小さな戦士達
「さぁ元気な子供達! まずは君達の出番だ! 選ばれし男の子諸君は前に出てくれ! 女の子達はもう少し待っててくれよな!」
俺が元居た場所に戻ると、程なくして例の実況を務めるらしいウォーバーさんの声が木霊してきた。
同じ集落の獣人が何人か俺の姿にギョッとしていたので、とりあえず口元に人差し指を置いて「しー」と伝えておく。
戸惑いつつも何も言わずに受け入れてくれる辺り、理解力のある人達だ。ありがたい。
「初っ端から波乱の幕開けか!? 東の集落が長、メリュウ様の実子! その強さは子供らしからぬものと聞き及ぶ実力や如何に!? オウマくん入場!」
おっ、別集落の参加者だ。長めのツンツン頭に如何にも好戦的な瞳をした少年が会場の中央に出てきた。
東の長の息子か。これはちょっと気になるな。
「対するは、我らがヴェロニカ様が治めるこの集落にて、長年一途な想いを募らせながら獣戦士を目指す幼き牙! トウレンくん!」
「おいその情報いらないだろウォーバー!」
「はっはっはっ! 盛り上げなくてはならないからな!」
うん、確かにいらない。戦い前にこんな大勢の前でコアちゃんへの想いを暴露されるなんて恥ずかし過ぎるだろ。
しかしいきなりトウレンくんの出番か。こっちはこっちでその実力は気になるところ。もしかしたら予想以上に強くて、結果的にコアちゃんのハートを射止めるかも? ふふ、楽しみだ。
「くっそ……始まる前から赤っ恥だ」
「へっ、そう照れるなよ。まぁお互い頑張ろうぜ」
「……おう」
「それじゃあ両者、構えて!」
ウォーバーさんの合図でそれぞれが構えを取る。ヴェロニカさんに教えてもらった通り、構えはどちらも低い。
パッと見では大きな違いは見受けられないか。
「先に有効打を3発当てた者が勝者! 意識を失ったり続行不能状態に陥った場合はそこで試合終了だ!
急所への攻撃は原則として禁止! スキルの使用も当然禁止! 己の実力で勝利を掴んでみせろ! 未来の嫁さんが見ているぜ!」
「未来の、嫁……!」
あ、トウレンくんの闘争心が分かりやすく膨れ上がった。……そういえば、そのトウレンくんに想いを寄せられているコアちゃんはどこに行ったのだろう。
軽く周りを見たところでこの数じゃ直ぐには見つけられないし。うぅん、まぁきっとガラルさんやミャーコちゃん辺りと一緒に居るよな。
「……始めっ!!!」
俺が少しばかり視線を外した次の瞬間、ウォーバーさんの掛け声が聞こえてきた。その直後に響き渡った鈍い音に視線を戻すと、驚きの光景が広がっていた。
対戦相手であるオウマくんの蹴りがトウレンくんの腹に突き刺さっている。おそらく、開始の合図とほぼ同タイミング。完全に見逃した。
「おーーーっと!!? いきなりオウマくんの一撃が炸裂だ! 大人顔負けの蹴りが深々と決まったー!」
「……あん?」
「ふぅぅぅぅ……効いたぁ」
「オウマくん側に1点! しかし叩き込まれたトウレンくんは涼しい顔をしているぞ! 今のを受けて平気なのかー!?」
いや、効いてる筈だ。トウレンくんの頬を伝う汗がそれを物語っている。きっとあれは格好悪いところを見せないための強がりだろうな。
「やるじゃん、お前」
「先手を取られた相手に言うかよ普通」
「別に皮肉のつもりで言ってるわけじゃないぜ? 冗談抜きで、同年代の奴が俺の蹴り耐えてるの初めて見たんだよ」
「そりゃどう、もっ!!」
「おっと……!」
「トウレンくんも負けじと足を振り回す! しかし流石はオウマくんか、余裕を持っての回避だー!」
「逃さねぇ……!」
「(コイツ、意外と速ぇ!?)」
オウマくんがバックステップで退る。しかしトウレンくんがそれを逃さない。とても子供とは思えない速度で一気にオウマくんの懐に潜り込んだ。
そこからは2人の拳による応酬だ。一切離れることはせず、ド近距離で激しいラッシュ。
「子供でこれとか凄過ぎだろ……流石獣人」
「お? 英雄様も一目置いてる感じ?」
「一目どころかド肝抜かれてるよ」
隣の獣人と軽口を交わしながらも視線は2人から逸らさない。
周りの皆は大いに盛り上がっており、まさに祭りって感じだが……俺は違った。
「(これは、非常に参考になる)」
知っての通り、身体創造で創り出した俺の見た目は子供そのものだ。大人の体ではないから、頭で思い描いていた動きを完璧に反映出来ないことが正直かなりあった。
頭の中では届いてる。でも実際に手を伸ばすと届かない。そんな体験を、ヴェロニカさんとの特訓で嫌というほど味わった。
子供の体での戦い方を俺は知らない。
今までの戦いは不測の事態ばかりだったから、そもそもそんなことを考えている余裕すら無かった。でも今は違う。
当面はこの姿であると仮定すると、目の前で繰り広げられている戦いは貴重な資料そのものと言っても過言ではないのだ。
だからこそ、最初の一撃を見逃したのが悔やまれる。もうそんなヘマはしない。トウレンくんとオウマくん、2人の一挙手一投足を観察して学ばねば。
「ちっ……!」
「オウマくんが一撃を叩き込まれたー! これは痛い! トウレンくん側に1点!」
「んなろ!」
「お、らぁっ!!!」
両者1歩も引かず。互いに避けると言うよりは防御に周っているか。下手に距離を開けるよりも、近付いてガードを固めつつ隙を狙う作戦のようだ。
無造作に見える攻撃も、全ては隙を作る布石。これが子供同士の戦いかよ。案外俺が子供の部に参加しても大丈夫だったんじゃないか?
「クソッ、何で届かないんだ!」
「トーくん頑張れー!」
「っ! おぉぉらぁぁぁぁぁっ!!!」
「嘘だろ!? ぐあっ?!!」
「トウレンくん側2点先取! 追い込んだぞー!」
歓声が響く中で確かに聞こえたのはコアちゃんの声援。俺でも聞き取れたのだから、獣人であるトウレンくんが聞こえないはずもなく、その直後に信じられない力でガードの上から拳を叩き込んだ。
これに関しては隙もクソもない。コアちゃんの声援で底上げされたトウレンくんの気合いの一撃。ガードを跳ね上げて鳩尾にめり込んだ拳のダメージは想像以上にツラい筈。オウマくんはたたらを踏んで後退し、そして好機と見たトウレンくんが一気に勝負に出た。
「っっ、調子に、乗んな……!」
「っ!!?」
勝てると確信した焦りからか、大振りになってしまっていたトウレンくんの蹴りをオウマくんがガッシリと両手で捕まえる。
グンと上半身を逸して大きく振りかぶり、そのままトウレンくんの体を地面に叩き付けるつもりのようだ。しかし。
「それは、こっちのセリフだっ!!」
「なっ!?」
地面にぶつかる直前、両手で上手く受け身を取った。ダメージは最小限。掴まれた足を軸に器用に体を回転させ、もう片方の足をオウマくんの首に引っ掛けて、そのまま頭を引き落とす。
強かに顔面を打ち付けた衝撃で拘束が緩み、その隙にトウレンくんが脱出。素早く立て直して拳の一撃を腹に叩き込んだ。
「そこまで! 勝者、トウレンくん!」
「しゃあ!」
始まってみればあっという間の戦いだったな。恋の力って凄いわ。
決着を同じくして大きな歓声が上がる。勝利に喜びを顕にしていたトウレンくんも、この熱量に少しばかり気恥ずかし気な様子だった。
「いっつつ……お前、やるなぁ」
「っと大丈夫か? 悪い、つい本気でやっちまった」
「このくらい日常茶飯事だ。……にしても、お前いきなり強くなったな。もしかしなくても途中で聞こえた声、あれがお前の狙ってる娘か?」
「っ!? うっせぇ! そんなんじゃねーし!」
「はいはい。あー負けた負けた」
「ったく……ほら立てるか?」
「おう」
勝者が敗者に手を差し伸べて助け起こし、お互いの健闘を称える。うんうん、素晴らしい光景だ。変にギスギスしてるよりかは遥かに良い。
「いやぁ、しかし惜しいよな。喰らう者のゴタゴタが無けりゃトウレンもこっち側だったのに」
「だな」
ふと、そんな話し声が近くから聞こえてきた。声の主は俺と同じ参加者だ。
少々気になる内容だったので、不躾ながらも会話に割り込ませてもらう。
「どういうこと?」
「ん? いや、元々トウレンは俺達大人に混ざっての参加だったんだよ。それが喰らう者のせいで子供の部なんてものが出来ちまって、ご覧の通りさ」
「今年は他の子供達も参加する以上、トウレンだけ特別扱いは出来ないってことでの組分けらしい。
元々大人顔負けの実力者なのに、もったいないよなホント」
ああ、そういえばバジリスクが襲撃する前に牢屋でコアちゃんからも聞いてたっけ。今年はトウレンくんも参加するって。
あの時点では大人の男性のみが喧嘩祭りに参加する話だったらしいし、そう考えたらトウレンくんって凄いんだな。……あれ?
「え、大人顔負けの実力を持ってるトウレンくんが子供の部なのに何で俺だけこっち側なんだよっ」
「そりゃあ英雄様はあの化け物を打ち倒してるんだから当然だろうよ」
「うっ……まぁヴェロニカさんにも言われたし、分かってるけど……なんか納得いかねぇ。初の喧嘩祭りで慣れてない上に獣人ですらないのに」
「イヴニア様、受け入れる他ないと思うぞ?」
だよねぇ……今更組分けに物申しても意味は無い、か。
「初っ端の試合からとんでもない戦いを見せてくれた2人に大きな拍手をー!
さぁさぁ! どんどん行くぞお前達! 続いてはーー!!」
その後、男の子達の戦いは滞りなく進み、あっという間に優勝者が決まってしまった。
結果から言ってしまえば優勝者はトウレンくんである。と言うのも、内容的には最初の試合がピークだったからだ。
他の参加者達は年齢相応の実力者ばかりで、それこそ微笑ましいとさえ言える戦いのみ繰り広げられた。突出した強さを持っていたのはトウレンくんとオウマくんだけであり、後の試合は……言っちゃなんだがオマケみたいなものだ。
特に苦戦もなく優勝をもぎ取ったトウレンくんの姿を見れば、元々大人達と混じって参加予定だったことにも頷ける。そりゃそうだと。
これは、コアちゃんだけじゃなくて他の娘もトウレンくんに惹かれる可能性が出てきたな。多くの女性に詰め寄られてあたふたするトウレンくんの姿も見たいところではある。
「続いてはー! 古い歴史を持つ喧嘩祭りでも異例中の異例、女の子達の出番だー!
さぁ未来の美人さん達! 次は君達が野郎のハートを射止める番だぜ! 参加者は前に来てくれ!」
ウォーバーさんに導かれる形で、今度は少女達が会場の中へ現れる。驚くことに男の子達よりも人数が多い。
バジリスクとの戦いは主に男達が駆り出されていたようだし、まぁ数的に女性が多く生き残ってるからの采配なのかな。
ここで過ごしてきた中で見知った顔もチラホラ。特にあの赤毛の子……赤毛の…………赤毛?
「コアちゃん!!?」
見間違いなんかじゃない。少女達の中で、ふんすと可愛らしく気合いを入れている赤毛の女の子は間違いなくコアちゃんだ。
どういうことだ! コアちゃんが参加するなんて一言も聞いてないんですけど!?
「おっと、君は最初に元気な返事をしてくれたおチビさんじゃないか! どうだ? 優勝する自信はあるかい?」
「んに……あ、あんまり。でもでも! 頑張るよっ!」
「はっはっはっ! 気合い十分なようで何よりだ! もしかして好きな相手が居るのかな! それとも負けられない相手が居るのかな!」
「ま、負けたくない人なら居るよっ。でも、喧嘩で勝つんじゃなくて……その、ボクの方が、す……す……あぅ」
「す?」
「〜〜っ……す、好きだって証明するのっ! ボクの方がずっとずっと、大好きなんだって!」
「おーっと! これはまた大胆発言だ! こんなにも想いを寄せられるなんて羨ましいねぇ!」
真っ赤になりながらも言い切ったコアちゃんの視線は、ある人物に向けられていた。視線を追った先には……腕を組んで不敵に笑うクロエの姿。
何故そこでクロエを? いや、さっきのコアちゃんの発言はつまりそういうことなのでは? いやいや、まさかそんな。
「面白い展開になってきたな」
「あれってガラルさんの娘さんだよな?」
「ああ。普段の接し方から、まぁそうだろうなとは思ってたけどさ。まさかいきなり告白とは恐れ入る。
さて、肝心の英雄様はどう思ってるんです?」
「正直驚いてるよ。まさかコアちゃんがクロエに想いを寄せてるなんて」
「え?」
「え?」
「「え?」」
なに? なんだよ、何で皆して「コイツ何言ってんだ」みたいな目で見てくるの? そういうことだろ? あれだけの事を言って、あんなにも熱の篭った視線をクロエに向けてるんだから、つまりそうなんだろ?
「いやいや、コアが言ってるのはクロエちゃんじゃなもががぁぁっ!!?」
「バッカ……! 面白くなりそうだから野暮なこと言うなよ……!」
何か言おうとしてたのに絶妙なタイミングで口を塞がれて邪魔された。気になるだろ! 違うなら答え教えてくれよ!
「イヴニア様って、鈍いって言われません?」
「いきなり失礼だな!?」
「逆に気付けてないイヴニア様の方が失礼ってもんですよ。ま、喧嘩祭りが終わる頃には嫌でも気付かされると思いますけど」
「だから何が!?」
どうやら俺以外は皆何かを察しているようだ。詳しくは分からんが、俺の考えが間違ってる事だけは確からしい。
結局どれだけ問い質しても、皆はニヤニヤするばかりで誰も真実を教えてくれなかった。そんなモヤモヤを抱えたまま、再び聞こえてきたのはウォーバーさんの大声だ。
「野郎共! 少女達の活躍をしかとその目に焼き付けろ! 強き者に惹かれるのは女だけにあらず! それを肝に銘じて刮目しやがれぇ!」
「「「「うおおおおおおおっ!!!」」」」
「いーい返事だ! 己の直感と情熱に従え! 惹かれたなら玉砕覚悟でぶつかれ! それでこそ俺達獣人だろう!」
「んはっ! その通り!」
「あざっす族長! さぁ始めるぜー!」
心なしか男の子達の時よりウォーバーさんの気合いが入ってるように見えるのは気のせいだろうか。それに周りの男達の熱量も目に見えて膨れ上がった。
それだけ皆、パートナー探しに真剣なんだろう。
「刮目しろ、か」
俺は嫁探しなんてしてないし、皆ほど真剣に見る必要もないが、個人的にはコアちゃんがどれだけやれるのかって部分には非常に興味がある。
お世辞にも戦い向きとは言えない彼女の実力や如何に。
とにもかくにも、怪我だけはしませんように。




