4-20 トラブルの収束
「くっ!?もしかしてゼノルのビデオカメラに反応して!?」
「マズイぞ!こっちに来やがる!」
洞窟の最深部、トラブルだらけの中でなんとか合流できたシャラム達を襲ったのは、エーテル反応に引き寄せられた、このダンジョンの主とも言うべき巨大なワームだった。
ワームという名だが、芋虫などではなく、巨大な蛇のような生物であり、巨大な二本の角や背面を覆う刺々しい鱗などは竜を思わせる通り、実際にドラゴンの近縁種とされている。その見た目に違わず、ストレンジフィールド内でも強力かつ凶悪な種である。
そんな生物に見つかったのにも関わらず、メンバーはなるべく平静を保って得物を構えた。
「くっ……!今はユーエインの治療中、逃げる事はできない!なら……!」
「ええ!?まさか、正面から戦うんですか!?」
「当たり前だろうが!アタシたちはミエリと違って頭使えねえんだからこうするしかねえだろ!」
逃げ腰のゼノルにアフタレアが叫ぶ、その隙を見たのかレールワームはエーテル濃度の高いゼノルを狙って一気に飛びかかった。
「ボサっとしない!」
シャラムは翼を広げ、低空飛行で回避の遅れたゼノルを掴んでワームの攻撃を上手く避ける。と、その拍子にゼノルはビデオカメラを落としてしまい、それはワームの突進によって破壊されてしまった。
「ああ!!僕のカメラ!高かったの「うるせえ!!命助かっただけでもありがてえだろうが!」
カメラの亡骸に名残惜しそうに手を伸ばすゼノルの頭を、アフタレアが思いっきり叩く。
「あだぁ!?」
「それよりどーすんのクソトカゲ!あんたが攻撃する!?」
「アタシじゃ動きについていけねえ!オマエが飛んで死角からぶちかましてくれ!」
ゼノルを安全な場所まで放り投げながら、アフタレアがシャラムに提案すると、返事の代わりに高く飛び上がり、ワームの背に向かってブレスを吐いた。
「ガアァァァァ!!」
「熱には弱いか!怯ませればイケるぞ!」
低音の洞窟内に生息しているからか、ドラゴンの近縁種であるワームにしてはレールワームは熱に弱いようで、シャラムのブレスを受けるともんどり打って暴れ始める。
それを見たアフタレアは直ぐに戦斧を構えると、一気に距離を詰めてワームの胴体に横薙ぎの一撃を与える。
ワームは一際吼えると尻尾を振り切り、それの直撃を受けたアフタレアが吹っ飛ばされて壁に激突してしまう。
「ああもう!変な無理はするな!」
追い打ちをかけようとするワームに対し、シャラムは滑空しながら剣を構えて落下の勢いをつけてワームの首を切り抜けると、急上昇しながら振り向き今度はワームの顔面にブレスを吐く。
「あんたも私も同じドラゴンの近縁なんだから、遅れを取るはずがないっての!」
「ちっ……助けられちまったな」
顔を焼かれて悶えるワームの隙をついて、啖呵を切りながらアフタレアの側に着地するシャラム。そして彼女に肩を貸すと、アフタレアは弱ったような表情で礼を言う。
「しっかりしてよ!あんたがいないとあいつには勝てないんだから!」
「フッ、んなこと分かってる、いくぞ!」
(あの二人が命懸けで陽動してくれている……ならば俺も医者としてこの子を助けなければ!)
アフタレアとシャラムが得物を構えてワームと対峙する、ワームも二人の危険性を認知して目標を絞っており、それを見た加瀬は、自身のやるべき事を改めて自分に言い聞かせる。
「うっ……シャラムさん達が戦っているのですか……?私も行かなければ……」
その時、ユーエインが再び目を覚まして虚な目で周囲を見る。
「君もヒーラーなら分かっているはずだ。今自身がやるべき事は、コンディションを元に戻して二人の足を引っ張らないようにする事だと」
「…………そう、ですね……お医者さんの言う通りです……」
「分かってくれたならいい、そのまま大人しくしててくれ」
(一度治癒術で塞いだのが厄介だな、虫に引き裂かれた内臓が残留した治癒魔法の効果で少し混ざって繋がっている。この子はあまり慣れていないようだ)
一度強引に繋がってしまった内臓を戻すために、先ず加瀬は歪な形状になった内臓にメスを入れる。
「シャラムさんアフタレアさん!ぼ、僕はどうすれば!」
「ああ!?とりあえずそこに座ってろ!ポーターなら戦えねえだろ!」
「とにかく隙をついて仕留めるしかない!クソトカゲはあいつの右側を回り込むように動いて撹乱して!」
「仕方ねえな!オマエに攻撃は任せてるからアタシが走ってやるよ!」
アフタレアが斧を構えて走り出すと、それに合わせてシャラムが空を飛んでワームの狙いを分散させる。ミエリがフェイクラムとの戦いで使った作戦を二人だけで再現したものだ。
全体を把握する立場がいない状況での連携だが、互いが互いの動きを理解し、タイミングを合わせての行動をする事で互いの位置が見えていない状態でも、まるで外部から指示されているかのような動きを実現している。
そして、ワームは地を走るアフタレアに標的を絞ったようで、そちらを向いて素早く飛びかかるが、それを素早くシャラムが攫って空中に逃げながらブレスを吐く。
「よっし!離してくれ!」
ブレスに晒され無防備なワームの真上に来たことを確認すると、アフタレアは斧を持ち直してシャラムに落とす指示をする。
「分かった!外さないでよ!」
すぐに意図を汲み取ったシャラムがタイミングを合わせてワームの頭上にアフタレアを離す。それと同時にアフタレアは斧を構えると、ワームへと直下に落下しながら握りしめた得物を振り下ろした。
動き回るため少しずれてしまったが、それでもワームの側面に大きくヒットし、噴き出した血をアフタレアは頭から振りかぶる。
「ダメージは入ってる!このままいけば……」
しかし、ダメージが入っていたにも関わらず、ワームはすぐにシャラムが追撃の為に急降下していることに反応し、身をくねらせて体当たりで反撃する。
「ぐっ……ガハァッ!」
「おい!大丈夫か!?」
壁に激突してうずくまるシャラムに、アフタレアはすぐさま近づき助けようとする。しかし、その不注意さが仇となってしまい、暴れるワームの尾がアフタレアを掠めて彼女の右腕があらぬ方向に曲がってしまう。
「ああクソっ!!いってえなぁ!」
怒りで叫びながら左手で右腕を握って本来の向きに強引に曲げる、ゴキゴキッ!という生々しい音と共に一応使える形になった腕を軽く動かし、その感覚を確認したアフタレアはすぐにシャラムを救出する。
「大丈夫かよアホドラゴン!」
「ばか……私のことよりワームの相手をしなさいよ……ユーエイン達は戦えないって分かってるでしょ……」
「どのみちおまえがいなきゃ勝てねえんだよ、肩貸してやるから二人でいくぞ」
そう言って、アフタレアがシャラムの肩を持って立たせ、二人でなんとか武器を構える。
「どうにかしねえと他の連中にも被害が出る!とりあえず気をひかねえと……!」
「ゼノル!加瀬さんとユーエインの方に行かないようになんとかして!十秒お願い!」
「分かりました!なんとかします!」
シャラムの頼みに間髪入れずに返事をすると、ゼノルはバッグパックのサイドポケットに手を突っ込み何かを取り出す、それは折りたたみ式のナイフだった。
「見ててください!これを……そぉれ!」
そしてどこから出したのか、棒状の銀色に光る包みを取り出して端をナイフで切り、黒い粒状の中身を少しずつこぼしながらゼノルはそれをワームに放り投げる。するとワームの体に当たったそれは、簡単に弾かれぽてりと袋が落ちた。
「よっし、着火!」
そして、オイルライターを取り出し、こぼれ落ちた黒い粒が一筋の線になったものに火をつける。
「あれは……火薬かよ!?」
「なんでそんなの持ってきてんのよ!」
アフタレアとシャラムの反応をよそにそれは凄まじい勢いで発火し、烈火が導火線と化した黒い粒の集まりを焼きながらワームへと走り、そのまま袋に引火する。
するとそれは、ゼノルの手からはみ出す程度の大きさだった袋からは想像つかない程の大爆発を起こし、その衝撃をダイレクトに受けたワームが怯んでゼノルを標的に定める。
「まだまだありますよ!喰らってください!」
再び火薬袋を投げるゼノル、しかし放り投げたそれをワームが口を開いて飲み込んでしまい、そのままゼノルを睨むと突進の構えをとった。
「えっ!?あっ!もう無かった!」
予想外の対応をされ、バッグを慌てて漁るゼノル、しかし既に火薬は使い切ってしまい、対抗手段が無くなったことで露骨に慌て始める。
「あのバカ……!ドラゴン飛べるか!?」
「休憩はすんだ!行くよ!」
ゼノルの危機を見たアフタレアが合図をすると、シャラムはそれに返事をしながら息を整えてから盾を捨てて翼を広げる。
そして、アフタレアが背に乗ったのを確認すると、前に飛び出すようにダッシュして風の流れを作り出し、翼をはためかせて上へと飛翔してワームの上を取る。
その間にもワームは構えから突進を繰り出し、ワームは口を開いてゼノルに迫る。
「ひ、ひぇ〜!」
襲い掛かるワームのその迫力に、ゼノルは腰を抜かしてしまい、その場にへたり込んで動けなくなってしまう。
そしてもう捕食寸前というその時、ワームの頭上にアフタレアが降りかかり、彼女の斧がワームの頭をかち割った。
「大丈夫か!?待たせたぜゼノル!」
「アフタレアさ〜ん!!もうダメかと思いましたよ〜!」
這うようにして移動しながらゼノルがワームから離れ、そして彼が距離を取ったのを確認すると、間髪入れずに怯むワームにシャラムがブレスを浴びせる。
「大丈夫そうだね!いい感じにダメージ入ってるし、クソトカゲ!一気に畳み掛けるよ!」
「おう!」
すぐにアフタレアの前に着地したシャラムは、その手に持つ盾を構えて暴れるワームを迎え撃つ。
お互いボロボロの状態……ならばこれで決着がつくと覚悟したシャラムが足を踏ん張りなるべく盾の中に身体を隠してワームを睨む、そしてワームの突進しながらの噛みつきをその大きな盾でつっかえさせるように受け、そのまま押し合いの力比べに移行させる。
「ぐ、ぬあァァァァ!!」
そして、体の一部を覆う鱗がパキパキと音を立てて破れるほど力を込めた彼女の方が優っていたらしく、ワームは徐々に押されて首が縮みながら少しずつ上に上がっていく。
「今!アフタレア!!」
「この、くらいやがれえぇ!!」
そしてその浮いたワームの顎に、アフタレアが地面を掬うほどの低姿勢からの全力のアッパーを喰らわせ、それによってワームの頭が天を仰ぐ。
「シャラム!!合わせてくれ!!」「分かってる!!」
アフタレアが斧を構えて全力でジャンプし、シャラムがワームの背後に回るように飛行して剣を抜く、そして……二人は同時に得物を振り抜き、挟み込む形でワームの首めがけて攻撃を仕掛けた。
二人の刃は見事ワームの首に食い込み、ワームの雄叫びが洞窟全体を揺らす。
………………
洞窟の欠片がパラパラ崩れて降るほどの衝撃は、洞窟にいる全ての者に伝わっていた。
「キャッ!?」「うえぇ!?なんなのこれ!?」
影のバイクで爆走していたアダレムとミエリとレガナも、崩れる岩壁とバランスの取りずらい衝撃から何か洞窟内で起きていることに気がつき、ミエリがアダレムにしがみつき、そのミエリにレガナが抱きつく。
「お、どこかで面白いことやってるな、ちょっくら寄って行っていいか?」
「なんでそんなドライブ中に催し物見つけたみたいなノリで言うんですか!?というか絶対この振動ヤバいやつですよね!?」
「まあそうだろうな、でも俺強いし問題ないだろ多分、んじゃ行くぞ」
「ちょっ!待っ……うわぁぁぁぁぁ!?」
アダレムが無責任にバイクを音の方向へ走らせている時と同じくして、ビルセティと合流した救助隊も、謎の振動に足を取られていた。
「くっ!なんだこの振動は!?」
「もしや、ミエリ……?」
「間違いない!俺の仲間が何かと戦っているんだ!今行くぞ!」
「行きましょうイサオさん」
「待てお前ら!」
「おい!勝手に先行するな!ああクソッ!お前たち急ぐぞ!」
仲間の危機だと直感で理解したビルセティとイサオが、エンロニゼの制止も聞かずに走り出す。そんな彼らの勝手な行動に頭を抱えつつも、カリストもすぐに隊に命令しながら後を追う。
………………
「このまま押し切る!いくぞシャラム!」
「分かってる!さっさと叩っ斬る!!」
アフタレアは腕の力だけで、シャラムは翼を全力で羽ばたかせ、それぞれが全力を刃に込める。
「だあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そして、ダンッ!という音と共に刃の一閃でワームの首が宙を舞った。
「やっ……たぁ……!」
その勢いのまま前に落ちるシャラムをアフタレアは受け止めると、二人は抱き合いながらそのまま地面に墜落した。
「シャラムさん!アフタレアさん!大丈夫な感じですか!?」
「……んなわけねえだろ……」
「相変わらずズレてるね……でもあんたの火薬のお陰で勝てたよ……ありがとう」
いつもの調子のゼノルにツッコミを入れながらも、体の動かない二人はしばらく倒れたまま抱き合っていた。
そして、二人がワームを倒した直後、縫合を済ませた加瀬が道具を置いて大きく息を吐いた。
「ふぅ〜……向こうはなんとかなったみたいだね、手術は成功したよ。動けるかい?」
「はい、ん……痛つっ……!少し痛みはありますけど……動きは問題ないです。これがドクターなんですね……」
脇腹の不意の痛みに顔を少し歪めながらも、すぐに動きに支障がないことを確認すると、医療という治癒術とは違う、人を救う術に感嘆の声を出す。
「大掛かりだけど、人を助けられるのは治癒術だけじゃないということがヒーラーの君に伝わったなら嬉しいよ。さて、今度は君はみんなを助ける番だ」
そう言うと、加瀬はドームを開いて外に出ると深呼吸をする、ドーム内との温度差から冷たく感じる外気を肺に送り込んで体温を下げつつ、後から出てきたユーエインの方を向くと動けないでいるシャラム達の方を指差した。
「行ってあげてくれ、おじさんはちょっとここを出るための準備をしないといけないんだ」
「はい、ありがとうございました」
ユーエインは加瀬にお礼と共に頭を下げると、そのままシャラム達へと駆けていく。それを見送ると、加瀬は広げた道具を片付け始めた。
「シャラムさん!アフタレアさん!」
「おー……ユーエインか、ケガは大丈夫か?」
「はいこの通りです!お二人にはご迷惑をお掛けしました。今から治療しますので大人しくしていてください」
「どっちしろもう動けないから早くして……」
「はい!ではいきます……『セレー』」
ユーエインが意識を極限まで集中させ、二人に基本の治癒魔法を使う。すると、二人の傷はたちまち塞がり、すぐに起き上がれるほどに回復した。
「ふう、気をつけて修復したので先ほどの私のように体組織同士の癒着はないはずです、どうでしょうか」
「うん、全然オッケーだよ、ありがとうねユーエイン」
「アタシも問題ねえな、腕も元通りだ」
二人は身体の状態を確認すると、各々得物を拾って収め、ゼノルとユーエインと共に加瀬の元へと向かう。
「ようおっさん、色々あったけど無事でよかったぜ、仲間を助けてくれてありがとな」
「あなたがいなかったら危なかった、とはいえここに来たのもあなたの所為だけどね」
「あははー!それ言われるとおじさん参っちゃうなー!ま、結果はどうあれみんな無事で良かったじゃないか!」
後頭部を掻きながら加瀬が誤魔化すように笑う、色々振り回されてしまったものの、ユーエインと生きて合流できたことに安心しているシャラムは困ったように笑って小さく息を吐いた。
そんな面々から離れたユーエインは、ワームの亡骸を見つめると手を当てて目を閉じる。
「肉体から解放されし魂よ、その自由なる旅路に祝福あらんことを」
目を開け、祈りを終えたユーエインは立ち上がるとメンバーの方を振り向いて笑顔を向ける。
「さあ、もう危機はない筈です。早く皆さんの所へ戻りましょう」
「ま、そうだな」
「こんな強いパーティと一緒ならおじさんも心強いよ」
「ちょっとちょっと!油断は禁物ですよ!ここはストレンジダンジョンなんですから!」
「ゼノル、あんたにだけは言われたくないよ」
とそんな緊張の解けて他愛のないやり取りをする面々の耳に、何かの轟音が入る。それは明らかに近づいてきており、再び場に緊張が走る。
「皆、私の後ろに回って、クソトカゲいける?」
「大丈夫だ、またワームなら今度は三枚におろしてやるぜ」
「今度はおじさんもちょっと頑張るとするか」
シャラムが盾を構え、その後ろでユーエインとゼノルを隠しながらアフタレアが斧を構えて臨戦体制をとり、更に少し外れた場所に立っている加瀬も自前のハンドガンを取り出す。
「さて、何が来るのか……」
シャラムが盾越しに音の出所に目星をつけ、そこを鋭い眼光で睨む。そして遂にその正体が現れた。
「えっ!?みんなここにいたの!?おーい!!わたしだよ!」
「えっ、ミエリ?」
黒い影のバイクに跨った男の後ろから顔を出したのは、クランリーダーのハスハマ ミエリだった。