エルンスト首相とヴィルヘルム4世の接近
神聖ローマ帝国は立憲君主制へと移行しているが、皇帝による政治介入は憲法で明確に否定されている訳ではない。とはいえ、立憲君主制移行後の皇帝は、政治介入は行わないという不文律をおおむね守り続けていた。ヴィルヘルム4世も、これまでの所は守っているようだった。ただし、定期的な首相と皇帝の会合により、首相から皇帝へと現在の国政状況が内奏され、それに皇帝が個人的な意見を述べることはあった。もちろん、その意見は外部に漏れ出ることは無く、一般国民が皇帝の意見を知ることは無かったし、その意見が明確に政治を左右することも無かった。
エルンスト首相は、就任後初の内奏を、「皇帝陛下の元で、首相となれて光栄です」などと、通り一遍の口上で始めた。すると、ヴィルヘルム4世は、「エルンスト首相、そなたなら朕の考えを分かってくれると思い、このことを話す」と言い出した。「朕は、そなたが神聖ローマ帝国への愛国心と真のプロテスタント精神、キリスト教精神を持っていることを信じている。しかし、神聖ローマ帝国とキリスト教精神へ魔の手を伸ばす勢力があるのだ。それはあの忌々しい黄色のサル、東アジア人どもだ。」
エルンスト首相は、予想外の発言に驚いたものの、皇帝の発言には同意できると感じた。東アジア脅威論は神聖ローマ帝国の宗教保守の中では普遍的であったのだ。
「陛下のおっしゃる通りでございます。東アジア人は『ブッダ』や『孔子』などのペテン師を信じ、中絶や同性愛のようなおぞましい行いを受け容れ、その上軍事的にも経済的にも我らの神聖ローマ帝国を脅かしているのです。」エルンスト首相は答えた。ヴィルヘルム4世は、満足そうに、「そなたは前首相とは違って賢い。あの黄色どもの脅威から神聖ローマ帝国とキリスト教を守ってくれるだろうか?」と返した。エルンスト首相はうなずいた。
これで、エルンスト首相は最大の政治目標ができた。東アジア諸国の脅威を克服することが使命となったのである。
これは、ヴィルヘルム4世による初めての政治介入となるが、内奏の性質上公にはされず、人々がヴィルヘルム4世の政治的野心に気づくことはまだ無かったのだ。