2-8 霧のヴェールの先にあるもの
『ねぇ、シャラムはなんで騎士になりたいの?』
沼地を進みながらシャラムは昔のことを思い出していた。幼馴染が優しく語りかけてくる、あの日のことを
『そりゃあ……みんなを守りたいからに決まってるじゃん!立派な騎士になってさ、みんなもシュニマムも全員私が守ってあげる!』
淡く輝く記憶、そんな大言壮語を発していた幼き日の自分を羨ましく、そして恨めしく思う。
今度は別の記憶がフラッシュバックする。守ると決めた幼馴染の亡骸を抱え、失意の中にいる彼女にかつての部下たちが剣を向けていた。
『みんな……?なんで、信じてくれないの……?』
あの日、シャラム・ドヌガ・ヴィーダは親友、仲間、国、命、その全てを失った。
そしてこの出来事をきっかけに自分の為だけにシャラムは何かを守ることにした。
(でも結局こうなっちゃうんだね……)
「おい、シャラム」
(まだ知り合ったばかりの相手に必死になってさ……)
「おいってば」
(……私ってほんとバカだよね)
「おい!しっかりしろよドラゴン女!」
アフタレアがシャラムの肩を強く掴んで揺さぶる。
「はっ!あ、ごめん……」
「全く、ぼーっと歩いてんじゃねえよ、いくらお前がご自慢の外皮で無事でも、その鎧はスライムに腐食されたら無事じゃすまねえんだからシャキっとしろよ」
「別にあんたに鎧の心配される筋合いはないんだけど?」
「余計なお世話なのは分かってるさ、でもその鎧、大元は金属だけど、損傷箇所は非金属で修繕してあるだろ」
その言葉にシャラムがピクリと僅かに反応する。
「ポリマー素材やトリマナ粒子に晶雷草、どれもダンジョンで稀に発見されるいろんな世界の流されモノ素材だ、おまけに急所の装甲やエンブレムに使われてんのはカデヌラーデだろ、そんなヤバイもん使ってまで改修してるってことは相当大切な鎧なんだろ?」
「……だったら何?というかこの鎧はこれが使い慣れてるから修理して使ってるだけよ」
「んなワケないだろ、どんなに使い慣れててもギラッツがいるこの区域でわざわざ金属の鎧を使うやつなんてアタシは見たことないぜ、どう見たってソレに執着してるようにしか見えねえんだよ」
「…………執着か、確かにそうかもね」
しばしの沈黙のあと、シャラムが口を開く。
「私は元の世界から取り除かれた存在、世界を守るために仲間たちからね……それなのに私は未だ元の世界に執着してる、ほんとダメなドラゴンよ」
二人の間に重苦しい空気が流れる。
「あー……何があったか知らねえけど突っ込んだ事聞いて悪かったな、ちょっと気になっただけなんだよ」
アフタレアが申し訳なさそうに謝る。
「なんであんたが謝るのよ、私が勝手に感傷に浸ってただけ……もうさっさと行くよ」
そういうとシャラムが再び歩き出す、とその時
「キャアアァァァァ!!」
と女性の絶叫がシャラムたちの耳に入ってきた。
「悲鳴!?」
「くっ、もしかしてミエリか!?」
「だったら急がないと!」
そう言ってシャラムが翼を広げる。
「待てよ!こんな視界悪い中で飛ぶ気か!?」
「じゃあどうすればいいの!?」
アフタレアの制止に対してシャラムが噛み付く、一刻を争う状況ゆえか彼女にいつもの冷静さは無い。
「落ち着け、ひとつだけ方法がある、アタシを背中に乗せてくれないか?そうすれば道案内が出来る」
「はい?何よそれ、なんでそんなことできるのよ」
「アタシたちは過酷な環境で暮らしてたからな、理屈は知らんけどルナルドネスは空間把握に長けてるんだよ」
その言葉を聞いてもシャラムはどこか懐疑的だ。
「頼む、急ぎたい気持ちは同じなんだ、アタシを信じてくれ」
アフタレアが真っ直ぐにシャラムを見る。その真剣な眼差しと見つめ合ったあと、シャラムはため息をつきながら盾を捨て、鎧を脱ぎ始めた。
「仕方ないね、このままじゃあんたを乗せられないから装備は置いていくよ、だからデカブツが出てもあんたを守れないから覚悟してね」
「アタシは別にいいけど、それ大事なものじゃないのか?」
「だとしても今は仲間よ、防具はあとで回収できる、でも死体は回収できないかもしれない……ほら早く乗って」
「ありがとうな、あとすまないけどなるべく低く飛んでくれ、上空だと悲鳴の主を見つけられないかもしれねえからな」
インナーだけになったシャラムがアフタレアを背負うと翼を大きく羽ばたかせ宙に浮き、そのまま濃霧を切り裂き低空飛行をする。
「あと6秒で物に接触!」
アフタレアのその言葉を聞き左に避ける、ジャスト6秒でシャラムの右を枯れ木が横切った。
「目の前に大岩!そのまま上昇してくれ!」
シャラムが少し減速しながら上昇する、岩をスレスレで回避したシャラムはそのまま岩に沿って下降する。
「あと3秒で目標だ!」
今度は減速しながら着地の態勢をとる。そして目標の場所を見ると、何かがうずくまるのが見えた。
「もしかしてミエリ!?」
シャラムは目標の近くに着陸するとアフタレアを背負ったまま、うずくまる人に駆け足で近づいた。
「大丈夫だった?ごめんね、一人にさせちゃって」
「……おい、シャラム」
「早く立って、どうしたの立てないの?もしかして怪我をしてるの?」
「シャラム聞いてくれ」
「大変、怪我をしているなら早くここを離れないと」
「おいってシャラム!聞いてんのか!」
「うるさいって!今はあんたの相手をしてる場合じゃないの!?」
「それはどう見てもミエリじゃないだろ!」
それを聞いたシャラムが驚き、もう一度それを見た。
それは何故か水分が完全に抜け切った獣の死骸……いや、自分たちがここに来た時に狩猟したジャイアントボアだったのだ。
「え……なんで?」
「クソッ、嵌められたんだ」
見ると二人の足元はズブズブと地面に飲み込まれている、シャラムにいたっては胸下まで浸かっており、移動すら困難な状態だ。
「底なし沼!?」
「ふざけやがって……この霧には幻惑効果があったんだ、アタシも今の今まで気がつかなかった……シャラム飛べるか?」
「無理だよ、流石にここまで浸かってたら翼だけで飛び上がれない」
「チッ、ちょっと待てよ、アタシの武器で底がどれくらいか確認する」
「底なし沼なのに底があるとはこれ如何にって感じだね」
「言ってる場合か、それに実際はちゃんと底があるんだよ、よし2mちょっとってところだな、シャラム掴まれ」
そういうとアフタレアがシャラムを抱き寄せる」
「どうするの?」
「とりあえず斧で底に着いているから沈むことはないだろう、多分な、あとは動けない以上救援が来るのを待つしかない」
「我ながら情けないね……こんな罠に嵌ってしまうなんて」
「まあこういうこともあるさ、こんな所で溺れちまったら回収される確率は絶望的だ、今は自分のことを考えた方がいいぜ」
しばし沈黙が流れる。
「……正直アンタのこと見直したよ」
「は?何なの急に」
「お前への第一印象ってフェアリーの肉片を薬と一緒に入れるような奴だったからさ、全然信用してなったんだよ」
「ふーん、私はあんたへの印象が一片も変わって無いけどね」
「そうか、流石堅物で有名なドラゴンメイドだな」
アフタレアがふぅ……とため息を吐く。
「だけどアタシは見直したんだよ、仲間のために必死になれる奴は私は嫌いじゃない、まあお前のことは好きでもないけどな」
「…………」
「ところでさ、どう考えてもこの状況はやべえよな」
「あんたがそういうなら、やっぱり気のせいじゃなかったみたいだね」
「ああクソっ、いるよなデカイのが」
二人は沼に肩まで浸かりながら霧の奥を見る。その霧の中から何か巨大な影が二人の目の前に姿を現した。




