4-16 下層へ
同時刻、アフタレアはシャラム達との合流を目指して不気味な洞窟を下っていた。
「マジで迷路じゃねえか、もう何処を来たのかすらわかんねえよ」
聞き手などいない空間でそう愚痴るアフタレア、実際シャラム達と別れてから結構な時間下りと思われる方へと向かっていたが、そのような当てずっぽうではおかしな方向へ進んでしまい、全く別の方面に進んでいる事が彼女にも分かった。
「やっぱり戻って無理してでも崩落した道を開拓した方ならよかったかもなぁ……あ?この声……」
一人頭を掻いて途方に暮れるアフタレア、しかしそんな彼女の耳に、前方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「皆さーん、どこ行ってたんですか〜.……あれ、アフタレアさんだけですか?」
「やっと会えたなぁユーエイン、死んじまったかと思ってたぜ」
それは孤立していたユーエインだった、アフタレアは彼女が生きていたことにひとまず安堵した。
「実はさっきトラブルが起きてな、分断しちまったから合流しようとしてたんだよ……って、ん?お前……虫に寄生されてるだろ」
おぼつかない足取りで近づいてくるユーエインから、ふと異臭を感じたアフタレアが彼女に問いかける。ルナルドネスには五感とは違う発達した感覚器官が存在しており、他の種族では感知しにくいものを感じることができるのだ。
「え……よく……分かりましたね……先程二、三匹の虫に襲われて一匹躱しきれずに……ごほっ!」
そう言って咳払いをするユーエイン、抑えたその手には血がついており、口元からも血が筋を描いて地面に滴り落ちた。
本当は無警戒故に襲われたのだが、そんな事を言えばパーティを外されるのではないか、そう考えて彼女はささやかな嘘をついたのだった。
「お前、今も治癒魔法使えるか?」
「え?使えますけど……」
「だったらアタシが虫を始末して引きずり出す、出した瞬間お前は自分に治癒魔法を使え」
そう言ってコートからナイフを取り出してユーエインの腹に向ける。
「ひっ……!」
「落ち着け、このままじゃどのみちお前は助からない、少し強引だがこのまま死なれても困るから無茶を承知で我慢してくれよ」
「……はい」
「お利口さん、それじゃいくぜ」
そう言ってユーエインの腹をじっくりと観察する。
「……ここだ!」
そしてアフタレアがナイフをユーエインの脇腹に深々と突き刺す。
「よし!手応えありだ!このまま指を突っ込んで取り出すから確認したらすぐに唱えろ!」
涙を浮かべ口を全力で噤んでいるユーエインが必死に首を縦に振る。
それを見たアフタレアは瞬時に指を突っ込んで中を慎重に掻き回す、グチュッグチュッという生々しい音が洞窟内に響き渡る。
そして腕を引き抜くと、その手にはピンポン球サイズの卵が複数握られていた。
「取れた!今だユーエイン!」
「はい!『セレー』!」
ユーエインが魔法を唱えるとみるみるうちに脇腹の刺し傷が塞がり、変色している周囲も元の美しい肌色に戻っていく。
「ふぅ……ありがとうございますアフタレアさん」
「おう、こんなのお安い御用だ」
そう言いながら、アフタレアが手に持った卵を地面に叩きつけて割ってしまう。
「それほどの数が私の中に……全部一回で取ってしまったのですね……」
「まあえーと、とりあえず手に取れるもんは全部取ったぜ、まあ一匹くらい腹破ってもすぐには死なねえから大丈夫だろ、多分」
「えぇ……」
「それより、シャラム達と合流するために下層に行こうと思ってんだ。お前そっちの道で何か下りに通じる空洞とか見なかったか?」
「え?そう言われましても……あっ!そういえば、この道の分岐を左に行った道が下に向かっていました」
「よし来た、ならそっちに向かうぞ、おっさんとエンロニゼは出入り口にいるし、ミエリ達はどこにいるかわかんねえしそもそも生きてるかどうかも怪しい……だからシャラム達と合流するのが一番だ」
ユーエインを納得させるために丁寧な説明をするアフタレア、そんな彼女の考えを汲み取ったのか、ユーエインも反論はせずに静かに頷く。
「よし、なら急ぐぞ。アタシが先行するから離れないよう手を繋いで走るからな」
「えっ?あっ……」
突然の提案に反応が追いつかないユーエイン、そんな彼女の手をアフタレアは有無を言わさず握り、そのまま走る。
「追いつけなくなったら翼で飛べ、ちょっとマジで走るからな」
そんなアフタレアの注意に、ユーエインは「はい……」と生返事だけをする。今の彼女はふと握られたアフタレアの力強い手を意識を持って行かれていた……
………………
一方、謎のドクターに連れられる形で下層へと進むシャラムとゼノル、二人も別に互いをフォローするような位置ではなく、接点のない三人はそれぞれ一定の間隔を開けて歩いていた。
「はぁ……無理してでもあいつも一緒に担いどけばよかったかな……」
「え?シャラムさんどうかしました?」
小さく呟くシャラムに、ゼノルが聞き返す。しかしそんな彼の問いかけには無視して、シャラムは前を進むドクターの男に問いかけようと小走りになる。
「あの、ずっと気になってたんですが、なぜドクターの貴方が一人でこんな場所に?」
「ん?急に聞くねぇ〜、そんなに暇だったかい?」
「暇というか、当然の疑問だと思うんですが……目的地に着く前にはハッキリ聞こうと思ったので」
「そうだな〜……まあ古い友人を探しにきたと言ったところかな」
「あの〜、微妙に答えになってないのですが、ドクターは戦闘用の装備はほとんど持ってないですよね?そんな丸腰同然の状態でなぜこんな危険なダンジョンに来たんですか?」
「別に解明者なんだから戦えないわけないだろ?さ、あんまりぼーっとしてると襲われるぞ?」
何もわからない状況にいても立ってもいられなくなったシャラムが、ドクターにずっと思っていた疑問を問いかける。
彼はここに来た"目的"だけをそれとなく伝えるだけで具体的なものは一つとして見えてこず、それがシャラムを苛立たせた。
「それよりも僕としては、下層でアフタレアさんと合流できたとしても、そのまま出入り口まで帰還する宛があるのかの方が気になりますねー、おじさんはそこらへんの地理は知ってるんですかー?」
「そりゃあもちろんあるさ、じゃなきゃこんなしっかりした足取りで下層に行くわけないだろう?」
そう、楽しそうに笑顔でゼノルに言うドクター、しかしシャラムはそんな彼の態度に言いようのない不信感を抱いていた。
(なんだろう……こんな状況だからかな、あいつがいないことに少し寂しさを感じる……今頃一緒だったらもっと別の案が出ていたかも知れない)
シャラムは急にアフタレアの事を思い出し、それを心の中で呟く、そして寂しさと一人ではどうにも出来ないもどかしさから手袋越しに親指の爪を噛んだ。
「シャラムさん、随分と不安そうですねー、アフタレアさんのことがそんなに心配なんですかー?」
「なっ!?そ、そんなわけないでしょ、ただあいつはルナルドネスにしては色々便利だからくたばられたら困るなーって考えてただけよ」
ゼノルの急な指摘に動揺するシャラム、しかしすぐに素っ気なく否定しながら彼を見ると、何か変なものを握っていることに気がついた。
「それ、なに握ってるの?」
「あ、これですか?これは録画カメラです。映像記録を残そうと思っていつも持ち歩いているんですよ」
「ふーん……ん?ちょっと待って、それあるんなら最初から出してよ!ここに来た理由知ってるんでしょ!?」
「それは分かってますよ!でもこれは記録容量が少ないからあんまり使いたくないし……それで、下層なんて中々訪れる機会なんてないですから、使うなら今だ!って思っただけですよ〜!」
「だったら容量沢山ある良いの買えばいいだけでしょ!なに変なところでケチってるのよ!というか容量少ないから尚更さっき出しなさいよ!」
いつの間にかビデオカメラを出しているゼノルにシャラムが声を荒げる、今までにも十分記録すべき事が山ほど起きていたにも関わらず、今更記録媒体を出していることに感情を抑えられなかったのだ。
「そうは言っても、これ買った時の僕の手持ちじゃ良いの買えなかったので……それにこれはエーテル反応が漏れるからあんまり出したくなかったし……僕だってエーテル反応があんまり漏れない機器を買いたかったんですよ〜!」
「お、君はちゃんと『エーテル』呼びなんだね〜、幻想王領の文化系統の人たちだと『魔素』って呼んだりしてるから、君は他の文化系統から来た人なのかな?」
「え?まあそうですねー、僕は元々蒸気機関の技術系統の世界からきましたから、あんまり体内にエネルギーを取り込んで放つ魔法とか馴染みがないんですよねー」
思わぬ点でドクターが食いついて会話の中に割り込んで来る、先ほどからの態度と一変した様子にシャラムが無言でビビるが、ゼノルの方は当たり前のようにそちらとも会話を行う。
「な、なんでもいいじゃないですか呼び名なんて!それより空気の流れを感じますし、そろそろなんじゃないですか」
二人の会話に素っ気ない言葉を送りつつ、シャラムが空気の流れを感じて前を向く。実際風の流れは肌で感じるほど強く、先がほんのりと明るい事から出口が近いことは誰が見ても明らかだった。
「ここが、このダンジョンの下層ねぇ……言っちゃなんだけど私達の事騙したでしょ、ドクター」
細い緩やかな下りの空洞を抜けた先、そこはまるで日光が直接照らしているかのように、微かに赤の混じった光を放つ岩が上部から照らしている、円形に広がった大空洞だった。
陰影がはっきりするくらいには光を感じる空間の一区画には、武具や衣服、解明者の使う道具類が、排泄物と思われる泥に混じって山を作っていた。
「これって……何かの巣ですよね!?このダンジョンの最下層ってこんなふうになってたんですかー!へー!」
熱心にカメラを回すゼノル、まさに巨大生物の巣といったその光景は、この場所が合流地点には相応しくない事を、シャラムに伝えていた。
そんな二人を気にする様子もなく、ドクターはその悍ましい山に近づき、形の残っている物品を一つ一つ見て行く。そして、その中から小さな板切れを掘り出して眺める。
「それ、誰の名残ですか」
後ろから覗き込んだシャラムが静かに伝える。
「古い友人のものだ、ここに来てから音沙汰がないと、そう聞いてここに来たんだ」
そう言いながらドクターが立ち上がる。
「まだ完全に風化していないようだね、蘇生に使えるほど原型は無いけど、多分再生の洞窟で復活するほど風化もしてない……どうやら俺がここで出来ることはもう無いみたいだ」
そう言って、ドクターは上を見上げながら静かに笑った。