5-3 地図
「いやー久しぶりの我が家だねー」
夕暮れ時、両手が塞がっているシャラムが宿屋のドアを蹴り開け、ミエリとアフタレアの首根っこを掴んだまま中に入る。
あまりにも非常識な行動だが、彼女の凄まじい気迫に気圧されてしまい、宿屋内部の者達は誰も何も言えずにいるようだ。
「なにを言ってるんですか、ここは宿屋であなたの家じゃないですよシャラムさん」
「ゼノル君は相変わらず苛ついてる人に油を注ぐのが好きだなぁ」ゴッ
続けて入ってきたゼノルが言わなくてもいいことを言ってしまい、それに対してシャラムが笑顔のままゼノルの脛を蹴り上げる。
「痛ったぁ!?なんでですかシャラムさん!」
「そんなことよりも、ここで暴れるのは良くないのではないか?既に他の者を驚かせてしまっている、少し落ち着け」
「そうですよね、皆さんも部屋に戻って……」
更に後から入って来たエンロニゼが周りの迷惑を考えて嗜め、その後ろからユーエインも出て来て彼女に同意するが、シャラムはそれが聞こえてないのか、宿屋のロビーに持ち上げていた二人を落とす。
「いぃっ!!は、はい!!」
ミエリは落ちた瞬間に正座の姿勢をとり、そしてバウンドを利用してシャラムに向き直る。
「いってえな!そんなに怒らなくてもいいだろうが!」
ミエリとは逆に、脚を崩して座り込むアフタレア、左手で体を支えつつ右手で首を確認しながら、シャラムの方を振り返って彼女に怒りをぶちまける。
「えらそーに、あんた達がとんでもない話を隠しているのがそもそもの原因でしょ」
「そういえば、あの声ってなんなのでしょうか?お二人はグリザイユの貴婦人と呼んでいましたが……」
「まあみんな落ち着いて……とりあえずイサオさんが今いないから、あの人に教えてもらったことから説明するよ」
そう言うと、ミエリはコホンと咳払いして口を開く。
「わたしも聞いた話だから具体的にはわからないけど……どうやらこの世界に来る瞬間、声が頭の中に響いてくるんだって。『私を楽しませてー』とか『面白いことになりそー』とかね」
「んなこと知ってんだよ、アタシたちも死んだ時にその声聞いた……と貴婦人自身が言ってたならな、アタシは覚えてないけど」
「トカゲらしいね」「うるせえ!」
「まあまあ……それでこの話は、声を聞いたことのある者同士でしか会話が噛み合わないらしいんだよね。だからほら、みんなわたしたちを無視するようになったでしょ?」
「本当だな、まるで私達の言葉が聞こえてないかのようだ」
ミエリの言葉に皆が周囲を見る。あれだけシャラムが入ってきた時の騒ぎにはどよめいていたのに、その時とは打って変わってまるで聞こえてないかのように静かだ。
「だからこの話題自体が声をかけられた人かどうかを判別できる材料……なんだけどシャラムってわたしが解明者になるって宣言した時に声の話も出したけど反応しなかったよね」
その言葉にメンバーの視線がシャラムに集まり、彼女はギクッ!という擬音でも聞こえてきそうなほど動揺する。
「いやーあのさ、あの時ミエリは夢って言ってたじゃん?だから寝てた時に見た夢の中で妖精さんにでもそう言われて、それ本気にしちゃった頭残念な人なのかなーって思ってた」
「話聞く限り残念なのはオマエの頭な気がするけどな」
「う、うるさい!あんたにだけは言われたくないっての!」
その時、宿屋の玄関が開きイサオが入ってくる。
「お前ら、こんなところでなにをしている?もしかしてここで話を聞いているのか?」
「ああおっさんか、いやこのドラゴンは知恵が足りてないんだなって、みんなでバカにしてたところなんだ」
「殺すよ?」
イサオの言葉に合わせて、アフタレアがシャラムに茶々を入れる。するとそんな彼女にシャラムが真顔で殺意を向け、そんな様子にイサオが苦笑いを浮かべた。
「穏やかじゃないな、一体なにを話してた?」
「ちょうど良かった、今から話すのはアフタレアにしか話していなかったから、みんなには説明しとこうと思って」
そう言って、ミエリはパーティメンバー全員を見渡しながら彼らの前に立つ。
「んでこれからがみんなに秘密にしていたこと、実はわたしってその『声』に気に入られてるみたいなんだよね。それで特別目をつけてもらってる」
「目をつけてもらっている、か……それでお前にだけは『グリザイユの貴婦人』という名を教えていたり、蘇生院を通さず蘇生して貰っているということか」
「まあ、イサオさんの想像通りだね、どうやらわたしは声の主にかなり愛されてるっぽい。だから死んだらその場で生き返るし、死体が消化されても復活できる」
「随分と便利だな、アタシもそこまで聞いてはいなかったぜ」
「それにしても消滅した遺体も復活できるなんて……その方は何者なんでしょうか……」
「詳しくは説明してくれなかったよ、でも言い方からしてこの世界の成り立ちについてなにか知ってそうな感じだった」
「ミエリさんとんでもないこと隠してたんですねー!それにしても、なんでミエリさんだけそんなに特別扱いなんですか?」
「さ、さぁ……わたしにもわからないよ、理由話してくれなかったし……ただ、彼女がわたしを生き返えらせる意味は分かるよ。なんか謎のある場所に行ってそこを解明してほしいってさ、ちなみに最終目標はその貴婦人さんを見つけて欲しいんだって、その意味はわたしにもわからないよ」
「なんかふんわりふわふわした話だな、はっきりしない物言いなのはアタシの時もそうだったから相変わらずとしか思わないけど、なんかヒントとか貰わなかったのか?」
「ヒントとかそういうのは……あっ!!」
アフタレアの当然の疑問に言い淀むミエリ、しかし何かを思い出したのか、急に端末を取り出して操作をし始める。
「あった!これ!これ!」
何かを見つけ興奮気味にメンバーに画面を見せる。
「なんだ?いきなりなに見せんだよ」
「これだよこれ!みんなこのMAPっていうアプリ知ってる!?」
「なんだこれは?ぱっと見エラー画面かと思ったぞ」
「でもこの形ってこの宿屋と同じですね!それに右下にMAPってつまらないロゴが付いてますし!一応地図みたいです!」
「端末に備わってあるマップ機能とはレイアウトが違う、だが各コロニーが独自に出してる案内図や、有志のダンジョンマッピングアプリとも別物だな。これがどうした?というかどこで手に入れた?」
ミエリの端末に表示されているものは、方眼紙模様の中に簡潔な図形と謎の記号だけが描かれた、一見意味のわからないものだった。
しかし、その図形は自分達のいる宿屋の形状と一致しており、右下にはわざわざ飾り気のない『MAP』の文字もあり、これが何かの地図ということは周囲にも理解できた。
「これがさぁ!端末貰った時になんかいきなり出て来たんだよ!それとMAPを見た時に貴婦人ちゃんから見せられた最初に行って欲しいっていう場所の光景もフラッシュバックしたんだよね!だから多分これがその目的地を記した地図なんだよ!」
「……だったら、それを最初に言いなさいよ!全部自分だけでやろうとしてたんでしょ!?馬鹿じゃないの!?」
興奮気味にミエリが説明し、概要を知って真っ先にこれを荒げたのは意外にもシャラムだった。
「そ、そう言ったって……こんな声の話おいそれとみんなに話せなかったし……こんな話したら変な人に狙われるんじゃないかって思ったから……」
「そんなの全部ミエリの想像じゃない!全部自分だけで判断して行動したら取り返しのつかない事になるって分かりなさいよ!」
「お、お、お、落ち着いてくださいシャラムさん!ミエリさんも一応考えての行動だったんですから!」
「気持ちは分かるがとりあえず落ち着けシャラム、これは変なこと吹き込んだ俺にも責任がある。だがミエリ、黙っていたせいでこんな面倒事になっている事は自覚してくれ」
興奮するシャラムをユーエインとイサオが宥める。流石にこれ以上声を荒げるのは場違いだと感じたのか、シャラムは皆の視線を気にしながら渋々引き下がった。
「まあなんだ、とりあえずそのアプリの示してる場所ってのを見せてくれないか?次の目的地ってのは地図に載ってんだろ?」
「う、うん……次の地点って項目あるしここ押せば……あ」
「『あ』って何?一体どこを指し示したの……えっ……」
目的地を見たであろうミエリとシャラムが、それぞれ小さく驚きそのまま硬直する。そんな様子に他のパーティメンバーは困惑を隠せない。
「一体なに見たんだよ、画面こっち向けろよ」
「ええと、はい……」
ミエリが恐る恐る画面を向ける。するとそのタイミングでイサオの端末が鳴り響いた。
「こんな時間に誰だ……もしもし?」
「イサオか?手短に言う、今回あの地下の探査の結果について伝えておく。あの穴は『本能の洞窟』“には”繋がっていなかった」
「その言い方、別の碌でもない所に繋がっていたみたいだな、どんな所だ?」
「ちょっと今は言えない状況だ。なにせこっちもゴタゴタしてるからな」
「どうした?一体なにが……」その時、イサオの肩をゼノルが黙って叩く。
イサオが反応してそちらを向くと、微妙な表情のアフタレア、バツの悪そうなエンロニゼ、キョトンとしたユーエイン、満面の笑みのゼノル、それぞれの視線の先にあるミエリの端末に表示されていたのは、コロニーの中央付近、つまり件の地下室とその先の穴のある地点を強調する矢印だった。
「…………なるほど、報告感謝するぞベリエット。お陰でこっちは色々スッキリしたよ」
お久しぶりです。
スランプ発症してモチベ下がりまくって半年放置してました。今はやる気が補充されているので毎日は難しいですが週一くらいで頑張りたいです。
なのでやる気補充になる星やブクマ、スタンプなどの反応お願いします。




