4-4 一撃で致命的
「はぁっ……!はぁっ……!」
暗い洞窟の中、レガナが灯す小さな光を頼りに、息を切らしてミエリが駆ける。
「ミエリ!もういなくなったみたい!大丈夫だよ!」
後方を確認してレガナが叫ぶ、それを聞いたミエリが急停止して荒く呼吸をする。
「はあっはあっはあっ……!一体なんなのあれ!?あの登場は流石に予想外だったんだけど!?」
「ミエリ落ち着いてよ!みんなと離れちゃったんだから、騒いで怖いの来ちゃったらどうするの!?」
動揺して騒ぐミエリを全力の声を出して制するレガナ、二人の声は洞窟内に響き渡り、何時敵が襲って来ても不思議ではなかった。
「ふぅ〜……とりあえず一休みしよう、いきなり襲われてもおかしくないし、いつでも走れるように体力回復しないと」
そう言って呼吸を整えるミエリの耳に、何処からか水の流れる音が聞こえてきた。
「ん?水の流れる音?そういえば水筒はゼノルくんに預けたままだったし、少し喉の渇きを潤しますか」
水の音を聞いたミエリがすぐさま音の方へと近づき、レガナに壁を照らさせる。見れば壁から水が染み出し、それが清涼感のあるせせらぎを作り出していた。
「ラッキー、見た感じ泥は混ざってなさそうだしちょっといただこうっと」
そうして水の流れに手を入れるミエリ、その時レガナが何か違和感を感じて眉を顰めた。
「ちょっとミエリ、なんかこの岩壁っておかしくない?」
その水が流れる壁は、線でも引いたように他の岩壁と少しだけ岩肌の隆起の仕方にズレが生じていた、そのズレを辿ると楕円形に水の出る壁が他の壁と違う事を表していたのだ。
「あれ?この水……生暖かい……」
ミエリが掬った水は何故か生暖かく、異様に粘度が高かった。それにミエリが不思議がっていたその時……
「え……?んぐうっ!?」
「ミエリ!!」
若干のズレの生じていた境界線が捲れ、そこから細かい牙と触手が現れて、そのまま壁が折り畳まれてミエリを呑み込んだ。
「ミエリ!!ミエリィ!!どうしよう!?とりあえずみんなを呼ばなきゃ!」
突然のアクシデントに錯乱したレガナはミミックに飲み込まれたミエリを置いて、仲間を探しに飛び出してしまった。
「ぐがぼっ!?がぽおっ!!」
折り畳まれた壁はそのまま奥への穴を開いてミエリを消化器官へと送り込み、消化液の中に漬け込まれたミエリは焼けるような痛みと肺を抜けた酸素の代わりに呼吸器に流れ込んだ液体の苦しみでもがいていた。
「げぼおっ!……か……ぽ……」
突然の嘔吐感から吐き出したのは自分の内臓だった、最早溶けて原型のない自身の血肉を視界に捉えながらミエリは意識を手放した。
(全く……なにやってるのよ……)
最後の瞬間、ミエリの脳裏にあの声が聞こえた。
………………
一方その頃、残されたメンバーは、ビルセティの突然の提案に思考が停止して固まっていた。
「あん?いきなり被虐嗜好に目覚めたのか?」
「いえ、そうではなくこのまま私を破壊して貰えばこの壁の先で再生してミエリの後を追えるんです」
「なに、どういうことだ?」
「今ギリギリで瓦礫の先まで触手を伸ばせています。私の本体を破壊出来れば触手の先で身体を再生させることが出来るのです」
ビルセティの説明を聞いたメンバーがすぐさま集まり、話し合いを始める。
「どうする?これ以上メンバーの散開はリスキーだとおもうのだが……」
「アタシもエルフと同意見だ、何言ってもミエリはまだ素人だし、焦ってわけわかんねえ場所に行ってる可能性がデカいからビルセティ一人に行かせても意味ねえと思うぜ」
「いや、そうだとしても捜索はするべきだと思うよ、発見の確率は上げたほうがいいし、もしミエリが死んでたなら遺体の確保はしておいてほしいし」
「私は……再生がどういう意味かわかりませんが、少なくともミエリさんには死んでほしくありません、ビルセティさんを送るべきかと……破壊されるところは見たくないですが……」
「僕もリーダー不在のまま行動するなら人数は少ない方がいいでしょうし、あの人の要望通りに単独行動をさせるべきだと思いますね」
それぞれの話を聞いて、イサオが一呼吸おいて喋りだす。
「俺は、ビルセティに任せたいと思う」
「お!おっさんビルセティのこと信じてなかったのにどうしたんだ?」
「あいつはミエリのことに関しては誠実に感じる、それにレガナもいるからな、今二人を任せられるのはあいつだけだ」
「イサオがそういうならもういいでしょ、どっちみち多数決でも決まってるし」
「まあそうだな、アタシももう言うことはねえ」
アフタレアの言葉にエンロニゼも黙って頷く。
「そうか、では決まりだな」
そう言ってイサオはビルセティの方を向く、ビルセティは黙ってその目を真っ直ぐ見た。
「あいつらの面倒を見てくれ、頼んだぞ」
「はい、任せてください、では皆さんお願いします」
ビルセティは淡々と返事をし、そのままメンバーを見ながら直立する。すると善は急げと言わんばかりに、アフタレアとシャラムがビルセティの前に立った。
「あー、向こうでミエリに伝えといてくれ、あいつはキラーラビットを見たら無警戒に接近するだろうからな」
「なんですか?それは」
攻撃が来ると身構えるビルセティにアフタレアが最後のアドバイスとして何かを言い出した。
「キラーラビットってのは見た目は普通の兎だけど、獲物を見たら牙の生えた巨大な口を広げて襲いかかってくるやばい原生生物だよ、でかいグロブスタやスライムすら喰らい尽くす本物の化け物だけど、見た目は可愛いからミエリが騙されるのは間違いないだろうし、彼女にあったら絶対に伝えてね」
「はい、分かりました、ではお願いします」
「あいよ、なるべく痛くないよう全力でいくぜ」
「力の強い私達でやればすぐぶっ壊れるでしょ」
そして二人は全力で尻尾を振りかぶって彼女に叩きつけた。
衝撃が振動となって洞窟内を揺らし、陶器の砕ける音が響く、その凄まじさに思わず目を塞いでいたエンロニゼ達が収まったのを確認して目を開ける。
「なっ!?」「え!?皆さん大丈夫ですか!?」「おお、すごいですね!」
アフタレアとシャラムの顔から一筋の汗が落ちる、二人の全力を受けてもなお、陶器の身体は完全には崩壊せず、触手の中身も濁った液体が噴き出すだけで潰れるまでにはならなかった。
「お前……こんなに硬えのかよ……」
「これはちょっと予想外だね、私とトカゲの尻尾の振り切りを同時に受けてペシャンコにならない奴は、少なくとも私は見たことないよ」
唖然とする二人やメンバーを見て、やれやれと言った仕草をしながらずっと静観していたイサオが前に出てくる。
「時間がない、お前たちが駄目なら俺が一肌脱ぐしかないな」
そう言うと、イサオは突然鎧を脱いでパンツ一丁になり出した、よく見ればそのパンツもレスラーパンツだ。
「え、一体どうしたんだおっさん」
「え?イサオがやるの?一人で?」
「お前たちは離れていろ」
急展開に疑問を呈するアフタレアとシャラムを退かして十分なスペースを確保すると、イサオは両手をあげてパフォーマンスのような事を行う。
「しゃあっ!!行くぞぉ!」
そして、気合いの入った掛け声と共にビルセティに組みつき、そのまま誰もいないスペースを一瞥してからカウントダウンを始めた。
「3!2!1!!」
ゼロは言わず代わりに反動をつけてビルセティに強烈なバックドロップをお見舞いする、そして……
ブゴッシャアァァァァ!
何がぶつかると鳴るのか分からない音を響かせてビルセティが跡形もなく砕ける、その余波で揺れる地面に足を取られながら、目の前で起きた意味不明な出来事に呆気に取られたメンバーが足元から総崩れになった。