙という言葉が相応しく、全てが収まった時に満足に両足で立てている者はいなかった。

「うぅ……」

 アディに振り落とされた事で、仰向けながらも地に伏せる形となっていた忠敬が一番ダメージが小さかった。

 それでも無傷とはとても言えず、朦朧とする意識をおして僅かに上半身を持ち上げる。

 殆ど密閉された空間に生まれた炎が生み出す黒煙のせいで明かりはともかく、視界が悪い。

 互いの無事すら満足に確認できない中で、唯一確認する事の出来た金色の獣が動き出す。

 まるでその場にいた者たちに興味がなさそうに、ゆっくりとだが確実に外へと向けて歩き始めた。

「く……待て、雷の精霊よ。我の同胞よ」

 その足元で横倒しに倒れているアディの声も届かず、雷の精霊を元にしたジュエルモンスターは素通りしていった。

「アディさん!」

 一番間近で雷を受けたアディの体は透け始めており、まるで粉雪が舞うように消える。

 だが粉雪たちはまるで一つの意志に統率されたように、忠敬の胸元にある宝石へと戻ってきた。

 アディが具現化する事で輝きを失っていた宝石に、元の艶やかな色が戻った。

「くそっ、完全に力を散らされた。しばらくは具現化出来そうにない。あれがジュエルモンスターの状態の精霊か。今の我の吹雪とは、威力が段違いだ」

 実際に宝石から悔しそうなアディの声を聞き、死んだわけではなかったと息をつく。

 確かに今のアディは当時よりも弱まっているが、それだけではなかった。

 属性の相性、氷の精霊であるアディでは雷の精霊の力を受け止めきれない。

 むしろ状況次第では、雷の威力を高めてしまう可能性がある。

 雷の条件として雨や雪があり、冬の日に鳴る雷を指して、雪雷と言う言葉さえある程だ。

「聞きしに勝る力だな。アディ、力は使えるのか?」

「父さん、それに寅之助さんも無事だったんですね」

「なんとか、若こそよくご無事で……」

 声に振り返ると、腕や足、顔と様々な場所から血を流している二人が近寄ってきていた。

 怪我の箇所は多いようだが、出血の量そのものは多くないようで足取りもしっかりしている。

「使えない事はないが、戦闘は無理だ」

「そこまでは求めていない。お前は忠敬と共にここに残って火を消してくれ」

 そう言った仁志の手の中には、拾い上げた刀がしっかりと握られていた。

 もちろん、寅之助の手の中にもだ。

 追いかけるつもりなのだろう、あのジュエルモンスターを。

 今頃は領主の兵を率いているかもしれないファーガスを考えると、追いかけるしかない。

 あれ程までに強力な魔物が洞窟内から現れては、被害の大きさもさることながら、下手をすれば封鎖班が瓦解しかねなかった。

「少しでも証拠品が燃え残るように。それと、彼らの中で息のある者がいれば手当てをしてくれ。出来る範囲で構わん。恐らく、必要としている者は多くないだろう」

「そう、ですね……」

 忠敬たちは、アディが前に飛び出してくれたおかげで直撃だけは避けられた。

 その余波に吹き飛ばされたりしたものの、周りの破壊痕の割には軽傷だ。

 だが彼らは、直撃を避けられず、自身を守る術を特別持っていたとも思えない。

 黒煙に巻かれても咳一つせず、砕けた作業台や岩石の欠片を被りながらも、それらを押しのける事すらしていなかった。

「寅之助、奴が表に出る前にけりをつけるぞ」

「御意」

 忠敬とアディを残して、二人はジュエルモンスターを追って、来た坑道を戻り始めた。

 その背中を見て追いかけたい気持ちにかられながら、忠敬はぐっと我慢する。

 アディが具現化できない以上、足手纏い、戦力外。

 それに忠敬はアディが消火活動しやすいように、今度は逆に足になってやらなければならない。

 忠敬が可能な限り炎へと近付くと、ペンダントの宝石、アディが淡い光りを放つ。

 元の威力が見る影もない弱々しい吹雪が生み出され、炎の熱を奪い鎮火させていく。

「むう、不味いのう。思った以上に力が残っておらん。我らの仕事は、鎮火とあれらの治療で終わりそうだの」

「そう、ですか」

 忠敬はアディがいてこそ、ここへ連れて来て貰えたようなものだ。

 自分の力のなさにもどかしさを感じつつも、消火を続ける為に、アディの足となった。

 炎も全て消し去り、燻った透明に近い煙が残されるのみとなってから、ようやく研究員の無事を確認しようとする。

「忠敬、あまり奴らに近付くな。今は火が消えて暗いから良いが……」

「でも、生きてるのなら出来る事はしてあげないといけません」

 そう言いながらも、忠敬の声は震えていた。

「そうだ、我を奴らに向けてかざせ。我ならば明かりがなくとも、ある程度のものは見える」

「すみません、お願いします」

 意地を張らず、正直に礼を言って首元から外したペンダントを掲げる。

 まるで本当に周囲を見渡すように、ペンダントの先にある宝石がくるくると回っていた。

 この宝石の何処に目があるのだろうかと、半ば現実逃避的な思考が脳裏を過ぎった。

 本当に過ぎっただけで直ぐに我に返り、アディに尋ねる。

「どうですか?」

「人間の方は駄目そうだが……済まぬ、忠敬。アレを手にとってはくれんか?」

 声だけでアディがアレと指した物を理解するのに、少し時間がかかってしまった。

 暗がりを慎重に歩み、出来るだけ研究員たちからは目をそらして、その付近に落ちていた物を拾い上げた。

 暗がりの中でも微かに輝いていたそれは宝石、ジュエルモンスターになる前の精霊石であった。

ども、えなりんです。

その11を投稿いたしました。


忠敬は基礎体力から周りと違うので、アディとセットです。

真っ白なアディにまたがる、和装の小さな侍。

想像してください。

そのまま海辺を疾走させたら、何かに似ていませんか?

その3にて寅之助が「さながら暴れん坊将軍」と言ったのも微妙な伏線でした。

くだらなさすぎる伏線ですが。

もっとも、アディは狼のような氷の精霊ですけどね。


さてさて、第一章的なお話もクライマックスです。

現在は第二章のクライマックスその21を執筆中ですが……

ちょっと筆の進みが悪いので、やる気を注入していただけるとありがたいです。

それでは、えなりんでした。

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