1-8 『声』
治療院はある意味ではこの町の風景に合う、イメージ通りの建物だった。
中世のイタリアにでもありそうな石壁の大きな屋敷、それが治療院と呼ばれている施設だった。しかし、そんな金持ちが住むような屋敷が病院のような役割を受け持っていることより、違和感を感じるモノがその後ろにあった。
「……なんですか、あれは」
「あれが今回用がある別棟、蘇生院だよ」
シャラムが悠々と答える。
治療院の背後から生えていたのは、古代ギリシャの神殿を思わせる、石造りの屋根を石造りの大きな石柱と石壁が支える神聖そうな建物だった。それが治療院の屋根と融合しながら聳え立っている。
中に入っていく二人のあとを深慧莉も恐る恐るついていく。
中に入ると内部も外観に負けないよう豪華に飾られており、とても治療を行う施設には見えなかった。
床には金糸で刺繍の施された緑のカーペットが受付まで続き、ロビーに置かれたテーブルやベンチはマホガニーやローズウッドを彷彿とさせる美しい木目と色合いの木材が使われており、天井に吊るされているシャンデリアは白金でも使われてるのか錆ついておらず白く輝いている。
「こんにちは!回収した遺体の蘇生をお願いしまーす!」
シャラムが元気よく受付に申し出る。
「かしこまりました、登録証をお願いします」
受付の耳の長い女性が対応している間にイサオが奥に歩いていく。
「シャラム先に行ってるぞ、ミエリも一緒に来い」
「え、いいんですか?私たち一応部外者ですよ?」
「お前は新入りだから勘違いしているかもしれんが、この世界じゃ蘇生なんて日常なんだ、特別じゃない。だから出入りは簡単も簡単なんだ、アイツと知り合いの俺たちなら入っても何も言われない」
(それって大丈夫なのかな……?)
深慧莉が管理の杜撰さを不安に思いながらもついていく、治療院から蘇生院までは石造りのやたらと急な階段を登っていく必要があり、その急な階段を登りきる頃には深慧莉は体力を使い果たしていた。
「ぜー……はー……」
「なんだもう疲れたのか?そんなんじゃ先が思いやられるぞ」
「蘇生する時ってハァ……毎回遺体をここまでハァ……運んでいるんですかぁ……?」
深慧莉が息を切らしながら質問する。
「いや、魔法で動くエレベーターのようなものでここまで運ぶ、もちろん生きている奴も利用可能だ。俺は食後の運動がてら階段を使っただけだ」
それを聞いて深慧莉が完全に崩れる。
「それ、先に言ってくださいよ〜……」
「なあ、本当に解明者になるのか?」
イサオが近づき、中腰になりながら床で伸びている深慧莉に問いかける。
「何度も言ってるじゃないですか、私がやらないといけないんです」
「夢で言われたからか?」
「…………」
「この世界に来るやつのほとんどは死ぬ事がトリガーになっていると昨日言ったが、覚えているか?」
「え?あ、はい」
突然の話題に深慧莉は驚いたが、何も聞かずに返事をする。
「そんな条件だからか、死んだ時の記憶をコピーしてこの世界で新しい自分が作られているんじゃないかって説を唱えてる奴らもいてな、真実は不明だが、属する宗教や思想の違いからよくそれが論争になってるんだ」
深慧莉は黙ってイサオの言葉聞いている。
「しかし実際には死んだ時からこの世界に来る間に「夢」を見ていたと証言する奴らが一定数いたんだ。だが、それは今のところ論争を巻き起こしている連中から完全に封殺されている」
「封殺……?なんでそんな事を?」
「あまりにも非現実的だったから……とでも言うべきか、その夢ってのがあまりにも異質すぎたんだ」
「……どんな内容なんです?」
深慧莉が生唾を込み込み、神妙な面持ちで聞いた。
「内容自体は大したことない、死んだあと体が持ち上がる感覚と共に声が聞こえるんだ、『あなた面白いわ……これから楽しいことが起こるわよ?』ってな」
それを聞いた深慧莉が目を丸くする。
「そして、何か物凄い速さでどこかに連れ去られる感覚を一定時間味わうと、今度はフワッとどこかに寝かせられる感覚に変わる。んで、意識がはっきりすると周囲はこの世界だったって感じだ」
「……一つ質問していいですか?」
「いいぞ」
「その「夢」を見た人って、あなた以外にもいるんですか?イサオさん」
「ああ勿論だ、この話題を出すと食いついてくる奴も少なからずいてな、広めようとした奴もいたらしい。なのに夢を見た人間以外は興味を向けず、論説は消され、ギルドはダンマリだ」
「……怪しさしかないですね」
「その通りだ、だからこそお前の夢の話を聞いた時驚いたんだ、そんな話聞いたことなかったからな」
「確かに、ここに来た時は私も意識なんてなかったですからね、イサオさんの話とは全然違う」
「だからお前が解明者になるのは俺はおすすめにしない、何を言われたのかは知らんがどう考えても危険だ」
深慧莉は考え込む、確かにこの「お願い」はリスクしかなく、未知の部分が多すぎた。
「それでも……私はやります、この世界を解明したいんです!」
深慧莉はこの『グリザイユの貴婦人』から言い渡された「お願い」に、謎の使命感と満足感を感じていた。
「お前のその異常な融通の利かなさは、もしかしたら声に操られているからなのかもしれないんだぞ?それでもいいのか?」
「はい!だって、私にはもうこれしか……」
そこまで言って深慧莉はハッとした。自分がこれほど「お願い」に固執しているのは死ぬ理由になった「自分には何もない」を取り払ってくれたからなのだと、この「お願い」が今の自分の生きる糧になっていることを深慧莉は実感した。
「……私にはもうこれ以外なにもないんです、結果的にみなさんに迷惑を掛けるかもしれませんが、それでもこれの為に生きたいんです!」
深慧莉の言葉を黙って聞いていたイサオが一つ大きなため息をつく。
「俺には強引に止める権利はない、だが言ったからには絶対に逃げるような真似はするなよ」
「もちろん、分かっています」
深慧莉はそう言って頷く。
ちょうどそのタイミングでシャラムがやってきた。
「あっ!二人ともこんなとこで何やってんの〜?今日は少ないからすぐにやってくれるってさ!」
そういうとシャラムは深慧莉の手を引っ張る。
「あ、ちょ、ちょっと!」
シャラムと深慧莉がズンズンと奥に進んでいく。
「結果的にはみなさんに迷惑をかけるかもか……もう十分迷惑をかけてるぞ、心配ばかりかけさせやがって」
イサオが頭を掻きながら蘇生院に入って行った。
今のうちに言っておこうと思いますが、イサオはメインヒーローとかではありません。
実は彼もとんでもない人物だったりします、一章のうちに描写するかも。