本番直前 更なる変化
一騒動ありつつも、着替えを済ませて控え室で待つことしばらく。
入口に立っていた獣人から、参加者は出てきてくれと伝えられ、俺は再び外に出た。そのタイミングでルナとも別れ、観客先の方へ飛んでいくのを見送った。
到着した時に比べても明らかに多くなっている獣人の数に少しばかり驚かされる。大勢居る見慣れない獣人は別集落の者達と見ていいだろう。
案内役の人に導かれるままに進んだ先で腰を下ろし、いつ始まるのかと柄にもなくソワソワしていたその時、会場中に鳴り響いたのは男の声。
「さぁー今年もやって来ましたリィベレーナ名物の喧嘩祭り! 司会進行及び実況を務めますは恒例の俺様、ウォーバー・ドン様だ!
野郎共! そして可憐な乙女達と元気な子供達! 殴り合い蹴り合いの準備は整ってるかー!?」
「おー!」
暑苦しさで言えば湯浴み処の管理者であるデイバーさんといい勝負。しかしこちらの方が断然派手だ。
ボサボサの長い金髪と筋骨隆々の肉体。それを包むのは獣人らしからぬド派手な衣装。見た目だけなら誰よりも強そう。にしても凄い声量だなおい。
「元気いっぱいで何よりだ赤毛のおチビさん!
このままおっ始めてくれても俺様としては大いに結構だが、ちゃんと決められた事は守らないと、この大役を任されてる意味が無いってね!
てことでまずは我らが王、ヴェロニカ・オージャ様! いつもの挨拶お願いしますっ!」
「よかろう!!!!」
いや、ヴェロニカさんの方が声デカかった。
「さて諸君。復興作業で大変な中、この場に集まってくれたこと、まずは礼を言おう。ありがとう。
今年も無事に喧嘩祭りを開催できることを喜ばしく思う。各集落の長達へも感謝する」
そうしてヴェロニカさんが軽く頭を下げれば、皆が会釈する。俺もそれに習い頭を下げておいた。
「多くの命が犠牲になった。しかし彼等、彼女等は勇敢に戦い命を落としたのだ。誇りこそすれ、いつまでも悲しむべきではない。
喰らう者はもう居ない! だからこそオレ達は前に進まねばならん! 散っていった者達の分まで、オレ達が背負い、果たすのだ!
若者達よ! この国の未来のため、今日は己の力を存分に振るうが良い!」
ヴェロニカさんの力強い言葉に当てられ、会場中から歓声が上がる。普段はあれでも流石は一国の王。俺も込み上げるものがあるな。
「んはっ。ではレナイエ、頼む」
「はい」
お? 挨拶が終わったと思ったら、ヴェロニカさんの後ろからレナイエさんの登場だ。
会場の真ん中に歩みを進めると、レナイエさんは小さく深呼吸を繰り返す。気付けば周りはシンと静まり返っており、妙な緊張感が漂っている。
そんな中で聞こえてきた、透き通った声。
歌だ。レナイエさんが歌っている。
そういえば彼女は歌い手だったっけ。牢屋に居た頃、コアちゃんからも聞かされていた。歌い手は戦いの前の鼓舞として歌うのだと。
それにしても綺麗な歌声だ。歌詞は無いものの、メロディーだけでも聞き惚れてしまう。コアちゃんの歌声も確かに綺麗だ。しかしやはり、現役の歌い手は格が違った。
それにこの歌声……何だろう、気のせいかもしれないが、体の奥から力が漲るような気が……いや、錯覚か?
【最終条件 身体強化能力を付与されるを達成】
レナイエさんの歌声に耳を傾けていた時、それは突然聞こえてきた。
最終条件開放から数週間足らずで、待ち望んでいた条件達成の言葉。だが、よりにもよってこのタイミング。
同時に、やはりレナイエさんの歌は単なる歌ではないことも確信した。あれはおそらくスキルの類だ。
デーモン様の声から察するに、歌を聞いた者を強化する的な能力なのかもしれないな。
って冷静に分析してる場合じゃない!
今は皆レナイエさんの歌声に心奪われてるからいいものの、俺に意識が向いたらマズいことになるのは確かだ。何故なら、あからさまに体が光り始めているのだから……!
最初にレベルアップを果たした時は謎空間の中だった。あの時は現実の俺の体に何が起きているのかなんて分からなかったけど、たぶん今と同じような現象が起きていたに違いない。
これから始まろうとしているのは、まず間違いなく身体の成長、ないしはスキルの習得だ。その際に周りにどんな影響を与えるのか分からない以上、ここに居続けるのはあまりにリスキー!
「(あーもう! ホントに融通の効かない呪いだな!)」
心の中で悪態をつきながら、極力悟られないように皆の間を縫って会場の外へ向かう。が、直ぐに会場警備をしているらしい獣人に呼び止められた。
「ちょっとちょっと、何処へ行く気だい?」
「えっ、いやぁ、よ、用を足しにさ。もう限界が近くて……!」
「やれやれ。英雄様も抜けたところがあるんだね。歌が終われば直ぐに始まるから、早めにね?」
「ありがとっ」
流石に気付かれずには無理だったが、話の通じる人で良かった。
そそくさと近くの茂みに隠れて何度も何度も周りを警戒。深呼吸したところで、ようやく落ち着けた。
【個体名 イヴニアのレベル上昇を確認。基礎ステータスの上昇を確認。
レベルアップボーナス獲得。スキル、魔力操作、限界突破を獲得。固有スキル、竜憑依を獲得。レベルアップによるボーナススキルポイント獲得。
条件再設定完了。レベルアップを終了します】
また色々と覚えたみたいだ。ようやく覚えたスキルを使いこなせてきたって時に新たにやることが一気に増えちまった。こりゃ今夜辺り、謎空間で確認作業に追われそうだ。
ポイントも使っていかないとだなー。
「ふぅ……」
「こんなとこで何やってんのよイヴニアっ」
「ひゃあ!?」
一息吐いていたところで背後から突然の声。驚いて振り向くと、そこにはワンコが居た。参加者の証である服を身に纏った姿はなかなか様になって……いやそうでなく。
「いきなり会場から飛び出していくのが見えてビックリしたじゃない。母さんも心配してたわよ」
「えっ、あー……やっぱ気付かれてた?」
「私が気付くくらいだもの。って、何か体光ってない? どうなってんのそれ?」
「ん〜、どう説明したもんか」
レベルアップが完了したのに消えない光。考えられる理由としてはやはり、まだ身体の成長が残っているからだろう。
実際、妙な感覚が体を支配してる。レナイエさんの歌声で感じたものとはまた違う、ムズムズというかムクムクというか、言葉にするのは相当に難しい感覚。
見つかってしまった以上は誤魔化しなどできない。かと言って呪いの説明をするのもなぁ……下手したら頭おかしい奴扱いされそうだし。
仕方ない。ありのまま、これから起こる現象をワンコには見てもらおう。説明はその後だ。
「あのさ、たぶんこれから信じられないようなことが起きるけど、出来れば引かないでほしい。
俺も望んでこうなってる訳じゃないから、何と言うか……可能なら理解してほしいんだよな」
「……? 別に多少のことじゃ引いたりなんてしないわよ」
これが多少扱いになることを願ってるよ。
そして、ついに訪れた体の変化。
ググっと込み上げて来るものを感じて、無意識に前のめりになってしまう。汗が噴き出し、呼吸も荒くなる。息苦しい。これ、本当に成長するから起きてる……で合ってるよな?
「イヴニア!? 熱っ、何でこんなに体がっ……! ちょっと待ってなさい、誰か呼んで──」
「大丈夫だからっ。たぶん」
「たぶんって……!」
「ぐ、ぅっ……!」
大丈夫じゃないかもしれない。だけど、今から祭りって時に俺1人のために騒ぎを起こすわけにはいかないんだ。
ワンコの腕を掴んで必死に引き止める。
俺の意思を汲んでか、やがてワンコも意を決したようにその場に膝をついた。
「っっ……あ……がっ……!」
痛い。正直叫びたいくらいめちゃくちゃ痛い。バジリスクに体を貫かれた時と同じかそれ以上。咄嗟に地面に落ちていた枝を拾い上げて強く噛み締め、叫ぼうとする衝動を抑え込んだ。
冷静に考えてみれば当たり前のことだった。本来、体ってのは時が経つに連れて徐々に成長するもの。
だけど俺の場合、レベルアップを達成したことで今までの蓄積分が一気に成長に周り、短時間で無理やりに身体の成長が始まる……のだと思う。そうだと仮定したらこの痛みにも納得である。
身体創造を解除すれば多少はマシになるだろうか? ……いや、望みは薄いだろう。再び身体創造を発動して無駄に魔力を消費するよりは今のまま耐えた方がいい。
クソッ、まさかこんなにもツラいなんて。最初は謎空間に居たから現実で起きてたこの痛みにも気付けなかったってわけか。
「何よこれ。何が起きて──」
「ぎぃっ……!」
「イヴニアっ。大丈夫、私が居るから! 大丈夫よっ」
何が起きてるのかも分からないだろうに、ワンコは俺の体を抱き締めてくれた。ありがとうと言いたい。だけどそんな余裕すらも無い。
……どれだけ時間が経っただろうか。いや、時間的にはほとんど経過していない筈だ。
しかし俺にとっては永遠とも思える時間だった。それだけの苦痛。何度も意識が飛びかけた。
やがて痛みは消えていき、残ったのは激しい疲労感。
「はぁ……はぁ……っ……はぁぁぁぁ〜」
「イヴニア……? 大丈夫?」
「……なんとか」
未だ発展途上なワンコの胸の中でホッと一息。女の子の胸を枕にしてることにさえ反応できなくなるほどの脱力感。申し訳なくはあるが、もう少しばかりこの柔らかな感触に浸っていたい。……あぁ、疲れた。
「ホントに? 何ならこのまま寝ちゃってもいいわよ? 母さん達には事情説明しておくから祭りは棄権でも」
優しい言葉についつい甘えてしまいそうになる。でもそれではダメだ。やると言ったからにはやらねばならん。
それに、個人的にもあのカムロって奴をぎゃふんと言わせてやりたいからな。辞退の選択はあり得ない。
「やる」
「……そ。見た目に反して根性あるわよねあなたって。そういうとこも獣人が惹かれる部分ね」
「まさか惚れた?」
「この程度のことで傾くほど私はチョロくないわよ。どこかの誰かさんと違ってね」
「別に俺だってチョロくないぞ」
「どの口が……えっ、イヴニア!?」
「なに? どした?」
「どうしたってあなた……え? 目の錯覚? 何か成長してるような……いや絶対背伸びてる! 立ったら私と同じくらいになってるじゃないの!」
「……おー……ホントだぁ」
「何で他人事みたいな反応なの!?」
そりゃまぁ、俺は事前にそうなるだろうと思ってたからな。
だがここまで成長したのは予想外だった。仮に身長が伸びるにしても大して変わらないと予想していたが、見事に大ハズレ。
実際はワンコの言った通り、幼児から少年くらいまでには背が伸びていた。何て極端な成長だ。この分だと次のレベルアップは一気に大人になる勢いだぜ? ……それは言い過ぎか。
「悪かったなワンコ。迷惑かけた」
「そ、それは別に構わないけど、ホントに大丈夫なのよね? さっきまでのあなた尋常じゃない様子だったし、それに何で背伸びてんの……?」
「体調はすっかり。背に関してはまぁ、そういう特殊体質なんだよね俺。
他より成長速度が遅いと言うか、急成長ぶりが凄い種類のドラゴン……的な」
「あなたのことはあんまり詳しくないけど、今のが嘘だってことはハッキリ分かったわ」
ははは〜、まぁ誤魔化せないよね〜。
「はぁ……まぁ話したくないなら別に構わないわよ。誰にだって隠し事はあるでしょうし」
「大人だな〜ワンコ」
「これでも族長の娘よ、当然じゃない。で、それどうすんのよ」
「んー」
いつまでもワンコの胸に収まっておくわけにもいかないので、試しに立ち上がって自分の体を見下ろしてみる。
ワンコの言葉通り、大人には程遠いものの確実に成長を遂げていた。コアちゃんよりも高く、ワンコよりほんのちょっとだけ小さい。もはや幼児とは呼べないなこりゃ。
あ、成長しちゃったから子供用の衣装が破けかけてる。このままではワンコの前で素っ裸は確実。
ふっ、だが俺はもうスキル覚えたての頃とは違うのだ。
これくらいの衣装ならば身体創造スキルでサイズ合わせもちょちょいのちょいである。
……まぁ初めて創る物だから魔力消費は多いのだけれど。
「このまましれっと参加しても意外と行けるかも?」
「行かないでしょ。倍くらい急成長してるし」
「ですよねー。どうしよう……」
「うーん……でもイヴニアの幼女姿を見慣れてるのはこの集落の皆だけだし、口裏合わせれば別集落の人達は誤魔化せるかもしれないかな?」
「幼女言うな」
「実際見た目完全に幼女だったんだから仕方ないでしょ。今は少女だけどさ」
「え゛っ」
サラッと言われた言葉に愕然とした。
ちょっと待て。待て待て待て。俺成長したよな? しかもこんなに分かりやすく。で、俺は間違いなく男なわけだ。
だから当然、成長すれば男らしく体つきや顔つきも変わってくる……筈だろう?
「ワンコ、今の俺って……」
「うん。むしろ成長した分、余計に女らしくなってて凄いわよ。ただでさえ獣人の姿になって刺激強かったのに、そこにこれでしょ? 今年は確実に荒れるわね」
「はい棄権します」
「とりあえず母さんに事情説明しに行くわよー」
「ぬわー!?」
親子揃って攫い癖でもあるのか!
成長した直後だからか、ワンコに抗うことすら叶わず、俺は会場の方へと引きずられていくのだった。
「ってことがあったんだけど、どうする? 母さん」
「うぅむ」
俺達が戻る頃にはレナイエさんの歌も終わっており、さぁ喧嘩祭り開催だってところまで進んでいた。
このまま元の場所へ戻るわけにも行かず、ワンコに連れられるままにヴェロニカさんの元へ赴いて事情説明。それを終えれば当然の如く難しい顔をされてしまった。
「一応聞くが、本当にイヴニアなのだな?」
「逆に聞くけど、こんな見た目した獣人が他に居る?」
「居らんな。しかし難儀なものだなお前の体は。何も今日でなくとも良かろうに」
「それは本当にそう。……で、ヴェロニカさんの意見は? やっぱり棄権する方が無難かな?」
「いや、構わんだろう。そのまま出ると良い」
あまりにも呆気なく答えられてしまい、逆に面食らった。
どうやらヴェロニカさんが難しい顔をしていたのは俺の見た目が変わっていることに対してであり、祭りへの参加云々は特に気にしていないらしい。
「そりゃヴェロニカさんが許可するなら出るけどさ、いいのか? 変に勘繰られる可能性もあるのに」
「んはっ、多少身長が伸びたのが何だというのだ。指摘されたところで言い訳はいくらでも考えられる。
たとえば……うむ、スキルで本来の姿を偽っていたとかな」
「何で偽ってたのか聞かれたら?」
「そこはお前の実力で突破しろ。んははっ」
結局丸投げじゃねーか。……まぁでも、その言い訳が一番無難かなぁ。とりあえずはそれで誤魔化すしかない。伸びてしまったものは仕方ないのだから。
「ねぇ、思ったんだけど、今の姿もスキルで創り出したものなんでしょ? だったら、背の伸び縮みくらい出来るんじゃないの?」
「それはワンコに引きずられてる最中に試してみたよ。結果はご覧の通り、なーんにも変わらず。
獣人の耳や尻尾だとか、小さな変化程度なら起こせるけど、やっぱ現状の姿から大きく変わることは無理っぽい」
「便利なようで不便ね、そのスキル」
まったくである。同じく身体創造を使える母様やレティシアはどうなんだろう。やっぱり俺と同じ感じなのかな。それとも俺が下手くそなだけ?
「んははっ! とにもかくにも予定通りに出場すると良い! なに、お前の言い訳が至らない部分はオレとワンコで補おうではないか。
お前もそれで良いな? ワンコ」
「異議なし。イヴニアには返しても返しきれない借りがあるんだから、これくらいは支えさせてよ。
いつでも頼りなさい。あなたのお願いなら何でも聞いてあげるわ」
「おっ、聞いたかイヴニア。今なら結婚を申し出てもワンコは了承するぞ? ほれ、行け行け」
「もう母さん! 茶化さないでよ!」
「何だ満更でもないくせに。……ふふ、まぁ今のうちにツンツンしておれば良い。喧嘩祭りでイヴニアの活躍を見れば自ずとワンコも惹かれるだろうからな」
「はぁ?!」
「聞きたくないけど、一応聞くぞ。どうせそれも勘なんだろ?」
「然りっ! いやぁ今から孫の顔が楽しみで仕方ないなぁ。イヴニアとワンコどちらに似るか、いやたくさん産めばどちらも拝めるな。
んはは、オレももうすぐお婆ちゃんだ!」
「それ以上変なこと言ったら殴るわよ!?」
「おー怖っ」
殴ると言いつつ既に拳を振るっているワンコと、苦も無くそれを避けるヴェロニカさん。
この会話に混ざると余計に拗れそうなので、これ以上深くは突っ込まないでおこう。それに、騒いだせいで皆の注目を浴びてしまってるし。
「む、ほらお前達、そろそろ始まるぞ。まずは子供達の出番だ。大いに応援してやろうではないか」
「くっ、露骨に話題を逸して……!」
「ワンコ、時には諦めも肝心だ。俺はヴェロニカさんでそれを深く学んだよ」
実際、言い出したら聞かないもんこの人。我が道を行くタイプの人は、基本的に話が通じない。ヴェロニカさんはかなりマシな部類だけども。
……さて、どう足掻いてもこの姿を変えることは出来ないのだから、さっさと元の場所に戻るべきだろう。
いつまでも姿を消していては不審に思われるし、見知った人達には出番の前に出来る限りの説明をしておかなければ。
一先ずヴェロニカさんとワンコに別れを告げて、俺はその場を後にした。




