4-3 光と影の隙間から
「おい、もっとシャキッとしろ、ここからはギラッツ以外の化け物もうろついているんだからな」
「先程のパーティも、警戒していたにも関わらずヒーラーがやられたと言っていただろう?あまり呆けるな」
先に洞窟に入ったイサオと、ミエリに続いて入ってきたエンロニゼの二人に警戒心の無さを指摘され、ミエリは思わずハッとする。
「あ、あはは……ごめんごめん、沼地に比べて綺麗な場所だったからさ、思わず見惚れちゃったよ」
「見惚れるのは結構だけどよ、ここは沼地のスライムやウーズと同等か、それ以上に危険な野生動物がいるから気をつけろよ」
頭を掻いて謝るミエリに、続いて入ってきたアフタレアが呆れるような顔をしながら、自分の斜め後ろの壁を指す。
そこには、厳つい岩壁には不釣り合いな、控えめな装飾のドアがぽつんと一つだけ、何故が貼り付いていた。
「え……なにあのドア、どう見ても不自然なんだけど……」
「あれはミミックだね、いろんなものに擬態して、近づいてきたのを食べちゃうヤバい生物だよ」
「ミ、ミミック……?宝箱に擬態するモンスターってやつだよね?それ」
「あー、お前もそういう認識なのか、でもこの世界にミミックの情報を広めたやつらの話だと、自然物も人工物も問わず完全な擬態をして獲物を捕食する生物のことを総称してミミックって呼ぶらしいぜ」
「俺もここにきて知ったんだが、ミミックという言葉自体が英語で姿形を真似ると言う意味らしい、そして、ここには多種多様やミミックが生息しているんだ」
「おまけに、リビドースライムなんかの一部スライムもここにはいるからね、このトカゲもここで死んでたって、ジェインズ達が言ってたでしょ?」
「確かに、そんなこと言ってた気がする……」
「しかも意思疎通の出来ない種類の夢魔もここには生息している、眠っている者やオーガズムに達した者から精気を吸い取る危険な種だ、連中は隙を見て眠らせたり、リビドースライムに襲わせようとする、あまりぼーっとはするな」
「他にもブレインテイカーとかいますね!あれは飛んでいるのが見ていれば分かるので、まあ大丈夫でしょう!」
ミミックの説明のついでとばかりに、パーティメンバーがこの洞窟の危険生物について説明を始める。その説明を聞き終えたミエリは、沼地の時と同じように意気消沈してしまい、ユーエインは緊張した面持ちで、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「ま、聞いての通りこの洞窟には食欲、睡眠欲、性欲に関する生物が集まっているんだ、今じゃこの程度は珍しくねえけど、黎明期にここを調査した連中がビビって『本能の洞窟』と名付けたんだと」
「へぇ〜アフタレアはよく知ってるね」
聞いてもいない蘊蓄をアフタレアが言うと、それにミエリが感心したように頷く。それを聞いて得意げな表情を見せるアフタレアを、シャラムが面白くなさそうな表情で見つめた。
「まあ珍しくねえとはいえ、気をつけるのは変わらないけどな、このダンジョンとかヘソから中に侵入する虫とかいるし」
「え、そんなのもいるの……?」
「うん、だから魔力吸収の為に露出しまくってる魔法職は大変みたいだよ?へそだけ保護しても元々布面積が少ないからどこからか侵入されて中を食い荒らされるみたいだし」
「おえぇ……」
更に付け加えるようにアフタレアが警戒すべき虫の存在を言うと、シャラムが負けじと自分の知ってる情報を出してそれを聞いたミエリがげんなりとした表情になる。
「まあそれはいいとして……とりあえずはこのまま先に進もう、ミエリは初めてだからしばらくは俺が先導する、そして調査に進展が無い場合は二手に分かれ、より深部への調査を行う」
「分かりました、ですが先ほどの話では危険な生物が沢山いるようですが、別れて行動しても大丈夫なのですか?」
「正直なところ、俺も分断する状況になるのは控えたい、だが今回の目的を考えると、ある程度のリスクを覚悟してでも、洞窟の綿密な調査をする必要がある」
「まあ最悪、適当に回収作業だけしてヤバいのが出たら逃げてもいいでしょ、今回は荷物持ちが一人いるから、私達は運ばなくてもいいし」
そう言ってシャラムがゼノルを見つめる、その言葉を聞いたゼノルがハッとしたように前へと出てくる。
「ちょっと待ってください!ミエリさんもポーターですよね?なんで運搬が僕だけの仕事なんです?」
「ミエリはうちのリーダーでお前は仮加入の余所者なんだぞ、それにお前の方がポーター歴が長いんだから、荷物運びがお前の仕事になるのは当然だろう?」
「え〜〜?そういうのって差別って言うんですよ〜?」
「そもそもお前の荷物の大半は自前のキャンプグッズだろうが、嫌なら荷物はここに置いていっていいぞ」
「うっ……!それだけは勘弁を!もう愚痴は言いませんから!」
抗議したものの、イサオの言葉に負けたゼノルはそのまま平謝りしながら下がっていく、腹に溜まっていた相手が言い負かされた事で溜飲が下がったのか、シャラムとアフタレアの表情が少し軽くなり、くだらない言い合いをさせられたイサオはうんざりとした表情で頭を掻いた。
「よっし!そうと決まれば、早速あっちに行ってみよう!なんか光ってるし!」
「お、おいミエリ!不用心に動くな!」
話が一段落したのを確認したミエリが、突然誘われるように、イサオが止める間も無く、闇の中に輝く宝石のような光に向かって走り出した。
「ッ!?」
瞬時にその光の正体に気づいたシャラムは、咄嗟に剣を抜いて渾身の力で投げつけ、その剣が闇に輝く宝石に深々と突き刺さる。
そして、その宝石は地の底に響くような雄叫びをあげて、その後に地面を揺るがした。
「うわっ!え?え?なにが起こったの!?」
「え……?ええ……なにこれ……」
突然の地響きに二度寝していたレガナが目を覚ましてミエリのバックパックから飛び出し、ミエリは目の前に倒れ込んだ"それ"を見て、呆然と立ち尽くした。
「ミエリってば本当に不用心だね、そのグロブスタは軽い幻覚作用を起こす光を放つんだよ」
光の正体は、黒い体毛を持つ四足の獣だった。その獣の額には水晶体が備わっており、それが輝いて宝石のように見えていたのだ。
「ガノザールか、こんな珍しいやつが入り口付近にいるなんてな……チッ、油断したぜ」
呆気に取られるミエリと急な展開に動揺するパーティメンバーの中で、アフタレアが反省するように独り言を呟き、得意げな表情をするシャラムを、苦虫を噛んだ表情で見つめた。
そんなアフタレアにマウントを取って悠々としているシャラムを見つつ、同じくミエリを守ろうと触手を出していながら少し反応が遅れてしまったビルセティは、目の前のドラゴンに少し疑問を感じていた。
(この人は……ずっとミエリから目を離さなかった私より素早く行動していた……あの光は敵だという事前知識がシャラムさんにあったとはいえ、私も対応が遅れたわけではなく、むしろ最速で動いていたそれなのに……ミエリの行動把握に状況整理、そして守るための行動への無駄の無さ……この人は一体……?)
「おい、ミエリ早く戻ってこい」
「え、あ!そうだね!早く調査を進めよう!」
「……!?ミエリ!横になにかいるよ!」
気を取り直したミエリがイサオに言われ、皆の所に戻ろうとした時、足元に不自然な影があることに気がついたレガナがミエリに危険を叫んだ。
「……え?」
ミエリがそちらを向く、すると……岩壁の光の当たっている部分と影の境界線に隙間でもあるかのように、そこから巨大な人型の何かがぬるり、と現れた。
体長は2mを越え、身体は闇のように黒く、輪郭もその闇に紛れて不鮮明だが、赤く輝く目だけは獲物を見据えていることが、見ている者達からでも分かった。
そして、他の部位に比べても一際大きな手には刀身を思わせるような長く鋭い爪が伸びており、それがミエリに振り下ろされようとしていた。
「『浮巻』《ユシュバル》!」
咄嗟にレガナは天井にぶら下がっている氷柱石に魔法を唱える、すると呪文を受けた氷柱石が襲撃者に引き寄せられるように、追跡しながら落ちていく。
襲撃者は氷柱石を寸前で回避すると、不意打ちが失敗したことを察し、素早く天井に斬撃を飛ばした。
「逃しません!」
敵の行動を察したビルセティは触手を伸ばす、しかし敵の斬撃で崩落した天井が道を塞き、その際に触手が押し潰されてしまい、その先がどうなったのかは分からない。
「ミエリ!クソッ、なんなんだよあの化け物は!?」
「落ち着きなよトカゲ女、とにかく迂回できる道を探して、ミエリと合流しよう」
「この場所は奥に進むほど迷路のようになっているからな……俺も地図は持っているが探すのは難しいぞ」
「大丈夫だ、その道先は私が見つける、『森よ、這い進め』」
謎の襲撃者によってミエリと分断されたパーティメンバーは、すぐさま次の行動を決めてミエリ捜索に乗り出した。しかし……
「皆さん、お願いがあるのですが……私を攻撃しては貰えませんか?」
崩落した道の前で立っているビルセティが、突然おかしな事を言い出した。




