誤解されるようなことをしていません
生徒会の仕事を押し付けられるというパターンを使いたくて
生徒会は月末になると忙しくなる。いや、生徒会だけではないだろう。
部活や委員会などの経費や活動報告書をこまめに出せと通達しているのに面倒なのか書く暇がないのかまとめて月末に出してきて……出さないと予算が下りないから書類を提出するだけましなのだが、そのルーズさで生徒会は忙しいのだが。
「フェリナさん。ここは部外者は立ち入り禁止ですと何度もお伝えしましたが」
生徒会副会長で公爵令嬢。マーゴット嬢が注意するのは推薦入試で入ってきたフェリナ嬢。この学校は基本貴族や商人などお金を多く持っている者が入れる狭き門だが、年に数人庶民を推薦入試と言うことで学費をタダにして入学させるシステムを取っている。
もともと優秀だった庶民が学園上位を維持していく事で将来国政の中枢に入る事もあるからだ。というか、我が国の宰相がその推薦入試をした人材だ。
つまり、フェリナ嬢はそんな狭き門の推薦を手に入れた優秀な人材なのだが、学園に入ってから問題行動が目立っていた。
「ひどいです。この学園では創立者の名の下平等だと謳っているではないですか!!」
あたしが庶民だからと馬鹿にしているのですかとうるうる涙を浮かべて告げると、
「マーゴット!! お前がそんな心が狭い女だと思わなかったぞ!!」
生徒会長のペルセウス殿下が忌々しいとマーゴット嬢を睨むと、
「もう大丈夫だよフェリ」
優しくフェリナ嬢の頭を撫でて慰めている。
「恐ろしかったよな」
書記の侯爵子息がそっと目に溜まっている涙をハンカチで拭き取り、労わるように肩に手を置くと、
「姉上がすみません」
これを飲んで落ち着いてくださいと会計のマーゴット嬢の弟君が飲み物を差し出す。
「みんな……ありがとぉ」
目に涙を溜めたままにっこりと微笑むと鼻の下を伸ばしていく三人。
「こんな空気の悪いところでいるのもなんだから美味しいケーキの店を見付けたから行こうか」
「それはいいですね」
「そうだね。甘いものを食べて気持ちを切り替えようよ」
「嬉しい♪ ありがとう。ペルセウス。レグレス。アルデバラン」
わいわいと騒ぎながらフェリナ嬢を囲むように出ていく面々。
残されたのは……。
「………ダミアンさまは行かなくていいのですか?」
マーゴット嬢が書類に目を通しながら告げてくる。
「俺は呼ばれていないですし、眼中に入っていないと思いますよ」
フェリナ嬢に差し出して結局飲まれなかったカップをせめて片付けて行けばいいのにと流しにもっていき洗う。
「同じ推薦入試者としては恥ずかしい限りです。生徒会室は関係者以外立ち入り禁止と入り口に書かれていたのに平等とか庶民とかと言い出してずかずかと入ってきて」
彼女の所為で他の推薦入試者が肩身が狭い想いをしているのでと愚痴が出てしまう。
「それを許している殿下も殿下なのよね」
本当なら生徒会長の殿下が止めるべきなのにと溜息交じりで告げるので、
「マーゴット嬢が思い詰める必要はないと思いますよ。婚約者だからと言ってそこまで責任を負う必要はないと思いますし」
気休めにしかならないのだが、声を掛けると、
「……発言には気を付けて」
注意なのか叱っているのかどちらともとれる返答をしてくれる。
「マーゴット嬢の前だから言えるんですよ。それに事実を告げて処刑などとするような国ではいろいろと終わっているでしょうし」
それで不敬罪だと喚くようなら破綻するだろうと思いつつ、溜まっている書類に視線をやる。
「マーゴット嬢は今日王子妃教育は大丈夫でしょうか?」
「月末は入れないでほしいと伝えてあります。生徒会の仕事が忙しいので」
「ならよかった、一人でしろと言われたらどうしようかと思いました」
二人で黙々と生徒会の書類を片付ける。途中不備がある書類を見かけると忙しいのにと舌打ちをしそうになってしまうが、これが一人ではなく二人だったから一人がまとめて返しに行くとして、途中で気分転換に飲み物かお菓子を買いに行くという名目で休憩にもなる。
「マーゴット嬢がいてくれてよかったです」
無事書類仕事が片付いて立ち上がる。
「でも、今更ですが、毎日王子妃教育で生徒会の仕事もしていて大変ですね。かといって生徒会の仕事を止めると言われたら困るんですけどね」
実質的に仕事を回しているのは二人だけなので抜けられると負担が大きいので労わって休んでくださいといえないのが申し訳ないと思いつつ頼ってしまう。
「わたくしもダミアンさまがいてくれて助かりました」
と左手に嵌めている腕輪を撫でながら告げてくる。二人で戸締りの確認をして外に出るとすっかり暗くなっている。
「一人で行っていたら生徒会の仕事とか言いつつもサボりの口実だろうと言われていたので」
「なんですかそれ」
いくらなんでも酷くないかと敬語を忘れて言葉を漏らすと、
「だから助かっています」
と、天井に視線を送って意味深に微笑んだ。
「マーゴット嬢。馬車は?」
「少し前に魔法で連絡をしたので大丈夫よ」
左手の腕輪を見せてくるが、魔法道具だったとは気づかなかった。
「王子妃教育が始まった時にお父様がプレゼントしてくれたのよ。わたくしを守るために」
「いいお父様ですね」
彼女の弟はマーゴット嬢を悪人に仕立て上げたいようだが、父親はそうではないのだと知ると安堵する。貴族の義務かもしれないが、負担が大きすぎるから気遣ってくれる人が居るのなら大丈夫なんだろうと思える。その割に弟には甘そうだがとどんな方なのかと想像してみるが貴族の事は分からないから基準すら頭に浮かばないので考えを放棄する。
馬車乗り場まで護衛をかねて一緒に行き、公爵家の紋章の描かれた馬車に乗り込むマーゴット嬢を見送りしてから自分も学生寮に帰った。
「マーゴット・クラウド。お前との婚約を破棄する!!」
後日、学園祭で盛り上がっている時に生徒会の挨拶として生徒会長の殿下がいきなり挨拶をすっ飛ばしてそんなことを言い出した。
ちなみに学園祭だ。来賓も多く見えている。
「――理由をお聞かせください」
学園祭の準備があるからと制服なマーゴット嬢と反対に殿下はきっちり王族の正装に身を包み、その傍らにはなぜかフェリナ嬢が控えている。
「決まっている。お前が生徒会室でそこにいる庶務の庶民と不貞行為を行っていた事実もそれに気付いたフェリナに暴力で脅したことは知っているのだぞ!!」
「マーゴットさん。マーゴットさんはペルセウスの婚約者なのにそんなことしてはいけないでしょ!!」
と喚いている二人を見て、どうしてそこに自分の事が出てくるのかとか生徒会で二人で書類仕事をしていたのをそんな悪意のある噂にするなんてと怒りが湧いていたり、そもそもの原因が殿下たちなのだろうと言いたかったが、他の生徒会の面々もこちらを睨んでは、
「これだから庶民は……」
「姉上も自分の立場を理解していない恥知らずな方ですね」
と罵り続ける。
「お前のようなものを王妃などに出来ない。だが、罪を認めれば……」
「いいたい事はそれだけですか」
静かな口調だが、マーゴット嬢は怒っていた。
「証拠もなく、フェリナさんの証言だけですか?」
「はっ、証拠!? そんなのお前とそこの庶民が二人だけでいたことで十分証拠になるだろう」
鼻で嗤うような声。
「なら、わたくしの心当たりはありませんと告げても」
「はっ。口先だけならいくらでも言えるだろう」
先ほどまでは証言だけで十分証拠になるという発言だったのにこちらが違うと告げると信じられないというのはだいぶ偏ったことをおっしゃる方だなと以前から思っていたが再認識してしまう。
学園内では平等と言いながらも平等として接していたのはフェリナ嬢だけなのはよく見ていたので知っている。
生徒会の一人だったのに名前を呼ばずに庶民庶民と言っている時点で明白だ。
「そうですか。――残念です」
マーゴット嬢は腕に嵌めていた腕輪をそっといじる。
「ところでご存じですか? 王子妃になるためにわたくしには常に護衛とも監視ともいえる存在が控えていたのを」
それを聞いて殿下の表情が青ざめる。
「まあ、それ以前に」
いじっていた腕輪が魔力を帯びて光り輝く。
「こんな証拠も残っていますが」
魔道具であった腕輪が天井一面に映像を映し出す。それは生徒会の仕事中に部外者を入れて、それを注意するマーゴット嬢を責め立てて生徒会の仕事を残して遊びに行く殿下含む生徒会の面々。
残されたマーゴット嬢と庶民庶民と言われていた自分がコツコツと仕事を片付けて行く映像。
「これで責められる方は誰でしょうね。ちなみに影からも証言はとれると思いますよ」
殿下の方にも秘かに護衛している方々がおられるはずなので。
「で、不貞行為ですか。神聖なる生徒会室で」
どこでそんな暇があるんでしょうか。
「なあ、これが事実なら」
「生徒会の企画とか書類とかすべてこの二人で行ってきたと言うことだよな」
「今回の学園祭も」
「そう言えば、生徒会って別名王族と側近候補を見極める場所って言われてたよな……」
ひそひそと話をする声が聞こえて殿下の顔が怒りで赤くなっていく。そういえばそんな話を生徒会に入る前に教師に言われた。
『本来ならお前が生徒会長だったんだがな……』
という溜め息とともに。
「此度の騒動。来賓に両陛下が見えていますが、どう思われるでしょうね」
殿下が青白い顔で人形のようにぎこちない動きで来賓席を見る。そこには冷たい表情で一瞥する両陛下の姿があった。
で、後日。
婚約は殿下の有責で破棄。
側近候補たちも殿下を諫めなかったと言うことで勘当されたそうだ。
「弟が勘当されたので必然的に家を継ぐのがわたくしになったのよ。男子が継ぐという法律も変えて、長子継承か優秀な人材が継げる様にしてもらいたいわね」
生徒会で黙々と作業をしながら話題は尽きない。
生徒会もあの問題のあった方々は辞めてもらいそのうち新しいメンバーが入る予定だ。
「大変ですね」
フェリナ嬢は推薦入試者であったが、相応しい人材ではないと学園の資金援助(または、学費免除)は取り消されて、お金を返却することが決まった。
近いうちに高額な借金で水商売に身を沈めるだろうと推測できる。
「殿下たちがいたから忖度されたけど、本来なら学年一位の成績を維持し続けているダミアンさまが慣例通りなら生徒会長になっていたのよ。実は」
「ああ。聞きました。まあ、でも、庶民の生徒会長だと従わない高位貴族がいるだろうと言われて殿下になったとか」
平等と言いつつも平等ではないんだなと聞いた時思ったものだ。
「それでこの騒動の影響で生徒会長になれと言われたらどうするかしら」
どこか面白がるような声に、
「断りますよ。来年第二王子が入学するのでその方になってもらいます。庶民には荷が重いです」
心の奥底から本音で告げると、
「そうね。でも、次期公爵の伴侶ならば?」
と言われて、書類を書く手が止まってしまう。
視線を上に向けるとどこか緊張しつつも断れないだろうと見透かすように、
「学年一位を維持できる能力。生徒会での実践経験。公爵家としては婿に欲しい逸材なのよね。わたくしも新しい婚約者を探している立場なので」
手を差し出される。
「わたくしの夫になってください」
と言われて断れる存在などいないだろう。
「……………よろしくお願いします」
と返す事しか出来なかった。