1-4 先輩のおごり
「全く、意地悪な奴だな」
残ったイサオが呆れたようにアマユに言う。
「だって、あなたたちには敬語なのに私だけあんな馴れ馴れしくされたら色々言いたくもなるって」
「そうかもしれんが……それにしたってあれはないだろう、お前この間も申請が遅い人にキレていただろ」
「いや、長々と悩むやつに容赦する必要ないから」
アマユが真顔で答える。
「だいたい、『え〜と〜』とか言ってる女とかぶりっ子気取りたいクソ女でしょ?それにずっと決められない男とか優柔不断丸出しなんだから優しくする必要ある?」
「お前、そんな性格でよく受付嬢になれたな……そんなんだから男が逃げるんだぞ」
「余計なお世話よ、さてと、今回の調査の報告をお願いするわね」
イサオがシャラムから受け取った袋を渡しながら調査報告の申請を始めた。
一方その頃、
「ちゃんと出来た?」
「はい、もっと細かい記入だと思ってたんですけど、種族と年齢と生年月日と……元の世界の文化系統?とかいうのくらいであんまり書くところはないというか……」
「そう、じゃあそこの決定ってやつ押して証明カードを発行するの、ここにはいろんな世界の連中がいるからねぇ、大体でしか分別出来ないんだよ」
パネルの横にある機械からカードが出てくる、それをシャラムが抜き取り深慧莉に渡す。
「そういえばなんでこの世界って日本語なんですか?このカードもひらがなとカタカナと漢字で記入されてますし」
「ああそれね、原因はわからないんだけどさ、どうやらこの世界はそれぞれの言語が勝手に翻訳されるみたいなんだよねー、文字も音声も関係なくされるからお互いの言語について学んだり教えたりとかは出来ないんだよ」
その言葉を聞いて深慧莉は納得したように頷く、正しくは「こういうものなんだ」と自分自身に納得させる頷きだった。
カウンターに戻るとちょうどイサオが報告を終えたタイミングだった。
「はい、カード作ってきたわよ、これで何するの?」
深慧莉はムキになってタメ口で話しながらアマユにカードを見せる。
「そのカードはそのまま身分証明書になるから肌身離さず持ち歩いてね、これであなたも晴れてこの世界の住人になったわよ、おめでとうミエリちゃん」
アマユはいい笑顔で深慧莉を歓迎した。
「今日はもう遅い、宿代は俺たちが出すからもう休むぞ」
そう言うとイサオがギルドから出て行く。
出ていく時は簡単にセンサーが検査するだけであっさり出ていける仕様となっており、イサオが出入り口の前に立つとドアが時間差で開いた。
「よっし!それじゃご飯食べに行こうか!アマユさんもどう?」
「私はまだ業務があるから今度ね、それにあなたの相棒は私とご一緒したくないみたいよ?」
深慧莉は未だにアマユを鬼の形相で見つめている。
「相棒って、解明者でも無いのに、ミエリもいつまでも根に持ってないでもう行くよ」
そう言うとシャラムはさっきと同じように深慧莉を引っ張って出口に向かった。
「……あんな女、もう会いたくない」
「あれはミエリにも問題があったよ、それにアマユさんは面倒くさいところもあるけど悪い人じゃないよ」
「面倒くさい人だとは思ってるんですね」
センサーをくぐって外に出たあと、そんな会話をしながらコロニーの中を二人は散策していた。
「というかイサオさんは大丈夫なんですか?宿代を出してくれるって言ってましたし、放っておくのは不味いんじゃないんですか?」
「大丈夫だよ、今回の調査で稼いだ分を宿代に回すって話し合ってるから、待ってくれてるでしょ」
「適当ですね……今日組んだばかりの相手なのによく信用出来ますね」
「危険な場所で背中預ける相手なんだから当然でしょ?それに今このコロニーは人が少ないから、もし持ち逃げしてもすぐに見つけてボコボコに出来るから大丈夫だよ」
(何が大丈夫なんだろう……?)そう深慧莉は思ったが口には出さなかった。
「それよりこの露店のキニャルが美味しいんだよ、私の奢りだから早く食べよう!」
お目当ての店を見つけてテンションが上がって飛んでいくシャラムを見て、深慧莉は不安に思っていたことがどうでも良くなっていた。
(色々考えなきゃいけないだろうけど、まあなんとかなるだろう……)
深慧莉は心が晴れる感覚を覚えながらシャラムの元へ駆けていった。
「で、俺を置いて二人だけで買い食いしていたということか」
宿に着いてすぐに、フロントで待ち構えていたイサオに二人は正座させられていた。にも関わらずシャラムは食べることをやめず、キニャルを頬張っている。
「別に二人だけで行ったことを責めてる訳じゃない……ただ一言伝えるくらいはしろ!馬鹿みたいにずっと待ってたぞ!!それに待たせてる自覚あるなら俺の分も買ってこい!」
「別に買ってきてもよかったけど、イサオがお金出してくれるの?」
「当たり前だろ!ちゃんと金は払うぞ!」
「そう、じゃあ次からは伝えるね」
「お前は……」
イサオが怒りで僅かに震えている。
「あ、あの!ごめんなさい!すぐに帰る予定だったんですが……その、色々目移りしちゃって思いの外遅くなりましてその……」
深慧莉の声がだんだん小さくなっていく。
「変な言い訳はしなくていい、それにお前は初めてだしシャラムについていっただけだから気にしなくていいんだ」
「ふう、ごちそうさま」
シャラムがキニャルを食べ終えてその包み紙を丁寧に折る、その態度には反省の色がない。
「全くお前という奴は、支払った宿代はお前が退治して、解体して、運搬したグロブスタの調査報酬だから俺もとやかくは言いたくないが、そんな調子じゃパーティー組んでやる奴もいないだろ」
「今までほとんど一人でダンジョン潜ってたし大丈夫だよ、最初にそう言ったでしょ?」
「そうだったな……だがそれじゃ死んだ時どうする、運良く回収されないと平気で一年放置とかもあり得るというのに」
「私がやられたのは手足引きちぎられて丸呑みにされた一回くらいでそれ以外は問題なかったからね、それもすぐに回収してもらえたし、ソロに戻ることに不安はないよ」
「パーティーを組めばそんな最悪な部類の死に方をしなくて済むと言ってるんだ……まあいい、食事を出されてるからそれ食ってさっさと寝るぞ」
「え!なんでご飯付きで宿とったの!?」
予想外の浪費にシャラムが思わず叫んだ。
「お前が勝手にほっつき歩いていたからだろうがーっ!!」
「痛だーっ!!」
シャラムにゲンコツが振り下ろされる。流石に深慧莉も同情は出来ず、ただいたたまれない表情で見届けていた。
二人が食べたキニャルという料理は焼いてスライスした様々な種類の肉を、穀物を練って焼いた生地に挟んで、骨と脂から取ったダシと卵を混ぜて刻んだ野菜を入れたソースをかけた料理で恐ろしいほどボリュームがあった、そのためシャラムも深慧莉も胃に余裕は無くなっていたのだ。
結局、二人の分とは別に二人前頼んでいたイサオは、計四人前の料理を平らげるとそのまま部屋から出てくることはなかった。
作中に出てくるキニャルですが、これは作者が3分で考えた架空の料理なので現実には存在しません。
サンドイッチやタコスの異世界版みたいなイメージです。