4-10 なんだかんだ心配はされている
「もう少しで『森』で通り道を確保出来そうだ、イサオ頑張ってくれ」
崩落した岩を退かし、なんとかある程度人が通れる隙間を確保するとエンロニゼが呪文を唱える。
「『森よ、剛を備えろ』」
森の蔦が岩に絡みつき、それが隆々とした筋肉のように膨張して怪力を発揮し、隙間を広げてトンネルを構築した。
「本当に大したものだな」
そう言いながらイサオがトンネルを抜けると、ダンジョンの入り口である歪んだ空間の切れ目が落石の間から顔を出しており、出入り口の確保ができている事を確認してイサオはホッと一息ついた。
「これで脱出はできそうだ、ひとまず洞窟を出て救援を呼ぼう」
「私も同意見だ、次の行動は連絡を入れてからの方がいい」
イサオの提案にエンロニゼも頷くと、二人は岩の間を通って洞窟を脱出した。
「よし、端末も通じているな。これで連絡を……ん?ベリエットから連絡が来ているな」
イサオがすぐに端末を取り出し、救援要請を入れようとして数分前にベリエットから連絡が来ていた事に気付いた。
「そういえば一応定期連絡を入れると言っていたな……もしもし、ベリエットか?」
「イサオか?ダメ元で電話したんだがダンジョンの外まで来てくれてんだな」
「こっちでトラブルが起きてな、入り口付近だから救援を呼ぼうと外に出たんだ。それで何か分かったか?」
「トラブルか……それなら救援を送るが、先に俺たちに起こった事を話す。実はあの地下で回収した連中についてなんだが、とりあえずミエリが殺った奴を蘇生したんだ」
「ほお、それで何か聞き出せたか?」
「いや……あの身体に絡みついていた謎の物質を分離できなくてな、一応蘇生してみたがやっぱりあの化け物のまんまだった」
「そうか……俺たちもさっき謎の敵に襲われてみんなバラバラだ」
「謎の敵……?地下のアレと関係あるのか?」
「それはわからない、ただ今この区域で何か起きているのは間違いない、俺は今から仲間達を探す、定期連絡時にはこちらから連絡する」
「待て待て、救援を送ると言ってるだろう、流石に今は待機して到着したそいつらと行動してくれ、それと……」
「なんだ?」
「蘇生した奴は俺たちで始末した、もうお前が殺したやつはいないとミエリに伝えてくれ、気休めにしかならんだろうがな」
「分かった、救援と合流したらまた連絡する、ありがとうな」
「別に礼を言われるようなことはしていない、それじゃあまたな」
素っ気ない返事をしてベリエットから通話を切る。そんなドラゴンマンの不器用な優しさに、フッと軽く笑ってイサオが端末を耳から離す。
「急に笑ってどうした、あのドラゴンマンはこんな時に冗談でも言うために連絡してきたのか?」
「いや、ミエリがやったゴロツキを蘇生したが化け物のままだったらしい、それはあいつらで殺したとの事でミエリにもうお前がやった奴はいないと伝えておけだと」
「……そうか、不器用な思いやりだな、だが私は嫌いじゃない」
「そうだな、救援も送るとのことで合流するよう言われた。状況報告もしなければならないし少し待つぞ」
そう言うと、イサオはホールドに備え付けてある水筒を取り出して口をつける。
「それなら別の瓦礫で塞がれた道を開けよう、通り道は多い方がいい」
「確かにな、その触手は便利だから空いてる時間に色々やってしまってくれ」
「何を言ってるんだ、岩を退けるのはイサオ、お前の仕事だろう?」
「なんだと……?」
「当たり前だろう、先程と同じ工程で道を開けるぞ、休憩が終わったらすぐに作業に取り掛かるぞ」
そう言い捨てると、エンロニゼはすぐさまシャラム達の消えた方向の瓦礫に"森"を這わせ始めた。
「……やれやれ」
人使いの荒さに多少呆れつつも、イサオも立ち上がりエンロニゼと共に道を拓き始めた。
………………
「ばかぱっ!?…………あれ?」
頭に走った激痛とも違う感覚、自分を全て吸い尽くされる感覚に意味のない悲鳴をあげていたミエリだったが、突然意識がはっきりとして心地よい空間に居る事に気がついた。
(さっき眠ったばかりなのに、もうお眠になるなんて……まだ赤ちゃんなのかしら……?)
「え!?あ!!そういえば!現実でもいきなり声をかけるなんて、急にどうしたの!?」
(……この状況で最初に聞くことがそれなの……?貴女、自分がどうなったのかも分かってないでしょう……?)
理解する間もなく移り変わる状況についていけず、頓珍漢な質問をしてしまうミエリに貴婦人は普段の調子から外れて呆れながらツッコミをいれた。
「あ……そういえばわたしどうなったの……?この空間にいるってことは、わたしって死んだの……?」
(そうよ……貴女と違ってお友達の多い迷い子がみんなで仲良く背後から貴女を襲ったの、それより……随分と面白いお知り合いがいるみたいね……)
「え?友達ってなんの……あっ!あの怪物のこと!?」
貴婦人の掴みどころの無い言い回しに困惑しながらも、ミエリはなんとか理解して声を上げる。
「アレが知り合いなわけないでしょ!わたしだっていきなり声かけられてびっくりしたんだから!」
(でもあの訪ね人は貴女のこと知ってるみたいよ……?どうやら貴女を探してここに来たみたい……)
「え?わたしを探してるって……」
(貴女自身にもわからないのでしょう……?貴女を寝かせてる今の時間すら勿体ないわ……さっさと蘇生してあげるから、続きを見せて頂戴……?)
「え、あ、ありがとう……なんだか随分と楽しそうだね」
(全く、当然でしょう……?こんな面白い状況をじっくり見ないなんて損よ……次、お馬鹿さんな死に方をしたら本当に腕を折るわよ……?)
少し声を弾ませ、ミエリをさっさと蘇生させようとする『グリザイユの貴婦人』にミエリが率直に思ったことを聞くと、彼女も誤魔化す事もなく今の状況を楽しんでいることを、脅迫を絡めてミエリに伝えた。
「うっ……分かったよ……というかあなたにも知らないことってあったんだね、この世界のこと何でも知ってるし人も簡単に生き返らせられるから全知全能な存在かと思ってたよ」
(私が全知全能……?フフ、そんな神様みたいな存在なんかじゃないわ……出来ることを出来るようにやっているだけ……それで十分でしょう……?)
なんとも独特な言い回しにミエリが渋い顔をする。
(お喋りはここまで……貴女の従者もここまで来てるみたいね、やっと不用心な貴女から目を離す事が出来そうだし、さっさと目覚めなさい……)
その言葉を最後に、ミエリの体は急速にどこかに飛んでいる感覚に包まれた。