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ストレンジフィールド  作者: 大犬座
4章 『本能の洞窟』へ
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4-8 残酷が襲いかかる

「皆さーん!どこにいますかー!」


暗い洞窟の中で、地面から出る突起物に足を引っ掛けながらも懸命に走りながらユーエインが仲間を呼ぶ。


本来、何が潜んでいるか分からない状況で叫ぶというのは、外敵に自分の位置を常に教えながら移動する様なものであり、自殺行為以外の何ものでもないのだが初心者の彼女にはそれが分からなかった。


「はぁ……はぁ……流石に疲れました、この洞窟は本当に広いですね」


狭い洞窟の中では飛ぶ事が出来ず、走っての移動は彼女に大きな負担をかけた。


実際には大した距離は移動していないのだが、彼女自身には自覚の無い運動不足が祟り、解明者とは思えないほど運動能力が低いせいで機動力が無いのだ。


「シャラムさん達も探索をしているでしょうし、このまま回り込むようにして彼女らの方向へ行けば出会えるはずです」


膝を落とし、杖に縋り付くように項垂れつつも、この先を進めば状況を改善出来ると信じてユーエインは目先の闇を睨む。


そんな彼女の背後に、細やかに聞こえる羽音が近づいて来る。その極限まで音を出さない仕組みによる消音性と、経験の薄いユーエインという最悪の組み合わせが、迫り来る危険に対する防御を行わせなかったのだ。


「え?……この音……キャア!?」


剥き出しの背中に針が刺さり、そのまま神経毒を注入されていく。


「あっ……ぐっ……!?身体が……」


なんとか杖にしがみつき踏ん張ろうとするが、身体が痙攣を起こして仰向けに倒れてしまう。


「な、に……ヒッ!?」


ユーエインを襲ったのは体長が1mはありそうな巨大蜂で、それは彼女の上に着地すると尻の先から卵管の様なものを出現させ、それを彼女の臍へと突き刺した。


「ヒグッ!?あっ……がっ……!」


卵管が身体の奥へと伸びて、内臓をかき混ぜられる不快な感覚が彼女を支配する。抵抗しようにも、完全に身体の制御を奪われた彼女には指先をピクピクと動かす以外の行動は出来ない。


そして、蜂の動きが一瞬止まり、その直後に何か固形物が体内へと注入されている感覚がユーエインに訪れる。


「い、いやぁ……やめ、て……」


言葉など通じるはずもなく、蜂は彼女に複数の卵を産みつけると、卵管を引き抜きどこかへと飛び去ってしまった。


「あぐぅ!!はっ、はっ……せめ、て……動けるようにならないと……」


痺れる身体に鞭を打ち、なんとか口を動かせるようにする。


「エ、『エインユーラ』……」


ユーエインは渾身の力で、身体に異常を発生させる成分を取り除く魔法を唱える。すると彼女の身体を眩い粒子が包み、息も絶え絶えだった彼女の呼吸が徐々に大人しくなっていく。


「はぁ……はぁ〜……なんとか動けそうです。しかし、このままではお腹の虫が暴れて私は……」


ユーエインは立ち上がり、自身の腹部を見る。異物が入り込み内臓を圧迫する感覚と、卵管が身体を突き破った障害で動くたびに痛む事に、彼女をどうしようもない不安を感じる。


「とにかくシャラムさん達と合流しましょう、彼女らなら何か対処法を知っているはずです」


僅かな希望を胸に、痛む身体を動かしてユーエインは暗闇を進んでいく。


………………


一方、シャラム達は順調に洞窟内を進行していたが、急にゼノルが立ち止まる。


「あん?お前どうしたんだよ」


「皆さん、お腹空いてませんか?」


「え?まあそこまで減ってないけど……」


あまりに唐突な質問に、二人はゼノルを見ながら呆気に取られる。


「これから救出ともなれば活力が必要になる筈です。というわけで軽く食事を作りますね♪」


「おい、そんな余裕ある訳ねえだろ」


「クソトカゲの言う通りだよ、急に何言い出すのさ」


ノリノリで荷物を下ろすゼノルを、二人が強烈な視線で睨む。しかしゼノルはそれに臆する様子もなくクラッカーとディップソースを取り出した。


「お二人には頑張って貰わないといけませんからね、食べてる間に得物とグローブやブーツの状態も見せてください」


そう言ってメンテナンス道具などを揃えるゼノルに、アフタレアが呆れるように口を開く。


「お前……いきなりそんなことしだすってことはなんか理由があんだろ」


「バレましたか、実は荷物がちょっと重く感じてきたんですよね」


「そんな沢山荷物を積めばそりゃそうなるでしょ、クラッカーは開けてしまったから食べるけど、武器の調整は間に合ってるよ」


そう、すでに皿に広げられたクラッカーにソースをつけながらシャラムが伝える。しかしアフタレアは自分の斧を下ろしてゼノルに差し出した。


「あー、アタシの方は頼む、せっかく見てくれるなら状態だけでも見てほしい」


「え?トカゲったらちゃんとメンテナンスしてないの?」


「いやしてるさ、だがさっきの崩落から脱出する際に落ちてくる岩を斧で弾いたから心配なんだよ」


時間を掛けられない、そう言っておきながら自分はメンテナンスを頼む事にバツの悪さを感じたのか、アフタレアがシャラムに申し訳なさそうにする。しかし、それに対してシャラムは特に何も言わなかった。


「うーん、確かにちょっと欠けがありますね、ですが安心してください!これくらいならすぐに整えられます!」


そう言ってゼノルは猛烈な勢いで刃研ぎを擦っていく。その様子を見て、シャラムも自分の盾と予備の剣を軽く確かめる。


「はい!終わりました!」


「速え!?ちょっと見せろ。……確かに、思った以上に良くなってるな……」


「私も、まだ使ってないからなんともない、予備の剣も万全だよ」


「よーし!じゃあ出発ですよ!」


ゼノルはそう言うと先頭を元気よく歩き出した。実際の積載量は殆ど変わっていないが、気持ちの問題なのかその足取りは非常に軽やかだった。


「アイツはうぜえけど技術面では腕は確かみてえだな、うぜえけど」


「彼がくれたあのソースも元気成分たっぷりだったみたい、なんだか頭だけじゃなくて体全体が冴え渡ってるよ」


「まあ守ってやるくらいはしてやるか、一応アイツもサポートする気があるみてえだしな」


そうして、リフレッシュした三人は、仲間達との合流を夢見て洞窟の奥地へと歩を進めていく。


「お……い……せ……か……」


……しばらく歩いていると、何物かの声がアフタレアの耳に入ってきた。


「ん?誰だ……?もしやユーエイン……?」


声の正体を確かめようと、アフタレアは二人から離れ少し様子を見に行く。そんな彼女の様子に少し遅れてシャラムが気付く。


「ちょっと!あんたまで何やってんの!?」


「大丈夫だ、確かここらへんから聞こえてきたんだが……」


「あ、そこ……」


シャラムが急いで追いかけるが、すでに"声"のする方へ近づいていたアフタレアは洞窟の脇道に入り、その物陰辺りを探っていた。そして、その物陰で何かが動いた事に気がついたゼノルが声をかけようとしたその時、


「あ?うおっ!?」


突然何かがアフタレアの上に覆い被さるように出現し、ガブウッという音と共にアフタレアを飲み込んでしまう。


「馬鹿っ!!すぐに助ける!」


「ちょ、ちょっとシャラムさん下がって!ブレインテイカーが潜んでます!」


ゼノルの引き留めでシャラムがハッとなり上を見る。見れば洞窟の天井から淀んだ灰色をした蛸のような触手生物が舞い降り、二人を狙うように空中を漂っている。


「ブレインテイカーに脳みそ吸われたくなかったら離れ「ほんっと!邪魔!」


苛立ちが募っていたのか、ゼノルの制止も聞かずにシャラムが凄まじい火炎をブレインテイカーに放つ。


火炎に呑まれたブレインテイカー達は奇声を上げながら地に堕ちていく。

 

「わっ!流石ドラゴン!」


「はぁ〜……まだやる事あるのにもう疲れたって、早くアフタレアを助けないと……」


そう言いながらアフタレアが呑まれたグロブスタに近づくシャラム、そのグロブスタの見た目は二枚貝のような肉厚の口とその皮膚から生えたロープのような毛が非常に悍ましい。


そんなグロブスタに手をかけようとしたその時、突如グロブスタが苦しみだし、ブチブチと音を立ててその肉が引き裂かれていく。


「〜〜ッ!!はあっ!う、はぁ……はぁ……!」


グロブスタを引き裂いてアフタレアが自力で出てくる。流石にグロブスタの体内は苦しかった上、出てくる際に体力を消耗したのか、すぐに地面に手をついて荒く呼吸を始める。


「本当に無鉄砲だね、まあ出て来るだけでも凄いけど」


「お二人ともすごいですねー!これで落ち着いて行動してくれるならもっといいんですけどね!」


シャラムがため息をつき、ゼノルがいつもの調子で騒ぐ。そんな様子に突っ込む事もせず、アフタレアは黙って自分を呑み込んだグロブスタの方へ向き直る。


「ん?どうしたの?回収なら自分でやってよ」


「いや、飲み込まれた時、なんかいたんだよ。ちょっと探せば……ほら、コイツだ」


アフタレアがグロブスタの亡骸に腕を突っ込んで中を探る。そして次に抜き出した時、その手には少女の死体が握られていた。


少女は金髪の癖っ毛ショートボブで、その生気のない目の色は金色という、この地区では中々見ないタイプのヒューマンだった。身につけているものも黒の生地に金装飾の騎士鎧で、その鎧の様式も三人があまり見たことのないものだ。


「金色に輝く瞳……コイツ格好といい、スカした世界のヒューマンか?」


「俗にいう、スタイリッシュな世界の系統出身の可能性はありますねー!でもイファス区域になんでいるんでしょう?」


「そんなの他人の勝手でしょ、それよりも……いきなり文字通りのお荷物が発生したね、でもほっとく事は当然出来ないし、ゼノル出番だよ」


「ええ!?死体運搬は僕がやるんですかぁ!?」


「ったりめーだろうが、アタシとドラゴンは戦う以上身軽じゃねえといけねえし、つうかお前ポーターだろ」


「でも荷物重いし……というかアフタレアさんも感謝してくださいよ!新商品のエネルギッシュクラッカーのお陰で馬鹿力を発揮できたんですから!」


ポーターなら当然の役割と、死体の運搬をゼノルに託そうとする二人にゼノルが抗う。ついでに自分のお陰で脱出出来たと声高らかに叫ぶが、当のアフタレアからの返事は無情なものだった。


「いや、アタシはクラッカー食ってないぞ、シャラムが全部食ったんじゃねえか?」


「うん、だって誰も手をつけなかったし」


それを聞いてゼノルが唖然とする。


「まあそれ食ってたらもっと楽に出れたかもしれねえな、んじゃ折角だし死体包むまでの間にいただくか」


「という訳でお願いねゼノル、でもあのクラッカーのお陰で火炎の勢いがいつもより良かったよ、それには感謝してる」


さっくりと死体管理を任され、ゼノルは感情の読めない表情のまま死体の保存を始める。


「ああ……優しいイサオさん、あなたは今どこにいるんですか……」


ゼノルは恋しそうにそう一言呟いた。

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