5-2 すでに引き返せない物語
ギルドに到着したはいいものの、無駄に長い螺旋階段をあまりにも大量の調査物を背負いながら登るのはまだまだ体力の無いミエリにはキツく、息を切らしながら登っていく姿をユーエインが心配そうな顔で見守る。
「あのー、やはり私もお手伝いしましょうか?」
「はぁ……いや……はぁ……わたしはポーターだし……はぁ……これくらいは……はぁ……当然やるよ……」
「そーそー、どうせもう少しだからわざわざ手伝う必要はないよ」「ミエリー、頑張るんだぞー」
汗で髪まで濡らし、死にそうな顔で出した舌先から溜まった唾液を垂らしながらミエリがユーエインの提案を遠慮気味に断る。
そんなユーエインの更に後ろからシャラムとアフタレアが茶々を入れる。当人たちはミエリ以上に荷物を背負っているが、汗ひとつかかず余裕そうにミエリの頑張りを見守っている。
「やっと……ついたぁ……ぐうぇっ」
『ポーターのミエリ様、及びスペルマスターのレガナ様、認証完了、危険物ナシ、お疲れ様です』
ドアが開き中に一歩入った瞬間に力尽きて倒れ込むミエリ、そんな彼女をゲートが囲み、いつものように検査を起こっていると、小面のカウンターから駆け寄ってくる足音が響いてくる。
「ミエリなにやってるの!ほら起きて」
ゲートが開くと同時に入ってミエリを起こしたのはアマユだった、彼女はミエリの背負った荷物を下ろさせてそれを片手で軽く持ち上げると、自分の肩にかけつつミエリを引きずって近くのベンチに座らせる。
「しばらく見ないうちに顔つきが変わったわね、10歳くらい老けたわよ」
「はぁ……はぁ……うるさい……」
「大丈夫ですかミエリさん、必要ならば治療を行いますが……」
次にギルドに入ってきたのは、ミエリの後ろにいたユーエインだった。彼女はやつれた顔のまま肩で息をしているミエリに近づき、治癒魔法を提案するがそれはアマユに遮られてしまう。
「ユーエインちゃん、その他人を気にかける性格はあなたの良いところだけど、疲労は治癒魔法じゃどうにもならないの、それにこんなの放っておけば落ち着くわ。というか、治癒魔法も万能じゃないからすぐに頼るのは良くないわよ?」
そう、アマユ言われたユーエインは暗い表情でうつむく。結構ショックを受けたようで、悔しそうに歯を噛み合わせている。
「おっすアマユちゃん、ミエリのヤツ変に無理して疲れたんだろ?悪りいな介抱してくれて」
次にやってきたアフタレアがアマユに気さくな挨拶をしながらミエリの世話をしていることへの礼をのべる。
「こんにちはアフタレアさん、どうやら今回もデカブツを回収してきたみたいね、相変わらずあなた達は私の予想を裏切って十分な結果を出してるみたいね」
ミエリの背負っていた回収物を確認しながらも、アマユはアフタレアと簡単な会話をする。そんな四人に、センサーを通過した他のパーティメンバーが続けざまに集まってくる。
「あちゃー、だから無茶するなって言ったじゃん」
「ご、ごめんシャラム……」
「なんで私に謝ってるのさ、それより集めた調査物を見てもらうよ」
そう言って荷物を下ろすシャラムに続き、他の面々も調査物を下ろしていく。
「今ミエリのを確認させてもらってるわ、それにしても、原生生物のレールワームにグロブスタのカクタヌエ・アルべゥンス、そしてブレインテイカーのような小型まで色々狩ってきたみたいね」
「いやーそれがですねー、ダンジョンに入ってすぐに謎の黒い存在に襲われてパーティバラバラになっちゃったんですよー!それで個々でてんやわんやしてたらこんなに倒しちゃってたってだけなんですよー!」
「なんで部外者のお前が説明しているんだ……」
パーティの収穫を見て褒めてるのか皮肉っているのか分からない発言をするアマユに、何故かゼノルが真っ先に説明を始める。そんな彼の行動にイサオが小声でツッコミを入れた。
「謎の黒い存在……?またミエリはややこしいものを引き寄せたみたいね」
「何を言い出すんだ、これに関してはダンジョンに入ったら襲われただけで、我々は余計な事はしていない。この程度で嫌味を言われるのは人外だな」
アマユの呆れながら皮肉を言う態度に、今度はエンロニゼが少し不機嫌になりながら反論する。言い方から前回の地下施設襲撃のことをまだ気にしているのだろう。
「……そうね、今の言い方は私が悪かったわ、ごめんなさい。でも、もしかしたら面倒ごとを引き寄せてしまってるというのは、間違いじゃない可能性もあるわ」
「は?アマユちゃんどういう意味だよそれ」
「あなた達がこの状況に陥っているのはミエリがキッカケで始まったことばかりじゃない、この子は何かに呼ばれてるんじゃないかって思うの」
それを聞いた瞬間、ミエリの心臓がドキリッと大きく跳ねる。
「ッ!?それは言い掛かりだ!現に今回の調査のキッカケは私の軽率な行動が始まりなのだ、ミエリは何も悪くない!」
アマユの根拠のない発言をすかさずエンロニゼは否定する。その様子からこの事件に対して責任を感じているようだった。
「それによ、そんなことを言うならばなんか裏付けでもあんのかよ」
「えっと、それは……」
アマユの態度に気を悪くしたのか、いつもは明るいアフタレアもちょっと怪訝そうに問い詰める。そんな彼女の言葉にアマユは詰まってしまった。
「アマユが何を理由にそんなこと言ってるのか知らないけどさ、いくら嫌ってるからってもうちょっと配慮した方がいいと思うよ?」
「そ、そういうわけじゃ……」
アマユが反論しようとした時、突然彼女の腕をミエリがガッと掴み、息も絶え絶えに口を動かす。
「そ、それよりもさ……はぁはぁ……その黒い怪物を見たことは……はぁ……内緒にして欲しいんだよね……」
(不味い……アマユがこんなこと言い出すってことは、多分何か掴んだんだ……ニィピーも“別のわたし”からわたしを探すよう頼まれてたし、絶対わたしの知らない所でなにか起きてるんだって、そんな気がする……沼地での事もそうだけど、これ以上わたしの居ないところで話を進められるのはヤバい……)
ミエリの突然の言葉に、アマユだけでなく他のパーティメンバーも驚き顔でミエリを見る。
「おいおいおいおいなんでだよ!それじゃあアマユちゃんの言ってることが間違ってないって、そう言ってるようなもんだろ!?」
「ミエリ、あんた一人でいた時、あの黒い化け物と接触したんでしょ、んで何か知ったんだね。じゃなきゃわざわざ黙ってる必要ないでしょ」
「うっ……まあご想像にお任せします……」
「ミエリ、私がフォローした後でそんな事を言うのは人が悪いぞ。どうしても秘密にしておかなきゃいけないことなのか?」
エンロニゼの言葉にミエリは言葉を詰まらせる。が、意を決したようにアマユの方を向いて口を開いた。
「……ねえアマユ、わたしがトラブルの原因だって根拠は、もしかしてわたしに似た誰かが他所で暴れてるから……とかじゃないよね?」
「ッ!?ミエリ、そのこと誰から聞いたの?」
「その黒い怪物、ニィピーっていうんだけど、その人が洞窟にいたのはわたしを探して別のわたしの所は連れて行くためだって言ってたの」
それを聞いて、周囲が先ほど以上に驚きどよめく。
「な、なんだと……!」
「へー、同一人物がもう一人の自分を興味本位で探すって珍しくないですけど、あんな怪物まで使うのは珍しいですねー!」
「えーとどういうことでしょうか……?ミエリさんが二人いるってことですか?」
「ミエリ、なんでそれを早く言わなかったの?黙ってた理由を教えて」
「じゃあ逆に聞くけど、もう一人の自分が怪物に殺戮をさせてまでわたしを探しています、その理由は分かりません。ってなったらどうする?」
「まあ、まともな話じゃねえってのはわかるな、こんなこと報告したら自分も疑いをかけられて下手すりゃ拘束される」
アフタレアが模範的な回答をすると、ミエリは満足そうに頷く。
「そんなところ、私は『グリザイユの貴婦人』に言われた目的を果たすまで捕まる気はないよ」
「グリザイユの貴婦人?誰よそれ」
「死んでこの世界に来る直前に夢の中で話しかける存在だって……「アフタレア!それ二人だけの秘密って……!」
「え?あっ、なんでアタシ普通に喋って……つうかミエリお前も名前出すなよ!」
シャラムの問いかけに、アフタレアがなんの気もなしに『グリザイユの貴婦人』について説明する。秘密にするはずだった話をあっさりしてしまい、ミエリが制止するが間に合わず。その場にいた者でイサオ以外がそれを聞いてリアクションを取る。
「声……?あの上品な女の人の声の事?」
「なっ!?お前達もあの声を聞いた事あるのか!?私だけだと思っていたぞ!?」
「皆さんも聞いていたのですか?他の方に聞いても反応されなかったので、なにかの幻覚幻聴だと思っていたのですが……」
「へー!次から次へと新情報が出てきますねー!ちなみにその声は僕も聞きましたよ!」
その場の全員が声を聞いたことがあると言い出し、イサオとアフタレアが唖然となる。
「おい、ミエリとアフタレア、お前たち声の正体を知ってて黙っていたんだな?」
「いやー……その、おっさんはミエリが声を聞いたってことしか知らねえって聞いたから下手に説明するとややこしくなると思ったんだよ……」
「んで、結局自分で話をややこしくしたって訳ね、そんな秘密にしてたなら、なんで二人ともあっさり言っちゃったのさ」
「いやなんでだろうな、思わず口が滑ったというかぁ……」「えへへ……」
頬を掻きながら誤魔化すようにそう言い訳するアフタレアと笑って誤魔化すミエリ、そんな収集のつかない場面でアマユが冷静に中心に寄るように前に出る。
「はいはい、なるほどね、蘇生してないのに生き返ったとかアフタレアさんが言い出したら時は意味が分からなかったけど、つまりそういうことね」
「なに……?」
それを聞いてイサオが険しい顔で二人を見る。既にミエリとアフタレアの顔には大量の汗が滝のように流れている。
「はいはい一旦落ち着いて、その貴婦人の話は私抜きで勝手にやってなさい。それよりも黒い怪物、ニィピーとかいうのに関する話よね。もちろん黙ってるわ、これは外に漏らせば絶対にマイナスしか生み出さない話よ」
「アマユ、なぜそう言い切れる?お前は何を知っててなぜ俺たちに黙ってるんだ?」
「それに関しては今は言えないわ、情報はなるべく隔絶する。知り合いに迷惑かけないようにね」
それを聞いてミエリがアマユを緊張の面持ちで睨む。
「そ、それは不平等じゃない……?こっちは全部話したのに」
「今のあなた達に話したら情報量でパンクするわ、時がくれば自然と点が繋がるはずよ」
「なんだよそれ、ずりい言い方で煙に巻きやがって、それじゃあ全部話したアタシたちがバカみたいじゃんかよ」
「馬鹿みたいじゃなくて馬鹿だよ。とりあえず蘇生は後回しにして、先にじっっっっくり説明して欲しいね」
異様に笑顔のシャラムが二人を掴み、そのまま拘束する。そして出口に向かうが、その途中で振り返ってアマユを見る。
「あ、アマユ、この調査物の取り引きお願いね、あと実はまだワームの亡骸が残ってるから回収依頼も出しといて」
「はいはい、あなた達も立て込んでいるみたいだし、後のことは私がやっとくわ」
それを聞いて満足したのか、シャラムは二人を掴む手に力を入れながらギルドを出ていく。
「いて!いてて!バカッ!力入れんな!」
「うう……そんなに怒んないでよ〜……」
「待ってくださいシャラムさん!」「なんか面白いことになってしまいましたねー!」「……やれやれ」
シャラムの去ったあとをユーエイン、ゼノル、エンロニゼが追いかける。
あとに残ったイサオは深くため息を吐くと、調査物の鑑定をするアマユに向き合う。
「帰って早々とんでもない展開になったな、お前が変なこと言い出すからだぞ」
「そんなこと言われても、流石にこんな事になるなんて思わなかったわ。でもあれは八つ当たりだったわね、ごめんなさい」
「俺に謝られても困る。それよりここに残ったのは別件だ、アダレムがミエリたちと接触したらしい」
アダレムの名を聞いた瞬間、アマユの表情が険しくなる。
「……それは確かなの?」
「俺を知っていて、それなのに俺に会いたくなくてさっさと逃げたらしい、そんなことするやつはあいつだけだ。バイクのエンジン音みたいなのも聞こえたが多分やつだろう」
「バイク?なるほどね、それならほぼ間違いなくアダレムよ。彼って今『エニグマ』とかいう専門職を申請中らしくて、その専門職の術でバイクを生成して乗り回してるみたい。それに、ソルレア教とも繋がってて敵対組織相手に暴れてるって噂もある」
それを聞いてイサオが少しショックを受けたように顔が強張る。
「昔のあいつからは想像つかないな……どうする?この事を話す為にザビメロのやつにも連絡するか?」
「いいえ、ここで彼を呼んでも説明する相手が増えるだけよ。互いにやることも多いみたいだし、ここは様子見しましょう。情報はこっちで集めとくから」
「そうか、すまないな。それなら俺もできる限り力になる」
「ありがとうね、しっかし……今日は人がいなくてよかったわ……いきなりあんなこと言うなんて、あの二人は相変わらず空気読めないわね」
「確かに今日は客はいない、だがギルド職員がいる、どちらにせよ良くないだろ」
「いえ私が釘を刺しとけば大丈夫よ、あの子たちは私に敵対すればどうなるか良く分かっているからね。ねっ!」
アマユが明るい笑顔をカウンターの先に向ける。するとそこで業務をしていたギルド職員達がビクゥッ!と怯え、『はいぃ!』と皆で元気よく返事をした。
「模範的じゃないな、今のお前の姿を見たらダレットあたりは嘆くぞ」
「知らないわよ、今の私はただのギルド職員で、そしてオペレーターの解明者よ。さ、お互い忙しいんだからもう解散しましょ」
「そうだな、お疲れ、体に気をつけろよ」
「それはお互い様、お疲れ」
軽く挨拶したのち、イサオはさっさとギルドを出ていく。その姿を見送ってからアマユが小さくため息を吐いた。
「はぁ〜……私も、久しぶりだし“慣らし”をした方が良さそうね」
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「……貴女ですか、一体貴女は何者でなにをしているのですか?」
パーティメンバーの中で最後尾を歩いていたビルセティ、その彼女の肩が軽く3回タップされる感覚を感じ、思わず彼女が振り向くと、路地裏から見覚えのある青いジャケットの袖と、そこから生える指が顔を出していた。
その指は彼女を誘うようにクイッと動き、それを見た彼女は最大限の警戒をしながら路地裏を覗く。
するとそこに立っていたのは、ビルセティの予想通りクルルメウの沼地で出会った、ニィピーがリュウカと呼んでいたヴァラルフのα女性だった。
「やあ……なに、ちょっと困ったことになったから手伝って欲しいんだ」
本当はちょっと匂わせ程度の展開にしたかったのに、いきなりミエリとアフタレアが暴走して暴露してしまったので飛んでもない展開になってしまいました。どうしよう……




