あんなに貴方のことを
「リサ、近くでさ・・・イルミネーションやってるとこあるんだけど・・・混む時期になる前に二人で行かない?」
円香くんがそう言いながら、私にそっとスマホを見せた。
彼が甘えるように私の肩に頭を乗せてくると、ふんわりいい香りがする。
「いいね。・・・あ、ここ知ってるよ。テレビでCMしてた。」
「そうなんだ。いかにもデートスポットって感じだけど・・・クリスマス外して行っても、やっぱ混むかなぁ?」
「んふふ、そうかもねぇ。でも混んでも見れるならそれでいいよ。行こ。」
円香くんはまたニッコリ笑顔を向けて、そっと私の髪を撫でてキスしてくれた。
夏から付き合い始めて、もうすぐ4か月くらいになろうとしてる。
3回生もあっという間で、もう年末が目前だ。
去年は・・・ずっとずっと、薫くんのことを考えてたっけ・・・。
そして円香くんを気になり始めた頃もずっと・・・
そんな自分が嫌だった。
でも私の中で、薫くんがずっと消えなくて、いつも傷ついた自分を隠して私に笑ってくれた、優しい人だった。
でも円香くんは、そんな風に薫くんを思い出す私でもいいんだと言ってくれた。
きっと円香くんも、お付き合いして別れた女性のことを、何度も思い返すことがあったんだと思う。
傷ついても周りに気遣いを回したり、親切にしたり、友達付き合いをしたり、それを大事にして過ごしてきた人だと、今ならわかる。
円香くんは、翔くんや桐谷くんが言った通り、とてもいい人・・・というより優しすぎる人。
カッコよくて優しくて、でもそんな自分を鼻にかけずに、人と真摯に向き合える人。
何よりそこが一番好きになったところだった。
彼が実は、自信の無さや、劣等感、罪悪感を抱えていることはわかってる。
でもそれを自覚しているから、いつも悩みながら自分を見つめ直してる人だと思った。
「リサ・・・今日泊ってい?」
寝室で二人してベッドに横になっている最中、円香くんは甘える子犬のような目で私を見た。
その瞳に思わずキュンとして、同じく甘えるようにきつく抱き着いた。
「いいよ♡」
「・・・ふふ・・・あ~・・・・幸せ過ぎて死んじゃう・・・。」
目の前にいる円香くんが、愛おしくて尊くて・・・
こんなに好きになる気持ちが、また自分に戻ってくると思わなかった。
その日も円香くんと夜を過ごして、安心する温もりの中、二人して溶けるように眠りに着いた。
そして私は夢を見る。
そこにいたのは薫くんだった。
楽しそうに私の隣を歩いてくれて、どこかわからない緑の多い大きな公園の中を進んだ。
そして彼は静かに私に問いかける。
「リサ・・・今幸せ?」
それは学祭の時、作品を見に来てくれた薫くんから尋ねられた場面と似ていた。
「・・・うん、幸せ。」
薫くんは優しく微笑んで、小さな口を開く。
「俺も幸せ。この先ずっと・・・夕陽と一緒にいられるんだ。・・・リサのことを、心底大事に思ってた気持ちは、嘘偽りなかったよ。リサを世界一愛してくれる人と、一緒になってほしい。」
その言葉は、会って話した時とは少しだけ違う。
けどきっと薫くんが想っていてくれていたことだと、私にはわかった。
彼のその優しい言葉と、優しい声が重なって、知らず知らず涙が溢れて零れた。
「私も・・・・・・『幸せになってね。』って、ずっと薫くんに言いたかった・・・・。でも言えなかったの・・・。貴方を愛してたから・・・。」
「・・・ありがとう、リサ。」
そっと優しい手が私の頭を撫でて、彼は「あ・・・」と小さく呟く。
「夕陽!」
嬉しそうに呼びかけた彼の視線の先に、朝野くんが手を振ってるのが見える。
「リサ、俺ね、リサが俺の気持ちを受け止めてくれたから、今ずっと幸せでいられるんだよ。俺の幸せの一部は、リサが叶えてくれたんだよ。」
「・・・・うん・・・。」
薫くんはそう言い残して、朝野くんの元へ駆け出した。
勢いよく抱き着いて幸せそうにする二人は、愛おしそうにお互いを見つめ合って、何か言葉を交わした後、大事に手を繋いで緑の中を歩いて行った。
私はそれをボーっと眺めてた。
現実の大学構内でも、二人を見かけた時、ただ佇んで眺めてしまったことがある。
想像以上に二人はお似合いで、最初から一緒に居るのが当たり前だったかのように、幸せな形がそこに成り立ってた。
朝野くんが優しく目を細めて、薫くんにキスしたところも見ても、何にも不快な気持ちを感じさせなくて、まるでドラマのワンシーンみたいだった。
そんな薫くんは、かつてあんなに近くにいて、あんなに薫くんが好きだったのに
まったく違う世界に、薫くんが行っちゃったみたいに感じた。
当時の私は、彼の目に、二度と私は映らないんだと思った。
それが悲しくて、ただ切なくて、苦しくて、でも独りよがりに傷ついててる自分が、何だか下らなくて・・・。
自己満足の片思いをしてただけなのに、傷ついた先に何もなくて
私の気持ちは無駄だったのかなって思ってた。
薫くんにふられてから、周りの皆は私が思っている以上に心配して声をかけてくれた。
サークルのメンバーも、同じ学部の友達も、事情を話すと、今までの別れ話と違う内容に、同調してくれて、極端に口数が少なくなった私に、皆若干困惑してた。
でも私は、人に合わせるタイプの人間だっていう自覚があったから、好きだった人と決別して、落ち着いただけで・・・
思いの外気持ちが離れるまで時間がかかってしまって、大人しくしている私に、周りは接し方を変えるようになった。
でも私は、それさえも構わないと思うようになった。
自分が激変したなんて思ってなかったし、何だったら前までの自分の方が偽物だったから。
私を心配しながらも一緒に過ごしてくれていた友達は、毎日を何でもなく過ごしてくれていた。
そして円香くんも、その友達の一人だった。
何か個人的に連絡を取ったり、教室で仲良く話す友達、って程の仲じゃないけど
話す機会があれば、気軽に会話が出来る男の子、そんな風に思ってた。
付き合ってから聞いた話だと、フラれたことで憔悴した私の様子を、少しは気になってたみたい。
けど不躾に尋ねることは出来ないし、聞かれたくないことだったら悪いかなと思った、と・・・。
どこか面白半分で根掘り葉掘り聞こうとした人もいるけど、円香くん自身がそうされたくないからか、過去の話に拘ることはなかった。
その内時間が過ぎれば過ぎる程、円香くんと過ごせば過ごす程、周りの皆から人望ある彼の本質に気付いてきた。
あんなに薫くんのことばかりに囚われて、ずっと考えていたのに、私はいつの間にか円香くんと一緒にいることが楽しいと思えるようになった。
それと同時に、自分のあれほど強かった好きな気持ちは、そんなもんだったのかな、なんてガッカリもした。
フラれても諦められないって、思ってたはずなのに・・・
朝野くんと心底幸せそうな薫くんを見て、きっと私は心を折られていた。
自分自身にガッカリするたびに、私は円香くんと話したことを思い出した。
いつも等身大で話をしてくれる彼が、無理に前向きな言葉をかけるでもなく、下心で慰めるでもなく、ただ隣で聞いてくれたこと、話してくれたことが、日常の中で一番私の心を救ってくれていた。
そんな彼を好きになり始めていた時、4人で出かけた別荘の夜、花火をする前に、翔くんと話してる円香くんの言葉を聞いてしまった。
「好きな子ねぇ・・・。わかんないなぁ・・・・。いないかもね。」
真っ暗になった庭先を見つめて、そう漏らした円香くんの言葉を聞いて
私は自分が驕ってたんだと気づいた。
私・・・何とも思われてないんだ。
二人っきりでソファに座って、私の髪を撫でて優しく笑ってくれたのに、何とも思ってないんだ
彼に幻滅したり、最低だとか思ったわけじゃない。
私は逆にその言葉で火がついてしまった。
あんなに薫くんが好きだったのに。
それからもう、忘れるために好きなんじゃないかとか、曖昧な気持ちを全部捨てたの。
一緒に居たいって思ってる自分の気持ちが、全てだと信じることにした。
「リサ・・・おはよ。」
目が覚めて優しい円香くんの顔が目の前にあって、胸の内はじんわり温かくなっていく。
この人が帰ってくる場所になりたい。
こんなにも貴方のことが好きなの。