1-3 コロニー
「……な、なにこれ?」
「驚いた?みんな最初はそんな顔をするんだよね」
呆然とする深慧莉を見てシャラムがイタズラに笑う。
「まあ楽しい風景じゃないからな、それより早くコロニーに戻るぞ」
話もそこそこに二人が歩き出す。
「これが外の世界なんですか?ここもダンジョンなんじゃ……」
「残念だが、これがストレンジフィールドだ」
「ミエリもこれから長い付き合いになるだろうし、慣れておいた方がいいよ」
深慧莉の中に再び不安が押し寄せる、とふと周囲を見渡すと小さい小人?のようなものがコソコソと動き回っており、その一体と目が合う。
「わぁ!?」
「おわっ!」
驚いた深慧莉が思わずイサオに抱きつく。
「どうしたの?」
「いや!あれなんですか!?」
シャラムが深慧莉の指差す方を見る。
「あ〜あれはギラッツだよ、害獣だけど怖い存在じゃないから気にしないで」
よく見ると周囲にはポツポツとそのギラッツがおり、シャラム一行を一定の距離感で追跡してるようだった。気にしなくていいと言われた深慧莉だったが未知のものに対する不安が拭えず、なるべく見ないように顔を伏せた。
「着いたぞ、ここからは自分で歩いてくれ」
深慧莉が再び顔を上げると、目の前には石製の巨大柵と入り口となる大門が聳え立っていた。
深慧莉はイサオから降りるとその大門をまじまじと見る、巨大な門も柵も木材と石材のみで作られており、まるで鋳造技術が発達してない古代文明の風貌をしている。
「おーい!開けてくれー!」
イサオが大声で叫ぶと、門の左右に設置されている見張り台から門番が顔を出した。
「ちょっと待ってくれー!今開けるから離れろー!」
そういうと門番の頭が引っ込む。
「ちょっと、そこは危ないよ」
ぼーっと門を眺めている深慧莉をシャラムが掴んで距離を取る。地鳴りのような音を立てて門が観音開きで開いた。
「わあ……」
深慧莉が思わず声を上げる、だが今度はドン引きではなく感嘆の声だ。
そこは外の世界からは想像がつかない場所だった、門の前から石畳で道が整えられており、中に立つ門番は見事な金属の鎧で武装していた。
さらに進むと広場との間には小さな水が流れる堀があるが、そこにかけられた橋も木製ながら頑丈な作りになっており、高欄には見事な彫り物が施してある。
橋を渡った広場には賑やかとまではいかないが人の往来もあり、そこかしこに露店で商いをする人もいた。種族も様々で耳の長いエルフのような者や犬のような顔を持つ獣人、子供くらいの背の小人などがいた。
「さっきはあんなこと言ったけどコロニーの中は多少は悪くない景色でしょ?」
「お前は新参者だから先ずは組合に行って登録しないといけない」
「組合?解明者ってやつの組合ですか?」
「そうそう、正式にはリサーチャーズギルドって言って簡単に言うと私たち解明者の後ろ盾ってところかな」
「流されモノの支援も行なっているデカイ組織だ、ストレンジフィールドは得体の知れないところだから組合の支援無く生き延びるのは難しいんだ」
その説明にほうほう、と納得した深慧莉は大人しく二人の後をついていく。
「ここがリサーチャーズギルド、どう?すごいでしょ」
「え、これって……」
リサーチャーズギルドと書かれた看板がかけられた施設は非常に奇妙な形状をしていた、まず基礎が高さ7mほどと通常の家屋の2階部分に相当するところまで作られており、その上にある施設との間には鼠返しのような板が突き出ている。
出入り口に続く階段は曲がりくねって無駄に距離があり、その全てが完全な木製で作られていた。
「驚きの連続だろうがそれを説明するのは中に入ってからだ」
そう言って階段を登り始める二人に深慧莉は恐る恐るついていく。
そして入り口と思しきステインで丁寧に塗装された扉の前に立つがその扉には不思議なことにドアノブが無かった。
「あれ、これどうやって開けるの?」
深慧莉が当然の疑問を口にしながら一歩進んで扉の前に立つと、なんとドアは勝手に開いた。
「え?」
深慧莉は素っ頓狂な声を出すが、その開き方は元の世界の自動ドアのようだ。そしてその中には別の世界が広がっていた。
「…………もう驚かないと思っていたけど、これが一番の驚きだよ」
「驚きすぎてタメ口になってるよ〜?」
「まあ、無理もないな」
リサーチャーズギルド、その語感や外の世界からファンタジー世界のような木製のカウンターに北欧の民族衣装のような制服を着た受付嬢が立っており、傍らには酒場が併設されている……そんなイメージを持っていた深慧莉はあまりのギャップに驚き、逆にリアクションが薄くなっていた。
ギルドの内部は言ってしまえばSFの世界と言って差し支えないほど技術の塊で溢れた場所だった。
ロビーの中心にはホログラムの球体が浮いており、その周りを何やら映し出された文字が回転している。右奥には操作パネルのようなものが並んでおり、先ほども見たエルフやドラゴンマンと思しき種族がローブや鎧を着てパネルを操作している。
呆気に取られる深慧莉が一歩進むと突如、ゲートのようなものが現れて進行の邪魔をする。
「え!な、なに!?」
ゲートに囲まれた深慧莉にセンサーのようなものが当てられ、全身をくまなく検査する。
『未登録の生体を認証、危険物ナシ、登録希望者は奥のカウンターへお進みください』
アナウンスが流れ、ゲートが開くと深慧莉は逃げ出すようにそこから離れる。
続いてシャラムがゲートの前に立つ、ゲートが閉まり、センサーが全身を探る。
『ガードナーのシャラム様、認証完了、危険物ナシ、お疲れ様です』
ゲートが開きシャラムが通る。
「わざと黙ってたけどセキュリティが厳しいんだよね」
「お、教えてくださいよ!」
「ミエリが怪しい人や擬態したグロブスタじゃないか疑ってたんだ、でもそうじゃなかった、疑ってごめんね」
シャラムが深々と頭を下げる。
「え?いや、そこまでしなくてもいいんですけど……でも騙すのはいけませんよ」
「このギルドは俺たちの生命線なんだ、だからおかしなものを入れるわけにはいかない、そこは理解してくれ」
検査を終えたイサオがゲートから出てくる。深慧莉は微妙な顔をしながらカウンターの方へと歩いていった。
カウンターの向こう側で受付の女性が忙しなく動いている。その服装はやはり未来的なデザインのワンピースでやたらとスカートが短く、胸が強調されていた。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」
深慧莉が不貞腐れながら受付の女性に話しかける。
「あら?見ない顔だけどもしかして新人さん?それならまずは質問に答えなきゃね」
女性が深慧莉の前に立つ。
「初めまして、今回の業務を担当しますアマユと申します。早速ですがご質問はなんでしょうか」
「さっきそこの適当な二人組にちょっと聞いたんだけど、ここってストレンジフィールドって言うんでしょ?どういう場所なの?」
「はい、ストレンジフィールドとは私たちが今いるこの世界の事です。各地は気候の違いこそありますが基本的に荒野が広がっており、そこでは紋様が刻まれた石しか発見されてません、現在の調査範囲では海のような果てと言える場所まで到達したり、一周して最初の地点に戻ってきたといった報告は上がっておらず、この世界の全貌は未だ不明のままです」
深慧莉はさっき外で見た景色を思い出した。
「ですが、その中にグロブスタが発生し続けるダンジョンと呼ばれる特殊な地域が存在しています。そこでは天然物、人口物問わず様々なものが発見されており、私たちリサーチャーズギルドが調査を行なった解明者から調査物を買い取ってこの世界の究明を行なっております」
「グロブスタって何よ?」
「グロブスタをご説明するにはまずこの世界の性質について少々語る必要があります」
「うん、お願い」
「この世界は様々な次元、平行世界から無尽蔵に生命や物体を取り込んでおり、それらの中でも知能が高くコミュニティを形成できる種族が集まって各地にコロニーを建造したのです、現在も様々な種族や物品が取り込まれていますが古参の種族であるヒューマン、エルフ、ドワーフ、オーク、ノーム、リカンド、フェルペル、クラッグス、ルナルドネス、セラフィモ、ドラゴンマンとドラゴンメイドなどが人口の殆どを占めています」
名称のファンタジー感と説明する女性のSF感との間にあるギャップに頭を抱える深慧莉に対し、アマユは気にせず説明を続ける。
「そして、先ほど名前を出したグロブスタとはこの世界にいる交流が不可能な正体不明の生物の総称です。元々海端に流れ着いた正体不明の肉塊を指していた言葉ですが、それが会話の出来ない謎に包まれた生物たちに対して使われ始め、総称として広まったそうです」
深慧莉の脳裏にあの化け物の姿が浮かぶ、恐ろしい爪と牙を持ち、本能を隠さない野蛮さが深慧莉の体に震えを思い出させる。
「大丈夫ですか……?」
アマユが心配そうに顔色を伺う。それを見た深慧莉は頭を振って頭の中の怪物を掻き消す。
「大丈夫、あと一番聞きたかったことがあるんだけど」
「なんでしょうか」
「なんでこの施設だけハイテクなの?なんで外は石と木の建物ばっかりなの?全部ここみたいにすればいいじゃない、それになんだか建物の形も変だし」
「後ろの二人は説明しなかったのね……」
アマユが小さく呟く。
「ふぇ?」深慧莉がマヌケな声を出す。
「ここに来てから説明しようと思ってたんだ。それが一番手っ取り早いと思ってな」
今まで黙っていたイサオが突如、前に出る。
「別にここ来る前に説明出来たでしょ?」
アマユがフランクな口調でイサオに不満を漏らす。
「まあ確かにな、さて待望のネタバラシをするか」
「どういうことなんですか、また私を騙してたってことですか」
「そんな大層なことじゃない、実はな、この世界は原材料の問題をクリアすれば近代兵器を作るのは難しいことじゃないんだ」
そう言ってイサオは懐から拳銃を取り出した。
「ええっ!?」
突然の事に動揺する深慧莉、他の二人は冷静に見守っている。
「だから本来ならここを戦艦みたいな砦にする事だって出来るんだが、それができない理由がある」
「ど、どんな理由ですか!」
耳の中でうるさく聞こえるほどの音量で心臓の音を鳴らしながら深慧莉が問いただす。
「お前も見ただろギラッツというグロブスタを、あいつらは金属類を食べるんだ、それも細かい部品を好んでな……とはいえ基本金属ならなんでも食い尽くしてしまう」
深慧莉は先ほど見た小人のような生物を思い出す。小人とは言ってもその外観はトカゲに近く昔テレビで見た恐竜人間を思い出すフォルムをしていた。
「奴らがいる限りこのイファス区域内で金属製品を保持するのは難しい、精々持てたとしても携行品程度だ、鎧や銃火器なんかのな、だが連中はそれすらも隙をついて盗もうとする、特に予備の弾丸やナイフなんかは盗まれやすい」
「イファス区域?」
またもや出てきた謎の単語について深慧莉が聞く。
「ギラッツどもはホワイトボックスというストレンジダンジョンからしか出現しない、お前がいたあのダンジョンだ。だから奴らの生息域も限られてくる、そこで奴らの活動範囲の限界あたりから区域分けして関所を置く事で奴らの流出を抑えているってわけだ」
「他の所には魔素を吸収し続けるグロブスタもいますからね、そういうところでは銃火器が重宝されてますし、ここの区域では魔法が主力となってますから、お互いの流出を防ぐ重要な区域分けなんですよ」
アマユさんが補足を入れる。
「疑問は晴れた?」
黙って聞いていたシャラムが歩み寄りながら深慧莉に聞く。
「まだわかんないことも多いですけど……とりあえず聞きたいことは全部聴きました」
「そうか、納得してもらえたらなによりだ」
「では、管理登録の方へと移らせて頂きます。こちらのパネルの方へお向かいください」
そういうとアマユが深慧莉から見て右側にあるパネルの並ぶターミナルを指す。
「登録は別窓口なんだね、わかった」
「音声案内に沿ってご自身の情報を入力してください、あと一つ言わせてもらってもよろしいでしょうか」
「え、なに?」
「あなたって店員にタメ口で話すタイプなんだね、友達いないでしょ?」
「……は?」
アマユが突然、見下したような笑みを浮かべて深慧莉を煽る。二人の間には歪んだ空気が流れ、お互いの表情が険しくなる。
「ちょっと、二人ともそんな顔しないでよ、ミエリも早く登録に行くよ」
シャラムに連れられてパネルに向かう間も深慧莉はアマユを睨み続けていた。