1-5 奇妙な世界の常識
深慧莉とシャラムはシャワーを浴びると二人部屋のベットにそれぞれ横になった。
着替えの無い深慧莉はシャラムから服を借りたが、サイズが違いすぎて少々ダボついている。
「この世界ってシャワーとかあるんですね」
「ギルド見たでしょ?技術レベル自体は高いんだからそりゃあるわよ、とは言ってもここのシャワーはどっかの世界の魔法で出してるらしいけど」
二人はシャラムの持ち込んでいた漫画を読みながら、淡々と会話をしている。
「それにしてもベッド硬いですね」
「スプリングなんて使えないから仕方ないの、日本の布団もこんな感じなんでしょ?文句言わないで」
「なんで知ってるんですか……やっぱりおかしいですよ、あんな小さい怪物ならここの技術で駆逐出来るはずですよね?なんで放置してるんですか」
「奴らは特別なの、どれだけ退治しても必ず一定の数になるようにホワイトボックスから出てくるんだよ、ほかのグロブスタはダンジョンから出てこないのに」
シャラムが足を組み直す。
「昔、この区域の住民も駆逐しようと考えたらしくてさ、コロニーを要塞にして近づくギラッツを排除する仕様にしたらしいんだ、デカい人型兵器とか最新鋭の重火器とか使ってね」
「そんなものまであるんですか……」
「だけどギラッツはそれを上回ってたみたいでさ、理屈は分からないけど奴らって近くに金属がある仲間の死体や血に集まる習性があるみたいなんだよね、だから殺せば殺すほど奴らは集まってきた」
「そんなご都合な……」
「だからその要塞はあっさり奴らに囲まれて……必死に抵抗したみたいだけど無限に出てくる奴らと戦い続けるのも限界があって、遂に物資が切れて後はガブガブ!ってな感じで全てが無駄骨に終わったってわけ」
「……」
二人の間を沈黙が支配する。
「あ、そういえばさっき死ぬとか回収とか言ってましたけど、あれってどういうことですか?シャラムさんも一回あるって……」
場の空気に居た堪れなくなった深慧莉が思考を巡らせ、なんとか話題を絞り出す。
「ああ、あれはダンジョンで死んだら他の解明者に回収して蘇生してもらわないといけないんだよ、放置したり追い剥ぎする奴もいるけど、ギルドからいい額の報酬が出るから結構回収してもらえるんだよ」
蘇生という非現実的な単語の登場に深慧莉は目を丸くした。
「そ、蘇生って生き返るんですか!?」
「うん、どっかの世界の技術らしくてさ、すごいのは身体の一部から蘇生出来るっていう……ああ!!」
突如シャラムが上半身を勢いよく起こす、その勢いに気圧されて深慧莉がベッドから落ちそうになった。
「な、な、なんですか!?」
「忘れてた!!」
と、その時隣からコツコツと壁を叩く音が聞こえた。
「おいお前ら、もう少し静かに出来ないのか」
壁の向こうからイサオの声が響く。
「あ、ごめんなさい!もう、シャラムさん忘れてたってなんですか」
「いやー、これを蘇生させるの忘れてたよ」
そういうとシャラムが何やら小箱を取り出す。
箱の大きさはプロポーズの時に使われるようなリングケースより一回り大きい程度で、蘇生する「何か」を入れるには小さすぎるように深慧莉は感じた。
「え、それは……」
「あ、これはいつもは鎮痛剤とか入れてる薬箱なんだけどたまたま空いてたからこれに入れてるだけだよ」
「ええ……なんで入れるんですか……いや、そういうことじゃなくてですね、これ何が入ってるんですか、人じゃないですよね?」
薬箱に何かの死骸を入れる異常さにドン引きしながらも、深慧莉はツッコミを入れつつ自分の疑問を口にする。
「これに入ってるのはフェアリーだよ。ミエリと出会う前に見つけてさ、あのダンジョンでグロブスタに食い散らかされたみたいでそれを集めたんだよ」
深慧莉が完全に沈黙する。おそらく命懸けの世界では当たり前の論理感なのだろうと彼女は必死に理解しようとするが、同時にとんでもない所にきてしまったことを実感した。
「ま、明日治療院に行けばいいか、ミエリも明日は職探ししないといけないんだからもう寝なよ」
そういうとシャラムはバフンッと布団に沈み込むように倒れ、しばらくすると寝息を立てはじめた。
深慧莉は毛布に口元までくるまりながら一人考える。
(この世界じゃ命懸けの生活が当たり前なんだ……なんでこんなことになってしまったんだろう?これから先、何をすれば……)
怒涛の展開で溜まっていた疲労が不安で一杯だった頭の中を眠気で満たしていく……
(まあいいや、とりあえず……今は……眠ろう……)
その思考を最後に彼女は意識を手放した。